SUSAKI,KOCHI
高知県須崎市
近頃、「好きなことで生きていく」という言葉を頻繁に聞くようになった一方で、「自分にはできない」と仕事を割り切って、こなしている人がいるのも事実。
ですが今、好きなことで生きている人たちの中には、「好きで始めた仕事ではなかったが、関わるうちに仕事を好きになっていった」という人たちも多くいます。
そこで今回、LOCAL LETTERが全3回の記事を通じて特集するのは「気の進まなかった家業に “好き” を見つけた」若手3名。
今回取材したのは、明神利器製作所の二代目で研ぎ師を務める明神直人さん。
その高い技術から包丁の発注が絶えないばかりか、家業の未来を見据え、自ら新ブランド『鉄人刃物ラボ』も立ち上げている直人さんですが、家業を好きになったのはごく最近のことなんだそう。
「家業は嫌々やっていました」と話す直人さんが今、家業に挑戦している理由をお聞きしました。
中学生の頃から家の手伝いで、1日に何十本もの包丁を触っていたという直人さん。正直、消費者の顔や声も聞こえない中で、毎日同じ作業を繰り返す仕事に嫌気がさしていったと言います。
「大量生産で作った自分たちの包丁を “一体誰が喜んでくれているんだろう?” と思いながら、手伝いをしていました」(直人さん)
「家業は嫌でしたが、高校を卒業しても、やりたいことが見つかりませんでした。僕は長男ですから、嫌でもいずれは家業を継がなければならないとも思っていたので、やりたいことがないのなら、早いうちから自分の技術を磨こうと家業に関わり始めました」(直人さん)
今日、明日やって簡単にできる仕事ではない。技術を習得するまでに多くの時間がかかる。
幼い頃から家の手伝いをしていたからこそ、家業が簡単な仕事ではないことも知っていた。
それまで中途半端に投げ出してしまうことも多かったからこそ、仕事だけはきちんとやりたかったという直人さんは、嫌嫌ながらも仕事をこなしていたと言います。
そんな直人さんの転機は、福井県にいた研ぎ師の元へ修行に出たときのこと。
「福井で出会った親方の技術力に圧倒され、正直自分にはできないと思いました。それでも親方に同じ人間なんだからお前にできないわけがないと喝を入れられながら、必死に食らいついてました」(直人さん)
やればやるほど、どんどん技術が向上しているのがわかり、研ぎ師の仕事が楽しくなり始めた頃、2つ目の転機が訪れます。
「友人の包丁の研ぎ直しをしたんです。そうしたら、自分が研ぎ直した包丁の使い心地をすごく褒めてくれて。自分が頑張れば、喜んでくれる人がいるんだと気づいた瞬間に、研ぎ師の仕事に一気にやりがいを感じるようになりました」(直人さん)
それまでお客様の顔も声も見えず、誰が喜んでくれているのかわからない中で、ただ淡々と仕事をこなしていた直人さんの視界が広がった瞬間だった。
「それまでも仕事なので、きちんとこなしてはいたんです。でもそれは、あくまで言われたことを言われた通りにやっていただけなので、自分では何も考えていませんでした。でも、やりがいを感じてからは、自ら考えて試行錯誤をするようになりました。成長スピードが圧倒的に変わったと思いますね」(直人さん)
仕事の内容は変わらないけれど、仕事に望む姿勢が変わった瞬間、見える世界が変わっていった。
さらに、「今はこの仕事に就けてよかった」と笑顔で語る今の直人さんには、とある「夢」がある。
「自分たちの名前が入った包丁を世の中に出していきたいんです」(直人さん)
世界的な日本食ブームをきっかけに、日本製の包丁も大きな注目を受けている今。問屋からの発注だけでも、生産は追いつかない状態。
しかしそれでも、問屋に下ろす包丁を作る傍、自らのブランド『鉄人刃物ラボ』の立上げや、包丁のさらなる探求を行っている直人さん。
「目先の10年が忙しくてもダメだと思っています。20年、30年と継続的に忙しくなければ、会社は存続していくことができません。ブランドを立ち上げたのは、自分たちの商品を安心して使ってもらいたいと思ったからです」(直人さん)
品質が向上するように常に試行錯誤を繰り返しながら取り組んで
「高知県須崎市という田舎で研いだ包丁がスウェーデンやアメリカで使われていると思うと嬉しいですね。今はこの仕事につけて心から良かったと思っています」(直人さん)
「刃物を研ぐという仕事で評価して頂いてるのは決して自分1人じゃ到底不可能でした。いろいろなご縁で知り合えた人達に支えられたからこそ今の自分があります。お世話になっている方々には本当に感謝しています」(直人さん)
最初は好きじゃなかった家業。「誰に届いているのか」「誰に喜ばれているのか」がわからず、やりがいを見出せなかった仕事。それでも続けながら、少しずつ自分の視野を広げていったら、自分の仕事を通じて喜んでくれる人がいることを知った。
あなたの仕事の先には、どんな「やりがい」や「笑顔」があるだろうか。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々