NAGANO
長野
ここ数年、「地方移住」という言葉を数々のメディアで目にするようになって、移住という選択肢が身近に感じるようになった方も多いのではないでしょうか。
自然と近い距離でゆっくりと暮らしてみたい、地域の人達と関わりながら過ごしてみたい、自分のお店を持ってみたい。
人生の分岐点のひとつとして、「自分の好きなまちで、自分の暮らしに合ったお店に挑戦したい」方に向けて、今回は長野県松本市に移住し、人の日常に寄り添うカフェを営む山崎正人さんにお話を伺いました。
松本駅から徒歩7分。「Hangout coffee」は、“For your daily brews”(あなたの毎日の一杯)をコンセプトにするカフェ。日常の中にあって、「いつでも気軽にふらっと行けるお店でありたい」という想いが詰まっています。
移住した先でのお店作りについて伺いながら、地方で自分のお店に挑戦したい方が、一歩足を進めるきっかけになればと思います。
松本市は、都心から特急列車で3時間ほどに位置する山々に囲まれたまち。
市街地を歩くと、建物の隙間から壮大なアルプスが顔を覗かせ、まちを流れる女鳥羽川は、きらきらと光を反射しながら、松本市のあたたかな空気を感じさせてくれます。
そんな松本市で「Hangout coffee」をオープンした山崎さんは、自分のお店を始めるなら「お酒も飲める夜まで楽しめるカフェにしたい」という思いがあったそうです。
コーヒーの焙煎をしながら、クラフトビールも作る友人がいたこと。松本移住の前に長野県白馬村のカフェで働き、インターナショナルな場に身を置いていたこと。そうした経験を背景に、「日常の色んな時間帯で、お酒も楽しめるカフェ文化」が山崎さんにとって身近なものでした。
「カフェって日常でふらっと立ち寄って、自分の時間を使ったり、誰かと話したり、色々な使い方をすると思います。そんな中で『いつでも開いている』というのは、お客さんにとって価値だと思っていて。使いやすさを感じてくれる方が多いはずですし、自分たちとしても提供したいものです」
そんな思いから、「Hangout coffee」は年中無休営業で、毎日朝9時から夜21時までオープンしています。
特別な日だけではなく、誰かのどんな日常の瞬間でもふらっと入れる空間。
ドリンクやフードメニューも多彩に取り揃え、日常のどんな気分にも寄り添うことを可能にしています。
「Hangout coffee」のメニューは、「オセアニア系のコーヒースタイル」なのだとか。そこにも、山崎さん自身の経験が紐づいています。
山崎さんが以前暮らしていた白馬村は、極上の雪質でスキーが楽しめるとして、海外からの旅行者が集まるエリア。特に、多くのオーストラリア人に出会ったと言います。
そして、日常的にカフェを使うかれらの文化に強く影響を受けました。
「オーストラリアって、カフェ文化がすごく浸透していて。日常使いで、毎日行くのが当たり前のようでした。白馬村でも、『今日も来たぜ』みたいに連日訪れるお客さんが大勢いました。
毎日毎日カフェに来て、駄弁って帰る、その繰り返しです。そういう環境が自分にとって心地よくて。松本でもそういう場を作れたらなって思いました」
そんな山崎さんの想いの通り、カウンター席のある店内では常連さん同士で繋がり、気づけば一緒にご飯に出かけるような光景が日常的にあるそうです。
お店を作っていく上でどんな光景を見たいのか、どんな空気感であってほしいのかを明確にすること。
そして、そのためにお店として提供できる価値を守り、積み重ねていく。
それらを続けることは、一見シンプルに見えて、とても覚悟がいることだと感じます。
お店を始めると決めたとき、なぜ松本市を選んだのか。
そこには山崎さんが感じた暮らしとしての魅力と、経営目線から見る挑戦への想いがありました。
カフェで働く前、スノーボードの選手として活動されていたという山崎さん。
怪我を背景に引退してからも、山登りなど、自然と触れ合う機会が多くありました。自然がすぐそばにある長野県での生活に魅了され、流れるように松本にたどり着いたといいます。
松本市の魅力をお伺いすると、「バランスの取れたまち」だと教えてくれました。
