まちづくり
常に進化し続ける・変化し続ける “ハッカブル” なまちを目指し、人口データをはじめ、人流データ、市内図書館の図書貸出状況、市内施設の来場者数、気象データ、バスの乗客数など、様々なデータを無料公開している広島県呉市。
そんな呉市の取り組みをサポートし、データプラットフォーム事業「データプラットフォームくれ」を手掛けているのが、エクスポリス合同会社です。CEOを務めるのは、東京電機大学で准教授を務めている松井加奈絵さん(以下、松井さん)。
今回は、データを活用した地域課題解決事業において実績のある松井さんに、「データプラットフォームくれ」の存在によって呉市に広がる可能性と、データが市民の生活にどのように活かされるのかについて伺いました。
エクスポリス合同会社のCEOを担う傍ら、東京電機大学の准教授を務める松井さんは、IoTプラットフォームを用いたデータ計測・収集・蓄積・解析・活用のフェーズについて、研究活動を行っています。
二足のわらじを履きながら、データ流通プラットフォームを通じた地域課題抽出、解決に向けた取り組みに尽力する松井さんが、広島県呉市のまちづくりに携わったきっかけは、呉市の市職員との出会いでした。
「呉市はもともと、瀬戸内海に面する大きな港町と、安芸灘諸島などの島嶼部の2つに分かれていました。しかし、それらの地域が市町村合併をして、人口が25万人まで一気に増えたんです。それを機に、住民の暮らしをさらに豊かにするために、データ活用に興味を持ってくださった方がいて。
私たちはこれまで、埼玉県横瀬町をはじめとする比較的人口規模が少ないまちで、データ流通プラットフォームの地域への活用方法を実験してきました。それらの結果をもとに、データ流通でまちづくりに多種多様性を持たせられる可能性を発信したところ、ある記事を読んだ呉市の市職員の方がお声がけくださり、呉市での導入が決まりました」(松井さん)
2021年に呉市側から声がかかり、双方の要望や条件がフィットして、2022年3月にはファーストプロトタイプ(試作品)を1ヶ月間公開。そこでヒアリングした声を活かし、改良を重ねて今回のプラットフォーム「データプラットフォームくれ」の公開に至ります。
「私たちが持っている技術は、『集めたデータを再配布する』というものです。まずはスモールスタートができるような土壌を築きたかったので、プラットフォームを実装するにあたり、皆さんが(公園の)砂場の様に気軽に遊べるようなものにしたかったんですよね。なので、データの使用方法については利用者の方々に自由に決めてもらっています。
呉市はもともと鉄鋼業からはじまり、エンジンやロボットなどさまざまな技術が発展した土地でもあるので、エンジニアの方が多いのも特徴的で。『データプラットフォームくれ』を活用する呉市の利用者さんは、『まずデータを使用する人の母数を増やしたい』と考える方が多いんです。
呉市はエンジニアの基礎が残っているまちなので、一つひとつのイノベーションが集まると、それはさらに大きなイノベーションにつながるというのが現市長の考えで、私もそこに共感しています」(松井さん)
冒頭でも少しお伝えした通り「データプラットフォームくれ」では、人口データをはじめとして、スマートフォンのGPSデータを活用して生成した人流データ、市内図書館における図書貸出状況、大和ミュージアム来館者と気象及びイベントデータ、高齢者の方の移動支援サービス「いきいきパス」のデータを活用した乗降客数など、多岐にわたるデータを無料で閲覧できます。
これまでのまちづくりは、定点観測的なデータをもとに進められてきました。しかし今後のまちづくりには、リアルタイム性データが必要不可欠であると松井さんは言います。
「人類が想像しえないもの、例えば自然災害などのことを『エックスイベント』と私たちは呼んでいて。エックスイベントが起きた時に誰も対応できない町は、スマートな町とは言えません。今後はリアルタイムのデータを使い、流動的な動きを把握した上で、エックスイベントが起きたとしても対応できるまちづくりが求められます。そのような町こそが弾力性があり、かつ強靭である『スマートシティ』と呼ばれるものの定義なんです」(松井さん)
様々なデータを公開している「データプラットフォームくれ」の中でも、特に重要な意味を持つというのが「気象情報」。気象は人の行動を大きく左右する要因となり、中でも呉市の島嶼部はその影響を一段と受けやすいためです。
「港町と島嶼部は、大きな橋でつながっています。その橋は、台風などの自然災害時には閉じてしまうので、島嶼部は生活全般において気象の影響を受けやすいんです。自然の多い町であればあるほど、エックスイベントは死活問題につながります。特に大きな自然災害時には、明日仕事に行くか行かないかを決めるほど重要なファクターになるので、気象データをどれだけ細かくお渡しできるかが大切なポイントとなります」(松井さん)
そのほかにも、港町でフェリーの運航も行なっている呉市ならではの特徴として、気象データの中に「潮位」が含まれている点が挙げられます。
「海のない町だと『潮位』はあまり関係ないのですが、呉市は海に囲まれているので、データとして必要です。明日の学校をどうするか、お店を開店するか否か、それらの判断材料になり得ます。そこにほかの色々なデータを噛み合わせていくことが、今後は重要になっていくと思っています。多種多様なデータを扱って、解析の複雑さにも耐えうる形にしたいですね」(松井さん)
