郷土料理
平日は国会公務員、休日は食材マニアとしてマルチに活動する、公務員フードアナリストの松本純子さん(通称 松純)とお届けする「地域×郷土料理」をテーマにした連載シリーズ。
今回お話をお伺いしたのは、農家と飲食店をつなぐ八百屋「Gg‘s(ジージーズ)」創業者の角谷香織さんです。
角谷さんは、「振り売り」という畑でとれたばかりの野菜を直接お客さんへ届ける、伝統的な販売を行っています。平安時代から続く昔ながらのスタイルで、郷土の文化をつなぐ角谷さん。その想いに繋がる原体験や地域の食文化についてお聞きしました。
ーー角谷さんと出会ったのは、新婚旅行のときです。行き先が京都だったので、京都出身の同僚におすすめの場所を聞いたら、「おすすめの場所なんかより、おすすめの “ひと” がいるよ」と言われて。そこで紹介されたのが、角谷さんでした。
京都でお会いした際、振り売り用の車に乗せていただいて、提携農家さんや京都三大漬物である「すぐき漬け」の作業現場に連れていってもらいました。短時間だったにも関わらず、角谷さんが持つ深い郷土愛を感じ、是非もう一度お話を伺いたいと思ったんです。
角谷:その節はありがとうございました。新婚旅行なのに、畑ばっかり連れていってしまって(笑)。
ーーとんでもないです。本当に楽しい時間でした。改めてお聞きしたいのですが、角谷さんの地元である京都市の食の特徴を教えてください。
角谷:私が住んでいるのは、京都市北区で、市街地の中でも北の方、畑と住宅が入り混ざっているような地域です。昔から農家さんが、近所の人に直接野菜を売り歩く風習があり、それが振り売りとして現在までつながっています。
京都の食といえば、季節にあわせて食べるものが明確に決まっている点が特徴。そのなかでも、1年のはじまりに食べるのが「京雑煮」です。
角谷:京雑煮にも使われている、地元で愛されてきた京野菜は、振り売り文化によって磨かれてきたと思っています。
――京都といえば京野菜ですよね。どのように磨かれていったと角谷さんは考えられているのでしょうか。
角谷:振り売りは、お客さんの元に農家さんが自分で野菜を運ぶ風習から生まれたため、お客さんの反応をダイレクトに感じることができます。「去年のナスのほうがおいしかった」と言われることもあれば、「今回のトマトめっちゃおいしい!」と喜んでもらえることも。
お客さんに喜んでもらえる野菜を日々改善しながら作ってきた歴史があることで、自然と多品目でクオリティの高い野菜を生産する土壌が出来上がり、京野菜の価値が上がっていったのだと思います。私が振り売りをしているのは、このような歴史や引き継がれてきた文化を大切にしたいという想いからなんです。
――お恥ずかしながら、角谷さんにお会いしてはじめて“振り売り” という言葉を知りました。そういう風習があることは知っていたのですが、正式な呼び名は認識していなくて。
角谷:私が子どもの頃も農家さんがお野菜を届けに来てくれていたのですが、当時、うちでも “振り売り” という言葉は使っていませんでした。「賀茂のおばちゃん」と呼んでいましたね。「賀茂のおばちゃん、来はったで」と。そこのトマトが本当においしくて、私の喜ぶ顔が見たいと、祖母がいつもトマトをいっぱい買っておいてくれたんです。あのトマトの味が、私が振り売りをはじめた最初のルーツです。
――振り売りで野菜を売って歩く農家さんの姿や、当時食べた野菜の味が、今の角谷さんの活動につながっているのですね。八百屋「Gg‘s」を立ち上げたのも、同じ想いからでしょうか。
角谷:「Gg‘s」については、また少し別の話で。大学院を卒業後、各地で行われるイベント関係のお仕事をする中で、福島の農家さんとのご縁に恵まれました。それが東日本大震災の後だったこともあり、風評被害をなくしたいとの想いから「Gg‘s」を立ち上げました。
