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LOCAL LETTER

先代からのバトンをつなぎ地域を輝かせる『地域に根を張る商い』のかたち

FEB. 01

FUKUSHIMA

拝啓、“大切”そんな思いを抱く地域に貢献し、活性化していく未来を思い描いているアナタへ

生まれ育った場所であれ、旅先で出会った場所であれ、『ここは特別だ』と感じる地域が誰しもあるのではないでしょうか。

その地域の役に立ちたい、より良くしたい——そんな思いを胸に持つ人も多いはずです。

今回お話を伺った橋谷田商店の代表である橋谷田周平さんも、そのひとり。1960年、福島県・喜多方市で祖父が自転車1台から始めた日用品の卸売業を受け継ぎ、3代目として新たな挑戦を続けています。

橋谷田さんは、地域の人とのつながりや課題からヒントを見つけ多様な事業を展開してきました。

順風満帆に見える歩みの裏には、試行錯誤を繰り返しながら『地域に根を張る商い』を守り、つくり続けてきた日々があります。その言葉や姿勢からは、地域を輝かせるためのヒントがたくさん詰まっていました。

橋谷田周平(はしやだ しゅうへい)氏 株式会社橋谷田商店 代表取締役 / 喜多方・橋谷田商店の三代目。卸売業を継承しつつ食品加工など新たな事業を展開。地域の人とのつながりを軸に、福島県の魅力と可能性を広げ続けている。

祖父との最期の約束──守るべきものと、変えなければならない現実

喜多方市に戻ったのは、2017年。
当時、ファッション業界で働いていた橋谷田さん。祖父が亡くなる前日に「橋谷田商店を継ぐ」そう祖父に約束して、勤めていた会社を辞めました。 

そこから母と二人三脚で商売を始めたのが橋谷田さんの“地域と商い”の新しい挑戦の始まりでした。先代が使っていた店舗跡を事務所として使い続け、そこには創業当時から配達に使っていた自転車が今も飾られています。

橋谷田さんにとって、祖父は『商いの原点』。 
小さい頃から商売は生活の中で身近なものだったそうです。 「将来の夢は総理大臣か社長」と 小学校の文集にも書き残していたように、幼少期からどこかで橋谷田商店を継ぐという意識を持っていたと振り返ります。

帰郷した当時、日用品の卸売事業は厳しい状況に直面していました。

ショッピングセンター、ホームセンター、ドラッグストア、コンビニ、通販サイト……。先代の頃とは時代は大きく変化していました。競合の台頭によって価格競争は激しさを増す中で、大手の仕入れ力には地域の個人卸売店はとても太刀打ちできるものではありませんでした。

「僕らを頼ってくれるお客様たちがいるので、終わらせるわけにはいかない」

地域に橋谷田商店を必要としてくれている人がいる。今すぐに店を終わらせるという選択肢がないのは橋谷田さんもスタッフも同じです。 しかしそう思う一方で、このまま卸業だけを続けても未来は描けないという現実もありました。

「地元に帰って何かしたい」よりも、「橋谷田商店を継ぐ」という根源的な想い。

守るべき商いと、新しい挑戦。その両方を抱えながら、次の一手を探る日々が始まりました。

食品事業立ち上げのきっかけは“母のシフォンケーキ”とコロナ禍で直面した課題

現在、橋谷田商店では日用品・業務用消耗品の卸売業に加え、食品加工製造事業も手がけています。

加工所では、食材の一次加工から加工食品の規格生産、飲食店向けのメニュープロデュースまで幅広く対応。調味料やレトルト食品、惣菜、菓子製造など、食に関する多様な依頼に応えます。

また、自社ブランドの製造にも取り組み、まだ多くは知られていない福島の食材を活かしながら、地域の生産者や小売店と連携した魅力ある商品づくりを進めています。

食品事業を始める最初のきっかけになったのは、2023年に亡くなった母・由美子さんの存在でした。

手先が器用で、ものづくりが大好きだった由美子さん。 
その中でも由美子さんが作るお菓子は絶品だったといいます。

卸の仕事は流通を支える重要な役割を担う一方で、大きな利益を確保することは簡単ではありません。家業に苦労する母の姿を橋谷田さんは間近で見てきました。

母に武器を持たせてあげたい

そう強く思ったことが行動の原点でした。

昔からお菓子を作って友人に渡し、みんなを喜ばせることが大好きだった母。橋谷田さんは、母のお菓子を“商品”としてプロデュースすることを決意します。オリジナルのロゴをつくり、パッケージを整えて、地域のマルシェで販売を始めました。 

