コワーキングと資本主義
いま急激に増えつつあるコワーキングスペース。設備を共有することで、経費の削減や利便性を得るための「作業場をシェアする」という考えから、日本では2010年頃より浸透。今では都市部を中心に日本全国1,300箇所ものコワーキングスペースがあるといわれています。
そんな中、地域におけるコワーキングスペースの役割を見出し、コワーキングスペースを手段としながら、資本主義に替わる新たな価値を産み出すひとりの男性を取材。彼の名は坂本大祐さん。
ローカルコワーキングスペースの先駆けとして注目されている『オフィスキャンプ東吉野』を手がける坂本さんは、“場づくり” に精通するだけでなく、なんと弊社代表の平林の人生にも影響を与えた人物です。
既存の価値に捉われない豊かな発想力で人々を魅了し続ける坂本さんが考える、出会いと創造の場としてのコワーキングスペースの可能性とはーー。
奈良県吉野郡東吉野村にあるコワーキングスペース『オフィスキャンプ東吉野』をご存知でしょうか?
コワーキングスペース=都市部のレンタルオフィスというイメージが強い中、オフィスキャンプ東吉野は、人口1,700人の小さな山村に誕生しました。奈良市内から車で1時間半という立地でありながら、2015年のオープン以降、年間1,000人もの方が利用する人気のコワーキングスペースです。
そんなオフィスキャンプ東吉野を手掛ける『合同会社オフィスキャンプ』代表社員の坂本さんは、2006年に31歳で東吉野村へ来た移住者。“移住”という言葉がまだあまり浸透していなかった時期に、東吉野村へ移住された理由をまずはお聞きしました。
「過労で身体を壊したことがきっかけです。元々大阪でフリーのデザイナーをしていましたが、『いずれは東京で仕事をするんだ!』と思っていた矢先に、ドクターストップが入ってしまって。両親が東吉野村を気に入り、既に移住していたので、自分も後を追いかけた形になりましたが、正直なところ当時は “都落ち” の気持ちでした(笑)」(坂本さん)
移住後は1年ほど療養していた坂本さんですが、場所を選ばず仕事ができるデザイン業へ復職。当初は移住前の取引先との仕事だけでしたが、当時奈良県庁の名物公務員だった、ある方との出会いから、奈良県での仕事も増えていったといいます。
その後坂本さんは、奈良県の仕事を手がけるうちに「東吉野村の移住や定住の促進に関して面白いアイデアはないか?」と相談を受けることに。そこでコワーキングスペースの必要性を企画書にまとめ、2015年には『オフィスキャンプ東吉野』をオープンさせます。
オフィスキャンプ東吉野を入口にクリエイターが集まり出したことにより、「クリエイターが働きやすい組織づくりができないだろうか」と考えはじめた坂本さん。
その想いの背景にあったのは、自身が企業で働いていた時に感じていた “働きにくさ” 。組織に馴染めなかった悔しさから「クリエイターがフリーランスのように働ける会社をつくれないか」と模索を始めたと言います。
「フリーになる前は、設計事務所や家具店などいくつかの会社でインハウスデザイナー(企業内で行うデザインの仕事)として働いていました。でも組織に上手く馴染めなくて、職場を転々としていたことがコンプレックスだったんです。
今でこそフリーへの認識が変わってきましたが、当時の仕事観としては『何かの組織に属して働くものだ』という風潮が強くありました。だからこそ『組織に所属しなくても働けるということを証明する!』という想いで人一倍働いて、身体を壊してしまった」(坂本さん)
「世間は仕事にしても生き方にしても、“正解” という1本の道を求めがち。だけど世の中には “組織” に馴染めない人もいる。正解の道に乗れた人はいいけど、僕みたいに乗れなかった人への危機感があって、悩んだ結果、正解以外の道を自分でデザインしてみようと思ったんです」(坂本さん)
そんな想いからたどり着いたのが、フリーランスの集合体のような会社『合同会社オフィスキャンプ』。既存の枠に捉われない会社づくりには苦労もあったといいますが、働くことをデザインしたことで、個々が自由に活動していくための組織をつくることができたと坂本さんは話します。
今や都市部だけでなく、地域にも広がりつつあるコワーキングスペース。
利用者から「自分自身のコワーキングスペースを持ちたい」という相談も受けるようになった坂本さんは、“地域を豊かにするコワーキングスペースを” という志のもと、『一般社団法人ローカルコワークアソシエーション』を設立し、全国のコワーキングスペースの立ち上げや運営のサポートも行っています。
そんな坂本さんが運営するオフィスキャンプ東吉野の利用料は1日500円。更に定員はたったの10名。ここで気になるのがオフィスキャンプ東吉野の収支の部分。地域におけるコワーキングスペースの収支についてどのように捉えているのかを、赤裸々に深掘ります。
