地域から探す


Italiana
イタリア
※本記事は宮内 俊樹氏(クロスボーダーLLC代表)によるコラムです。
「地域の文化や暮らしを守りたいけれど、事業として収益を上げなければ存続できない……」
地方創生や地域ビジネスの現場に関わるなかで、そんな葛藤によく直面することがあります。
近年、注目を集めているローカルゼブラ企業という考え方があります。急速な市場拡大を目指すユニコーン型スタートアップとは対極的に、地域課題の解決や社会的インパクトの創出を目的とし、地域資本(自然環境、歴史的建造物、文化、コミュニティ)を育みながら持続可能な収益を確保していく企業スタイルです。
そして、この連載で取り上げているイタリアのテリトーリオ戦略を推進していく上で、ローカルゼブラ企業の存在がとても重要です。
今回は、私が深く関わらせていただいている島根県大田市大森町の「石見銀山 群言堂」の実践と、イタリアで圧倒的な存在感を放つ先進事例を旅するように巡りながら、なぜ「非効率」であることが逆説的に地域を豊かにするのか、そのメカニズムを一緒に解きほぐしてみたいと思います。

まずお話ししたいのは、世界遺産・石見銀山遺跡の膝元に広がる人口約380人の小さな集落、島根県大田市大森町で起きている奇跡のような物語です。
この地でアパレルや生活雑貨、宿泊事業を展開する「群言堂」は、まさに日本におけるローカルゼブラ企業の先駆者といえる存在です。
創業者である松場大吉さん・登美さん夫妻が帰郷した1981年当時、大森町は鉱山の閉山から長い年月が経ち、過疎化と高齢化が進む衰退の途上にありました。しかし、登美さんは「チェーン店やコンビニなど余計なものが一切なかった。ここなら暮らしの中から何か新しいものを生み出せる。最高の宝が足元にある」と可能性を見出します。

1989年に古民家を再生して「BURA HOUSE」を開業し、1994年にライフスタイルブランド「群言堂」を立ち上げた夫妻は、単なるモノではなく、地に足のついた「根のある暮らし」という生き方そのものを提案してきました。築200年を超える武家屋敷を再生した宿「他郷阿部家(たきょうあべけ)」での「生活観光」や「保育園留学」「遊ぶ広報」などの取り組み、「文化51%、経済49%」という自らにブレーキをかけるユニークな経営バランス、そして町全体をひとつの会社と捉える「地域一体型経営」──。
これらの実践により、人口約380人の過疎地でありながら若者の移住が相次ぎ、小・中学生や保育園児の数が増加に転じるという奇跡的な社会的インパクトを生み出しています。
(群言堂の詳しいストーリーや私との出会いは、近々の連載でじっくりとお伝えしますね!)
さて、少し視点を世界へ広げてみましょう。1970年代から80年代にかけてイタリアでは、急激な工業化や都市集中によって歴史的街並み(チェントロ・ストーリコ)や田園風景が失われかける危機に直面しました。その反省から、「自分たちの土地(テリトーリオ)のかけがえのない価値を自分たちの手で守り、未来へ紡ごう」という内発的な運動が湧き上がったのです。
このイタリアの地にも、土地の非効率な部分をあえて残し、それを事業の中心に据えて輝くローカルゼブラ企業たちが存在します。
ウンブリア州ソロメオ村(人口数百人)に本社を置く、最高級カシミヤブランド「ブルネロ・クチネリ」。創業者ブルネロ・クチネリ氏が掲げる思想は「人間主義的経営」です。「企業が追求する利益は目的ではなく、人間の尊厳を守り土地と文化に還元するための手段に過ぎない」と断言し、事業で得た利益をソロメオ村の歴史的建造物の修復や職人学校の設立に投じ続けてきました。
服にあえて目立つロゴを入れないのは、職人への適正な報酬とソロメオ村の美しいテリトーリオそのものが、何物にも代えがたいブランド価値を証明しているからです。

トスカーナ州サンセポルクロに本社を置く「アボカ(Aboca)」は、自然由来の医薬品やサプリメントを手掛ける企業です。彼らは定款を変更して自らを「Società Benefit(ベネフィット・コーポレーション)」と定め、「事業を通じた共通善(環境保全や地域貢献)の追求」を法的義務として明記しています。
1,700ヘクタール以上の広大な農地で完全有機農業を実践し、この地域で13世紀から続く薬用植物栽培の歴史を伝える博物館や出版事業も展開。自然資本を非破壊的に活かし、自社の成長がそのまま地域の価値向上につながる持続可能なエコシステムを構築しています。

