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「和紙も作れる紙屋」久保製紙5代目が選んだ産地の未来をつなぐ道

JAN. 21

SAITAMA

拝啓、守るべきものと、変えるべきものの間で、新しい道を探しているアナタへ

伝統。それは代々受け継がれた日本文化の美徳。
古くからの製法、国産原料、昔ながらの製品。

しかし、時代が移り変わっていくにつれて、後継者不足、原材料不足、市場の縮小など厳しい現実が重くのしかかります。受け継いできた確かなものと、これからのために変えていくことの狭間で揺れ動く世界。

アナタも、自身の仕事でこうあるべきだに縛られて、身動きが取れなくなってはいないでしょうか?

埼玉県比企郡小川町。

1300年もの歴史がある小川和紙の産地として栄えてきたこのまちは、奈良時代に「武蔵国の紙」として和紙を朝廷に納めていたのが始まりだといわれています。

そんな小川町で、大正2年から和紙を製造してきた110年余りの歴史がある「有限会社久保製紙(以下、久保製紙)」。5代目として跡を継いだ久保孝正さんは、ある出会いから、「和紙職人」ではなく、「和紙も作れる紙屋」というアイデンティティを選びます。

それは産業の未来を見据えた、久保さんの一つの答えでした。本記事では久保さんの姿勢を通して、変化の時代を生き抜くための本質を探っていきます。

久保 孝正氏 有限会社久保製紙 5代目代表/埼玉県比企郡小川町で老舗手すき和紙工房「久保製紙」の家に生まれる。獨協大学卒業後、22歳で家業に入り、和紙への道を歩み始める。

特徴がないのが特徴。5代目がたどり着いた「紙屋」のアイデンティティ

「例えば、岐阜県の美濃和紙なら「障子紙が得意」といった産地としての特徴があります。しかし、小川町にはそれがない。特徴がないことが特徴なんです」

会社の敷地内を案内しながら、久保さんは小川和紙の歴史についてこう話します。

「江戸で急に紙が必要になった時に、遠くの地域に注文すると時間がかかってしまいます。埼玉県は江戸に近いため、とりあえず間に合わせで小川町に頼んでおけ、という産地としての役割がありました」

「間に合わせ」の注文に応え、さながら「紙のなんでも屋さん」のように重宝されてきた小川和紙。高級品ではなく、庶民が使う生活の紙としてその歴史を紡いできました。そのDNAが息づく久保製紙に、久保さんは跡を継ぐため、大学卒業後すぐに入社しました。しかし、そこに待ち構えていたのは「正解のない世界」でした。

「生まれた時から、『働くこと=久保製紙』の感覚でしたから。他の選択肢があっても、いずれはこれをやるんだろうな、と思っていました」

しかし、家業に入った久保さんを待ち構えていたのは苦労の連続でした。

「紙すきでは、桁(けた)という木枠の中に水を汲みます。その水の汲み方一つをとっても職人さんによって違う。私は誰を目指せばいいのか、誰の真似をしようかと、最初の5年は迷い続けました」

和紙を手で漉くための「簀桁(すけた)」。サイズに合わせ、職人一人ひとりが体格や筋力に応じて水の汲み方や体の動かし方を調整する。

インターネットやFacebookで繋がったコミュニティなどを駆使し、独自の方法で試行錯誤して腕を磨いていった久保さん。しかし、仕事を続ける中で、ある一つの壁にぶつかります。それは、和紙業界で議論されている「和紙の定義」への葛藤でした。

「一部の議論では『外国産や洋紙の原料が入っているものを和紙と呼ぶべきではない』という考え方があります。私たちの場合は、伝統的な製法や国産原料だけでなく、そうではない製法や原料も、どちらも使って紙を作っています。その議論が紛糾した時に、私はどの立場につくべきか悩みました」

その悩みを晴らしてくれたのが、ある塗装屋さんとの出会いでした。

「その方が『私は塗装屋だけど、漆も塗れる。でも、漆職人と呼ばれるのは違和感がある。基本的に私のスタンスは塗装屋だから』と言っていました。

漆に対するリスペクトを持ちながら、自分のアイデンティティはあくまで塗装屋であるという軸足の置き方。それが、すごく心地よく感じました。

だったら、私は紙を作れる。そして、和紙も作れる。だから、『和紙も作れる紙屋』であることが自分のアイデンティティだと、落ち着いたんです

工房の木のぬくもりと静寂の空間。窓から柔らかな光が降り注ぐ中、久保さんは穏やかで確信に満ちた声で、自らのアイデンティティを語ってくれました。

「和紙も作れる紙屋」であれば、もし将来的に和紙の原料が手に入らなくなっても、紙作りを続けていくことはできる。

伝統的な製法や原料といった手段に固執せず、時代と共に顧客が必要とする紙を提供し、産地を持続させる。そんな久保さんの一貫した姿勢を感じます。

光が差し込む、長年使い込まれた紙すきの工房。ここで、伝統を守りながらも時代に合わせた新しい和紙作りが模索されている。

業界の「真ん中」を守る。自分たちの役割

久保さんが伝統的な和紙だけにこだわらない理由は、もう一つあります。そこには、伝統工芸業界が陥っている構造的な危機感がありました。

「理想はピラミッド構造です。土台には機械すきや外国産の原料で作られた安価な和紙があり、中間には私が作っているような真ん中のクラスの和紙がある。そして頂点には、人間国宝や伝統工芸士が作るような高価な和紙がある。

