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三重
世界遺産『熊野古道』。
その巡礼道のひとつ、伊勢神宮から熊野三山へ詣でる『伊勢路』のちょうど中間地点に、三重県尾鷲市はあります。人口約1.5万人のこの地に、年間40万*もの人が訪れます。
(*三重県「令和4年市町別及び地域別入込客延数」より)
そんな尾鷲市観光の中核施設である『夢古道おわせ』は、温浴施設『夢古道の湯』とフードコート 『OMOTENASI』を組み合わせた複合施設。
意外にもメインターゲットは、コロナ禍以降さらに注目の集まるインバウンド客ではなく、『三重県内のファミリー層』だといいます。
なぜあえて周辺顧客にターゲットを絞ったのか。
2025年4月から指定管理者としてこの施設を運営する、一般社団法人OMOTENASI代表理事・湯浅しおりさんにお話を聞きました。

これまでNPO法人の代表として、尾鷲市内でサービス付き高齢者向け住宅を運営してきた湯浅さん。
2025年3月、自社施設と目と鼻の先にある夢古道おわせの指定管理者公募を目にします。
「募集を見かけてすぐ決断しました。もうこれは必然だなって。ここを回せるのは、この場所を熟知している自分たちだなと思ったんです。
次の日には公募に手を挙げるために、新たな法人を立ち上げに行きました。そしてあれよあれよという間に市役所に行き、応募のプレゼンをしていましたね」

何事も即断即決の湯浅さん。
指定管理者に選ばれるとすぐ行動を起こします。
「まずここを見たとき、誰がお客さまかなと考えました。やっぱり家族連れだなと。私には孫が6人いるんですよ。正直『この周辺には子どもを連れて行ける場所が少ないな』って思っていたんです。
だから安心して子どもを連れて来られる場所にしようと思い立ちました。早速キッズコーナーを作って、ゆっくり滞在できる施設設計にしたんです」

『子連れ歓迎』の施設づくりは、にぎわいだけでなく、場の空気も変えたといいます。
「キッズコーナーがあることで、多少騒がしいだろうことは他のお客さんも理解して来てくれるんです。何なら優しいお客さんばかりだから、一緒に子どもと遊んでくれる。自然と知らない子同士が仲良くなったりもするんですよ」
さらに今年の夏は思い切って、店先にビニールプールを設置。
「これが大ヒット。バズったんです。親御さんたちがとても喜んでくれて、水着を持ってきてくれる子がどんどん増えました」
子どもと楽しめる場づくりは少しずつ話題を呼び、ある日は大人4人・子ども9人の団体予約があったそう。
「11時前からお昼を食べに来てくれて、プールに入って。その後、スイーツも食べてくださって。私が『閉店まで居ていいよ』と声を掛けたらすごく喜んでくださいました。帰る前に、うちのお風呂も入ってくれて。
あ、これ当たったなって。勘違いかもしれないけど」と遠慮がちに笑う湯浅さん。
このヒットは、ここにファミリー向けの施設が求められていると確信するのに十分な出来事だったはずです。
「お客さんには『お子さんいくつなの?』『私の孫もこんな感じでね』と私から話しかけます。子どもが泣いて親御さんが手を焼いていたら、私達が抱いてあげて、その間にご飯食べてもらったり。
冗談で『住んでくれてもいいよ』って言ったら本当に喜んでくれる。田舎ならではのやり取りですね。そういう、お客さんと距離の近い雰囲気にもっとしていきたいな」
そう語る湯浅さんの目は優しさに満ちています。

お客さんと積極的に繋がり、温かい施設の雰囲気を作り出す湯浅さん。
施設づくりでも人とのつながりを最大限に活かして運営してきたと言います。
「何かをやろうとする時にね、思いがけない出会いがあるんですよ。実現は無理なんじゃないか、という時にアイディアが『降りてくる』んです」
今では夢古道おわせの目玉のひとつとなった、尾鷲の美味しい魚が食べられる「ほんじつのさかな」。週末限定でランチを提供し、地元で水揚げされる海の幸を届けています。
「ほんじつのさかな」はもともとは市内の漁港近くで、料理を振る舞うために構えた5席ほどの店でした。
「ある時お店の方が私の講演を聞いて、初対面で『一緒にやりたい』って言ってくださって。
みなさんはどう思うのかわからないけれど、私は『降りてきた、降りてきた!』と感じたんです。ブルブルと寒気がしたくらい。何も悩まず、その場で『ぜひ仲間に入ってください』とお伝えしました」
初対面の相手にも全幅の信頼を置く、湯浅さんの姿勢が印象的です。

「偶然じゃない、必然だと思うんです。尾鷲という土地柄、魚の刺身が喜ばれると分かっていました。でも仲間に刺身を扱える人がいなくて。
そんな時にお魚のプロが、お客さんも引き連れて来てくれたんです。しかも自前で情報発信も工夫している方です。美味しい海鮮とWEBで調べると真っ先に出てくるようなお店ですよ。
魚をさばくこと、WEBでの情報発信をすることは、私たちが1番苦手だったところでした。その両方の強みを持つ人が、夢古道おわせの仲間になってくれたんです」
今では美味しい海鮮を目当てに30人規模の団体客が来ることもあるそう。
「『バスで来るって!』と聞いて私も嬉しかったですね」

