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オンライン売上が5倍に!明治20年創業の老舗が活用した「ふるさと兼業」とは

OCT. 25

MIE

拝啓、副業や兼業をするなら地域企業で挑戦したいと思っているアナタへ

※本レポートは、ふるさと兼業事務局NPO法人G-net主催で開催されたオンラインイベント「【事例勉強会】明治20年から続くお酢の老舗 オンライン販売の売り上げが、昨年度の5倍になった兼業事例」を記事にしています。

「働き方改革」の浸透により多くの企業で副業や兼業に関わる就労規則が見直されはじめました。またコロナ禍では、リモートワークやワーケーションのハードルが下がり、居住地に捉われず働ける環境が急速に整ってきています。個人の人生設計において「働くこと」に求める価値も多様化が進み、ワークライフバランスを重視する声も聞こえてきます。

そして今、首都圏の企業で働く人々が全国の地域企業の経営課題の解決に取り組む副業兼業プロジェクトに注目が集まっています。NPO法人G-netが事務局を担う「ふるさと兼業」のサービスは、首都圏で活躍する企業人と地域企業をこれまでに数多くマッチングさせてきました。

今回は事業拡大の成功事例として、三重県津市にある明治20年創業の山二造酢株式会社のプロジェクトを取り上げます。

伝統的な製造法により、まろやかで質の高いお酢を造り続ける山二造酢の社長・岩橋邦晃氏と、プロジェクトに兼業で参画した株式会社ダイゴビレッジの代表取締役・木下亮氏を中心に、プロジェクトの成功秘話を語ってもらいました。

明治20年創業の老舗の悩みは“発信力の弱さ”。克服するために選んだのが「ふるさと兼業」だった

中村 憲和氏 一般社団法人わくわくスイッチ 代表理事 / 大阪出身。大学卒業後、飲食業での店舗運営・立ち上げ業務を歴任。「なぜ、この国は夢や自信のない若者ばかりが溢れているのか?」と日本の未来に絶望し、教育から未来を変えることを決意。約10年間、大阪・新潟・仙台・岐阜・広島など各地でのインターンシップ事業や採用支援事業の立ち上げに関わり、2015年に一般社団法人わくわくスイッチを創業。
中村 憲和氏 一般社団法人わくわくスイッチ 代表理事 / 大阪出身。大学卒業後、飲食業での店舗運営・立ち上げ業務を歴任。「なぜ、この国は夢や自信のない若者ばかりが溢れているのか?」と日本の未来に絶望し、教育から未来を変えることを決意。約10年間、大阪・新潟・仙台・岐阜・広島など各地でのインターンシップ事業や採用支援事業の立ち上げに関わり、2015年に一般社団法人わくわくスイッチを創業。

中村氏(モデレーター / 以下、敬称略):「ふるさと兼業」では受け入れ企業と兼業者に加え、コーディネーターがいることが特徴のひとつです。私は山二造酢の兼業プロジェクトの1期目でコーディネートを勤めさせていただきました。それが2020年のことでしたので、今から3年前になります。

2期目以降はコーディネートから離れましたので、その間にいったい何があったのかを、岩橋さんと木下さんから伺えるのを楽しみにしています。まずは岩橋社長に「なぜ兼業プロジェクトを活用したのか」をお聞きしたいと思います。

岩橋 邦晃氏 山二造酢株式会社 代表取締役 / 1973年生まれの岩橋邦晃は、三重県津市の老舗、山二造酢株式会社の5代目社長。1887年創業の会社を2009年に引き継ぎ、お酢への深い愛情と敬意を胸に、その可能性を追求。兼業・副業者との共同プロジェクトを推進。全国の農家と協力した6次化への取り組み、そして海外への販路拡大にも挑戦。その活動は、多くのメディアからも取り上げられ、新たな価値創造に挑戦し続けている。
岩橋 邦晃氏 山二造酢株式会社 代表取締役 / 1973年生まれの岩橋邦晃は、三重県津市の老舗、山二造酢株式会社の5代目社長。1887年創業の会社を2009年に引き継ぎ、お酢への深い愛情と敬意を胸に、その可能性を追求。兼業・副業者との共同プロジェクトを推進。全国の農家と協力した6次化への取り組み、そして海外への販路拡大にも挑戦。その活動は、多くのメディアからも取り上げられ、新たな価値創造に挑戦し続けている。

