FUKUSHIMA
福島
お酒の新ジャンル『クラフトサケ』をご存知でしょうか。
いま注目のクラフトサケ醸造所「haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ)」代表・佐藤太亮さんに「ユニークな商品」が生まれる秘訣を、お酒づくりに通じるという「どぶろくの文化」から、せまります。
『クラフトサケ』とは“醸造所ごとのオリジナリティを楽しめる“、日本酒(清酒)の製法をベースとしたお酒です。お酒を定義する酒税法においては「その他の醸造酒」に分類されます。
「米、米麹、水を原料として発酵」させるのは日本酒と同じですが、発酵段階でフルーツやハーブなどの「副原料」を、自由な発想で加えます。日本酒の製法をベースにしながら、そのルールに縛られない自由で多様なお酒であることが、新ジャンルと呼ばれるゆえんです。
発酵中の白濁した状態を「醪(もろみ)」と呼びますが、この状態で仕上げるのが『どぶろく』というお酒。この醪を「濾(こ)し」て透明にすると『日本酒(清酒)』になります。『どぶろく』は「濾す」工程が必要ではなく「その他の醸造酒」に分類されるので、『クラフトサケ』醸造所でもつくられています。
日本では、古来より「酒(=どぶろく)」は各家でつくり、豊作への感謝などで神様にお供えしていました。そして、できあがったお酒を仲間と酌み交わす、生活に密着した「どぶろくの文化」がありました。
ところが、味噌や漬物づくりのようにあたり前だった“お酒の自家醸造が明治期に禁止”され、今日に至っています。
一方で、宗教上で禁止されている国以外において、世界には“自家醸造が合法”の国は多くあります。自宅でビールを醸造するなど、小規模な施設でお酒を丁寧につくるクラフトの潮流が、日本酒にも波及してきて、世界各地で「クラフトサケ醸造所」が増えているのです。
「お酒づくりの楽しさを、いまの日本では個人が体験できないんですよね。だから、僕たちが飲んでみたいお酒をワクワクしながらつくるので、いろいろなコンセプトのお酒を、ぜひ体験してみて欲しいですね」(佐藤さん)
そう語る佐藤さんが手掛けるhaccobaには、基本にしているお酒づくりの製法があります。それは、東北地方に伝わる「どぶろく」づくりの手法『花酛(ハナモト)』です。
お酒づくりの過程で、「雑菌」が発酵中のお酒を腐らせてしまうことがあります。そこで、雑菌の増殖を抑えてくれることを期待して“植物の煮汁を使う製法”が、「どぶろく」づくりで生まれました。煮汁に使う植物とは、東北地方に自生する「唐花草(カラハナソウ)」という日本原産のホップです。
「東北地方の人たちは、『どぶろく』を上手につくりたい一心で、菌たちとつきあう知恵を生み出したのでしょうね」(佐藤さん)
haccobaでは、3系統の商品を展開しています。メイン商品の『はなうたホップス』は、「ビールのドライホップ製法」を取り入れたお酒です。クリアなうまみと爽やかな柑橘の香りを追求しています。
そして、副原料の使用を減らして米の味わいを楽しむ、準定番商品の『水を編む』(通称 “田んぼシリーズ”)。地元のお米農家さんの、田んぼごとに異なるお米の味わいを楽しめるお酒です。
もうひとつの商品『haccoba LAB_(ハッコウバラボ)』シリーズは、さまざまなジャンルの方々とコラボレーションして、1度だけつくるお酒。1本ごとに“どういう体験を届けたいか”の設計書を作成してつくる、「酒づくりをもっと自由に」という世界観を表現していくお酒です。
「酒づくりをもっと自由に」というコンセプトを体現する佐藤さんですが、ユニークな商品が生まれる秘訣は、どこにあるのだろう。
佐藤さんは、世の中にあるお酒づくりの「発想の出発点」が、下記の3つであると考えています。
1、自分でつくりたいお酒
→(「つくり手」が、製法や技法にこだわって“実現したい酒”)
2、自分を一消費者として、飲みたいと思うお酒
→(「つくり手」が、ただただ、“飲んでみたい酒”)
3、消費者に向けてつくる、こういう酒を飲んでみたいのではないか、というお酒
→(「つくり手」が、“マーケティング視点でつくるお酒”)
佐藤さんが大事にしたいのは2番。「自分たちが飲みたい、飲んでみたい酒をつくる」ことだと言う。
「『僕たちが飲みたいと思ってつくる酒』を大事にしています。それは、僕らのように強烈に飲みたいと思っている人に、届けられるかもしれないと思っているからです。
だから、大きな需要や市場調査にそこまで迎合するつもりはありません。結果的に、僕たちが一消費者として飲みたいと思える酒をつくれば、同じ時代に生きている人たちの、たぶん一定数の人たちは、飲みたいと言ってくれると思っています」(佐藤さん)
