【発見】毎年240名の大学生が訪れる人口3,200人の町で奮闘する、23歳の大学生とは。|岩手県陸前高田市広田町

前略
毎日の生活に「満たされている」感覚がないあなたへ

人口約3,200人の小さな漁師町である岩手県広田町。この町は年に2回、大学生が約240名集まる場所でもあります。

広田町に大学生を集めているのは、東日本大震災をきっかけに設立されたNPO法人SET。SETは、町の人とともに「まちづくり」を行っており、その一環として行われるChange Maker Study Program(通称:Change Maker)*1 では、年に2回都内の大学生を中心に約240名の大学生が広田町に訪れます。

今回は、今年Change Makerのリーダーを務めている宮内航さんにお話を伺いました。

*1 Change Maker Study Program
NPO法人 “SET” が運営する地域おこし実践プログラム。岩手県陸前高田市広田町を舞台に1週間、大学生が泊まりこみで町の人と一緒に生活し、地域の課題解決までを行う。運営はほとんど大学生が担っている。
誰かのために生きていけばいいと思っていた

「高校生の時、モンゴルへ留学したことがありました。豊かな大自然に圧倒され、感動しながら街に繰り出すと、ストリートチルドレンに出会ったんです。衝撃でした。自分では何もできない無力さを痛感するのと同時に、今の自分の環境が恵まれていることも、この恵まれた環境に満足することも違うと思いました」

この瞬間、”誰かのためになりたい” そう強く思ったという航さん。世界の貧困問題を解決しようと奮闘しようと試みますが、その想いとは裏腹に、”何をしたらいいのかがわからない”、“自分には何ができるのか” と葛藤を繰り返し続けます。

それでも世界の貧困問題に目を向け、様々な国へ留学を続けていた時、日本で東日本大震災が発生。震災発生時に何もできなかった無力さから、帰国後ボランティア活動を始めます。

Change Makerと出会ったのは、今から2年前の2016年1月。友人に誘われたのをきっかけに参加者として、被災地である広田町に訪れたことをきっかけに運営スタッフとして関わることになります。

「Change Makerでは必ず、個人個人が広田町の理想の姿を描き、メンバー同士でそれを伝え合う文化があります」

「初めて僕の理想をみんなに話した時、”その理想が叶った時、航はどこにいるの?” と聞かれたんです。驚きました。自分の理想なのに、その理想の中に自分を入れたことがなかったんです(笑)」

幼少期の頃から決して器用ではなかったという航さん。”なんでお前はできないんだ” と周りから言われることが多かったそう。

「人から認められなければ、自分が存在している価値はないと思っていました。だから “誰かのために生きる” ことが正義だと思っていたんです。”航の人生なんだから、航自身のことも大切にしなよ” と言われた時、ハッとしました」

自分にとって本当の理想の景色とは一体なんなのか?改めてそう考えた時、一番最初にChange Makerの参加者として広田町に訪れた時のことを思い出しました。

自分の人生を生きたいと思った瞬間

「初めてChange Makerに参加した時、大号泣したんです。今まで全く泣いたことがなかったので、ワンワン泣いている自分に自分でも驚きました」

少し照れ臭そうに、でもどこか誇らし気な航さんが話してくれたのは、Change Makerのプログラム最終日に当たる7日目。この日は最終日ということもあり、広田町の皆さんに向け、今回の活動について報告会が行われる予定でした。

「僕は最終日の前日、やりきることができなかったんです。”やりたい” と思うことがたくさんあったのに、”自分がやらなくてはならない” と思い込み、自分の役割に徹してしまい、何もすることができなかったんです」

プログラム中、実施してきた努力を自分の “遠慮” で台無しにしてしまったことが悔しかったという航さん。どうしても取り返したいと思い、最終日は早朝から各家を訪問し、報告会に来て欲しいとビラ配りをして回ります。

「正直、知らないお宅のチャイムを鳴らしてビラ配りをするとか一番苦手な行為でした。(笑)相手になんて思われるかわからないし、朝から迷惑なんじゃないかと思って、不安でした。でも、どうしても皆さんに1週間の感謝を自分の口で伝えたかったし、僕らの活動をみてほしかったんです。必死でした」

