SHIZUOKA
静岡
地方で挑戦したいことがある。けれど、一人では難しい。
ともに動いてくれる「仲間」をどうつくるか。
これは、多くの地方まちづくりプレーヤーが直面する悩みです。
人口減少や空き家問題が社会課題として深刻化する中、観光をきっかけに地域を元気にしようとする試みが各地で生まれています。
今回お話を伺ったのは、「ローカルを観光で強くする」を掲げるAstlocal株式会社代表の桜井貴斗さん。静岡県静岡市用宗(もちむね)で民泊を運営しています。
桜井さんも、かつては仲間づくりに悩んでいたといいます。様々な経験を経て選んだのは“現場に出て、ときに誰かに背中をあずけ、自己開示する”という生き方です。
ローカルに心を開いて築いてきた関わり方から、「地域とつながるヒント」を探ります。
静岡駅から電車で6分、車で約20分。富士山を望む駿河湾に面し、豊かな自然と歴史と文化を持つ港町「用宗」があります。
この地に築90年の古民家をリノベーションした「ミクソロジーハウスふじや」(以下、ふじや)があります。
玄関を開けると幼い頃に訪れたおばあちゃんちを思い出すような畳の香り、部屋を支える木の柱、不揃いな椅子やざらざらとペンキの厚みを感じるぬくもりのある塗り壁。
「なんだか落ちつく」
自然とそう思わせてくれる空間が広がっていました。
2023年に桜井さんはAstlocal株式会社を立ち上げ、「ふじや」の運営をスタートしました。民泊での経験を積み重ね、静岡だけでなく各地域の観光誘致や行政との取り組みに広げていきたいと考えています。
運営を進める上で、桜井さんが大切にしているのは「現場主義」という考え方です。 地域の課題や魅力は机上の情報だけでは見えてこない。だからこそ現場に足を運び、人と直接顔を合わせることで初めて信頼が生まれるといいます。
「取り組みを応援してもらえるように、最初に事業者さんを一軒一軒回りましたね。地域の方と顔を合わせたときは元気に挨拶をして、仕事以外の話をすることもあります。頻繁に地域に顔を出したり、ときにはお酒を飲みに行ったりして、地域の方々と仲良くなっていきました」
こうした現場での小さな積み重ねが住民との信頼関係となり、地域の事業者とのつながりも生まれていきました。
さらに、桜井さんが大切にしていることが「素直に人に頼ること」と「自己開示をすること」です。会社員時代には「自分はやれている」と思い込み、弱みを見せられずに働いていた時期もあったといいます。その経験を経て、人に頼り、素直に自分を開いてこそ事業は前に進むと実感するようになりました。
「自分だけでできることは限られています。『全部一人でできます』と言われると、むしろ周りは関わりにくいものです。自分にはできることもあれば、できないこともある。だからこそ、できない部分は素直に相談し、一緒に仕事を進めるなかで関係性を深めています。仲良くなれたら次は仲間になれないか誘ってみる。そんな頼り方を大切にしています」
弱みも含めて自分を表に出すことで地域の人に信頼してもらえる。飾らず、隠さずにいることで、協力者や仲間が集まってくるのだといいます。
「聞かれてNGなことはあまりないですね」と笑う桜井さん。実際に桜井さんは、経営状況や売上、ノウハウも隠さず共有し、これまでの経験を地域にオープンにしてきました。
ふじやの中には、地域の中学生と一緒に手作りした地図や、利用者なら誰もが書き込める感想ノートがあります。地域の人の存在感が宿の中に自然と溶け込んでいました。
しかし、地域住民からはネガティブな言葉をかけられることもあるといいます。人が集まる場をつくることは、同時に近隣の方にとって生活の変化を感じさせてしまうもの。時には思いがけない電話や要望が寄せられることもありました。そうした声について桜井さんは、むしろ挑戦の証として前向きに捉えているといいます。
「批判の数は自分にとって挑戦できているかどうかのバロメーターです。何か反発をされるということは、新しいことをしている証拠。現状維持では衰退につながる可能性があるので、常に誰かに批判されるくらいが自然だと思っています」
一方で地域からの応援も増えてきました。
「応援してくれる人がゼロだったら落ち込むかもしれませんが、賛同してくれる人がいるからこそ大きな力になっています。地域のお祭りで宿のTシャツを着ていると『知ってるよ!』と声をかけてもらえたりして、やっぱり嬉しいですね」
また、他の宿が満室のときに「ふじや」を紹介してくれる同業者の方もいます。さらに用宗に暮らす人が清掃スタッフとして働くようになり、宿の運営が地域とともに進められる形へと広がっていきました。
地域の人を巻き込み、批判さえも味方に変えながら歩みを進める桜井さん。いまは次なる挑戦として、2拠点目の立ち上げに取り組んでいます。
舞台となるのは、静岡駅から徒歩16分の利便性の高い場所に佇む「昭和レトロな一軒家」。長年空き家だった建物を改修し、10名以上が泊まれる民泊「ミクソロジーハウスおまち」として再生するプロジェクトです。地域の商店とも連携し、施設そのものがまちに溶け込み、共存共栄していく仕組みを描いています。
桜井さんが目指すのは静岡県の観光にインパクトを与えることです。
「たとえば『駿河城で天守閣に泊まれるプラン』を実現してみたいんです。天守閣のあるまちは不思議と活気づく、そんな持論を持っています。今は公園となっている場所に天守閣を復元できたら面白いと思うんです。そこに静岡が誇るプラモデル文化を活かして、ガンダムのようなシンボルを立てれば、海外からの観光客が訪れるきっかけになるのではないかと」
そんな桜井さんも起業を志した時は、不安があったといいます。インタビューの最後に、ローカルで新しいビジネスを志す人へメッセージをいただきました。
「家庭があるので、起業した当時は家族を養わなければならないプレッシャーはかなりありました。それでも起業家・マーケターとして外の世界を学んでいくなかで、不安よりもワクワク感や『やってやりたい』という気持ちがどんどん強くなっていったんです。
学んで自信がついてきたら良い意味で『考えすぎない』というのがポイントだと思っています。考えすぎると二の足を踏んでしまうので。もし民泊に関する悩みや相談があれば、自分のこともぜひ頼ってほしいです」
地方で新しいことをスタートさせようとするとき、多くの不安に襲われることもあるかもしれません。
そんなときこそ「できない自分」を素直にさらけ出し、誰かに頼る勇気を持つこと。その一歩が、仲間と出会い、地域で挑戦を続けていく力につながります。
さらにLOCAL LETTERのメールマガジンでは、他にも個性ある取り組みをご紹介しています。
Editor's Note
常に「本質」を見失わない、という視点が桜井さんにあるように感じられました。
売上ではなく、「顧客のため」。目先の利益だけでなく、「静岡や日本全体の社会課題解決のため」。事業をする目的が明確だからこそ、その想いに賛同する「仲間」が桜井さんの背中を追うのではないでしょうか。
YUTAKA MURAI
村井 優