さらに、フードコートの看板メニューであるラーメンも、思いがけないつながりから導入されました。
「ちょうど『夢古道おわせ』の立ち上げを進めていたころ、たまたま長男が営むラーメン店(三重県津市の『らぁ麺 喜鷲-kishu-』)が、入っていたビルの取り壊しで撤退せざるをえなくなって。
息子は困っていましたが、私には『これも何かの流れかもしれない』と感じました。早速『夢古道おわせに来ない?』と声をかけて、新しい場所に移転するまでの間、ここで臨時店舗をやってもらうことになったんです」
どんなきっかけも良縁につなげてしまう湯浅さん。
「やっぱり人とつながるってことが大事ですね。知り合った相手も、独自のコミュニティを持ってるじゃないですか。それがくっついてくるんですね。コミュニティとコミュニティがつながって、みんなが仲良くなるみたいなイメージです」

複数の事業を掛け持ちながら、市の観光物産協会の代表理事も務める湯浅さん。
尾鷲の観光についても想いを語ってくださいました。
「まず身近なところから始めることが大事だと思っています。正直いきなりインバウンドは望めないんですよ。一足飛び越えたものより、目の前にあることからコツコツやらないと次のステップに行けない。確実に行くことが大事だと思います。
『これからはインバウンドだ!』といきなり英語をバーっと店内に並べたって、きっとなかなか受け入れられない。
まずは三重県内から。三重県の方に『尾鷲に面白いところがあるよ、子ども連れでも温かく受け入れてくれるよ』と知ってもらうのが第一かな」

その思いを強くしたのは、とあるきっかけからだといいます。
「夢古道おわせ運営の話が出る前に、市内のホテル経営を引き継いだんです。経営してみて初めて、土日にお客さんが少ないと分かりました。平日はビジネス客でいっぱいなのに、です。
尾鷲には思ったほど観光客が遊びに来てない、そうした印象を強く受けました。同時に『どうしたらいいのかな』と。今観光に力を入れているのは、土日をお客さんで埋めたいっていう思いがきっかけやったかもしれないです」
これからの夢古道おわせのあり方を伺っても、今いるお客さん第一の姿勢が伝わってきます。
「お客さんに聞くんですよ。『あとうちに何が足りない?』『どんなものがあったらいい?』って。聞いたら答えてくれます。
例えば『ベビーベッドがお風呂になかったから欲しいわ』と聞いて、すぐ買いました。他には、冷やし中華をメニューとして出した時に、お客さんから『ラーメンの麺の方が合うと思う』と聞いて、即変えましたね。
お客さんには、気づいてくれてありがとうって伝えます。そうしたらお客さんも『自分の一言で変わるんだ、応援しよう』って気になってくれるじゃないですか。その心理がすごく大事だと思いますね。
もちろんご意見の見極めもしますが、とにかくお客さんの声を拾う。そうやって答えていけば形になっていくのかなと。お客さん参加型にしちゃうんです」
その甲斐あってか、土日や連休の観光客は増加している感触を持っているそう。実際にインタビューを行ったお盆期間の土曜日には、多くのお客さんで賑わっていました。
「このお盆はすごいですね。毎日これだったら大成功。ただし過労で倒れます(笑)
だから、今後力を入れたいのは平日です。まだ平日の楽しみが少ないので。それにはもうちょっと視点を広げなきゃいけないと思っています。シニア世代の方たちにも楽しんでもらえる仕掛けとか。アイデア何かあったら教えてください!」
と湯浅さんは無邪気に問いかけてくださいました。

2025年の1〜3月には訪日外客数が初めて1000万人を超えるのでは*と、インバウンド客の動向が新聞紙面を賑わせています。私達もいかに広く観光客を呼び込むかに視線を向けがちではないでしょうか。
(*ニッセイ基礎研究所 「インバウンド消費の動向(2025年1-3月期)」より)
一方で湯浅さんの観光への向き合い方はそれとは一線を画します。
「身近な人たちが欲しい施設はなんだろう?」
「来てくれた人がもっと喜ぶにはどうしたらいいんだろう?」
とことん「今ここ」にいるお客さんを大切に、一歩一歩進む。そんな姿が共感を呼び身近なファンができていく。
湯浅さんの挑戦は、いま見落としがちな大事な視点に気づかせてくれます。
Editor's Note
取材では常に笑顔で快活に受け答えくださった湯浅さん。取材中も何気なく近所の方が湯浅さんを訪ねて来られるなど、住民にとっても身近な存在であることが伺えました。これも湯浅さんの持つ、周りを明るくさせるパワーが成せる技なのだと思いました。みなさんもぜひお話を聞きに行ってみてください。これからのヒントとたくさんの元気がもらえるはずです。
KENTA UCHIYAMA
内山健太