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アトツギの火を、中国地域に灯す──地域の未来を担う“自発的コミュニティ”の挑戦

FEB. 19

HIROSHIMA

拝啓、事業承継者として、既存事業の再構築や新規事業の立ち上げに悩むアナタへ

“アトツギ”という言葉を知っていますか。この言葉は「先代から受け継いだ有形無形の経営資源や伝統を活かし、新たな領域に挑戦する後継者や後継予定者」を意味します。

今、後継者不足を理由に廃業を余儀なくされる企業が増えています。存続できる企業を1つでも増やすために必要なのは「後を継ぎたい」気概に満ちた”アトツギ”たちへの支援を行うこと。

今回取材を行ったのは、広島県を拠点に”アトツギ”の当事者が主催するアトツギコミュニティ「HATCH」。コミュニティ立ち上げのきっかけや想い、今後の展望について伺いました。

“アトツギ”の言葉に出会ったきっかけ

2013年に家業である森信建設株式会社に入社し、2025年より代表取締役に就任した森信秀一郎さん。自身も後継者という立場でアトツギコミュニティ「HATCH」を立ち上げました

森信秀一郎 氏 森信建設株式会社 代表取締役 / 1984年生まれ。2013年より家業である森信建設株式会社に入社し、2025年より代表取締役。2024年に一般社団法人広島青年会議所の理事長を務め、後継者という立場から、次の世代までを見据えた長期的な地域と事業づくりに取り組んでいる。

最初に、森信さんは一般的な後継者とアトツギの違いはどこにあると考えているのか聞きました。

“アトツギ”とは、すでにある家業に加え、さらにもう一つ自分の世代で新たな取り組みをしている人だと考えています」(森信さん)

では、森信さんが“アトツギ”の言葉に出会ったきっかけは何だったのでしょうか。

僕が所属している広島青年会議所(以下、広島JC)で『後継者の起業推進』をテーマに、急成長している様々なビジネスリーダーたちにインタビューをする機会があったんです。

話を聞く中で、日本と中国の後継者の違いというテーマに触れたことがありました。中国の後継者は自分自身で新しいビジネスを立ち上げることが多く、そのうえで家業を継ぐので、後を継いだ頃には事業の柱が2馬力になっているのだそうです。

一方で日本の後継者は、親から『今の仕事をまず覚えなさい』と言われ、家業だけを継いでいくケースが多い。それでは結局1馬力でしか後を継げていないという話が、僕の中でとても印象に残りました

このことをきっかけとして、今の既存事業の他に、もう一つ何か自分で仕事を持つべきだと考えるようになった森信さん。そのとき、“アトツギ”の言葉に出会い、アトツギベンチャーの世界に踏み込むことになりました。

広島JCなどで後継者同士で話す機会があっても、意外と踏み込んだ事業の話はしないんです。アトツギの世界では家業を自分たちがどう捉えてどうしていきたいという議論がより頻繁に行われているように思います」と語ります。

若手後継者の心に火を。コミュニティまでの道のり

では、アトツギの考え方に共感した森信さんがコミュニティを立ち上げるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

「全国の中小企業・小規模事業の後継予定者が、既存の経営資源を活かした新規事業のアイデアを競う『アトツギ甲子園』の存在を知りました。

当時は広島からの出場者は0だったんですよ。ピッチを終えた中四国大会の出場者たちが意気投合している姿を見て、この熱量の高いアトツギのコミュニティに広島の後継者が誰もいないというのは、あまりにもったいないと思いました。

ただ年齢制限のこともあり、僕自身はもうアトツギ甲子園にはもう出場できなかったんです。

それなら僕は広島JCや地元のネットワークで後継者を多く知っているので、自分自身で声をかけて、挑戦してくれる出場者を応援しようと始まったのが、HATCHの前身です」(森信さん)

既存のコミュニティで得たつながりを活かしながら、若手の後継者に声をかけ、アトツギ甲子園への出場を後押しするために始まった森信さんの活動。

2024年の年末には、3名のアトツギ甲子園出場者に対して、地元大学や先輩社長に声を掛けてプレゼンのフォローやビジネスピッチに対するフィードバックを行いました。

アトツギ甲子園の出場者たち。写真は2025年の第5回アトツギ甲子園。

順調そうに見える活動ですが、アトツギを支援するためのイベントなどを開催しても、参加者がすぐに増えることはなかったといいます。

「繰り返しになってしまいますが、日本の事業承継は家業だけを引き継ぐ意識が根強いことが大きな要因になっていると思いますまた、既存のコミュニティは大切にされている一方で、アトツギベンチャーや新しいコミュニティについては関心が薄い点も理由の1つだと感じています」(森信さん)

