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LOCAL LETTER

願うのは「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」が必要ない社会。

JUN. 25

OSAKA

拝啓、ローカルで生きづらさを感じ「寛容性」を高めたくても踏み出せないアナタへ

近年、地域活性化のキーワードとして「寛容性」が注目されています。地域からの人口流出と、各地域の「寛容性」の間に密接な関係があることも分かってきました。

しかし、そもそも「寛容性」とは何なのか、実現に向けてどのような課題があり、どのようにアプローチすればよいのか、具体的なイメージが湧かない方もいらっしゃるのではないでしょうか?

そこで、LOCAL LETTERでは地域の「寛容性」×「地域活性」にスポットを当て、これらを後押しする活動をする皆さんにお話を伺います。まずはプライド月間*に合わせて、性の多様性にまつわる取り組みをしている、井上ひとみさんにお話を伺いました。

*プライド月間…6月は「プライド月間(Pride Month)」と呼ばれ、セクシュアルマイノリティの人権に関わる啓発活動・イベント等が多く実施されます。

全国に広がり続ける「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」

今回ご紹介するのは、全国各地で開催されている「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」。

井上ひとみさん達カラフルブランケッツのメンバーで企画し、大阪市で始まった本展示は、同性婚が法制化*されていない日本において、戸籍上同性同士のカップルが抱える課題、並びに当事者のみなさんができる限り安心して生きるための方法をパネルを通して伝えています。

*同性婚の法制化…現在の日本では、戸籍上同性同士の2人は法的な結婚ができません。結婚ができないことで、一緒に住んでいてもパートナーを扶養家族にできない、パートナーが亡くなったときの相続が難しい、子どもをパートナーと共に育てていても親権を持つことができないなど、さまざまな状況で同性カップルは不利になることがたくさんあります。

「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」は2021年11月22日(いいふうふの日)にスタート。これまで関西圏だけでなく渋谷駅前や、北海道札幌市の地下歩道、人口1万人ほどのまちのショッピングモールなどでも開催してきましたさまざまな地域の自治体や企業からの誘致を受け、全国に広がりをみせながら、口コミで共感を集め続けています。

「セクシュアルマイノリティを取り巻く現状にあまり興味がない方、道行く方にも見てもらうにはどうすればいいか?そう考えた結果、展示会の形が一番いいんじゃないかと思ったんです」(井上さん)

井上 ひとみ 氏 獣医師・特定非営利活動団体カラフルブランケッツ理事長 / 1979年生まれ。レズビアンであるとはっきり自覚してから誰にも相談できない日々を送っていたが、2015年にプライドイベントで同性パートナーと公開結婚式を挙げたのを機にカミングアウト。偏見を持っていた人も当事者が身近にいることを知ると変わってくれた経験から、全国で講演を開始。2019年にはNPO法人を立ち上げ、同性婚について知ってもらうための巡回展を行っている。
井上 ひとみ 氏 獣医師・特定非営利活動団体カラフルブランケッツ理事長 / 1979年生まれ。レズビアンであるとはっきり自覚してから誰にも相談できない日々を送っていたが、2015年にプライドイベントで同性パートナーと公開結婚式を挙げたのを機にカミングアウト。偏見を持っていた人も当事者が身近にいることを知ると変わってくれた経験から、全国で講演を開始。2019年にはNPO法人を立ち上げ、同性婚について知ってもらうための巡回展を行っている。

本展示は一回あたり数日間の開催にも関わらず、累計来場者数はすでに7,000人を超えています。

「愛し合っていればそれでいいじゃないか」というわけにはいかない日本社会の現状を伝える展示内容は、全3章構成。それぞれの章を通して、「同性婚は自分には全く関係がないと思っている方」にも多くの気づきを与えています

展示内容の作成にあたって、具体的にどういった工夫がなされたのでしょうか。

法律的な観点だけの堅苦しい内容では、誰も見てくれない。
でも感情に訴えるだけの内容では『じゃあ結局どうすればいいの?』とわからないまま終わってしまい、意味がなくなってしまいます。両方の側面を補いながら、理論的に整理することで、同性婚の必要性をわかってもらえるようにしました」(井上さん)

