AICHI
愛知
他の人が見えないところで、粛々と貢献する人。
先回りして、段取りを整える。
火種が大きくなる前につぶす。
それができる人の周りでは、問題が起こりません。
しかし、「なにも起こらない」がゆえに、その働きは評価されづらい。
誰よりも早く気づくから、自分がやることが当たり前になってしまう。
認められない働きはやがて、「なぜ私がやらなければいけないのか」と言葉にならないもやもやとなって蓄積していきます。
最初は何気なく始めた善意の気遣いが、なぜか重くのしかかる。
そんな葛藤を乗り越えて、地域に親しまれている人がいます。
山本和弘さん。
ボランティア団体「南知多クリーン」の代表として、多くの仲間と共にゴミ拾いをしています。東京でプロボクサーだった青年は、なぜ南知多で清掃活動をすることになったのか。
その生き方は、縁の下の力持ちが抱える葛藤に、温かい光を当ててくれます。

「ゴミ拾いは自分のためにやっている」
きめ細かい白砂の海岸のあるまち、南知多町。
愛知県にある知多半島の先端にある地で、毎日ゴミ拾いを続ける山本さんはそう言います。

ゴミ拾いを始めたのは、今からさかのぼること15年前。
まだ南知多町に来る前の、名古屋市に住んでいた時代でした。
「地域でゴミを拾ってる人たちを見かけた」と山本さんは語ります。
「車で出勤していたら、犬の散歩しながらおじいちゃんがゴミを拾ってたりとか、主婦たちが集まって清掃していたりする。 他にも、企業の周りを働いている社員たちが、朝ほうきで掃いているじゃないですか」
決して珍しくないまちの風景ですが、山本さんにとっては違って見えました。
「その姿に啓発されて、綺麗にしないといけないなと思った」
最初は不定期で始めたゴミ拾いは、2020年に南知多町に移住したことを期に、日課になりました。
6年たった現在も、ほぼ毎朝続いています。
「今はこうやってSNSのある時代だから、やるからには見せるっていうことも大事かなと考えた」
活動する際は必ずinstagramで発信しています。
すると、投稿を見た人から反応がありました。
「『私も自分の住んでるとこをやりました』ってコメントが来たり、 『自分もやりたい』と南知多まで来てくれる人たちがいたりしたんです」
知り合いのいなかった地で1人で始めた活動は、いつしか仲間が加わり、増えていきました。
海岸にあるのは、ゴミだけではありません。6月~8月には海藻や流木が流れついて、砂浜が汚くなります。そこで、熊手を使って集めます。
いつものように清掃をしていたある日、山本さんは熊手の跡を見て「絵が描けるな」と気づきました。
「最初は遊びでね。簡単な絵を描いて、近所の子どもたちと一緒に遊んでいたんです。地域の人や子どもが楽しんでくれると思って、大きい絵を描いたらだんだん通る人が写真を撮るようになってきた」
「もともと絵を描くのは好きだった」と山本さん。
続けて描いていくうちに、サンドアートとして注目されるようになり、「砂浜絵師ジャッカル」の名は、多くのメディアで取り上げられるようになりました。

そうした山本さんのゴミ拾いとサンドアートの活動も後押しとなり、南知多町は2022年に「Green Destinations TOP100(世界の持続可能な観光地トップ100選)※」に認定されました。
そして、愛知県観光協会より山本さんが働いていた法人が感謝状を受け取ります。
ただ、当時の山本さんの胸中は複雑でした。
「一番申し訳なかったのは、毎朝来て、ゴミ拾いを手伝ってくれている人たち」
普段からゴミ拾いに参加している仲間は、山本さんと同じ法人に所属していたわけではありません。したがって、表向きには仲間の貢献が認められないことになります。
「もちろんみんなはお金や見返りが欲しくてやってるんじゃないんだけど、メリットがないでしょう。それに、活動後にドリンクを提供したり、清掃道具を買ったりとか、いろんなお金がかかるんですよ」
また、ゴミは拾っておしまいではなく、処分する必要があります。
「南知多は財政が厳しいもんで、自分でクリーンセンターとか拾ったゴミを持ち込まなくちゃいけない。その時にどうしてもゴミ捨て用の車が必要になり購入しました」
メンバーのみんなに還元できることを増やすために山本さんは、団体を作ることにしました。
公的な援助や助成金を受けるためには法人が必要でした。しかし、法人を作れば、活動の縛りも厳しくなります。
検討した結果「南知多クリーン」を立ち上げ、南知多社会福祉協議会にボランティア団体として登録しました。
「寄付や援助でもらえるものを、少しずつ仲間に分配できるようになった。いつもやっていた公衆トイレの清掃も、前任の事業者がやめるとなった時に、『南知多クリーンさんにお願いします』と仕事をもらえるようになりました」
現在のメンバーは約40名。
それぞれが来たい時に来て、居住地に関係なく、誰でも参加できます。
「汚いより綺麗な方がいいからゴミ拾いはする。だけど、それよりもみんなが参加して、楽しんで交流してもらえばいいんです」
※参照サイト:『Green Destinations Certification Awards Top 100』Stories

