GUNMA
群馬
JR上毛高原駅から車に乗って走ること数分、山々が赤色や黄色に染まった美しい風景が飛び込んできた。
思わず「うわあ、綺麗ですね」と言葉が漏れる。
程なくして、オレンジ色の柔らかい灯りがともる『ゲストハウス&コワーキング ほとり』に到着した。
今回インタビューをさせて頂いたのは、コロナ禍をきっかけに群馬県みなかみ町へ移住をした、田宮幸子さん(以下、たみーさん)。
ITエンジニアであるたみーさんは、以前は都内で働いていた。
現在、リモートでのITエンジニアの仕事も継続しながら、『ゲストハウス&コワーキング ほとり』のオーナーや温泉施設の指定管理など、みなかみ町の暮らしに関わる仕事に幅広く取り組む。
「このまちではやりたいことが沢山あるんです」と楽しそうに話すたみーさん。取材当日の朝は薪割りのお手伝いをしてきたという。
みなかみ町での暮らしを明るく語る一方で、拠点となる地域を決めるための「比較ポイントが分からなかった」と、移住前を振り返る。一体どんな基準で拠点を選択し、今はどのようにみなかみ町での活動に向き合っているのだろう。
本記事では、みなかみ町に移住し「暮らしの豊かさ」を探求するたみーさんから、地域で豊かに暮らすヒントをアナタにお届けする。
「日本のどこでも自然は豊かだし、畑をやってみたいけど、それも多分どこでも出来そう。どうやって選べばいいんだろうと考えていました。移住をするなら、地域の人の印象で決めるしかないかなって」
移住施策として、自然や産業をPRする地域は全国各地に溢れている。そんな数々の自治体をハッとさせるような一言がたみーさんから溢れてきた。
果たして、「地域の人の印象で決める」ために、どのようなプロセスを歩んできたのだろう。
まず、印象的だったというのは、みなかみ町の移住相談窓口となった役場の方と移住支援団体の方のお二人。
「他の自治体窓口と比べてノリがよかったんです」と、たみーさんは笑みをこぼしながら当時を振り返る。かれらが、たみーさんの『やってみたいこと』にフラットに耳を傾けてくれる姿が心に残ったという。
「それまで別の役場窓口では、自分のやってみたいことが奇抜なのこともあってか、『何を言っているんだろう?』みたいなリアクションをされることもあって。なかなか理解を示してくれる人に出会えなかったんです。
もちろんどの地域ももっとまちの中に入ったら、面白い方々がいるのでしょうけれど、移住に繋がる入口の部分で、しっくりくるような感覚になる人になかなか出会えなくて。でもみなかみの担当者はノリよく話を聞いてくれて、他とはちょっと違ったんです」
そこで、当時利用していた住まいのサブスク『ADDress*』でみなかみへ滞在。「とりあえずまちに来てみた」ことが、今に繋がる一歩目となったようだ。
*ADDress(アドレス)…会員になることで全国各地の空き家・シェアハウス・ホテル等を利用できるようになる民間サービス。
「ADDressで滞在中、地域の方が最初に出会わせてくれた人が、リモートワークで都内の会社で働きながら週末にみなかみ町で狩猟をしているお姉さんでした。その人の話がすごい面白くて、こんな面白い出会いがあるのならとりあえずもう住んで、いろんな人に会ってみたいなと思って」
「人と人をつなぐ、憩いの宿」そんなコンセプトを掲げるほとり。その場所のオーナーであるたみーさん自身がまさに、人と人に繋がれ、紡がれた出会いによって軽やかにみなかみ町へと導かれたのだと感じさせる。
「当時、真冬だったんですけど…」
みなかみ町に移住したのは、2020年の12月。
実は、10年間ペーパードライバーだったというたみーさん。みなかみ町での生活では車の運転を余儀なくされ、10年ぶりの運転は雪の降るみなかみ町で。想像するだけで、凄くドキドキする体験だ。
「私はあんまり、リスク管理できるタイプじゃないので、最後はもう勢いでしたね。とりあえずやってみなきゃわかんない、と思っています。例えば、雪国だとどういうメリットデメリットがあるかは、実際に住んでみないと分からないですよね」
そう朗らかに話すたみーさん。
また、実際に移住してみたことで感じる地域で暮らす豊かさの1つとして、「食」について教えてくれた。
