モノづくり
※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第3期募集もスタートしました。詳細をチェック)
北海道のほぼ中央に位置する東川町。
大雪山国立公園の一部を有する町には上水道がなく、蛇口をひねるとミネラルウォーターが飲めることからも、自然豊かな場所であることが分かります。
家具とクラフトの町として工房が多いことでも知られる東川町。その中でも、一目置かれているのが「北の住まい設計社」※ です。
様々な種類の木々が生い茂り、どことなく北欧の雰囲気を感じる廃校を利活用した場所で、徹底して行われていることは、“自然に感謝しながら、天然の素材を使うこと”。大切に使い続けてきた愛用品がいつか必要なくなった時、ゴミにはならず、自然に還るモノづくりです。
100年使い続けるモノづくりを始めた背景には、どのような苦労や喜びがあるのでしょうか。
※北の住まい設計社
自然に優しい天然の素材で作ること、素材が生き続けられるやさしい作り方であること、デザインはシンプルに、修理も可能な しっかりとした手仕事であることを掲げ、家具、住宅の設計&建築、カフェ事業などを手掛ける。廃校を利活用し、大きな敷地内で全て自社で一貫したビジネスを展開。代表取締役社長は渡邊 恭延さん。
せっかく作っても何年か経つと傷みがでてゴミになってしまう。何かを作る時点で考えないと…。
そう話してくださったのは「北の住まい設計社」で営業・設計を担当する秦野 誠治さん。それまで自分が“常識”だと思っていたことにふと疑問を抱き始め、当時勤めていた設計事務所を退社。今から24年も前になる1999年に、北の住まい設計社の門を叩きます。
「元々は札幌の設計事務所で、主に学校などの公共施設を設計していました。当時は役場の担当者と打ち合わせを済ませ、言われたものを作っていました」(秦野さん)
“誰が使うのか”を考えることよりも、予算に応じて作ることへの配慮が大きい仕事だったそう。
「せっかく建てた施設も傷みが出始め、廃材と変わっていく姿を目の当たりにした時に、このままでいいのだろうか、と思いました」(秦野さん)
疑問に思っていたことを解消してくれたのが、北の住まい設計社。
社長の渡辺さんが北欧でのホームステイを転機に本当の「豊かさ」について考えさせられ、子どもたちの子どもたちの代まで、100年以上長く使い続けられる家具づくりを掲げていきます。
塗装していてもシンナー臭くない。床をボンドで貼らない。それでも家具や建物が完成していく。そんなモノづくりに驚き、苦戦しながらも先輩職人に張り付き勉強していたという秦野さん。
「職人がどのような工程を踏んでつくりあげているのか、じっくり見極めることでだんだんその秘訣が分かるようになってきました。
一般的に木材に使用されているウレタンやラッカーを塗らない無垢の木は、伐採されていても生き続けているので季節の湿度によって伸縮します」(秦野さん)
木材の伸縮を考慮した上で家具を作るためには、自分自身の目で見て、感覚として身体に刻み込まれた経験がものを言う。言葉で説明しただけでは決してなし得ない熟練の技があります。
「長年の経験からどんな木材も巧みに操ることができる職人たちが北の住まい設計社で活躍しています」(秦野さん)
“これを使わなければいけない”という考えではなく、“これがなかったらどうすればいいのだろう”と考え、挑戦することで着実に前に進んでいます。
「家具には必ず誰がいつ作ったのかを分かるようにしています。そうすることで職人自身が責任をもって製作に取り掛かるようになり、関わる時間が長いほど自然と想いがこめられます。
何かあった時にすぐに対応できるのも、原因が突き止められるのも、1人の職人が作っているから。これまでもお客様からのフィードバックを元に色々改善してきました」(秦野さん)
裏方という印象が強い職人さんですが、世界に1つしかない作品を丹精込めてつくる姿勢を尊重している北の住まい設計社。とはいえ効率性を重視しない製作には課題もありそうです。
「作る量に限界があるので、お客様の手元に届くまで2〜3ヵ月はかかります、とお伝えしています」(秦野さん)
では、それでも「北の住まい設計社」が選ばれる理由は何でしょうか。
「以前は海外から船便で輸入した木材も使っていましたが、今は北海道産の木材のみ使用しています。その理由は2つで、1つ目は、輸送に石油資源を使うこと。2つ目は、船便だと4,5ヵ月かかるので、到着するまでにカビが生えたり、虫に食われてしまう可能性があることから、『海外産の材木には、必ず防腐剤と防虫剤がかかっている』こと。