岩橋氏(以下、敬称略):山二造酢は明治20年創業です。2009年に親から会社を継ぎ私が社長になりました。その頃はちょうど業績の潮目でして、お客様の趣向が多様化したためただお酢をつくるだけでは売れなくなっていたんです。そこで海外への販路開拓をしたり、地域の農家さんの作物の受託加工を開始したりと模索を続けていました。

2020年に、時代に合わせた新商品ということで飲料用酢のストレートタイプをつくったんです。商品には自信があったんですが、販路開拓や営業には苦手意識がありまして。自社の力だけでは、この商品を世の中に広めることができないと悩んでいたんです。その時に、以前より親交のあった中村さんから「ふるさと兼業」を教えてもらいました。

せっかくこだわってつくった商品なので、いろんな人に使ってもらい評価をいただきたくて。「ふるさと兼業」のサービスを活用させていただくことにしました。そこで、木下さんに出会ったんですね。

木下氏(以下、敬称略):僕は大学を卒業してすぐにイオンモール株式会社に入社しました。はじめて配属されたのが三重県鈴鹿市のイオンモールだったんです。紆余曲折を経て2020年に個人事業主として独立をしたのですが、その時に「社会人としての自分を育ててくれた三重県のために働いてみたい」と考えました。

三重県のプロジェクトを調べていくうちに「ふるさと兼業」の山二造酢のプロジェクトに出会いました。販路拡大を課題とされていて、僕の得意分野が販売設計だったので「これならば」と思い応募させていただきました。

木下 亮氏 株式会社ダイゴビレッジ 代表取締役 / 大学卒業後、イオンモール株式会社に就職。新入社員としてイオンモール鈴鹿に配属された後、中国での店舗立ち上げのために駐在を経験。2020年から山二造酢の副業プロジェクトに参画。2期にわたり携わり新ブランドの立ち上げや全国への販路拡大に挑戦中。好奇心旺盛で、新しいことに挑戦することが好きな性格。趣味は海外旅行で、これまで20カ国ほどを訪問。
木下 亮氏 株式会社ダイゴビレッジ 代表取締役 / 大学卒業後、イオンモール株式会社に就職。新入社員としてイオンモール鈴鹿に配属された後、中国での店舗立ち上げのために駐在を経験。2020年から山二造酢の副業プロジェクトに参画。2期にわたり携わり新ブランドの立ち上げや全国への販路拡大に挑戦中。好奇心旺盛で、新しいことに挑戦することが好きな性格。趣味は海外旅行で、これまで20カ国ほどを訪問。

木下:山二造酢の強みのひとつは伝統的な製法にこだわっていることです。大手企業はお酢の素となるアルコール液にポンプで人工的に空気を送り酸化させる方法が主流です。

山二造酢は、酢酸菌を液面に張り表面から酸化させる製法を続けています。通常は1か月かかる工程を3か月かけて、ゆっくりつくっています。そのため山二のお酢は、柔らかい酸味が特徴的で、とても飲みやすいんですね。飲料用に適しています。

また、僕も驚きましたが伊勢神宮にお酢を奉納している数少ない企業のひとつなんです。地域からも認められているということも山二造酢の強みだと思いました。

これらの強みを活かして、山二造酢の新商品を発信していくことが我々のミッションでした。実はプロジェクトには1期目と2期目があるので、それぞれどういったことに取り組んだのかを紹介していきたいと思います。

課題には適切なアプローチを。これまでの経験を活かした情報発信の強化

木下まず1期目は、山二造酢で新しく発売した飲むお酢「ジンビネスストレートタイプ」の販路拡大が目標でした。

それまでも、飲むお酢自体はつくっていたのですが、希釈をする必要がありそのまま飲めないところにデメリットがありました。飲むまでのハードルを下げ、より手軽に飲んでもらえるように希釈がいらないストレートタイプを発売したんです。

1期目は3人のメンバーが集まりましたが、こんなに人が集まったのは当時珍しかったのではないでしょうか。

中村:そうですね。しかもなかなか濃いメンバーだったと思います。

木下:ひとりは大手企業の経営企画室にいた方で、もうひとりはWebマーケターをしているかたでした。まずチームでは、全員が東京にいるのでリアルな実店舗での取り組みではなく、ECサイトやSNSでの発信強化に注力しようと決めました。

最初にやったことは「ニュースリリースをつくって発信する」こと。実はそれまで新商品が発売される時に、山二造酢ではプレスリリースを出したことがなかったんです。プレスリリースをしっかりつくることで、情報を多くの人に届けることが狙いでした。

