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LOCAL LETTER

行き先はあとから決めればいい。”好き”の先に辿り着いた居場所

APR. 29

AICHI

拝啓、「このままでいいのか」と思いながら、今日も会社に向かうあなたへ

満員電車の窓に映る自分の顔を見て、ふと思う。

このままでいいのだろうか。

仕事に大きな不満があるわけじゃない。
生活も安定している。
周りから見れば順調にみえるだろう。

それでもどこかで、自分が本当にいたい場所はここなのか?という心の中の小さな声が消えない。

けれど、日々のせわしなさに、転職や移住など具体的なアクションを起こす体力も気力も残っていない。貯金も気になる。だから今日も、いつも通り地下鉄の改札を抜ける。

そのような行き場のない迷いを受けとめてくれるのは、思ってもみない場所にあるかもしれません。

愛知県・南知多町。
伊勢湾を目の前に佇むカフェ「Comas hui(コマスフイ)」の代表松尾剛史さんは言いました。

深く考えすぎなくていいんですよ。ETCを越えてから、どっちに行くか考えればいい

すべてを決めてから動く必要はない。
走り出してから、ハンドルを切ればいい。

フラダンスも、海岸整備も、場づくりも。
最初から確固たる理由があったわけではない。

それでも続けた先に、 誰かが立ち止まれる場所が生まれていた。

もし今、あなたが 「このままでいいのか」と思っているなら——
この記事を読み終えるころには、新たな一歩を踏みだす気持ちが芽生えているかもしれません。

松尾 剛史(Matsuo Takeshi)氏 株式会社松尾組 代表取締役/建設業の現場で磨いた力をもとに、南知多町の海辺施設の指定管理者として、人と海が心地よく交わる環境を整えています。

なりゆきの先で始まった、海辺の場づくり

松尾さんは、愛知県豊田市にある建設業「株式会社松尾組」で代表取締役を務めながら、南知多でComas huiを運営し、イベントや海岸整備にも取り組んでいます。

「建設業などをやっているんですが、『などのほうが面白くなってきたので、いまはそちらを重点的にやっていますね」

2024年、行政施設として使われていた現在のComas huiを、別の形で活用できないかという話が松尾さんのもとに持ち込まれました。

海沿いの遊歩道に佇むComas hui

「最初からこれをやりたかったのか」と問われれば、少し違うと言います。

「ご縁とか、いろいろな流れがあって今に至るだけなんですよ」

何か明確な目的があったわけではなく、流れに身を任せるようにして南知多にたどり着きました。

「自分が面白いと思ったことを続けてきた」その延長線上に“今”があるそうです。
しかし、その先には向き合わなければならない現実もありました。

人口減少の問題。
施設の老朽化。
活用されないまま残る建物の存在。

もともと、建物や駐車場といった箱はすでに整っていました。

松尾さんが考えているのは、そうした既存のものをどう活かすかということ。
すでにある形に、どう価値を持たせ、どう変化させていくのか。

その問いと向き合いながら、松尾さんは試行錯誤を続けています。

「サグラダ・ファミリアみたいなものですよ。毎日どこかをちょっとずつ変えていく」

石を少し動かす。
カウンターをつくる。
植栽を整える。

昨日訪れた人が、今日また来たときに「あれ、前と違うね」と気づく。
劇的な変化ではなく、小さな更新を重ねていくこと。

「はじめて来たときが、その人にとっての1ページ目。次に来たときが2ページ目」

そんなページの積み重ねが、またふらっと立ち寄りたくなる居場所をつくっています。

理屈よりも感性を大切にする“ファンタジー”の精神

南知多町は愛知県知多半島の先端にあります。
名古屋から車で約1時間ほどの距離にある海に囲まれたまちです。

その海辺に立つのが、カフェ兼イベントスペースであるComas hui。
Comas huiには、まるで物語の中に入り込んだような空気が漂っています。

海風に揺れるのれん。
木の匂いが残るカウンター。
波の音がBGMのように重なる時間。

人間関係に疲れた日も、理由もなく気分が沈む日も、この場所で海を眺めながらコーヒーを飲むだけで、浅くなっていた呼吸が少しずつ深くなっていきます。

「疲れている人には、特にいいと思うんですよ。波を見てるだけで、ちょっと癒されるから」

現実からほんの少しだけ離れられるような感覚。
松尾さんは、それを“ファンタジー”と言います。

「僕、もともと絵本作家になりたかったんですよ。カワイイものが好きなもので」

子どもの頃は、毎週のように図書館へ通っていたそうです。
ページをめくるたびに知らない世界へ入り込んでいく感覚が好きで、時間を忘れて絵本を読んでいました。ときには、好きな絵本作家の講演会に足を運ぶこともあったと言います。