「最初は認知度がないところからのスタートでしたが、母は友人が多い人でした。最初は母の友達が買いにきてくれて、そこから口コミでどんどん広がっていきました」

気がつけば開店前に行列。倍量を作っても40分で完売する人気商品になりました。

このシフォンケーキづくりを通して、地元産の味噌やかぼちゃといった地域食材を使う機会も増えていきました。これが現在手掛けている“地域食材を活かした商品プロデュース”の基礎となっていきます。

手応えを感じる一方で、人口減少が急速に進む地方という土地柄もあり、新しい事業を生み出すことは容易ではありませんでした。 橋谷田さんは、当時そんな状況に強い苦しさを感じていました。

卸業を続けながら、さらに地域の役に立てる新しいビジネスはあるのか。可能性を探る中で橋谷田さんに生まれた、一つの確信があります。

「地域で仕事をしているとはいえ、卸業はBtoBの商売。地域の人たちと本当につながらないと、地域に必要とされているものは見えてこないと思いました」

人が集まれば、会話が生まれ、物事が動き、仕事が生まれ、地域に循環が巡る。

そう考えるようになった橋谷田さんは、次第に「人が集まる場所をつくりたい」という想いを抱いていきます。

『人が集まる』と考えたとき、最初に思い浮かんだのが飲食店でした。 母を誘ってみたものの、飲食店には興味がないと断られます。

そこで白羽の矢を立てたのが、ホテルのシェフとして働いていた同級生。1年かけて口説き続け、家族で喜多方市へ移住してもらうことが決まりました。

万全の体制で開業準備を進めていた、その矢先。
世界はコロナ禍に突入し、期待していた融資も下りず、計画は止まってしまいます。

飲食店の構想が思うように進まないなかで、橋谷田さんが出会ったもう一つの道が「地域の困りごとに応える」食品加工所という選択です。

ある日、祖父の時代に取引していた小さな商店の店主が両手に抱えきれないほどのとうもろこしを持って訪ねてきました。コロナ禍でこれまで取引していた事業者に買ってもらえなくなり、捨てるのは忍びないとお裾分けに持ってきてくれたのです。

その光景は、問題となった 『野菜の大量廃棄』 が地域でも起きていることを突きつけられる瞬間でした。

その一件をきっかけに地域の食品加工場を調べると、大規模施設はあるものの、少量生産に対応する加工所がないことを知ります。

「飲食店の準備を進める中でつながった農家さんから話を聞くと、『製品をつくりたいと思っても、すぐ対応してくれる加工所がない』という声が多かったんです。それなら、地域の食材や人に寄り添える食品加工所をつくりたいと思いました」

こうして地域のニーズと今までやってきた母のお菓子プロデュース経験が重なり、地元生産者の「ちょっと加工してほしい」に応えられる食品加工所が2022年3月に開所しました。

そばにある「つながり」を大切にすることで広がっていく幸せの輪 

橋谷田商店の事業には、いつだって『人とのつながり』があります。

「現代は人と人との直接的な関係がどんどん薄くなってきてると思っています。その一方でSNSなど目に見えない関係が増えてきている。でもやっぱり隣にいる人との絆が大切だと思うんですよね」

人とのつながりの中で課題を見つけ、その地域課題を解決していく。それは一人でがむしゃらに解決を目指すのではなく、みんなとつながり合いながら一つのものを完成させていく在り方でした。

現代はSNSで会ったことのない人とも簡単につながれる時代。
でも、橋谷田さんは地域の隣人とのつながりを大切にすることを教えてくれます。

橋谷田商店が製造を手掛ける看板商品の一つにクラフトシロップがあります。

このシロップは、喜多方市の商店街にあるスペイン料理店「喜多方BAL」の名物店主・鶴さんがつくる優しい味のシロップです。天然素材だけを使っているため、子どもも大人も楽しめます。

さらに、パッケージのイラストは地元の方が描き、使われているハーブは橋谷田商店の従業員が畑で育てているもの。

説明を聞いただけなのに、会ったことはない地域の人たちの顔が浮かんで温かい気持ちになる商品です。

また最近では、古紙を再生する循環型プロジェクト『フクメグリ』も手掛けています。フクメグリは、企業や事業所で生まれた古紙をトイレットペーパーとして再生する取り組みです。