地元に戻ってきた後継者の話を聞くと、そもそもコミュニティには入らない選択肢を取る人も多かったそうです。事業を継ぎ、何をしていきたいか。そんな森信さんの問いかけに「実は起業しようと考えている」「今の仕事で手いっぱいで、本当は何かしたいと思っているけど諦めた」と控えめに口にする若手後継者たち。

「何かを変えたい想いがあるものの、どう取り組んでいいかわからなかったり、既存の仕事や生活で手一杯の人も多い印象です。一方で、僕には複数の経済団体に所属してきた経験がある。そこで培った人脈を活かし、彼らに火をつけたいなと思っています」(森信さん)

広島JCを始めとした経済団体と関わりがあり、HATCHの主催者でもある森信さんだからこそ、若手後継者はやってみたいことを口にしやすいはず。森信さんがコミュニティ間のハブとなり、後継者の可能性を広げています。

「僕自身そしてHATCHとしての強みは、幅広い世代の経営者とのつながりがあることです。新規ベンチャーとしてゼロから事業をするには、手がかりが無い段階から始めないといけない難しさがあります。けれど、僕ら“アトツギ”は、既存の設備やお客さんを持っていたり、すでに人脈を持っているところからスタートできるのが一番の特徴です。

スタートアップ企業にもアトツギにもネットワークがあり、両者をつなげられるのがこの団体の価値であり、今後もやっていきたいことだと思っています」(森信さん)

HATCH参加者による集合写真

居心地の良さだけで終わらせない。「会社を前に進める」場所であるために

ここからはHATCHの参加者であり事務局も担当されている、株式会社ヒロコウの専務取締役CMO小柳宜久さんにもお話を伺いました。

小柳 宜久氏 株式会社ヒロコウ 専務取締役 CMO / 1994年生まれ。広島市出身。新卒で大手経営コンサルティングファームに入社。上場企業の戦略策定や中小企業の採用支援を行う。同時に社内の新規事業立ち上げを経験。12年の東京生活を経て2024年に家業の足場工事会社に入社。既存事業の新規営業を行う。同時に新規事業を立ち上げ、第5回アトツギ甲子園にて特別賞を受賞。広島全体のアトツギ熱を燃やすことをライフワークとする。高校時代は大阪桐蔭にて甲子園優勝を経験。史上7校目の春夏連覇を成し得た。

森信さんのサポートを受け、2025年の第5回アトツギ甲子園にて特別賞を受賞した小柳さん。プランを決めるよりも先に情熱と勢いで出場申し込みをしたと言います。当時、小柳さんが持っていたのは強い危機感でした。

「広島は、中四国で一番経済規模の大きい地域なのに、日本で一番熱い事業継承の場に誰も出場していないと知り、寂しさや虚しさを感じると同時に、他の県に”中四国No1の経済地域”の座を奪われるのではないか?という危機感を抱きました。

私が広島県において”前に出る・挑戦する後継者”としてファーストペンギンになれたらいいなと思い、出場を決めました。一人でも多く挑戦する後継者が増えることが、10年後20年後の広島経済に重要なことだと考えています。」(小柳さん)

その後、森信さんが“アトツギ”の火を広島で絶やさないためにHATCHを立ち上げる話を聞き、その想いに共感。現在は自身の事業の傍ら、事務局としてゲストスピーカーとの調整や、SNS発信などを行っています。

HATCHに参加することで、意識や行動の変化はあったのでしょうか。小柳さんに尋ねると、真剣な語り口でこう答えてくれました。

「コミュニティの参加者ではあるのですが、自分自身が刺激をもらいたいというよりは、同じ志を目指す仲間を集めたい気持ちが強いです。一緒に広島経済の未来を作っていく仲間を増やしたい想いで活動をしています。

単なるアトツギの仲間づくりで終わらせずに、HATCHは、会社がどう成長していくかを実務の面から真に考える場所であって欲しいと思っています」(小柳さん)