「松本駅周辺はコンパクトにぎゅっとしているので、のんべえは飲み歩くのに困ることはありません。近くに大型の商業施設もあるので、生活に特に不便もないです。
ちょっと足を伸ばせば、豊かな自然に溢れた安曇野にも行ける。松本周辺には、山登りやスノーボードができるアクティビティ環境もたくさん揃っています。
街と田舎の良いとこ取りして、ちょうど中間にあるような場所なのかなと感じていますね。さらに松本って、音楽や芸術といった文化も根付いているので、すごくバランスのとれたまちだなって」
週末にはまちのどこかでイベントが行われていたり、松本城という大きな観光名所があったり。観光客目線でも充実している松本市ですが、暮らす人にとってのバランスも魅力です。
そんな松本でお店を構えることについては、「挑戦」の思いが強かったそうです。
「松本ってカフェもお店もすごく多いまちです。ここで戦えないなら、どこでやってもなかなかうまくいかないのではと思って。松本で挑戦してみたいという思いがありました」
経営的な目線で見ても、人の多さとお店が多く立ち並ぶまちのコンパクトさに魅力を感じる一方で、競合相手も多くあるというのも事実。
その中で新しくお店を構えるという、挑戦者としての視点がありました。
松本でお店を始めるときは、まず出店する場所選びに苦戦したそうです。
どういうところに人が集まって、どの通りにどのくらいの人通りがあって、というまちの空気感が、移住した当初は感じ取ることができなかったと話します。
「飲食は場所が一番大事になってくるので。
いい場所にお店を構えることができたら、なんというか、お店の魅力で無理に勝負しすぎなくても、お客さんに来てもらえる可能性が高まるんです」
そう話す山崎さんは、「お店が目指す姿」と「場所選び」の関係についても、率直な想いを語ってくれました。
「自分の中で、生活とお店のバランスを明確にする必要があると思います」
趣味の範囲で小さくお店を完結させたいのか、それとも自分の生活もしっかりと安定させるためにお店をやるのか。その目指す姿によって、場所選びは大きく変わります。
松本でお店を始めるとなった時も、中心市街地なのか、それとも少し外れた片田舎にするのか、様々な選択肢があったと話す山崎さん。
「お店をやりたい人のスタートラインの考え方で大きく違うと思うんですけど、僕はしっかりと自分の収入も生活も安定させていきたかったので、やるとしたら人が集まるところで、周りに競合がいてもしっかり選んでもらえるお店にしたいという思いがあって、中心市街地にしました」
暮らしと営みを、切り離さずに考える。
山崎さんの視点は、移住してお店を構える際に考えなくてはならないポイントなのかもしれません。
そうしてお店を構えたのは「松本の一等地」。「本町通り」と呼ばれる大きな通りに面しており、お祭りなどでも中心地として人が集まる場所です。
しかしお店は二階。
無事開店した後も、思うように客足が伸びず「最初は厳しかった」と山崎さんは話します。
「厳しかった」お店の状況を変えたのは、モーニングをはじめたことでした。
山崎さんが名古屋出身なこともあり、喫茶店のモーニング文化は馴染みが深いものだったといいます。
「朝の時間を有意義に過ごすことが、すごく好きなんです」
そう話す山崎さんのまなざしには、好きなものを友人にすすめるときのような、まっすぐさがありました。
人件費などの課題もありつつも、「お店を始めるなら、モーニングをやりたい」という思いが以前からあったそうです。
モーニングを始めてからは、海外からのお客さんを中心に人気が出て、カフェ自体の認知度が一気に広がっていきました。
「Hangout coffee」が提供するオセアニアスタイルのモーニングは、フラットホワイトやエッグベネディクトなど。朝にぴったりの多種のメニューを楽しむことができます。こういった、海外のカフェを彷彿とさせるメニューは松本では少なく、差別化の要因のひとつでもありました。
週末の日中は地元の人や日本人観光客が多いものの、朝や平日は海外からのお客さんが多く、観光シーズンの平日はほとんどが英語対応だとか。