色味が統一された、シンプルながらわかりやすいパネルの数々。制作の際には、誰かを傷つけることが無いように言い回しや表現にも注意したといいます。

「『同性婚』を強調することで、パートナー間で養子縁組を結ぶ選択をしている方々を傷つけないか、『同性カップル』を強調しすぎて、同性同士だと自認していないカップルを傷つけないかなど。LGBTQ+の中でも様々な想いを抱える方達がいらっしゃるので、誰も傷つけないようにしたかったんです」と語る井上さん。

第1章「同性婚について知ってほしい!」 「同性婚」ができないとどんな困りごとが生じるのか、わかりやすく伝えるために具体例を紹介。「現行あるパートナーシップ宣誓制度で十分じゃない?」という誤解を丁寧に紐解く章でもある。
第1章「同性婚について知ってほしい!」
「同性婚」ができないとどんな困りごとが生じるのか、わかりやすく伝えるために具体例を紹介。「現行あるパートナーシップ宣誓制度で十分じゃない?」という誤解を丁寧に紐解く章でもある。
第2章「より安心して生きたい!」 同性カップル当事者の方へ向けた展示。パートナーシップ宣誓制度や公正証書についてなど現在の法律上できる「少しでも安心して生きるため」の対策を、実物の証書などを交えながら伝えている。
第2章「より安心して生きたい!」
同性カップル当事者の方へ向けた展示。パートナーシップ宣誓制度や公正証書についてなど現在の法律上できる「少しでも安心して生きるため」の対策を、実物の証書などを交えながら伝えている。
第3章「あなたと“いいふうふ”になりたい!」 同性カップルのお二方がお互いに宛てて書いた直筆の手紙が、それぞれのパートナーやファミリーの写真とともに飾られている。現在16組のカップルの手紙がパネルになっている。
第3章「あなたと“いいふうふ”になりたい!」
同性カップルのお二方がお互いに宛てて書いた直筆の手紙が、それぞれのパートナーやファミリーの写真とともに飾られている。現在16組のカップルの手紙がパネルになっている。

第3章に展示してあるのは、16組のカップルがパートナーに宛てて書き合った「手紙」。

「同じ屋根の下で、一緒にご飯を食べて、一緒の布団で寝て、何気ない話ができる。こんなささいなことが、とても幸せだなぁって感じます。何気ない優しさに、いつも癒されています。今まで一緒にいてくれて、ありがとう。支えてくれて、ありがとう」(手紙より一部抜粋)

「『毎日好きな人と一緒にいれること』が、こんなに幸せなことだと教えてくれてありがとう。あなたと子ども達のおかげで、未来が楽しみで仕方がありません。でも『結婚』という制度があった方がもっと安心かな。とにかく、今私があなたに伝えたいのは…そんなあなたと“いいふうふ”になりたい」(手紙より一部抜粋)

本人たちの写真と直筆の手紙を直接目にすることで、その方たちの体温・ぬくもりを感じられます。「自分の身の周りにはいない」と普段感じている方も、「身近な存在に、いわゆる当事者の方々がいるのだと実感してもらえるのでは」と井上さんは期待を寄せます。

「パートナーシップ宣誓制度=結婚」ではないと実感する日々

様々なアプローチがある中で、この企画展を始めた背景にはどのような思いがあったのでしょうか。

「『私たちだって“いいふうふ”になりたい展』を企画するずっと前から、同性婚の法制化を望み続けてきました。2019年2月14日に始まった、性別を問わず婚姻を選択できる権利を得るための『結婚の自由をすべての人に』訴訟に対しても、その活動を全力で応援しています。

そのほかになにか私にできる事はないかと思った時、世論として同性婚法制化に賛成してもらうことで、国を動かす流れをつくれないかと考えたんです」(井上さん)

展示会場には、レインボーのウエディングケーキのオブジェが置かれています。その頂上にある「78%」の数字は、同性婚法制化に賛意を表している世論の割合

「78%の方が賛成を示してくれているのに、国は『まだまだ国民の理解が得られていない』と言い続け、法制化が進まないのが現状です」(井上さん)