少数精鋭で多種多様な商品を手がけてきたhaccobaですが、「目指すチーム像」は、どういうものなのでしょうか。佐藤さんが例にあげたのは、デジタルアートで世界的に有名な、チームラボ代表・猪子寿之さんの『集団的創造』。
『集団的創造』とは、「メンバーごとに異なる専門性を活かし、それぞれが関わる現場の経験から得た知を、集団全員で共有していく。それが新たな創造につながる」という考え方。『集団的創造』により、酒づくりがどのように変わるのだろうか。
「“まだ見ぬ新しい体験を感じるようなお酒”を、チームであればつくれるかもしれない、と思っています。だから、『1人の天才的な杜氏さんがいて、その人の手によって、この凄い酒ができています』みたいなのとは考え方が違います。自分が天才だなんて思っていないので、僕が決めた方向性よりも“チームのカタチ”が味に影響をおよぼすんじゃないかと思っています。
だから、メンバーには、『チームによるお酒づくりが面白い』と思ってほしい。自分でも、そっちの方が楽しいと思うんですよ。表現したいと思う酒の味、ラベルのデザインや売り方、コミュニケーションの方法なども、チームみんなで情報を共有しながらプロダクトづくりをしています。
それから、さまざまなジャンルのみなさんとも、同じチームとしてコラボする『haccoba LAB_(ハッコウバラボ)』をやってきて、『イイな』と思うことがあります。それは、よい意味で『素人の感覚』が加わるんです。僕たちだけでは考えつかないようなご意見から、お酒や商品づくりの新しい着想が生まれたりもします」(佐藤さん)
最後に、「これから飲んでみたいお酒」と「会社の展望」について、佐藤さんに伺いました。
「ビールもワイン業界も世界的に“その土地ならではの素材や製法”に回帰しています。日本酒は、『地酒』って言葉が生まれたくらい、地域色が豊かですが、僕は、さらに、自由にお酒を自家醸造していた、かつての『どぶろくの文化』にロマンを感じています。『どぶろく』には、“家庭の数だけつくり方と味があった”はずです」(佐藤さん)
途絶えていた製法に挑戦したり、自分が好きな味わいを追求できるのは、小規模の醸造で丁寧なつくり方をしている、“クラフトの世界”だからこそ。
「2025年頃にベルギーに醸造所を開設できたらと、準備をしています。日本酒とベルギービールの製法を掛け合わせてみたいのです。個人的には『ベルギービールの文化』と『どぶろくの文化』が、けっこう似ていると思っているんですよ。
『ベルギービールの文化』は、その土地だけの製法が根強く残っていて、たとえば、野生の菌を外から受け入れる製法があります。実は『どぶろく』や『日本酒』も、もともとはタンクを密閉しない、“開放状態”でつくるお酒なんです。『微生物(菌)』たちの営みに身を委ねるというか。そんな複雑性を受け止める共通の文化があって、個人的に『絶対に相性がいい!』と思っています」(佐藤さん)
つくりたい土地で、自分が飲んでみたいお酒をつくる。ベルギーでお酒をつくる計画が進行するほど順風満帆に見えますが、最近、会社を一緒に立ち上げたメンバーが独立したことで、「どうやって会社を運営していこうか」と一時、不安になったそうです。
「それでも、今いるメンバーと、新しく入ってくるメンバーの創造性を、僕は信じているんです。haccobaという組織も、密閉しないお酒の醸造タンクのように常に“開放状態”にして、発酵の変化を許容する。そんな組織でありたいな、と思っています」(佐藤さん)
その時代のメンバーがつくる酒。メンバーが入れ替わった先に、自分たちが飲みたい酒が変化していくことを、受け入れる。そういうしなやかさが、100年、200年と何代も地域で続くような酒蔵になると、佐藤さんは考えています。
haccobaのユニークなお酒と商品に携わるチームの「軸のつくり方」。それらに“共通の秘訣”は、内外の創造性を受け入れる“開放状態”にありそうだ。
アナタも、プロダクトやチームの「軸づくり」に、さまざまなジャンルの豊富な事例から、いま必要な情報を探してみませんか?
Editor's Note
お酒のタンクの中は、いろいろな条件やバランスが左右する微生物たちが織りなす“発酵の場”。haccobaさんのメンバーとコラボ先のメンバーが、個々の創造性を活かしながら、ひとつのチームとなってお酒を完成させていく。そんな雰囲気をhaccoba(ハッコウバ)という社名からも感じました。
TOMOTAKA YOSHIHIRO
吉廣 智貴