大きな不安を胸に抱きながらも、一軒一軒丁寧に回っていきます。すると突然、一人のおばあちゃんに呼び止められたと言います。

「 “なんだろう” と思いながら、おばあちゃんがいる玄関先まで行くと、急に謝られたんです。”足が悪いから報告会に行けないんだ。ごめんね” と。驚きましたが、とっても嬉しくて、お礼を伝えて少しお話しました」

報告会の時間も迫り、おばあちゃんに別れを告げその場を去ろうとした時、おばあちゃんは再び航さんを呼び止め、足を引きづりながら、家の中から大きな箱をズルズルと運んで来てくれます。

「 “こんなに朝早くからいろんな家を回っているんじゃ、朝ごはんも食べていないんだろう。ここから持って行って食べなよ” と言われて、中を覗いてみるとたくさんのパンが入っていました」

「気づいた時には、もう涙が溢れていました。この日僕は、本当に一生懸命ビラ配りをしていたんです。だから、おばあちゃんの疑いようのない真っ直ぐな優しさを受け止めざるを得なかったんだと思います」

「今まで誰かに褒められることがあっても、全然嬉しくなくて。心の中で “どうせお世辞だろう” と思っていました。でもこのことをきっかけに、”結局自分が自分を認められないと相手からの賞賛は受け取れない” ということを知りました」

“誰かのためだけ” で行う行為は結果的に、”誰かに自分のことを認めてもらうため” の行為になってしまい、本当の意味で相手のためになっていないことを知った航さん。自分のためにも、周りのためにも、”自分の人生を生きたい” と強く思うようになります。

ボランティアではなく、自己成長の場

「Change Makerはよく “ボランティア” と言われることがありますが、僕はそうは思っていません」

ボランティアは自己犠牲ととられることも多いですが、Change Makerの活動は決してそんなことはないと航さんは言います。

「僕たちは、自分の理想を叶えるために広田町で活動しています。僕たちのやっていることが結果として、自分の人生も、相手の人生も、町の人生も進めるからこそ、僕たちは一緒に活動をしているんです」

そもそもなぜこれほどまでに “広田町” に関わるのでしょうか?

「広田町の人は皆さんはいつも “本気” です。薄っぺらい言葉や、自分が心から信じていないことは見透かされてしまいます。常に何を考えているのか相手の “感情” を大切にしてくれる広田町の皆さんだからこそ、自分の芯をさらけ出すような想いや言葉で語るべきだと思っています」

「僕は自分の理想を叶えるために、”感情” を大切にできる関係はとても大切だと思っています。本来、人は ”感情” がわからなければ相手の考えていることがわからず、怖くて近づくことすらができません。だからこそ、”感情” を大切にすることは、相手と本気でコミュニケーションを取る上で、なくてはならないものだと思うんです」

率直な言葉や想いでないと、広田町の方には伝わらず、表面上の言葉は簡単に見透かされてしまうと言います。東京ではなかなか大切にされない “人間らしさ” が広田町には確かに存在しているのです。

「僕がChange Maker を体験して強烈に感じたことは、”世界を変えたいと思うなら、目の前のことに全力で向き合わないといけない” っていうことです」

「Change Maker でやっていることは、東北地方の、岩手県の、陸前高田市の、広田町の、△△地区の、◯◯さんに対するピンポイントな活動です。”その活動って意味あるの?” と言われてしまうこともあります」

「でも僕らの活動で、笑顔になったり、泣いたり、”町のためになっている” と言ってくださる町の方がいるから、僕たちのやっていることは未来に繋がっていると確信しています」

従来、人間が大切にしてきたことを大切にし続けてきた広田町。2011年3月11日に起こった東日本大震災をきっかけに、SETをはじめとする多くの人がコミュニティに入り、多様な価値観が浸透したことで、町としての柔軟性が増し、年2回に渡り240名の大学生を許容できるまでに大きく成長していったのかもしれません。

本気で泣いて、本気で笑って、一人では立ち止まりそうになった時、一緒に悩み、歩んでくれる仲間。そんな、一生ものの出会いが岩手県陸前高田市広田町には確かにありました。

今年もChange Maker Study Programの参加者を募集中です。この機会にぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

\詳細はこちら

草々

Writer:高山奈々

新たなふるさとを求めるあなたへ。
定期的に地域のお便りを送ります。
LINE@に登録して下さった方にだけ
お届けする特別な情報も!
これからもふるさとの応援をお願いします。