HATCHが目指すのは、企業の成長を実現する未来志向のコミュニティです。その信念が最もよく表れているのが月1回の勉強会。経験豊富な経営者をゲストスピーカーに招き、既存事業からプラスワンを生み出すためのヒントを提供し続けます。

HATCHで行われる月1回の定例会。2026年1月には同月に開催される「第6回アトツギ甲子園中四国大会」のための壁打ち会が行われた。出場者に実際にビジネスピッチを行ってもらい、過去出場者、先輩経営者、起業家と共にブラッシュアップをする。

小柳さんの言葉からは、HATCHが目指す場の輪郭が、参加者・事務局の立場からも共有されていることが伝わってきます。その想いは、HATCH立ち上げの中心人物である森信さんの考えとも深く重なっていました。

「事業承継の形は十人十色なので、講師の中でどの人の話が自分にはまるかは、話を聞いてみるまでわかりません。なので、できる限り多くの事例に触れ、自分の事業に活かせる箇所がどこか一つでもあればという想いで開催しています」(森信さん)

居場所も、次の挑戦も。アトツギ当事者がつくるHATCH

HATCHコミュニティの意義について、森信さんはどのように捉えているのでしょうか。

「まずは、この団体に参加してくれたメンバーが自分にしかできない何かに気づいて、新たな事業や、既存事業をうまく使ったビジネスにつなげてくれるといいのかなと思っています。

次に、アトツギの皆が安心して話ができる受け皿のような場にもしていきたいです。せっかく後を継ごうとして帰ってきても、親(先代)とうまく行かずに会社を辞めてしまうパターンも少なくありません。加えてHATCHは30代を中心にしたコミュニティなので、結婚や育児、ライフスタイルに関する悩みもあるはず。

受け皿の役割だけだと交流サロンで終わってしまうので、ビジネスとのバランスはとりつつも、この2軸を中心に据えていけたらと考えています」(森信さん)

ビジネスを始めたばかりの後継者にとって、仕事面とプライベート面のどちらも共有できる場が得られるのは心強い存在だと感じました。

今後のHATCHの展望について、お二人に伺いました。

「事業を成長させたい想いを持つアトツギを増やし、広島の経済を発展させることがHATCHが目指す役割です。そのために今後取り組んでいきたいことは、3つあります。

1つ目は成長企業の社長を招き、話してもらうこと。

2つ目は、ベンチャー企業やスタートアップ経営者との接点を作ることです。ベンチャーやスタートアップの創業社長は、会社を成長させ、次のステージへ進めることに貪欲に向き合っている人ばかり。アトツギにとっての刺激になるはずです。

3つ目は、HATCHのメンバー同士で、挑戦したことをお互いに話していくことです。この3つによって、『周りのメンバーが頑張ってるから、自分も頑張ろう』というマインドセットにつながれば嬉しいですね」(小柳さん)

「最近は、コミュニティの活動に関心のある人だけが集まっており、参加者が固定化してきていると感じます。銀行や支援機関の協力を得て団体としての信用力を上げるなど、ブレイクスルーしていく必要があります。

さらに行政やその委託先に対して、アトツギが集まっているからこそ提供できる情報や価値を明確に伝え、『この団体を費用をかけてでも協力したい』と考えてもらえるようにしていきたいです。そのためには、どんな情報が求められているのか常にアンテナを高くはっておく必要があります」(森信さん)

事業承継の難しさは、外からは見えにくい。
だからこそ、当事者が声を上げ、課題に向き合う場が必要なのだと、森信さんは語ります。

「後を継ごうと強い意思を持っていても、いざやってみると上手くいかずに悩むこともたくさんあると思います。そして、その悩みはアトツギ同士だからこそ分かり合えることも多い。HATCHは一番近くにあるコミュニティとして、みんなの受け皿になれればいいなと思っています」(森信さん)

当事者が旗を振るからこそできるコミュニティづくり。地元が抱える課題を明確にし、それを解決するための施策を自らの手で立ち上げていくHATCHの取り組みは、これから“アトツギ”として一歩を踏み出す人たちの道標になるのではないでしょうか。

Editor's Note

編集後記

森信さんの穏やかさの中にある強い熱量と、小柳さんのパワフルかつ推進力のある熱量。
形は違えど、お二人ともエネルギーに溢れていたのが印象的でした。
新たなことに挑戦するときに必要なのは、「一緒に高め合える仲間」と「やりたいことを実現するための戦略」なのかもしれません。

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