マルケ州のエジーノ川流域に拠点を置く計測機器メーカー「ロッチョーニ(Loccioni)」は、本社に隣接するエジーノ川の2km区間で「2 km di futuro(2キロメートルの未来)」という河川再生プロジェクトを展開しています。
かつて水害のリスクがあった暴れ川に対し、自社の技術と資金を投入して護岸整備と水質改善を実施。小水力発電で自社の電力の半分以上を賄いつつ、整備された美しい水辺やサイクリングロードを地域市民へ開放しました。行政任せにせず、企業が地域の自然資本の「スチュワード(責任ある管理者)」として汗をかく姿は、テリトーリオ推進の新しい可能性を示しています。
島根県の大森町で群言堂が進めてきた取り組みと、イタリアの先端企業たちの挑戦。業種も国も異なる彼らですが、その本質を紐解いていくと、地域におけるテリトーリオ推進のための共通した3つの構造的アプローチが見えてきます。この3つは、①がなければ②の投資原資が生まれず、②が定着してはじめて③のブレーキが正当化されるという、積み上がっていく関係にあります。

効率性・量産性を重視する社会において、古民家や歴史的建築の保全、手仕事の継承、あるいは有機農法は、コストがかかる非効率なものとして排除されてきました。
しかし、日伊のゼブラ企業たちは、この市場から切り捨てられた非効率性を、他社には決して模倣できない資産として扱いました。手間を惜しまない工程そのものが「物語」となり、価格競争から降りたところで独自の評価軸を作る──これこそが非効率性がプレミアムに転化する仕組みです。
これまでの資本主義において、多くの企業は地域から労働力や自然資源を安く買い上げ、利益を域外へ持ち去る搾取者になりがちでした。
対してローカルゼブラ企業は、自らを地域という不可分な生態系の一構成員と位置づけ、共有財(コモンズ)を守り育てるスチュワードとしての役割を引き受けています。自社の利益を地域の自然やコミュニティへ再投資することで、地域の資本が豊かになり、その良好な環境がさらに自社のブランド価値を高めるという正の循環(フィードバックループ)を形成しているのです。
最も興味深いのは、彼らが自発的に短期的な利益追求にブレーキをかける仕組みを持っている点です。
群言堂の「文化51%、経済49%」という哲学、ブルネロ・クチネリの「人間主義的経営」、アボカの定款における「Società Benefit」。一見すると株主利益の追求を阻害するように思えるこれらのブレーキこそが、過剰な規模拡大によるテリトーリオの破壊を防ぎ、数十年単位での企業の存続可能性(レジリエンス)を担保しています。

ここまで紹介した事例は、いずれも人口数百人規模の小さな共同体で起きています。大森町もソロメオ村も、この規模だからこそ「文化51%、経済49%」のような繊細なバランス経営が機能している可能性があります。より大きな地方都市や、産業構造の異なる地域にこのモデルがそのまま応用できるかは、まだ検証の途上にあると言うべきでしょう。
また、非効率性への投資には、当然ながら先行する原資が要ります。クチネリの職人学校も、松場夫妻の古民家再生も、創業者個人の強い意志とそれを支えるだけの資本蓄積があってはじめて実現しました。一般の中小企業や新規参入者がこの哲学を実践しようとするなら、地域金融との連携や休眠預金の活用など、原資を確保する仕組みそのものを別途設計する必要があります。
つまりこのモデルは、真似すれば誰でもできる成功法則ではなく、その土地固有の資本蓄積と、時間をかけた信頼関係の上にしか成立しないプロセスと捉えるほうが正確だと思います。だからこそ、次に自分の足元でこれを試みる人は、他所の成功例をなぞるのではなく、自分の土地に眠る非効率性と資本の在り処を、一からもう一度掘り起こす作業から始める必要があるのでしょう。
そしてまた、テリトーリオの本質とはそうしたあり方の中にこそあるのだと、私は思います。散歩の続きは、ぜひアナタが関わるその地域で、自分の足で一歩を踏み出しながら探してみてくださいね。 それでは、また次の「テリトーリオ散歩」でお会いしましょう。
(参考文献・引用)
・POTLUCK YAESU(ポットラック ヤエス)ウェブマガジン 『山間の過疎地で、土地の文化資本を磨き上げながら、地域の持続可能性に挑む、群言堂。』
・ブルネロ・クチネリ『人間主義的経営』(クロスメディア・パブリッシング)
・Aboca 公式サイト: 企業理念および自社紹介(100%自然由来・B Corp)
・Loccioni 公式サイト: 2 km di futuro®(Esino川の生態系再生と小水力発電・マイクログリッド)
Loccioni 公式アーカイブ: 2 km di futuro® プロジェクトの歴史と企業文化

TOSHIKI MIYAUCHI
宮内 俊樹