先代から引き継いだ卸業の仕事を通じてトイレットペーパーの入札に関わったことをきっかけに、ご縁がつながり、地元企業と協働するようになりました。そして2024年には一般向け販売もスタートし、喜多方市のふるさと納税の返礼品にも選ばれています。

さらに『フクメグリ』のトイレットペーパーをめぐって展開されているのが100 Roll Up Projectです。地域のアーティストとコラボして作品を包み紙に採用しています。

「もっと多くの人にフクメグリに興味を持ってもらうための仕掛けを考えていました。一方で地域で表現をしている仲間たちは、みんな本当に素晴らしい活動をしているのに、世の中にはまだあまり知られていない。作品をもっと表に出せないかと考えたときに、フクメグリと合わせたらいいじゃんと。本当に『やってみようか』くらいの感覚から始まった取り組みなんです」

アートが巡り、紙が巡り、人が巡る。

『100 Roll Up Project』の取り組みを始めてから、それまでリサイクルに興味のなかった人でも面白がって参加したり、作品づくりに関わりたいという声が集まったりと、大きな反響があったと話します。

そして始まったときは全国最下位だった福島県のごみの排出量や資源のリサイクル率にも、目に見える改善が生まれているといいます。

フクメグリは、橋谷田商店の事業構成にも変化をもたらしました。

以前は卸業と食品事業がほぼ半々だったところから、今では『卸6割:食品4割』に。

事業承継した当初、右肩下がりになっていくと予想していた卸業が、プロジェクトをきっかけに盛り返しを見せていると語ります。

「地域課題を解決しながら、みんなとつながって一つのものができあがるってものすごく素敵じゃないですか。 近くにいる人がまず幸せになって、遠くの人たちとつながって賑やかになってくればいいなと思っているので、一番初めに想定していた形とは違うんですけど、人が集まり、物事が生まれていく場所をつくるというミッションは達成したかなと思っています」

その橋谷田さんの言葉には強い手応えが滲んでいました。

『楽しそう』を正々堂々と追いかける先に見える未来

地域に貢献し、活性化を生み出している橋谷田商店。
プロジェクトや商品をつくるうえで橋谷田さんが大切にしているのは、『楽しそう』という純粋な好奇心です。

失敗したらやめればいい。
まずは進めてみる。

人とのつながりから見えた地域課題の解決、地域の才能を活かすプロジェクトを形にするために、周囲を巻き込みながら、みんなで楽しく進めていく。『そこに関わっていく人がみんな幸せになっていくこと』を常に念頭に置いているといいます。

「自分の『楽しい』を先行させて、ものができあがって、周りから『いいね』と言ってもらえるのが、今のやりがいです」

最後に、これからの橋谷田商店の展望も伺いました。

「橋谷田商店の核には、やはり 『人』 があります。いろんな人が集まってきて、物や人が動き出して、盛り上がっていって。僕が前に出続けなくても、まちが勝手に良い方向に動いていく。そんなまちになったらいいなと思っています。周りにいる面白い人たちと一緒に、どんどん地域を盛り上げていきたいですね」

これからは若者と親世代をつなぐハブのような存在になりたい。橋谷田さんはそう笑顔で話してくれました。

若者たちの新しいアイデアやチャレンジ精神と、親世代が培ってきた経験や安定した仕事。その両方の良さを掛け合わせること。これまで多くの世代に応援されてきた橋谷田商店だからこそ、見えてきた新しい役割です。

地域に根を張る商い──そこには周りの人、そして地域の役に立つという揺るぎない覚悟を感じました。

隣にいる人とのつながりを大切にして、目の前の課題を楽しみながら乗り越えていく姿。

それこそが、地域に関わりたいと願う人にとって最も大きなヒントになるのではないかと思います。

Editor's Note

編集後記

今回のインタビューで強く心に残ったのは、「人のつながりがすべての源になる」という橋谷田さんの姿勢でした。橋谷田商店の営みは、地域の中に『人の循環』を生み出していく活動のように感じます。家族、従業員、地域の仲間たち——。 隣にいる人との関係を一つひとつ丁寧に築きながら、目の前の課題に向き合う。その積み重ねが、やがて大きな輪となって地域を動かしていくのだと気づかされました。橋谷田さんのお話から、人とつながることの大切さと、その先に広がる未来の可能性を改めて感じさせてもらいました。

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