地域から探す


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岐阜
山中和紙のちょうちんから灯る暖かな光ーー
道行く人を惹きつけるコーヒーの香りーー
古くからのまち並みが残り、海外からの観光客も多く訪れる岐阜県高山市。
歴史あるまち並みが保存されてきた下二之町(しもにのまち)の一角に、約150年受け継がれてきた商家をリノベーションした文化の複合施設『おんど|ONDO』はあります。
運営の中心にいるのは、音楽を愛する下川明日美さん。2021年にUターン移住し、家族や友人と『飛騨の暮らし』を営み、高山の文化事業に関わっています。
始まりは、このまちでどうしたら楽しく過ごせるだろうという気持ちでした。
「子どもたちに高山の文化を残していきたい」
そんな願いと好きな音楽を原動力とし、2024年からおんどを運営する下川さんに、おんどが生まれた経緯と、この場に込めた想いについてお話を伺いました。

おんどは、一つの建物にいくつかの事業が集まっています。
コーヒーショップの『EMBER espresso』、飛騨の旬の食材を生かした料理を提供するレストラン『おんどの台所』、高山を知り尽くしたスタッフによるローカルツアー発着所『 LOCAL GUIDE TOURS』、そして音楽イベントやアート展示のできるスペースを兼ね備えた文化複合施設となっています。
こういう事業をやりたい、と下川さんが思い描いていたわけではありませんでした。

飛騨市出身の下川さんは、高山の高校を卒業後、打楽器のジャズプレイヤーを夢見て上京しますが、志半ばで実家へ戻ります。同時期に両親が高山へ移り住んでいたことから、当時25歳の下川さんは高山で暮らすことに。
「そのときにはじめて、高山のまちを知った感覚でしたね。まず、音楽をやる場所がない、ライブハウスがない。私が高校生のころにあった、ただ1つの映画館もなくなってしまって、楽しむ場所がないと思ってたんですよ」
まちに対しての思い入れもないまま、どうしたら楽しく過ごせるのだろうと考える日々。
そんな中、あるきっかけがやってきます。
「国の文化財である日下部民藝館の館長さんとお話しする機会がありました。民藝館ではそれまでにもイベントが開かれていました。さらに地域を盛り上げていこうという流れがあり、音楽好きな館長さんから、ここで何かやってみないかと私のところにもお話をいただいたんです。
そのときに私としては初めて、高山で出会った音楽仲間達と企画をして、文化財の中で音楽を聴くイベントを開催しました」
下川さんは、このときの体験を通して、高山に残る文化の価値に気づかされます。
「文化財で音楽をやることがしっくりきたんです。このまちにはライブハウスも映画館も何もない。けれど、この文化財や昔からのまち並みは残ってるなと思ったんです」
下川さんはその後、演奏者とお客さんが文化財の中で音楽を体験できるという特別な空間に魅了され、年に2〜3回音楽イベントを企画して開催するようになりました。

現在は主に、おんどで音楽イベントを開催されている下川さんですが、後におんどとなる物件にはどのように出会ったのでしょうか。
「ここの近所に住むようになって散歩をしていたんですね。そしたら、物件の賃貸情報が出ていたんです。この場所を見て、これは何かやらなきゃ駄目だと思いました。
お世話になっている日下部民藝館の価値を知っていたからこそ、同じクオリティのものが残っているなら、絶対に地元で残さないといけないと思ったんです」

下川さんは、高山市外の企業が観光事業を行う場面が増えてきている様子を見ていて、危機感を感じていたといいます。
そこで「この素敵な場所を地元で残していきたいです。私が何か事業をするから貸してください」と不動産屋に直談判に。「地元の人がやってくれるなら」と物件を借りられることになりました。
下川さんの高山の文化的価値に対する想いは、おんどの設計にも表れています。
「リノベーションをするとき、『梁に釘を打たないで、150年の歴史あるものにできるだけ傷をつけないでください』と、そこだけは設計士さんに頼みました。
設計士さんがすごく悩んでくれた結果、建物の中で鉄骨を組む”ボックス・イン・ボックス”のような構造になりました。古いものの価値を守りつつ、新しい感覚を入れています」
そして、2024年10月26日、おんどが開業しました。

「私がやれるのは、自分が思い描く音楽を企画することだけなんです。それだけでは商売が成り立たないので、この場所にあってほしい要素をいろんな人に相談して付け足していきました」
下川さんは「ここを文化的な場所にしたい」と考え、どんな事業の可能性があるのか、ここで何ができるかを周りの人と相談しながら作り上げられたおんど。
「自分だけでは何もできないので、好きな人を集めて『ちょっとここに良い物件があるんだけど、一緒にやらない?』と声をかけました。例えばローカルガイドツアーの発着所も、ガイドさんの友人に『ここを起点にガイドツアーを作らないか』と話をしたのが始まりでした。
みんなが考えてくれて、こういう場所になっていった流れがあります。具体的なことは何も考えずに始まり、絶対にこれがやりたいみたいなものは、全くなかったんですよ」
ここでお店をやるにあたり、下川さんがコーヒーを淹れてはどうかというお話も周りからあったそうです。
「もしかしたら自分でコーヒーを淹れた方が、自分の売り上げになっていたかもしません。でも、自分の中でできること、できないことがありますし、やりたいよりもやりたくないことに対する気持ちが強かったですね。
中途半端なコーヒーを出す方が恥ずかしいから、その道のプロに相談しました。いろんなことを周りに相談していたら手伝ってくれる人が増えました」

