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LOCAL LETTER

繋がるから、守られる。醸造の街・愛知県碧南市で、100人以上の生産者と共に守る、南三河の伝統の味とは

OCT. 15

拝啓、調味料を使い分ける料理人のこだわりから、愛知の食文化を知りたいアナタへ

今回お届けするのは、平日は国家公務員、休日は食材マニアとしてマルチに活動する、公務員フードアナリスの松本純子さん(通称:松純)とお届けする「地域×郷土料理」をテーマにした連載シリーズ

お話をお伺いしたのは、愛知県碧南市にある「日本料理 一灯」を経営する店主の長田勇久さん。

長田勇久(Hayahisa Osada)さん 日本料理 一灯 店主、料理プロデューサー / 1965年4月生まれ、愛知県出身。大学を卒業後、東京の『つきぢ田村』で6年間修業。その後、実家である『小伴天』に入社。地元の農家・醤油やみりんの醸造メーカーやその他多くの生産者などの輪を広げながら、地元の伝統野菜や調味料などを通して和食の魅力を伝える活動も積極的に行っている。
長田 勇久(Hayahisa Osada)さん 日本料理 一灯 店主、料理プロデューサー / 1965年4月生まれ、愛知県出身。大学を卒業後、東京の『つきぢ田村』で6年間修業。その後、実家である『小伴天』に入社。地元の農家・醤油やみりんの醸造メーカーやその他多くの生産者などの輪を広げながら、地元の伝統野菜や調味料などを通して和食の魅力を伝える活動も積極的に行っている。

さまざまな作り手の想いに触れている長田さんにとっての「100年先も守りたい郷土料理」とはーー。

公務員フードアナリスト松純さんが、愛知県の食文化の特徴と長田さんの料理人としての哲学に迫りました。

多種多様な調味料の成り立ちから知る、愛知の食文化

──以前、長田さんの店「日本料理 一灯」にうかがった際に、まるでバーカウンターのように並べられた調味料の数々に衝撃を受けました。それらを魔法のように重ねて調理する姿に感動し、今回改めて愛知の食文化についてお聞かせ下さい。

長田:うちの店には「小笠原味淋」や「杉浦味淋」など、みりん一つをとってもいろいろ使ってます。愛知県はもともと多種多様な発酵文化がある地域ですが、なかでも三河・知多エリアは、歴史ある調味料がたくさんあるので。

──私も発酵調味料が好きで、振り返れば長田さんと出会ったのも碧南の有名な醤油蔵を訪ねた時にそこの社長さんに紹介していただいたのがきっかけでした。『一灯』で出た赤だしの味が忘れられないほどおいしかったことを憶えています。

長田:ご飯と一緒に出す赤だしには数種類の豆みそをブレンドしています。一番、有名な豆味噌はやはり八丁味噌ですね。八丁味噌は大豆と塩だけを使用して3年程仕込んでつくられますが、その工程で上に溜まる液体が「たまり」といい、これが発展したのが「たまり醤油」です。愛知県の武豊町には多くの蔵元が軒を連ねています。熟成期間が長く、色が濃くてとろっとした醤油です。

一方、「白醤油」というのもあります。こいくち醤油は大豆と小麦が1対1なのに対して、昔ながらのだまり醤油は大豆だけ、色の淡い白醤油は大豆と小麦が1対9で、熟成期間も短く、正反対の醤油です。

主に東海三県で造られる「豆味噌」。原材料は主に大豆と塩だけで、1年から3年かけて熟成される。色は黒褐色で、甘味は少なく、辛味の他に酸味や苦味も併せ持った複合的な味わいが特徴。煮込んでも美味しく、味噌煮込みうどんやどて煮、味噌カツなど、愛知の郷土料理には欠かせない。
主に東海三県で造られる「豆味噌」。原材料は主に大豆と塩だけで、1年から3年かけて熟成される。色は黒褐色で、甘味は少なく、辛味の他に酸味や苦味も併せ持った複合的な味わいが特徴。煮込んでも美味しく、味噌煮込みうどんやどて煮、味噌カツなど、愛知の郷土料理には欠かせない。

──同じ地域なのに、漆黒の「たまり醤油」と色が淡い「白醤油」が両方作られているなんて。興味深いですね!