大学は工学部の建築学科でしたが、私は建物を建てるより、コミュニティやイベントなど、空間作りのほうに興味があって。そのなかでも、自分自身がやる意味や価値を一番感じられたのが、野菜に関わることだったんです。
――もともとなりたい職業が決まっていたわけではなく、興味のある人や場所を追っていくなかで振り売りに行き着いたのですね。大学で建築を学ばれていたとお伺いした際、今のお仕事とは全然違う畑なのでびっくりしたのですが、角谷さんはある意味、 “ご自身の建築家” だなと感じました。得意とされる空間作り、コミュニティ運営を通して、見えないものを生み出しているように思います。
角谷:ありがとうございます。「なんで野菜屋になったの」とよく聞かれるのですが、「気がついたら野菜屋でした」っていうのが正直な気持ちです。
――福島の農家さんとの出会いからはじまり、現在は京都で振り売りをされているわけですが、どのような背景があったのでしょうか。
角谷:大きなきっかけとして、京都市上賀茂にある「八隅農園」さんと出会ったことが挙げられます。八隅農園さんは、ただお野菜を作るだけではなく、食べる人の “声” を何より大切にされていて、そこに強く惹かれました。
八隅農園さんで、「すぐき漬け」の仕込みのお手伝いをさせていただいたんですけど、これが本当に楽しくて。すぐき漬けは、京都上賀茂地方の農家に伝わる伝統のお漬物で、「すぐき菜」と「塩」だけで漬け込むのですが、1日何百本と皮むきをするんです。作業をしながら農家さんたちとお喋りをするなかで、京野菜の文化についても色々と教えてもらいました。
――農家さんを通じて、京野菜の歴史を知っていったのですね。
角谷:はい。お話を伺うなかで、野菜だけではなく、農家さんの生き様にもすごく惹かれて。地に足をつけて生活している人たち特有の安定感、何が起きても動じない様子を目の当たりにして、「この人たちと一緒に仕事がしたい」と思ったんです。なので、八隅農園さんとの出会いが、振り売りの出発点ですね。
すぐき漬けの作業風景をFacebookに投稿したところ、「それはどこで買えるんですか」とのお問い合わせが増え、農家さんと相談して、発送や販売の窓口を担う形になりました。すぐき漬けは、漬ける作業から発送まであわせると、11月から12月いっぱいまで作業が続きます。お正月に食べる郷土料理で、12月半ば頃から販売がはじまるので、この時期は大忙しです。
――以前、角谷さんから2種類のすぐき漬けを送ってもらったのですが、味がまったく違うことに驚きました。製法は同じだと思うのですが、作る家々によって違いがあるのでしょうか。
角谷:そうですね。すぐき漬けは、お酒を作るときのように麹を製造する場所である室(むろ)に入れて発酵させるのですが、塩加減や室の温度、出し入れのタイミングなどによって味に変化が生まれます。また、すぐき菜の種自体も、各農家で種取りをしながら受け継がれてきたもので、少しずつ異なるので、その違いもあると思います。
野菜の振り売りをする際、縄張りとまではいかないけれど、自分が売り歩くエリアが大体決まっていて。それと同じで、京都の人はお正月に決まった農家さんからすぐき漬けを買う傾向にありますね。みんなが、自分の「推し農家さん」を持っているイメージです。
――じゃあ、京都ではお正月のお雑煮の隣に、すぐき漬けがあるのが一般的なんですね。
角谷:家庭によっては千枚漬けのところもあると思いますが、私が住む地区では、「すぐき漬けがないと年を越せない」と言ったりもします。発酵させて作る漬物なので、腸内環境も整いますよ。
――すぐき漬けは、京都のお正月の風物詩でもあり、健康食材でもあるのですね。
――それでは、いよいよ京雑煮についてお伺いします。京雑煮には「頭芋(かしらいも)」と呼ばれる里芋の親芋が入っていると聞いたことがあるのですが、いかがでしょう。