下川さんの原動力である音楽についてはこのような想いもあるとか。
「音大へ行って良かったのは、大学時代の友人が有名なミュージシャンになって高山でライブをしてくれることです。いま、音大での経験が活きてるっていう感じがします」
下川さんは嬉しそうに続けます。
「私が呼んだミュージシャンの音楽を、みんな聴いて!という気持ちです。お客さんの中には彼らを知らない人もいるんですけど、結果的にみなさん『良かった!』と言ってくれて、私はその言葉にいつも満足感を得ています」
心の底から好きな音楽を、高山で届けられることへの喜びが伝わってきます。

また、おんどとして地元で文化を残していくために、町内会の活動や高山祭の雅楽隊への参加も積極的にしている下川さん。
「新しいことをやるんだったら、歴史や文化を作ってきてくれた先輩たちにも、リスペクトしながらやる必要があることを実感しました。そうすることで、お店のためにもなることを肌で感じています。
自分の守っていかなきゃいけない子どもたちの未来を考えると、文化を残したいというところだけではなく、いろんな文化を取り入れながら商売も続けるところまでやって一人前かな」
下川さんは、事業が定着するには長くかかると考えているそう。
「自分のお店のことだけをやっていては成り立たないと思います。事業がまちに受け入れてもらえるのには10年かかるのかなと」
長く事業を続けていきたいという下川さんの覚悟を感じました。

このように、周りの人の好きなこと、やりたいことを巻き込みながらさまざまな事業を展開するおんど。この拠点を中心に、下川さんが残したい”文化”というのは、高山で日々営まれている”暮らし”そのものなのだそうです。
「米作りや畑、観光、お店、音楽をやって、いろいろやっているように見えるのですが、私の中で一貫していて、『飛騨の暮らし』を実践したいだけなんですよ。要は暮らしじゃないですか、文化って。暮らしがあるから文化があると思っています。
飛騨高山の文化の魅せ方が、もっと暮らしをベースとしたものにならないかなと思っています」
下川さんにとって、『飛騨の暮らし』とはどういうものなのでしょうか。
「うーん例えば、うちの庭にビオトープがあるんですけど、子どもたちが田んぼからうちの庭へ持って帰ってきた卵がカエルになっていくんですよ。そのカエルが冬になると冬眠して、春になったらどこからかまた戻って来る。そういうのがここの暮らしだなあ」

下川さんは子どもたちと、自然とともに季節が巡っていくのを体感する暮らしを楽しんでいます。また、こんなエピソードも。
「まちのおじいちゃんが言ってたんですけど、『携帯電話の中の色は偽物だよ』って。『例えば、山の葉の緑はほんとの緑色で、携帯の中の緑は作られた緑色だ』って言うんです。
いいこと言うなと思って。『子どもたちに本物の色をいっぱい見せてね』と言われたんですよ。高山だったらできるなと思っています」
飛騨高山の文化を残したいという想いのベースには『子どもたちのために』という強い気持ちがあるのだといいます。
「もう全部、子どものためです。子どもたちがどうやって育っていくかを考えると、きっと、いいまちづくり、地域づくりをしていかなきゃいけない。何を残すかを考えられるのはここに住んでいる人たちですから。
子育てをしているからこそ、文化を残したいと思っています」
インタビュー中には下川さんとお子さんとの間でこんなやりとりが。
「さんぽいってきていい?」(お子さん)
「いいよ」(下川さん)
「やったー!」(お子さん)
その様子を、おんどのスタッフが自然に見守っていました。

地元の人、観光客、移住してきた人。おんどにはバックグラウンドの異なる人たちがやってきます。
「観光客の方々が教えてくれる文化もあるし、私が歩んできた文化もあるし、スタッフみんなの文化もあります。それぞれの背景を好きなように表現してくれる場所になってもらえたらいいなと思っています。
おんどが文化の発信基地になって、”文化の交差点”のように集まってきた知恵がまた、いろんなところに還元されていく。そんな姿を思い浮かべながらやっています」
「おんどに行けばどうにかなる、という存在になりたい」と下川さんは展望を語ってくれました。
「頼られるような場所になりたいですね。私だけでなく、ここにいるメンバーやお客さんも面白い人がたくさんいるので、『ここに行けば誰かに会える。困ったら聞いてみよう』っていう場所になりたいです」

やりたいことをやるためには、周りに頼らないで一人で頑張らなくてはならない。
そう思っている人もいるのではないでしょうか。
自分のやりたいことにどんなことをプラスしたら、より充実したひとときが生まれるだろうか。
だれと一緒にやったら楽しいだろうか。
そんなことを考えながら、好きなこと、やりたいことを外の世界へ広げてみると、仲間が増え、場が生まれる。見える景色も少しずつ面白くなっていくのかもしれません。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
この記事のようなインタビュー記事の書き手を育てているのが、WHERE ACADEMYのインタビューライター養成講座です。公式LINEでは、募集や説明会の案内、現役ライターのインタビューをいち早くお届けしています。
Editor's Note
取材の後、お店を一歩出ると道行く人みんな知り合いのようにたくさんの笑顔と会話が生まれました。便利さを求めるがあまりに、人とのつながりや考える力がなくてもなんとなく一日を過ごせてしまうこの時代。『ONDO』で過ごす時間は人間らしい暮らしの豊かさ、楽しさを教えてくれます。

AKIHO TAZAWA
田澤 章帆