2024年5月13日時点で、全国458*の自治体で導入が進むパートナーシップ宣誓制度。

*公益社団法人MarriageForAllJapan-結婚の自由をすべての人に,2024,「日本のパートナーシップ制度」,https://www.marriageforall.jp/marriage-equality/japan/

パートナーシップ宣誓制度とは、戸籍上同性同士のカップルも含める二者が互いを人生のパートナーとして相互に扶助し合う関係であることを居住自治体に対して宣誓(宣誓書に署名)し、宣誓を受領したことの証明書を自治体が交付する制度のことです。

井上さん自身、2018年に大阪市でパートナーシップ宣誓制度を利用し始め、「もしもの時のため」にと、常に受領証を持ち歩いているそうです。

しかし、受領証が地域において適切に機能しているかというと、課題が残ります。

以前、井上さんがとある私立病院を受診したときのこと。麻酔をかけて処置を行う必要があり、緊急連絡先の欄に「家族」の名前を記入するよう、病院スタッフから言われました。その際、井上さんはパートナーシップ宣誓受領証を提示。パートナーの氏名を書きたい旨を伝えたところ、病院からは「なんですか、それ」との一言。

結果的に「今回はいいですけど、これ以上大きな処置の場合は、『本当の家族』の名前を書いてもらわないと困ります」と言われたといいます。

井上ひとみさん(写真左)と14年お付き合いしているパートナーの瓜本さん(写真右)
井上ひとみさん(写真左)と14年お付き合いしているパートナーの瓜本さん(写真右)

14年間支え合い、生活を共にしてきた最愛のパートナーのどこが『本当の家族ではない』というのか。本当の家族とは一体なんだ?と思いました。自分のパートナーは『偽物の家族』だと言われたようで、すごく辛くて、悲しかったです。

パートナーシップ宣誓制度はまったく無意味というわけではないけど、現行の制度では補われていないことが多すぎると日々実感しています。

それでも、パートナーシップ宣誓受領証を持っていることで二人の関係性を可視化できる。また、制度を必要とする人たちがいるというメッセージにもつながるので、当事者の方々にはもし可能なら利用してほしい、と伝えています」(井上さん)

「諦め」「隠す」ことが当たり前だった世界を終わらせたい。

高校3年生の時に、レズビアンであることを自覚した井上さん。家族を含め、身近な友人にもカミングアウトできないしんどさ、人に嘘をつかないといけない罪悪感を抱え続けながら過ごしていたそうです。

「そんな日々を繰り返す中で、同性愛者は結婚できないし、子どももつくれないものだと当然のように思い込んできました。

友人の異性カップルが結婚した際、もちろん祝福するんです。でも、自分にも一生を共に過ごしたいパートナーがいるのに、このまま誰にも言えず、誰にも祝福されないままなのか、と感じていました。

同性婚法制化の動きが出た時、『もしかして自分達も結婚できるのかな』と希望が見えたんです。

ただ、私が活動を続ける根底にある思いは『自分たちが暮らしていく上で困り事があるから、それをどうにか解消したい』とか、『法律上もパートナーと家族になりたい!』ということではありません。

同性婚法制化を後押しする一番の理由は、LGBTQ+の人たちが、自分たちのことを隠さずに、オープンにしたい人は自由にオープンにできる。パートナーの話などを、気兼ねなく自由にできる。そんな社会を実現したい、という想いです

同性婚が法制化されるということは、国が『同性婚OK』だよ、と表明すること。同性の人を好きになることも『決しておかしなことじゃない』という強烈なメッセージになると思っています」(井上さん)

神戸レインボーフェスタでのウエディングファッションショーでのお二人
神戸レインボーフェスタでのウエディングファッションショーでのお二人

課題の先にいるのは、遠い誰かではない

「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」の役割は、これまで無関心だった方々へ気づきを与えるだけにとどまりません。

自ら声を挙げることが難しい当事者の方や、「地域の寛容性を高めたいけど、どうしたらいいか分からない」「自分には語るだけの正しい知識はないし」と足踏みをしてる方々の背中を押しています