丁度その時が2020年の春で、新型コロナウィルス関連の暗いニュースばかりが報道されていました。そこで新商品を発売したという明るいニュースを出したことが、メディアに受けたようで、多くのテレビや紙面で取り上げていただきました。最終的にはYahoo!ニュースにも掲載いただき、今までにない広い範囲にむけて情報を拡散することができたんです。

木下この時に同時に進めたのが、アプローチ先のリスト化です。どこへ情報を届けるべきかを可視化し、漏れなく発信できているのかをチェックできるようにしたんです。県政記者クラブや三重県全体のフリーペーパー、大手のウェブメディアまで網羅したリストをつくり、隅々まで情報を届けるようにしました。

上の図を見ていただくとわかると思いますが、4月にプレスリリースを出してすぐに売上がぐっと伸びました。

この結果をみて、これまでは情報が行き届かず買えなかった人が多かったんだと改めて認識しました。商品情報をしっかり伝えるだけで、こんなにも売上増加の効果があるんです。 

岩橋:それまでプレスリリースを出したことがありませんでした。新商品をどうやって発信していくのか色々教えていただいて、実践してみたらすごく反応が良かったんです。「驚くほどに情報が拡散されたな」というのがこの時の感想でした。

継続して情報を発信し続ける難しさ。1年半で終了した1期目の取り組み

木下:グラフを見るとわかりますが、一旦売り上げの伸びが落ち着いた後に、もう1度売り上げがぐっと伸びた2度目の山があります。

実はこの時に何があったかというと、この「ふるさと兼業」での取り組みが、新しい社会の採用モデルということで注目を集めたんです。ここで、再び多くのメディアに取材してもらいました。

木下:最終的にこの働き方の話題が日経新聞にも掲載されます。おかげさまで、幅広い層に我々のプロジェクトと商品を知ってもらうことができました。同時に売上も大きく伸ばすことができたんです。

しかし、この後壁にぶつかることになります。先ほど、私が3年以上山二造酢さんのプロジェクトに携わってきたとお伝えしましたが、1期目のプロジェクトは1年半ほどで終わってしまったんです。

途中から大学生のインターンを入れようかなど話は広がっていたんですが、次第にチームの動きが鈍くなってしまいました。売上を伸ばすための山をつくっていくことに苦戦し、ミーティングの頻度も落ちていったんです。そこで一旦区切りをつけようと、プロジェクトを終わらせることにしました。

木下:でも、僕は諦めきれなかったんですね。

岩橋社長の話には、どんな時でも「いいものをつくりたい」とか「このお酢の魅力をいろんな人に知ってもらいたい」という熱い想いがありました。こういう企業に世の中で活躍してほしいし、評価されてほしいと思う気持ちがずっとあったんです。

そう思いながらも、当時は何に取り組んでいいのかわかりませんでした。それで、プロジェクトが終わった後も「三重県に面白い企業があってね」ということを周りの人に伝えていたんです。すると「私も関わってみたい」と言ってくれる人がどんどん現れました

岩橋社長に「もう1回やってみたいんですけど、受け入れてもらえないですか」と相談し、2期目のプロジェクトがスタートすることになったんです。

1期目は山二造酢の社内事情もまだまだわかっていなかったですし、自分たちにできることがなにかを模索しているうちに終わってしまいました。

今度は、会社の売り上げに直結するようなことをしたくて、新しく集めたプロジェクトメンバーで企画を考え社長に提案させていただきました。

目標を「首都圏での売り上げを増やす」ことに設定し、メンバーで企画会議を重ねました。ターゲットを明確にしたことで「こんな商品をつくろうよ」とか「それじゃあボトルもこんな風にしてみないか」など案がどんどん出てきて。お酢市場のニーズやトレンドまで調べた上で、新商品企画を作りました。

前編では、山二造酢が「ふるさと兼業」を活用するに至った経緯から、木下さんが1期目にチャレンジした新商品PRの成功とつまずきをお伝えしました。

後編では、1期目の業績に満足できず諦めきれずにいた木下さんが、新たにメンバーを集め新商品の開発から取り組んだ2期目のプロジェクトを中心に紹介します。いかにして彼らはオンライン販売の売り上げを昨年度の5倍にまで伸ばしたのか。お楽しみに。

Editor's Note

編集後記

山二造酢のように創業100年を超える伝統のある会社でありながら、岩橋社長が「ふるさと兼業」のメンバーの意見を柔軟に取り入れていけるのは素晴らしい決断だったと思います。後半もお楽しみに。

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