長田:深掘りすると面白いですよ。半田市にはお酢で有名なミツカン本社があり、半田市に隣接した碧南市には、日本最古のみりん蔵を持つ「九重味淋」もあります。かつて知多半島は酒造りが盛んでした。お酒を絞った後の酒粕を使って粕酢が造られ、粕から造った粕取り焼酎と米、米麹を合わせて熟成させ「三河みりん」がつくられました。

主に碧南市で造られている「三河みりん」。同じ純米本みりんでも、「角谷文治郎商店」の三州三河みりんと、「杉浦味淋」の3年熟成みりん、色の違いが面白い。
主に碧南市で造られている「三河みりん」。同じ純米本みりんでも、「角谷文治郎商店」の三州三河みりんと、「杉浦味淋」の3年熟成みりん、色の違いが面白い。

──まさに「一度でたくさん味わえる醸造の街」という感じですね(笑)

長田:愛知県は、江戸時代から醸造が盛んだったこともあり木桶を作る桶職人が多く存在し、西尾市吉良町は「饗庭塩」という良質な塩がつくられていました。(そのことは赤穂と吉良の塩の利権争いを書いた「赤穂浪士」にも)“余すことなく使い切る” という考えが、醸造文化を発達させていったのでしょうね。

有名料理店で学んだ料亭の味に「郷土の風」を吹き込む

──店のオープン当時からこのような地元の調味料を使うスタイルだったのでしょうか。

長田:実は、最初は違っていたんですよ。自分は大学卒業後、東京・築地にある「つきぢ田村」で6年間の修行を経てから碧南市にUターンし、2015年に『一灯』をオープンしました。私が学んだのは『つきぢ田村』の料亭の味。師匠である田村隆さんは、築地に集まる全国の食材を使い、東京のつきぢ田村流に仕立てた懐石料理を提供していました。当時は自分が習った東京の料理が「一番いい料理」だと思っていたんです。

ところがある日、懇意にしてくれていたお客さんから「東京から知人が来訪するので特別な料理をつくってほしい」と頼まれました。

張り切って、東京で習った献立を基に、食材を取り寄せて料理をし、お客さんには喜んでいただけたんですが最後に “この土地ならではのものって、料理に入っていたのでしょうか?” と聞かれ、はっとしたんです、その時は、名古屋の市場に頼んで食材を取り寄せ、調味料は一般的なもの使用していたので。

──お客さんが求めていたのは「地元の味」だったんですね。

長田:そういえば近くに漁港もあるし、八丁味噌蔵や三河みりん蔵もあるのに、自分は全然知らないな」と気づき、「三河ならではの料理を提供しよう」と、漁港や醸造蔵を訪ねることに。さまざまな作り手の想いに触れていくなかで、次第に、献立から材料を揃えるのではなく、食材を見てから献立を決めようと思うようになりました。

「一灯」へ調味料や食材を提供している地元の作り手は100人以上にも及ぶ
「一灯」へ調味料や食材を提供している地元の作り手は100人以上にも及ぶ

──私も、碧南の醸造蔵を巡ったのですが、皆さん口々に長田さんのことを話されますね。料理人が調味料の蔵に行くことは珍しい中で、特徴やその歴史まで根掘り葉掘り聞いてくる長田さんのことを「面白いやつだ」と(笑)

長田:おかげで、今では店にいろんな蔵の人々がしょっちゅう食べにくるほど仲良しです。改めて地元の良さがわかりましたし、郷土料理への関心も高まっていきました。

長田さんのお店で出しているお料理の一例。左は「箱寿司」、右は「引きずり(鶏のすき焼き)」。季節に合わせた三河ならではのお料理がお腹も心も満たされていく。
長田さんのお店で出しているお料理の一例。左は「箱寿司」、右は「引きずり(鶏のすき焼き)」。季節に合わせた三河ならではのお料理がお腹も心も満たされていく。

料理人の視点で取り組む、作り手の個性や食材の特徴を活かす活動

──長田さんは、料理人でありながら、伝統野菜や和食の魅力を伝える活動が高く評価され、農林水産省の「食育活動表彰」も受賞されていますよね。その原動力はなんでしょうか。

長田:4年ほど前に碧南市で開催された『全国醤油サミット』で、小学生たちに “白醤油” を知っているか尋ねてみたんです。その時、知っていると答えたのはわずか数名でした。一方で、八丁味噌発祥の地と言われる岡崎市で同じ質問をしたら、全員が八丁味噌のことを知っているどころか説明までできたんですよ。地元の生まれた宝を知らないのはもったいないと感じ、白醤油講座や愛知大学のオープンカレッジ講師などにも積極的に取り組むようになりました。

長田さんが発起人の一人でもある「あいち発酵美食学コンソーシアム」シンポジウム。「発酵文化」をキーワードに、郷土の食文化を支える「人」の想いを届けた。
長田さんが発起人の一人でもある「あいち発酵美食学コンソーシアム」シンポジウム。「発酵文化」をキーワードに、郷土の食文化を支える「人」の想いを届けた。

また、伝統野菜は、その土地の気候風土を映す鏡であり、残しておく必要があると思っています。恥ずかしながら、愛知県は野菜の生産量が上位にも関わらず、消費量はワーストという成績。それを打開するヒントにもなると思ったからです。