元々は、海外旅行客をターゲットにしていたわけではなかったそうですが、結果的に海外スタイルがインバウンド率の高い松本にハマり、地域の人にも知られるきっかけになったそうです。
また、「二階はお店に入る少しハードルが高い分、一度上がって来てもらえばリピートに繋がりやすい」と山崎さんは実感されています。
「最初は本当に苦労して、どうやって知ってもらうか、とても悩んでいました。けれど、今となっては二階っていう環境も含めて総合的によかったなって思っています。穴場感じゃないですけど、知っている人は知っているみたいな感じで。ご新規さんの方が圧倒的に多くはあるんですけど、リピーターの方もしっかりと来てくれています」
「知ってもらう」という最初のステップは、お店を始める方にとっては共通のハードルであるはず。ましてや、まちに繋がりの少ない移住者にとって、そのハードルは余計に大きく感じるものなのではないでしょうか。
それを「Hangout coffee」では、モーニングという新たなチャレンジを行うことで、まちに新しい風を吹かせ、暮らす人にも観光で訪れた人にも届くようにし、乗り越えたのです。
「住んでみて感じるのは、松本は移住者が多くて、外から来た人がお店を始めて頑張っている人が多いことです」
お店を始めながら松本市での生活を始めていくうちに、同じ「移住者」同士の繋がりも増えていったと話します。
地方移住でお店を構える際、「新規参入が受け入れられにくい」という障壁は、多くの地域に当てはまるものかもしれません。
そんな中で山崎さんは、松本市について「移住者がそもそも多いということもあって、受け入れられやすいまち」だと話します。
「新規参入でもまちに入りやすいと思います。なんというか、自分で行動して繋がりを広げようと思えばしっかりと広がるし、それを受け入れていく環境はあるなと」
また、松本の人たちについて、「みんな松本の良さをわかっている」と話す山崎さん。
「いろんな話を聞いていると、やっぱり松本が好きで、どうやって盛り上げていこうか、どうしたらもっとまちがよくなっていくかを考えている人が多いなって。これは、住んでお店をやってみて、気づいたことです」
移住者に限らず、まちでなにか新しくチャレンジしたいという時に、「まちの人がそのまちのことを好きでいる」ということは、心強いことのひとつ。まちとして前向きな空気があるということは、挑戦したい人たちの後押しになるのだと感じさせます。
移住した先でお店を構えるという決断をするとき、山崎さんのような「暮らしと営みを切り離さない」という考え方は、一見当たり前のようでいて、実際はなかなか難しいことなのかもしれません。
どうしても経営的な目線だけに偏ってしまったり、自分の暮らしを優先しすぎてお店が立ち行かなくなったり。住んだことのないまちで新しい生活を始める際、視野が狭くなってしまうことも多いはず。
そんな中で山崎さんは、「自分のライフスタイルに合ったお店づくりが大切」と話します。
アナタが理想とするライフスタイルは、どんなものですか?
そのまちでどう暮らしていきたいのかを描いた先で、お店として提供できる価値をつくり、守っていく。まちに関わりを求めていく。
そしてそのまちが好きでいること。
山崎さんの暮らしと営みを丁寧に結びつける姿勢は、これから移住先で挑戦したい方にとって、大きなヒントになるのではないでしょうか。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
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Editor's Note
「日常使い」を意識しているお店は多いと思いますが、ここまでこだわっているお店は珍しいのではと思います。お店のスタッフさんも、いい意味で肩ひじ張らずにのびのび働かれているのが伝わりました。
松本に訪れるときには、暮らすように遊びにきてみてはいかがでしょうか。
そのときは、ぜひ「Hangout coffee」のモーニングから一日をスタートさせましょう。
MOMOKA TANAKA
田中 萌々花