クラフトビール
生まれながらにして使命を負わされる「後継ぎ問題」。
「家業に縛られずに自分の人生を歩むべきか」、それとも「後を継いで欲しいという親からの期待に答えるべきか」。苦渋の決断を迫られている方も多いかと思います。
そんな中、 “切り花農家の4代目” として地元に戻ったのにも関わらず、発想の転換で “クラフトビール製造メーカー” として起業をした一人の男性を取材。その名は齋藤由馬さん。
「生き残っていくためには、時代に合わせた変化が必要」と話す『8Peaks BREWING(エイトピークス・ブルーイング)』代表取締役の齋藤さんに、知識ゼロの状況から異業種へと転身することに至った経緯、そして齋藤さんが大事にしているものづくりへの想いを伺いました。
日本百名山を代表する八ヶ岳の西麓に位置する長野県茅野市は、長い日照時間や冷涼な気候から豊かな食文化を支えてきた地域。そんな場所で、2018年からクラフトビールの製造・販売を行い話題となっているのが、「八ヶ岳」に名前を由来する『8Peaks BREWING』です。
「このビールを飲むために八ヶ岳に来たと言われる存在になる」というコンセプトのもとクラフトビールづくりを行っている8Peaks BREWINGには、地域で愛される工夫がたくさん。八ヶ岳山麗産のホップを原材料に使用しているほか、商品名に “八ヶ岳周辺の方言” が使われており、地域性にこだわった愛情深いクラフトビールを楽しむことができます。
8Peaks BREWING代表の齋藤さんは、長野県の県花である “リンドウ” 農家に生まれた長男。一時は東京に就職をするも、切り花農家を継ぐために長野県へUターンをし、結果的に “クラフトビールづくり” へとたどり着いたと話します。
「苦労をしながら切り花農家として働く家族の背中を見て育ったので、後を継ぐ意志はなく、専門学校卒業後は東京の製薬会社へ就職をしました。正直なところ、当時の僕にとっては『花=(イコール)役に立たない』もの。でも、製薬会社で働く中で、胃腸薬の原材料に “リンドウ” が使われていることを知り、その時初めて『花にも人の役に立つものがある』と驚きました」(齋藤さん)
そんな中起きた東日本大震災。就職をする際に「一生地元に帰らなくてもいい」との想いで地元を離れた齋藤さんでしたが、震災後の急激な社会的価値観の変化を肌で感じ、自分自身も「地元で何かできないか」という想いを抱くようになったそう。
「 “何かをしたい” から帰ってきたのでなく、 “何かできないか” という気持ちだけで地元へ帰りました。『家業を継いでもいいな』との想いで、切り花の市場について調べてみたのですが、生産コストの関係で輸入された切り花が強く、長期的な視点で考えると国内での存続が難しい状況に気がついたんです」(齋藤さん)
長野県上田市で父のリンドウ栽培を手伝う傍ら、長野県の植物について調べていた齋藤さんは、ビールの原材料である “ホップ” の栽培にも歴史があることに辿りつきます。
「ホップも花なんです。そしてホップという花はビールの原材料、つまりビールは花を使った二次加工品。僕自身、元々ビールが大好きなんで、ビールには人々を幸せにする力があると思うんです。僕が目指すべき “人の役に立つ花” を見つけたと思いました」(齋藤さん)
ビールに使われる花をつくることで『間接的に花農家の支えになる』との想いから、ホップの試験栽培を進める決意をした齋藤さん。国内の苗は門外不出だったため、アメリカから苗を手配し、栽培を成功させるも、 “ホップが故の問題点” に行き当たります。
「ホップはタバコの葉と一緒で、ビールにすることではじめて価値が生まれる植物。だからこそ、ホップだけでは売れないんです。ホップを売っていくためには、ビールをつくって特徴を知る必要があると思い、結果的にビールの研究をすることになりました」(齋藤さん)
ビールの研究に着手するまでにかかった期間は、地元に戻ってからわずか3ヶ月。苗を海外から取り寄せ、実際に栽培をするという行動力もさることながら、齋藤さんはさらに、ビールづくりの勉強のため、ドイツに行く決心をします。
「最初はビールの専門書を買い集めて勉強をしていたんですが、その当時の書籍では欲しい情報があまり記載されておらず、『これは直接見て学んだ方が早い』と思ったんです。お金もなかったのでスキー場でバイトをして旅費を稼ぎ、ドイツに旅立ちました」(齋藤さん)