取材当日の南知多町は氷点下。一時は、雪が降りました。
海岸線はゴミ袋が飛ばされるほど風が強く、険しい環境です。
そんな日であっても、山本さんは変わらずゴミを拾います。
なぜ継続できるのかを尋ねると、「大変じゃないから」と笑います。
筋トレ、マラソン。ピアノの練習。
人から見ると大変なことでも、本人にとっては趣味でまったく苦にならない。むしろ、やらないとすっきりしないようなことがあります。
「それぞれになにか宿命か天命かわからないけど、やりたいものがある。 たまたま僕の場合はそれがゴミを拾うのだったのかもしれない」
自分にとって負荷がなく、周りの人から喜んでもらえる。だから、続けられる。
しかし、昔からそのように考えていたわけではありません。
高校卒業後、入学した大学を1年で中退した山本さんは、生まれ育った兵庫県から上京します。
そこで、映画の助監督の仕事に就きますが、同時にプロボクサーになる夢を持っていました。
「チャンピオンになりたかった」
念願叶って、プロボクサーにはなれたものの、プロの世界は甘くありませんでした。
「チャンピオンに全然届かなかった。だけど、一応自分の中では納得して、29歳で引退しました」
その時に「自分の夢は終わった」と山本さんは言います。
「残った人生は人のために生きていけばいいかなと思った」

そう考えるようになった背景には、父親の存在がありました。
「父親が死んだ時に、父親が働いていた会社の若い子が泣き出したんですよ。普通、通夜に来たら悲しみの表情はするけど、泣き出すことはないでしょう。それが大声で『何で死んじまったんですか!』って……」
その光景に、山本さんは大きな衝撃を受けました。
「これからの人生は、人のために生きた方が価値があるんじゃないか。その方が、自分の人生の足跡が残るのではないか」
その想いが、ゴミ拾い以外の活動にもつながっています。日頃から募金したり、災害ボランティアへ何十回と足を運んだりもしています。
ただし、それは単なる奉仕の精神からの行動ではありません。
「困ってるから助けたい気持ちもあれば、自分の満足を得るためでもある。災害現場に行ったらなんかいいことをした気持ちになるでしょう。
ある種、自分の自尊心というか虚栄心を満たしたい。それが1番の気持ちです」

南知多町の「内海海水浴場」は観光地としても人気の地域。
夏になると綺麗なビーチを求めて、多くの観光客が押し寄せます。そして、人が集まれば当然ゴミもたくさん出ます。
「すごいんだよね。 もうどばーってゴミがあって」
前日に綺麗にしたはずの砂浜に、翌日には大量のゴミが戻っている日も珍しくないそうです。
せっかく綺麗にした海岸が汚れる。そのことについて、山本さんは怒る様子もなく割り切っていました。
「飲食店だと営業後にお店が汚れていて、最後に掃除するでしょう。それと同じで、夏のビーチは毎日人が来るところだから、一定数ゴミを落としていく。
中には故意に捨てる人もいるかもしれないけど、そういうものだと思っています。もうやむを得ないというか、それを綺麗にしていくのがここに住んでいる人たちの仕事かな」
山本さんが向ける視線は、ゴミを捨てる「誰か」だけではありません。
そこに反射する自分の姿を見つめていました。
「車の排気ガスは地球温暖化につながるから、一般的に悪いこととされているじゃないですか。でも、僕はエンジンつけっぱなしの車を見てもなにも思わない。だから、自分で気づいてないだけで、『なんだあいつは』と思われることをしているかもしれない」

正しさの物差しは、人によって違います。
南知多町で生まれ、ずっと住み続けている人。外からやってくる人。
地域には、さまざまな背景や考えを持った人が暮らしています。
「僕は地域活動にも参加するから、地元の人も仲間として受け入れてくれる。だけど、そういうのに絶対参加しない人もいる。そうすると『あいつはやっぱりよそ者だ』と対立が生まれることもある」
移住しても馴染めず、去っていく人も見てきました。
「自分が喜んでもらえると思ってやったことで、嫌がる人もいるかもしれない」
ゴミ拾いを勧めるような発言を、山本さんは1度も口にしませんでした。
instagramで発信する際も、淡々とゴミ拾いをしている様子を映しています。
「みんな毎日歯磨きをすると思うんだけど、それは口が臭いのは嫌だし、綺麗な方がいいから。自分にメリットがある。ゴミ拾いも同じで、なんかすっきりした気持ちになる」
山本さんは穏やかに笑います。
「人のためでもあるけど、やっぱり自分のためになるから継続できるんですよ」
今日も、南知多町の海岸にはゴミを拾う人たちの姿があります。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
取材当日、海岸清掃をしました。真冬の南知多町の朝は過酷でした。「ゴミ拾い」と聞くと、簡単に聞こえるかもしれませんが、続けるのは並大抵ではないです。それだけに山本さんの話を聞いていて込み上げるものがありました。
NOBUHIDE HONDA
本田 信英