防腐剤と防虫剤が既にかかっていても、その部分を削り取ることは出来ますが、職人の健康に害を及ぼす可能性があります」(秦野さん)
「運ばれてきた材木をまずは外に積み上げた後、この倉庫内で管理します。扉が無いのでいつも風が抜けます。風を当て続けることで乾燥させるんです。大量の木材に均等に風が当たるように、手作業で定期的に木材を動かし、木と木の間にある浅木も、位置を動かして痕が残るのを防いでいます」(秦野さん)
圧倒される木材の量。これらを“人の手で動かす”という作業がどれだけ大変なのか…容易に想像できます。
何気なく積んであるように見えますが、効率よく配置され、厚みや製作スケジュールによって、材木を動かす頻度も異なるんだとか。
「厳しい気候条件のもと手作業で進めていくのは大変なこともありますが、お客様にとっても、環境にとってもいいものができると思ったら、職人の苦労も無駄にはなりません」
(秦野さん)
赤ちゃんが口に入れても、自信をもって安心、と言える背景には、自他共に認める時間と手間を掛けていることに、ただただ驚きました。
材木という家具になる前の過程において、「こんなにも徹底した管理がなされていることを実際に目にしたからには、伝えなければ」という想いが湧き上がります。
「最初から人工的に乾燥させると気が割れてしまうため、ある程度まで自然に乾かしたあと、人工的に乾燥させ、ねじれや癖を出し切ります。
木材はほぼ水分でできていますが、最終的には7〜8%の水分量にまで落とします。その後、1つ1つ木目を見ながら、きれいにカットされた木材を職人さんが加工・組み立てていくんですが、湾曲した木材をまっすぐに削る事から始まります」(秦野さん)
自然の木が相手だからこそ、難しいことの方が多いはず。決してマイナスに捉えず、プラスの力に変えていける職人さんのモチベーションの高さを感じます。
職人技だけでなく、長く愛用され続けるためのデザインにもこだわりをもつ北の住まい設計社。木目を活かした家具はもちろん、近年は中世ヨーロッパの時代から使われていた絵具の技法“エッグテンペラ”※の色合いを活かしたデザインが人気なんだとか。
しかし、化学物質が全く入っていないエッグテンペラは、色付け後、手で触れるくらいまで乾くのに1ヵ月半、完全に乾くまではなんと半年もかかる技法なんだそう。
「スウェーデンまで職人が行き、技法を取得するまでしっかり修行もしていました」
(秦野さん)
じっくり時間をかけて作り上げていく作品ですが、それでもお客様は首を長くして完成を待ちわび、待っている間のワクワクも楽しんでくださっていると言います。
そのほかにも、最も高級なものの1つ、レザーはスウェーデンで150年以上続く昔ながらの製法で靼された王室御用達の素材を直輸入。
「レザーのソファーにはまだ一部ウレタンを使っていますが、基本的には自然に還るもので作られています」(秦野さん)
※エッグテンペラ 卵や鑞、カゼインなど乳化作用を持つ物質を固着材として利用する技法
便利なものがどんどん増え、いかに効率良くできるかを優先している今の時代において、敢えて手のかかることを突き詰めていく。
自然に還るモノづくりへの徹底ぶりは、製造から販売まで社内で一貫して行っていることからも伺える。僅かな誤差があっても家具を作れないのと同じで、いつもとは違う風が少しでも吹くことが社内の雰囲気を変えてしまう可能性があるからだ。
お客様の手へと渡り、笑顔が生まれた瞬間に職人の苦労は喜びへと変わり、長く使ってもらえるようにと願いを込め、お手入れの方法を説明する。
樹齢100年の木で作ったモノは100年使い続けることで、サイクルが成り立つ。
愛着があるものに囲まれると、居心地がよく、日々の暮らしが豊かになる。
人間が作り出した化学物質を使わないモノづくりに太刀打ちできるのは、自然への敬意を払い、日々鍛錬している職人の研ぎ澄まされた技術と、未来を考えた北の住まい設計社の確かなる想いだった。
1つのモノを大切に、次世代まで紡いでみませんか。
Editor's Note
“地球環境のことを考えて取り組んでいることが、ヒトにとっても優しい”どれだけ大変でもそこには本当に大切なことがたくさん詰まっていました。
想いを込めて作られたモノには命が宿り、あるだけで心を豊かにしてくれ、不思議と大切にしたくなる。
次世代へと受け継ぐ本物のモノづくりを応援し、人にも伝えていきたいです!
HIROKO KIMURA
木村 裕子