言わずもがなのビール大国・ドイツ。齋藤さんはバイエルン州のホテルを半月間借りし、観光客として醸造所を見て回ることに。
「ドイツは “地元” に対するビール愛が強く、一つの自治体に対して最低一つの醸造所があるんです。僕は元々エンジニアだったこともあり、ビールをつくる工程は全て頭に叩き込んで見学に挑みました。ドイツの醸造所の方々にとても良くして頂いて、何ヶ所も見て回るうちに、ビールづくりの傾向が見えてきたんです」(齋藤さん)
醸造所巡りを日課に過ごし、ビールづくりの傾向を掴み始めた最中、齋藤さんの考えに大きく影響を及ぼす出来事が起こります。それは田舎町のビアレストランでのこと。
「おもむろに、横に座っていた地元のおじさんに『この店で一番美味しいビールはなんですか?』と尋ねたら、『くだらない質問はやめろ、この町のビールが一番美味しいに決まってんだろ』って言われたんですよね。
ハッとしました。その土地の気候や食を体感している人たちが “うまい” と思うビールを作っているわけですから、確かにその町で飲むなら、その町のビールが一番美味しいはずなんです。早速そのおじさんが飲んでいた地元のビールを頼んで乾杯したんですが、ハッとするぐらい美味しくて。ホテルで飲む用にもボトルを買って帰りました」(齋藤さん)
その土地で飲む、その土地のビールの美味しさの余韻に浸りながら、ホテルに帰り早速購入したてのビールを空けたという齋藤さん。しかし、あんなに美味しいと感じたビールだったのにも関わらず、店内で飲んだ時ほどの感動を得ることができないと気が付いたと話します。
「お店でおじさんと飲んだ時はすごく感動したのに、ビールの美味しさが全然違ったんです。その時、 “ビールの美味しさは、シチュエーションと深い関わりがある” と気づきましたね。ビールを美味しく飲んでもらうためには、ビールの品質もさることながら、より良い時間や場所を提供することも大事だと考えるようになりました」(齋藤さん)
この経験から『ビールをただ売るのではなく、ビールがある暮らしそのものを提供したい』という想いに至った齋藤さん。2017年にホップ栽培に適した長野県茅野市へ移住をし、地域の食文化・自然にあったクラフトビールをつくり続けています。
切り花農家の長男でありながら、花の価値を再認識し、クラフトビールづくりという全く別の業種へと辿り着いた齋藤さん。その想いと今後のビジョンについて伺いました。
「僕は花農家に生まれましたが、どんな選択をしたとしても、仕事で生き残っていかなければならないと考えています。生き残るということはただ息をすることではなく、次に繋げていくこと。形に捉われず、時代に合わせた変化が僕は大事だと思うんです」(齋藤さん)
ビールを飲むことは目的ではなく、あくまで手段。僕のビールを手に取ってくれたお客さんが求めている、ポジティブな時間や空間を演出できるような、ライフスタイルの提案を行うメーカーであり続けたいですね。齋藤 由馬 株式会社エイトピークス
一見可能性を狭めるように見える「家業」や「Uターン」といった選択。ですが、齋藤さんのように発想を転換することで、新しい可能性に満ちた選択へと進化を遂げます。
家業を引き継ぐか、地元に帰るか。自分の志す道がわからなくなったとき、今一度立ち止まり、アナタなりの発想で、 “家業” を転換してみるのはいかがでしょうか。
〒391-0301 長野県茅野市北山6807番地1(Googleマップ)
https://eightpeaks.co.jp/
Editor's Note
クラフトビールの記事を書きながら、実はゲコな私。
アルコールが苦手だからこそ、今まで「なぜ人はお酒を飲むのか」という “目的” の部分ばかりを追い求めてきましたが、齋藤さんのお話を聞き、「お酒=時間と空間をつくるための手段」と理解することができ、アルコールに対するイメージが一心しました。
今回割愛しましたが「お酒が生まれて数千年。お酒の使用価値としてのコミュニケーションがあるからこそ、人類がお酒を手放さなかった理由」という齋藤さんの言葉に深く感銘をうけ、お酒を飲むことではなく、お酒がある空間をポジティブに楽しんでみようと思いました。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香