角谷:その通りです。里芋って、掘るとラピュタみたいな形をしているんですよ。真ん中に大きな親芋がいて、その下に子芋、さらにその下には孫芋というふうに。お雑煮には、その親芋である頭芋を入れる風習があります。
――前回この連載で取材したのが山形県の郷土料理「芋煮」だったので、材料は同じなのですが、里芋を「ラピュタ」と表現するのははじめて聞きました(笑)。
角谷:本当に、ラピュタの木の根っこの感じにそっくりなんですよ!京雑煮では、海老芋の頭芋を使いますが、「みんなの頭になる」「出世する」という意味合いの験担ぎから、この習わしが生まれたそうです。もちろん子芋も食べるのですが、頭芋は絶対に外せません。
――じゃあ年末は、頭芋が大量に売れるのですね。
角谷:売れますね。クリスマス前頃から、八百屋さんも台所を預かる人たちも、年末の食材集めに追われます。京雑煮は、頭芋のほかに「祝だいこん」も入ります。家庭によって金時人参を入れるところもありますが、それは必須ではありません。祝だいこんは、間引き野菜のような細い大根で、輪切りにして使用します。
白味噌ベースのお雑煮でありながら、入れる食材も色がないので、うちの京雑煮は真っ白。そこに鰹節を乗せた、至ってシンプルなものになります。
――ちなみに、角谷家のお雑煮のお餅は、焼きか茹でかどちらでしょう。
角谷:茹でて入れますね。角谷家のお雑煮はちょっと変わっていて、1日目は白味噌で、2日目はお吸い物で食べるんです。父の実家が新潟なので、それぞれの地域の味付けを、お正月には日替わりで楽しみます。
――各地域によって、さまざまな郷土料理がありますよね。最後に、角谷さんにとっての「郷土料理」とは何でしょうか。
角谷:種をつないでいくものが京都の四季折々の料理であり、畑の “今” を表しているのが「郷土料理」だと思っています。
――素敵です。そのような伝統・風習を伝えるためにも、季節を通して旬の野菜や郷土料理を必要な人に届けられる角谷さんのような存在は、貴重だと思います。
角谷:ありがとうございます。土地が広く余裕がある地域では、ひとつの作物に対する面積も大きく、収穫時期も長いので、季節の野菜を把握しやすいのですが、京都の町周辺の畑はそうではありません。土地がコンパクトなぶん、ひとつの畑で多品目を育てているので、収穫時期が短く、野菜の移り変わりが早いんです。なので、一般家庭や料理人さんに旬の食材を適宜届ける「仕入れ担当」みたいな気持ちで、日々活動しています。
――角谷さんご自身が、畑を移す鏡のような存在なのでしょうね。きめ細やかな対応で、生産農家さん、お客さん双方に愛されている角谷さんだからこそできる「振り売り」であり、野菜屋さんなのだと改めて思いました。
最後に、取材の中で角谷さんに教えていただいた “京雑煮” のコツを教えてもらい、つくってみました。
今回は、角谷さんが扱っている京都の地野菜でお雑煮を作り、横には「すぐき」を添えてみました。白味噌の麹の甘さが雑煮全体を包み込み、酸味を宿したすぐきがよく合いました。丸餅は円満長寿、頭芋は子孫繁栄、丸い祝大根は、円満を意味していて、体の中から幸福になれそうです。松本 純子 公務員フードアナリスト
Editor's Note
お恥ずかしながら「振り売り」という言葉を、この取材を通してはじめて知りました。しかし、思い返してみれば、私の地元東北でも、各家庭に軽トラックや一輪車で野菜を売りにきていた八百屋さんがいました。
あの方々も、角谷さんのように「新鮮でおいしい旬の野菜を食べてほしい」と願い、毎月訪ねてくれていたのかなと思うと、心が温かくなりました。
京雑煮も、すぐき漬けも、味を想像しただけでごくりと喉が鳴ります。京都を訪れた際には、ぜひ本場の郷土料理を堪能したいものです。
各地域に伝わる伝統の味は、それを守り育んできた歴史あってこそなのだと感じました。
MINORI YACHIYO
八千代 みのり