0から何かを生み出すのではなく、井上さんらのこだわりが詰まった既存の展示をお借りできるという安心感のある一歩目。この「展示」という在り方は、全国各地の「何かしたい!」という気持ちを後押しする役割を担っているのです。

セクシュアルマジョリティの立場であっても活動を始めやすく、LGBTQ+の方々を支援する「アライ(ALLY)」の人口を増やすことにも繋がる形といえます。

展示会では毎回レインボーのボードが準備され、そこには来場者からの様々なメッセージが貼られます。

「ここに来るまで、自分が同性愛者だとバレると生きていけないと思ってました」(来場者)

「自分の周りに同じような同性カップルがいるとは思っていませんでした。この展示会に来るだけでも不安だったけど、手紙やパネルを読んで、すごく勇気づけられた。頑張って来てよかったです」(来場者)

そんな当事者からのメッセージを受け取るたび「そんな力がこの展示会にあるんだと教えてもらった気がして、本当にやってよかったと思うんです」と井上さんは笑顔をみせます。

「私たちだって”いいふうふ”になりたい展」の初回開催時には、クラウドファンディングを実施しました。展示パネル制作費や会場費用などにあて、本企画展はたくさんの支援者の力を借りることでスタートしています。

しかし、展示会自体で利益は出ず、継続していくには課題もあります。
現状、大阪市内の展示物保管場所から開催予定地へと送る往復の送料と梱包費のみを、自治体などの開催希望者に負担していただく形で開催中。会場に足を運ぶ井上さんたちの移動費や活動費は、個人の持ち出しでやっているといいます。

より多くの方に知っていただく機会をつくるためにも、人目につきやすい場所での開催や認知を広げていきたい気持ちがあります。その反面、資金面と時間不足の課題もあるのが正直なところです」(井上さん)

社会の寛容性を高める活動として継続していくためにも、資金と時間の負担を解決する対応策を考え、やり方を更新していく必要があるといえます。

不安だから小さく動く。不満だから小さく変える。

同性婚が法制化され、「私たちだって“いいふうふ”になりたい展」が役割を終える日を生きているうちに実現したい、と井上さんは願います。

「レインボーフェスタ!2023」でのステージイベント。大阪ビューティーアート専門学校の学生が衣装に合わせてメイクを施し、ファッションショーに参加する井上さんと瓜本さん
「レインボーフェスタ!2023」でのステージイベント。大阪ビューティーアート専門学校の学生が衣装に合わせてメイクを施し、ファッションショーに参加する井上さんと瓜本さん

「今の自分、今の人生、今の社会に、何かしら不満があるんやったら、誰かが変えてくれるのを待っていても変わらないから、自分から行動していってほしいな、と思います。

何らかの理由で行動できない方も、もちろんいると思う。そんな人は、匿名のアカウントでもいいので『展示会に行った写真を投稿してみる』など、どんな小さなことでもいいから、何か動いてみてほしい。そうやって動き出すことから始まるよ、って。昔の自分にも言いたいです」(井上さん)

2023年10月に実施された「LGBTQ+調査2023」によると、LGBTQ+の割合は全人口の9.7%*と言われています。そのうち、井上さんのように声を上げ活動できる方はほんの一握り。そのごく一部の方だけが、頑張り続けなければいけないのでしょうか?

*電通グループ,2023,「電通グループ、「LGBTQ+調査2023」を実施」,https://www.group.dentsu.com/jp/news/release/001046.html

いわゆる当事者の方に声を挙げさせるだけでは、社会の進歩はあまりに地道です。
「知らない」ゆえに「いない」「関係ない」と思い込む前に、子どもが、クラスメイトが、同僚が、隣人が…、と「身近な誰かを思う、想像力を持って」、寛容な社会への一歩を踏み出してみませんか。

Editor's Note

編集後記

ライターの仕事を始めるずっと前、自分の子ども達に伝えたことがありました。「私はあなた達が同性を好きでも、自分が感じた性別がなんであっても、大切な存在に変わりない。恥ずかしいとか、おかしいんじゃないかとか、思わないでいいからね」。まだまだ勉強が足りなくて、実際には色々な人を傷つけてしまうかもしれないけれど、だからこそこれからも勉強していきたいと思います。

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