「都会でも、高いお金を出せば美味しいものは食べられる。けど、みなかみではその美味しさを鮮度だけで全部賄えちゃうんです。
素材そのもので、こんなに美味しくなるのかと驚きました。普段食べているようなものなのに、都会のスーパーで見るものと、こっちで手に入るものが全く別物に見えるんですよね。
例えば、『沢山あるからあげるよ』と、地域の方からお裾分けでもらったものがとんでもなく美味しかったり。ここでの食の美味しさは、本当に値段じゃ測れないんです」
食べ物による衝撃は、今でもずっとあるという。
「みなかみでは、食べ物の“途中”を味わえることが面白くて。ここはそういう機会が多い気がします」
例えば、豆腐を作るために茹でた大豆。その時点で驚くほど美味しいという。
「豆腐になるまでの過程のどれもが美味しくて。豆乳も美味しいし、おからもそう。また、どのくらい大豆を砕くかで、おからを美味したり、豆乳を濃くしたり調整もできるみたいなんです。あえて砕きすぎないようにすれば、ナッツを砕いたみたいなおからが出来て、これもめちゃくちゃ美味しいんです」
楽しそうに話すたみーさんの様子から、みなかみ町の「食」が好きなことが伝わってくる。
お店で買って口にしている食べ物には、当たり前のように作り手がいて、完成するまでの過程がある。ただ、梱包されてお店に並んでいる豆腐からは、ナッツのようなおからを想像することは正直難しい。
作り手の顔が見える環境での暮らしは、普段何気なく食べている物への視野がぐっと広がりそうだ。
「さっきの豆腐の話だとみんなで作る過程の、例えば大豆を茹でている香りだったり、林業だったら木を切る時の香りだったり、そういう空間や体験自体が本当は必要なものだと思うんです。
でも、それが都会で暮らしていた20代の頃には、すっかりカットされていた気がしていて。暮らしていく中で、これまでカットされていた過程を体験すること、それ自体が豊かさだなと、今感じています。
ただ、毎日豆腐を作っていたらそれは作業になってきちゃうかもしれません。自分にとって、ちょうどいいバランスを見つけ続けていきたいですね」
「豊かさ探究員」と自身を名乗るたみーさん。みなかみ町で暮らし始めて5年目、今考える「豊かさ」とは何だろうか。
「やっぱり帰結するのは、周りの自然や命とのつながり、人とのつながり。こうしたところが暮らしの豊かさに繋がって大事になってくるよなって。それは、今までの自分の経験だったり、人としての本能的な部分が背景にあるのかもしれませんが、そう感じています。
なんかこう、人間だけでは閉じない感覚を持てることが、究極の豊かさなのかもしれないと思うんです。でも、そこまで悟りを開いているわけではないのですが(笑)ただ、そこに向かいたいなって気持ちはあるんです」
また、「これから」についても語ってくれた。
「私の中では、“まちでの活動”と”自然に溶け込む感覚”は、少し別物のように感じるんです。どこか対立している状態なのかなと思うんですけど、そのバランスを自分がどう取りたいのか、がこれから大事なのかなと思います。
その過程で、自然のことをもっと深く知ったり、こういうことをするともっと心地いいなと気づいたり、ここに人を呼びたいなと感じ取ったり。
そうやって、自分や環境をアップデートし続けていくことがいい暮らしなのかもしれないですね。
これからも私は、“まちでの活動”と”自然に溶け込む感覚”の両方を大事にしながら、進んでいくのかなと思っています」
そう柔らかく話すたみーさんからは、みなかみでの暮らしを見つめ続けている様子が伝わってきた。
時に大胆に、時にじっくりと考えながら。暮らしの側にある自然や命とのつながり、人とのつながりに想いを馳せながら続いていく地域での暮らし。
少しずつ日も暮れてきた夕方。
外の肌寒そうな様子とは対照的に、ほとりではストーブの上に置いてあるやかんから湯気が出ている。
Editor's Note
何かを選択する時は必ずしも振り切る必要はないのかもしれない。
たみーさんのお話を聞いて、 地域での暮らしには、自分の心地よいバランスを模索しながらその過程さえも楽しむ余白があるのかもしれないと感じました。
YOSHIE NAKANO
中野 佳恵