その頃の自分を「夢見がちだった」と、どこか照れくさそうに振り返ります。
物語の世界に心をときめかせていた感覚は、今も変わらず松尾さんの中に流れている。

理屈よりも“なんかいい”

Comas huiの空間にも、そんな感覚がやさしく広がっています。

思いがけない場所へ導いてくれた“フラダンス”の存在

松尾さんは、趣味でフラダンスを長年続けています。
けれど、その「出会い」も「理由」も特別なきっかけがあったわけではありません。

始まりは、たまたま入ったレストランでした。
店内で踊っている人の姿を見て、友人に「やってみたら?」と勧められたことがきっかけだったそうです。

「最初はやめようとも思ったんですけど、気づいたら10年くらい経っていました」

もともと踊りの経験があったわけではありません。
ましてや「舞台に立つ自分を想像することなんてできなかった」と言います。

それでも続けてこられたのは、やっていくうちに楽しいと感じるようになったからです。

今ではイベントでハワイや小笠原諸島へ足を運ぶほど、フラダンスは松尾さんの行動範囲を大きく広げてくれました。

「信念を持って続けてきたと言いたいところですけど、偶然の産物でしかないんですよね」

あれこれ考えすぎず、風が吹いた方向へ身を任せてきたからこそ、思いがけない場所にたどり着いたのかもしれません。

主役じゃないからできる。頑張るひとたちの「居場所」づくり

Comas huiでは、音楽フェスやカーイベント、フラダンスイベントなど、松尾さんが「好き」なものを軸に居場所づくりを行っています。最近では、アイドルイベントや映画祭など、新たな試みにも取り組んでいます。

アクセスのよい都市部であれば、別の用事で訪れた先で、偶然イベントに出くわすこともあります。
しかし、南知多は何かのついでに立ち寄る場所ではありません。

だからこそ「この場所に来る理由をつくり続ける必要がある」と松尾さんは言います。

松尾さんが思い描くのは、訪れる人それぞれが自分の居場所と感じられるような空間。

誰もが主役になれる場所。

そう考えるようになったきっかけは、子どもの頃の原体験にありました。

松尾さんは学生時代、勉強や運動が飛び抜けてできたわけではなかったそうです。

「休み時間のドッジボールでも、最後まで内野で残るタイプではなく、外野から活躍する人たちを応援していました」

内野で華麗にボールをかわすことができないのであれば、外野から味方をサポートする。

できないから腐るんじゃなくて、できることをやろうと思いました

松尾さんが持つホスピタリティーの源泉は、校庭の片隅で行われていたドッジボールの時間から
育まれたのかもしれません。

好きなことを通じて人と人をつなぐ架け橋を作りたい。
しかし、行政に相談しても現実的な課題が立ちはだかり、最初の熱量はしぼんでしまいがちです。

なにかやりたい人の、最初で最後の受け皿みたいな場所でありたい

自分が主役になるのではなく、チャレンジをする人たちが立てる「場」を用意する側でいたいと松尾さんは言います。挑戦を支えるのは、大きな成功ではなく、失敗しても戻ってこられる場所があるという安心感なのかもしれません。

まずはETCを越えてみる。それから考えるでいい

新たな一歩を踏み出したい。
けれど、どうしても足がすくんでしまう。

そんな人に向けて、松尾さんはこんなメッセージを残してくれました。

「ETCを越えてから、東京方面か名古屋方面どちらに行くか決める。そのくらいの感覚でいいんじゃないですか」

進む方向は、あとから決めればいい。
まずは料金所を越えてみる。

そのくらいの軽やかさがあれば、人はもう一度、ハンドルを握れるのかもしれません。

それでも、うまくいかない日が続き、心が折れそうになることもあります。

諦めてもいいんですけどね。でも、続けていれば、きっといいことはありますよ

松尾さん自身も、思うようにいかない日々のなかで、ふと「やめたい」と感じることがあるといいます。それでも、ある瞬間にふっと訪れる「やっていてよかった」と思える景色が、背中を押してくれるのだそうです。

ベンチに並んで座るカップル。
ぼんやりと海を眺める人。

その風景を思い浮かべながら、松尾さんは最後にこう言いました。

「200年も300年も生きるわけじゃない。だから、誰かのお手伝いをしたいんですよ」

この海辺には、挑戦する人をそっと受け止める余白が、今日も静かに用意されています。
行き先は、まだ決まっていなくてもいいのです。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

この日は全国的な寒波に見舞われ、南知多でも一年に一度あるかないかの雪が舞っていました。
「自分にスポットライトがあたらなくても、誰かを後ろから支えたい」そんな松尾さんのホスピタリティーに、私自身も背中を押してもらえた気がしました。

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