「想像してもわかるとおり、コワーキングを “ビジネス” と捉えると厳しいのが現状です。でも僕らが考えているコワーキングスペースの役割は、ビジネスではなく “コワーク(協働)を生み出す場所” 。つまり、地域で新しいコワークが生まれる=地域の中に資源が還元されることを意味しています」(坂本さん)
「稼いだお金が稼いだ場所に落ちないのは、良くないと思っていて。今、グローバルな背景をもったサービスが増えていますが、それだと海外にお金が流れてしまう。だから地域に仕事を生んで、地域にお金を戻す仕組みをつくりだすことが大事。
これは今日のテーマにしたいと思っている “ポスト資本主義” にも通じていて、物を買ったり、サービスを受けたりすることに、当たり前以外の “選択肢” を提示できるようにしたいんです。地域に今までなかった仕事をつくることで新たな働き方の提示にも繋がるし、結果的にそれがポスト資本主義な生き方・働き方に繋がると考えています」(坂本さん)
コワーキングスペースもフリーランスのように働ける会社も、「1つの正解しかない世界観に対抗するための手段でしかない」と語る坂本さん。
弊社が運営を行う地域共創コミュニティ『LOCAL LETTER MEMBERSHIP』の活動を例に挙げながら、「当たり前の価値観を打破するために必要なのは、多様な生き方を知る機会」だと続けます。
「正解という1本の道ばかりが目立ってしまうけど、それが良いか悪いかで判断するのではなくて、“世の中にはたくさんの選択肢がある”と知ることが重要だと思うんです。だからコワーキングスペースも “出会う・知る” という1つの手段でしかなくて。人と出会い、選択肢を知った上でどの生き方が自分に合うかを選び、納得すればOK。
だから自分の人生軸で出会えなかった人に出会うことができるLOCAL LETTER MEMBERSHIPの活動ってすごく共感するし、そういう “学び” の機会がどんどん浸透すればいいなと思います」(坂本さん)
現在『山學院』や『奥大和クリエイティブスクール』といった “出会いと学び” の機会提供を手掛けている坂本さんですが、今一番注目しているのが、デンマークで民主主義の学校と呼ばれる “フォルケホイスコーレ” という学びの場。試験や成績が一切なく、17歳半以上であれば国籍を問わず、学ぶことができる場所だ。
「フォルケホイスコーレで一番注目をしているのが、1年間の全寮制という点です。たった1年かもしれませんが、異文化の人たちが出会い、生活を共にし、ひとつのイシューに関して学ぶことで、無意識下にある “当たり前” という価値観に気付くことが大事だと思っています。
結果的にその経験を持った人たちが世界中に帰っていくことで、新たな価値が生まれるし、国を超えて化学反応が起こる。物事を知ることが、多様な生き方への選択に繋がるように、学びでしか世界は変えられないと思っています」(坂本さん)
最後に、坂本さんが考える今後の課題について聞いてみました。
「僕がつくるコワーキングスペースは、ポスト資本主義的な働き方を助長できるような場所でありたいと思っています。ローカルコワーク(地域との協業)が生まれる場所が増えることで、ポスト資本主義的な働き方が増える仕組みをつくりたいと思っていますが、正直そういった場所はまだまだ足りない。
そういった意味で東吉野村は、コワーキングスペースだけでなく、移住夫婦が仕事場を共有して週の半分ずつ働くといった新しい働き方・生き方が少しずつ根付き始めているように感じます。何かがダメで何かが良いということではなく、自分に合った生き方を模索できるような世の中になってほしいですね」(坂本さん)
拝啓、地域におけるコワーキングスペースの可能性を追求したいアナタへ
コワーキングスペースのお話だけでなく、生き方、学びについて話が広がった今回のインタビュー。坂本さんから学んだ「コワーキングスペースの可能性」とは、“仕事場のシェア” というビジネスの役割だけではなく、持続可能な未来を生き抜くために必要な新たな働き方・生き方を創造する場所としての可能性なのかもしれません。
※本記事は、LOCAL LETTERが運営する地域共創コミュニティ「LOCAL LETTER MEMBERSHIP」内限定で配信された「LOCAL偏愛トークライブ」の一部を記事にしたものです。
Editor's Note
本文では割愛させていただきましたが、農業とともに時間が流れる田舎に身を置く坂本さんの時間の捉え方がとても印象的でしたので、紹介させていただきます。
「農業は1年に1回の収穫が多いので、農業が身近にある田舎では1年の捉え方が都会とは全然違う。今僕が46歳なので、もし今から農業をはじめるのであれば、20回目の収穫を迎える頃には66歳。つまり20回しかトライ出来るチャンスがないんです。」
“20年後”と考えると長く感じる未来も、“20回しかチャンスがない”と思うととても短い。そんな時間軸の中に身を置く坂本さんだからこそ、未来を見据えた行動で人々を魅了し続けるのだなと感じました。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香