TOKYO
東京
東京でまちづくりと聞いて、何を思い浮かべますか?
大手ディベロッパーにしか手が出せない世界だと思う人もいるかもしれません。
もっと小さな単位で。今の暮らしと仕事、関わる人の延長線上で。
今いるまちの魅力を活かした、ローカルな実践を楽しむ人たちがいます。
「住みたいまちランキング」で1位を取得したこともある吉祥寺(東京都武蔵野市)。東京都23区外でありながら渋谷、新宿などにもアクセスしやすい都市の顔と、井の頭公園を中心とした自然豊かなまちの顔を併せ持つ地域です。隣の三鷹市と自転車で30分ほどで行き来できる吉祥寺エリア内に、7つの拠点を構える創造的なコミュニティがあります。
始まりはシェアハウス『アンモナイツ』。「働ける場をつくろう」「子どもも過ごせるように」関わる人のライフステージに合わせて進化してきたコミュニティです。その中心人物である建築家、瀬川翠さんにお話を伺いました。

瀬川さんはファミリー型シェアハウス『アンモナイツ』に住む建築家です。同居するメンバーの子どもからは『翠さん』と呼ばれています。高校生の時にボロボロの一軒家を親戚から相続することになったのがきっかけで、建築家を目指したというユニークな経歴の持ち主です。建築学科へ進むと在学中に、オーナーとなった古い家を自分たちの手で改修して、学生仲間の住むシェアハウスにしました。
2014年に一級建築士事務所『Studio Tokyo West』を設立。店舗や住宅、ホテルなどの内装デザイン、設計を担う空間デザイン会社でありながら、自社でも9つの事業を展開しています。そのうち7つは実店舗やスペースなど、地域に開かれた拠点型の事業です。
吉祥寺を中心にいくつもの立ち上げを経験する中で、まちづくり、ブランディング、運営デザインといった分野も手掛けるようになりました。
「例えば出店場所や地域に合わせた価格の相談にも乗りますし、ロゴやパッケージ、発信まで一緒に考えて伴走します。建物だけでなく総合的にデザインするブランディング会社に自然となっていきました」

現在、2棟あるシェアハウスのうち1棟は、入居者のライフステージに合わせて親子も住めるようになっています。さらに飲食店『SOROR』『photon』やコワーキングスペースなど含め、仕事として関わるメンバーは社員・業務委託・地域の仲間を合わせて約50人にのぼります。これだけ多様な拠点と人を束ねる立場にありながら、本人はリーダーではなくマネージャータイプだと語ります。
「どちらかというと縁の下にいて、何かやってみたいけど一人だと腰が重い人に、一緒にやってみようよっていうのがすごく好きで」
2023年にオープンしたデリとお菓子の店『SOROR』では、瀬川さんの妹が店長を務め腕を振るっています。好きな料理を仕事にしてはいたけれど勤めは大変、でも自分で起業する踏ん切りがつかないと悩む妹の背中を押したのは瀬川さんでした。
また、現在ウエディング事業のリーダーとして活躍するのは、もともとシェアハウスの入居者。その入居者の「お店を出してみたい」という願望を最初に叶えた場所は、シェアハウスの軒下でした。瀬川さんのプロデュースを受けウェディングアイテムのショップ代表として能力を開花させ、一緒に事業を形にしてきました。

『アンモナイツ』はシェアハウスの形をした、創造の拠点であるようです。一緒にやってみようというスタンスの原点が、高校生の時に組んでいたバンド活動にあるといいます。
「ボーカルでもないし、中心に立って『みんな行くぞ!』と引っ張るタイプでもなくて、いわばサブギターのような立ち位置でした。誰かが得意なフレーズを弾くと、「それ最高!そのフレーズが映える曲を作ろう!」と全員で盛り上がる。そんなふうに、仲間の個性を生かして曲を形にしていく時間が何より好きで、没頭していました」
すでにある魅力を活かすために曲を作る、同じ発想は事業にも活かされています。 ウエディング事業も、まちにある魅力を起点に始まったものでした。
きっかけは、瀬川さん自身の結婚。「このまちで、自分らしい式を挙げたい」と思ったものの、理想の式場が見つからずに悩みました。他の場所を検討しても納得のいくプランは立てられず、結局、挙式を諦めることになったそうです。

同じ悩みを持つ人がいるはず。そこで頭に浮かんだのは井の頭公園やハモニカ横丁など、吉祥寺の魅力あるまちなみ。まちそのものを会場にできないだろうか、と考えました。
まちには素敵なレストランや美容院、花屋さんもフォトグラファーも揃っている。つなぎ合わせる仕組みがあればできると確信した瀬川さん。あとは公園などを使わせてもらうため行政の許可というハードルをクリアできたら。流れるような発想で、『吉祥寺 de WEDDING』の事業が誕生しました。
「結婚式を創るための人材は揃っているのだから、あとは仕組みをつくればいいと思ったんです。実際には行政のハードルが高く、広島県で事業の前例をつくってから逆輸入のような形で実現しました。行政の方に協力いただくには、前例がないと難しかった。東京が地方都市から学ぶところは多いと思います」