データプラットフォーム事業において、「データを集める」ことと「データを活用する」ことの2軸に重きを置いて動かれている松井さん。そんな松井さんは、データの活用方法について具体的な展望を抱いています。
「KDDIのロケーションアナライザー(GPS位置情報データを用いた人流データの分析ツール)から取得したデータをもとに、滞在人口と通行人人口を公開しています。現在、町の18箇所で定点観測を毎日行っており、それらのデータを集めて今後新たに配布していく予定です。人がどの時間にどのように動くのか、季節ごとのデータから算出できれば、私たちが目指す『スマートなまちづくり』に活かせると思うんです」(松井さん)
滞在人口や通行人人口をデータ上で確認できれば、自分の興味関心とマッチしている事柄に関してプランを立てやすくなります。自分たちが提供するデータの使い方を、市民の方々に理解してもらえるフェーズを目指していると松井さんは語ります。
「人流データは、細かく世代ごとに割合を見られる形になっています。なので、例えば『この通りでイベントをやりたい』と考えた人がいた場合、動員の予測が立てられるんですよ。データをもとに告知方法やプランを算出できるので、ざっくりとした想定で動かずに済むようになる。何かアクションを起こしたい方々に対しての底上げになればと思っています」(松井さん)
イベント発案以外にも、スモールスタートの起業や、農業をはじめたい方など、挑戦を続けていく人にとって、データは心強い味方となります。これまでは熟練の年配者が長年の経験から会得するしかなかった農産物の収穫適期も、データ解析によって正確に把握できることが松井さんたちの実験により明らかとなっています。
「呉市に多くのイノベーターを集めたいという思いが、『データプラットフォームくれ』にはあります。そのため、幅広い方々に使っていただけるようにデータを公開しています。今後はさらに世界中の方々に使ってもらえるようなアクションを取らせていただき、データを公開する利点を広めつつ、施策を回していきたいです」(松井さん)
平成28年、各自治体に対し、オープンデータをつくるよう総務省から通達がありました。以降、全自治体が人口数などのデータを公開しています。これらのデータ量をさらに増やしていくことで、今後のまちづくりにおける可能性は大きく広がると松井さんたちは考えます。
「ChatGPTなどからも分かるように、たくさんのデータを読み込ませることで、AIは賢くなります。なので、多種多様なデータ情報を付加していくことで、スマートシティを目指したまちづくりは加速していくでしょう。そういう意味でも、呉市の試みはすごく新しいと思うんです」(松井さん)
多種多様でタイムリーなデータがあることで、コロナの影響によって広がった「オンライン」を活用したまちづくりにも、無限の可能性が広がると松井さんは示唆します。
「データを利用すれば、離れた場所のデータも知ることができます。それによって、仮想的に暮らしている感覚を得られるようになるんです。ゆくゆくは、オンライン上でもまちづくりに参画できる方々を増やしていきたいですね。その土地に関心を持つ方が、世界中からデータという一つの軸を通して増えていく形です。
まちづくりには、データだけではなく人材も必要です。市が求める人材がデータを通してその土地に興味を持ってくれれば、イノベーションは一気に花開きます。今は種まきの時期なので、『データプラットフォームくれ』をモデルケースとして、今後、芽が出ることを期待しています」(松井さん)
松井さんは今後、市民の方々を対象に「街角データサイエンティスト講座」を開こうと考えています。そこには、「データ」や「AI」という言葉に壁を感じている人たちの苦手意識を払拭したいとの思いがありました。
「データサイエンティストというと、自分にはちょっと難しいんじゃないかと思われる方も多いです。でも、ChatGPTなどは欲しい情報を打ち込めば回答してくれますよね。スマホやLINEの公式アプリにもAIは使われていて、私たちはすでに日常的にAIに触れているんです。触れている物事は、自分たちでも再現できます。なので、今後はデータを『使う人』だけではなく、『扱う人』になってもらいたいと思います。
データをお渡しするというのは、一つの道具をお渡ししていることと同じです。ハサミで切ったり、ノリで貼り付けたりすることで、誰でも物がつくれますよね。データに関しても、同じように “自分ごと” として様々なデータを扱える人が増えてほしいです」(松井さん)
スマートシティ実現を目指し、地方の人々の思いを支えるエクスポリス合同会社の知識と技術の結集である、「データプラットフォーム事業」。まずは、その先駆けである「データプラットフォームくれ」がどのような形でデータを公開しているのかをご覧いただき、各々に合った活用方法を探してみてはいかがでしょうか。
Editor's Note
データを活用することで、こんなにもまちづくりの可能性が広がることに驚きました。また、私自身も「AI」などの言葉に苦手意識を持っていたのですが、松井さんのお話を伺い、その感覚が大きく変わりました。
今後あらゆる場面で活用されるであろうデータプラットフォームの存在について、多くの方に知ってほしいです。そして、松井さんのおっしゃるように、データを「扱える」側になりたいという新たな目標ができました。
MINORI YACHIYO
八千代 みのり