カツオ
生まれて初めて「シンコ」を知ったのは、高知県中土佐町久礼に訪れた時だ。カツオの一本釣りをやっている漁師・川島さんと話をしていた時、生まれてから1年未満のメジカ(ソウダカツオ)のことを「シンコ」と呼んでいたのだ。
すだちによく似た「丸仏手柑」をシンコの上で皮ごとガリガリおろして、果汁をギューっと絞り、醤油をたらして食べるのが最高にうまい!と言われたら、食べないわけにはいかない。
川島さんにシンコを食べたいならとオススメされて訪れたのは、久礼大正町市場。ここは、明治中頃から続く庶民の台所。「買うていかんかぇ~」と土佐弁が響く市場には、その場で魚を捌いてくれる食堂や惣菜がずらり。
「シンコは “昼獲れたら夜までに食べる” と言われるほどに足がはやい魚なもんで、市場にもほとんど出回らないき。だからといって採れたてすぎても、身がぐにゃぐにゃすぎて旨味が少ない。採れてから2 ~ 3時間後が弾力もあって旨味が出てきてうまいんよ」と教えてくれたのは、久礼大正町市場の中にある田中鮮魚店の四代目・田中隆博さん。
「シンコは時間との戦いやから、シンコが食べたいここらの人は昔から朝早く釣りに行って、さっさと帰って休む暇もなく捌くんよ。この時代にこんな大変なことしてでも食いたいと思う人らがいるから面白いやろ」と話しながら、田中鮮魚店でひとパックだけ残っていたシンコを手際よくお皿に盛ってくれた。
シンコの盛られたお皿を持ちながら、田中鮮魚店目の前にある飲食店「漁師小屋」に入っていく田中さん。てっきりお店の前で立ちながら食べると思っていた私は、驚きながらも田中さんについて行く。指定された席に座り、シンコを一口。採れてから6時間ばかりが経過していたシンコは、もちっとした独特の食感。マグロより淡白な味は、なんとも病みつきになるではないか。
聞けば「漁師小屋」を経営しているのも田中鮮魚店だという。田中鮮魚店で買ったお魚を捌いてもらい、漁師小屋で作っているお味噌汁とご飯をつけたら、豪華な定食の出来上がり。この取り組みが「一本釣りカツオに付加価値をつけ、地域の活性化にも貢献している」と評価され2013年度には農林水産大臣賞も受賞している。
「お昼になるとみんなで田中鮮魚店に行って、各々好きな魚を選んだ後、漁師小屋でその魚を大皿に盛ってもらうき。1人700円もあれば十分よ。こっちでは大皿料理のことを “皿鉢(さわち)” っていうんやけど、“皿鉢しようぜ!” って言って田中鮮魚店にいくのが定番やな」と隣で食べていた地元の方が教えてくれた。地元にはなくてはならない魚屋であることは間違いない。
今でこそ久礼の住民はもちろん、遠くの高知市内からも買い物客が訪れるほど人気の高い田中鮮魚店だが、田中さんがお店を継ぐまでは衰退の一途を辿っていた。
「親父の代は値段の高いカツオは売れないと、カツオの売価を下げるために買い取り価格を下げる魚屋が多くてな。価格が下落するにつれて、漁師の廃業が相次いでいとった。漁師と魚屋がともに生き残るために、本当に美味いカツオだけを店頭に並べ、販売価格を上げることにしたんよ」と、田中さんは当時の苦労を振り返る。
現在では「美味いカツオやったら田中鮮魚店までいかないかん。あそこは間違いない」と多くのファンを持つ、田中鮮魚店にも多くの歴史があったのだ。
田中さんと話をしていると、漁師小屋にいたお客さんが魚のことを聞きにやって来た。店頭に並べられた色鮮やかな魚たちを見せながら、笑顔でお客さんと話す田中さんがまるで我が子を自慢している父親のようで印象的だった。
帰りがけに「次は連絡してからきてな、とっておきの美味しい魚用意しておくき」と手を振ってくれた田中さん。ああ、早く行きたいものだ。
Editor's Note
あの時食べたシンコの味は今でも忘れられない。そして都内にいても田中鮮魚店のあの味が恋しくなり、度々オンライン購入をしてしまう。ぜひまずはご自宅で味わってみてはいかがでしょうか?
NANA TAKAYAMA
高山 奈々