前例のないことを実現してきた瀬川さんですが、すべてが想定通りにいくわけではありません。多くの人が関わるようになると、思い通りに進まない場面も増えるといいます。
「例えば、商店街イベントの必要書類が驚くほど期限内に集まらないとか(笑)トラブルが起きたときに、柔軟に受け止めて調整する力は必要です。スケジュールの遅れにしても、予算が足りない場面にしても『それならやめましょう』ではなく、どうにか調整をすることで実現まで漕ぎつけます」
やりたい事業を実現するために、調整の手間を惜しまない。大きな視点で全体を見つつ、細部にも気を配る瀬川さんの姿勢がお話からうかがえます。
生まれも育ちも吉祥寺エリアだという瀬川さん。
「大人になってから、このまちの本当のカッコよさに気づきましたね。この辺りは東京のいわゆるシティライフを送れる環境がありながら、農地もあって地産地消も叶う。牧歌的に育ってきた文学や音楽、ものづくりのカルチャーもあって、知れば知るほど奥深い地域なんですよ」
まちの魅力を再認識できる拠点になれば、と運営している『photon』では、地域で採れた素材を料理に使い、地域の人たちがスタッフとしてお店を支えます。

「最初からまちづくりをしようと思って始めたわけではないんです。自分たちが気に入っているまちを、どうしたらもっと楽しみ尽くせるかなと考えたときに、お互いに顔が見えて、道で会ったら挨拶できるような関係を築けたらと。自分たちのためを考えていたら結果的に、まちの人たちと一緒にやる事業になっていました」
まちの人のために何かしたい、と意気込む人には少し気持ちが軽くなる話かもしれません。瀬川さんが大切にしているのは、「コミュニティをつくること」そのものではなく、同じ想いを持つ人たちが自然とつながっていくような関係性です。
「集まること、コミュニケーションをとること自体を目的にすると、うまく回らないことが多いと思います。例えば味噌をつくる会なら、丁寧な暮らしをしたい人や『食』を大事にしている人が集まってくる。大事にしている暮らしの価値観をシェアしながら、地域で人間関係を育んでいけるといいですね」

瀬川さんが運営するシェアハウスで新しいメンバーを受け入れる際にも、今いる人との価値観の重なり、相性を考えるといいます。とはいえ、10人余りが共に暮らし、仕事も共にするほどの濃い関わりの中で、時には衝突することもあるのでしょうか。
「大きなトラブルは起きたことがないです。バンドでいう、音楽性の違いで解散、みたいなことはないんですよね。やりたいことがある人をみんなで応援するというスタイルになっているから、対立しないのかもしれません」
みんなで応援するスタイルは、ビジネスも子育ても同じです。居住者の子どもと接するうちに、おむつ替えもミルクをあげるのも、今ではすっかり慣れたと笑います。
「都心での子育ては、実家が離れていたり、近くに頼れる人がいなかったりして、どうしても大変さが増すと思います。だからこそ私たちはシェアハウスの利点を活かし、みんなで協力して子育てできる環境にしていきたい。『1日子どもを見てるから夫婦でデートしてきたら?』『ここにトランポリンを置いたら勝手に遊ぶかな?』とアイディアを出し合って過ごしています」
子どもにとっては、お母さんと『翠さん』とで言うことが違う場合もあるかもしれない、でもそれが大切なのではと瀬川さんは語ります。
「ひとつの正解ではなく、いろんな価値観に囲まれて、何が正解かわからない環境で暮らせるって豊かだと思っていて。自然と自分なりに考えるようになっていく気がするんです。いろんな愛され方を経験して育ってくれたら嬉しいですね」

大人も子どもも関係なく、血縁を超えて、面白いことを一緒に笑えたり、疲れているときは甘やかしてくれたり、身内がいるような地域にしていきたい、という瀬川さん。インタビューの最後に、地域との関わり方に迷う読者へのメッセージをいただきました。
「小さくてもやってみたい夢があれば、住んでいる地域で軽々しくいろんな人に話すべし、と思っています。あとで変わってもいいですし、自分で言葉にするのが難しくても、一緒に話していくうちに言語化できることもあります。
例えば絵が好きだとして、話してもらえれば『あそこの店でイラスト描いてもらえる人探してたよ』とか小さなことでもきっかけを振ることができる。やってみると評判になるかもしれないし、逆に不評でやる気が出るかもしれない。
心配して止めてくる人がでてきたら、それはありがとうと無視をして(笑)『いいじゃん!』と応援してくれる人を周りに集めてみてほしい。話してみると、意外な人が協力してくれたりします」

お互いに応援される側であり、応援する側でもある、しあわせなつながり。まちで何かやってみたいなら、口に出してみることが実現への一歩になります。
お気に入りの店、気になる商品、イベントやまちなみも、結局は関わる人でできている。すでにあるまちの魅力をつなぎ合わせて曲をつくるように、人と人がつながってまちづくりができたら、きっとその過程も楽しいものになるに違いありません。
Editor's Note
取材時にワークライフバランスの話題になりました。瀬川さんはワークとライフが混ざりあっているタイプだとか。誰かと一緒に新しいことを考える時間は、最高に楽しいのでワークと言い切れないそうです。一緒に楽しめる人がいてワークもライフも充実していると、バランスは気にならないのかもしれないと思いました。
JUNKOKO HIRANO
平野ジュンココ