でも、今は真ん中がいない『ひょうたん型』の構造になってしまっているんです。職人さんはみんな頂点の和紙作りを目指してしまうため、真ん中のクラスの和紙を作る職人さんが少なくなり、この業界は二極化してしまっています」

業界全体が高級品を作る方向へ向かってしまっては、高すぎて使えない事態を招きます。今まで和紙を使っていた人が、気軽に使えなくなってしまうのです。

「和紙は、趣味で使われる側面も多いんです。高価な和紙ばかりになったら、創作活動を楽しんでいる方々に対して『和紙を使わない』『趣味をやめる』という選択肢を与えてしまうことになります。だからこそ、自分たちが作る価格帯の和紙も大事なんです」

和紙文化の裾野を守るため、目の前にある現実的な選択肢の中でいかにユーザーに紙を届けるか。久保さんは「紙屋」としての役割を担おうとしているのです。

クリエイターの想像力を刺激する「滲み(にじみ)」の表現。洋紙にはない独特のグラデーションが生まれる。

まずは、手に取ってもらう。和紙の可能性を広げる仕掛け

和紙は、使ってもらってこそ、初めて価値が出るもの」と信じる揺るぎない想い。業界の「真ん中」を守り、紙を求める人に届け続けるため、久保さんは一つの仕掛けを始めました。

久保さんが始めたのは年2回開催している「アート展」。創作活動をしている方に、和紙を無料で提供し、作品作りをしてもらう。出来上がった作品を久保製紙のアートギャラリーに展示する取り組みです。

当初は人集めに苦労したといいますが、現在は応募開始から1週間で申込枠に達するほどの人気を博しています。

アートギャラリーで開催されているアート展。和紙の新たな可能性を引き出す、多様な作品が展示される。

「最近、和紙が抽象画に使われることが増えています。アート作品ならではの細やかな表現の隙間を埋める存在として、和紙が選ばれているんです」

和紙の特徴でもある「滲み」。青や赤などの単色を使っても、滲むことによりグラデーションのように色が変化し、表現の幅を広げてくれる。作家さんが思い描いていた表現が、バチっと和紙にはまる瞬間があるそうです。

「アート展を通して、『このグレードの和紙は手が届かなかったけど初めて使いました』『伝統的な製法じゃない和紙でも楽しめるんですね』と喜びの声もいただきます」

まずは気軽に手に取ってもらう機会を創り出すこと。地道な取り組みこそが、未来の需要を育てるための、大切な一歩なのかもしれません。

和紙によっても違う滲み方をする。この滲みの広がりを使った表現方法に無限の可能性がある。

『お客さん』ではなく『当事者』を増やす

アート展のような取り組みの先で久保さんが見据えているのは、産地全体の未来です。都心から1時間ほどで来られる小川町には、多くの観光客が訪れます。しかし、ある悩みがあると久保さんは言います。

「以前は紙すき体験をして、和紙を購入するのがよくある流れでした。ところが今は、紙すき体験だけで帰ってしまうんです」

「体験して終わり」の一過性の観光消費では、施設を維持するのも難しい。今のままを続けていては、いずれ受け入れる側が疲弊してしまいます。そこで、久保さんが掲げているキーワードが『当事者性』です

「小川町では、和紙を守っていきたいという『当事者意識』を持っている町民は多いんです。しかし、『当事者性』を持っていないことが多い。守りたい気持ちを具体的にどういう形にして、関わってもらうのかを考えていかなくてはいけません」

和紙を守りたい気持ちだけでは、産地を持続させていくことは難しい。その想いを持つ人たちに、いかに「関わりしろ」を作っていくかが重要だと久保さんは考えています。

「自分が和紙を使わないのであれば、『和紙を使った作家さんを応援するような立場の人をもっと増やしていきたい。和紙を生活の一部に加工するデザイナーや、和紙で絵を描くアーティストを応援する仕組みが広がっていけば、いい形で和紙との付き合い方を持ってもらえるんじゃないかと思っています」

ギャラリーで気に入った作家さんの作品を購入する。自分の子どもに和紙が使われている製品を見せて「これは地元の紙なんだよ」と伝える。

和紙を直接は使わない人でも、和紙のある風景を愛し、素材として活用する作家やデザイナーを支える側に回る。自分なりの立場で関わることで、誰でも『チーム小川和紙』の一員になるかのように、産地の未来を支える「当事者」になれるのです。

「和紙も作れる紙屋」という、アイデンティティ。

それは、伝統がもつ高い敷居を自ら下げ、業界の「真ん中」を支えることで、産地の未来を紡いでいこうとする、しなやかで力強い意志の表れです。

伝統をただ守るだけでなく、今の時代を生きる人々が参加できる「関わりしろ」を作る。その前向きな姿勢こそが、1300年のバトンを次代へつなぐための、久保さんなりの答えなのかもしれません。

アナタが今、本当に残したいものは、何でしょうか。

今のやり方に固執するのではなく、柔軟に形を変えてみることで、新しい景色や出会いが訪れるかもしれません。

Editor's Note

編集後記

取材後、売店で色鮮やかな和紙のしおりを見つけ、思わず手に取りました。滲みが美しく、これが「和紙も作れる紙屋」として久保さんが生み出した表現なのだと実感しました。このしおりを選んだ瞬間、私自身が久保さんの言う「和紙に関わる当事者」の一員になれた気がしました。和紙は「守るもの」ではなく、「今、使って楽しむもの」へ。この記事を読んでくださった皆さんも、ぜひ小さな一歩から「チーム小川和紙」に参加してみませんか?

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