例えば、伝統野菜「碧南鮮紅五寸人参(へきなんせんこうごすん)」は、少々青臭さのある個性的な人参。一方、それを品種改良して作られた「へきなん美人」はクセがなく、甘く子どもにも大人気。食べやすさを最優先にすると、もしかしたら今後イチゴのように甘い人参ができるかもしれません。

新しく食べやすく改良した野菜も必要ですが、本来の味を残すことも必要だと思います。だからこそ伝統野菜を守る活動をしているんです。

長田さんは、あいちの伝統野菜35品種の種を守り続けている「あいち在来種保存会」代表の高木幹夫さんと一緒に伝統野菜の継承活動も行っている。
長田さんは、あいちの伝統野菜35品種の種を守り続けている「あいち在来種保存会」代表の高木幹夫さんと一緒に伝統野菜の継承活動も行っている。

──長田さんは地元ならではの旬の食材を取り扱うのも得意で、毎年の「いちじく会席」も魅力的ですね。

長田:いちじく会席は、碧南・安城のエリアが日本一のいちじく産地なので、その魅力をいろんな形で味わっていただこうと30年ほど前から続けています。6月から10月に毎月献立を変えて提供する人気のメニューです。すべての料理にいちじくを組み込むのですが、料理の仕方を工夫して飽きることなく楽しんでいただきます。

地元でたくさんとれる食物を、そこの調味料を使って料理したり、保存したり、食材を美味しく使い切るための工夫の積み重ねは、郷土料理の考え方にも近いのかなとも思います。

愛されてきた郷土料理を守り、伝えていくために必要なこと

──長田さんにとって、100年先まで残したい郷土料理は?

長田:人参ご飯は、残したい郷土料理です。“とりめし” と呼ばれることもあります。碧南市は特産である人参をメインにし、隣の高浜市は養鶏が盛んで、鶏肉を好んで食べる食文化があったので、鶏肉がメイン。どちらもたまり醤油を使い砂糖を入れてすき焼きのように甘辛く煮て、白ごはんに混ぜて、混ぜご飯にします。その土地で育まれた作物や調味料が身体に入っていくことは、その土地に暮らす人にとって理にかなっていることだと思います。

──身土不二の考え方ですね。その土地のものを料理する際に一番大事にしていることは?

長田:それぞれをリスペクトすることが大切なことですね。食材の味を活かした仕上げにすること、そして個性を尊重すること。例えば、みりん一つとっても個性があります。それを活かしてコクのある料理にしたい時は熟成した色が黒いみりん、ほんのりした甘みにしたい時はしたあっさりした味のみりんを使うといった具合ですね。つくり手に敬意を払い、料理に適したものを選び大切に使います

日本人は年を重ねていくと、切り干し大根や魚の煮つけなど、昔ながらの和食を食べたくなると言われます。なぜかというと、よく食べていたほっとした味として思い出されるから。そもそも食べた経験がないと懐かしく思うこともないんですよ。

昔は大家族でしたが、今は核家族。そして孤食化も進んでいます。親が和食を作ったり食べに行ったりしなければ、その子どもは和食を食べる機会が少なくなります。和食は日本人のDNAに組み込まれている訳ではなく、過去の記憶からくるものです。私の店では少しでも食べる経験につながるように、郷土料理を現代的な形にして献立に組み込んでいます

長田:食に関して興味のある方で、業界を超えて集まる機会をつくり、一緒に何かやろうという動きも起こしたいですね。三河という地域にある食材が、どんな魅力がありどんな活用方法があるのか、背景と共に伝えていくのは必要なことだと思います。

──長田さんにとって「郷土料理」を守り、後世に伝えていく上で大事なことは?

長田: “本質を捉えること” と、“伝えたいという心がけ” でしょうか。昔は、それしかとれないから工夫されてきたのが郷土料理でした。だからこそ今、郷土料理の本質を捉え、その土地で生まれた意味や背景をしっかりと伝えることが必要だと思っています。

愛知の郷土料理「人参ごはん」

最後に、取材の中で長田さんに「100年先まで残したい郷土料理」としてご紹介いただいた “人参ごはん” のコツを教えてもらい、松純がつくってみました。

ごはん一粒一粒に、たまり醤油とみりんの甘みが染みわたり、人参がよい食感で、噛みしめるたびに油揚げのじゅわっとした旨味が広がりました。郷土料理は、その土地に根付いた食材と伝統的な調味料でできている。ぜひ、愛知の醸造文化に想いを馳せてみてはいかがでしょうか?
松本純子 公務員フードアナリスト

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Editor's Note

編集後記

料理人として道を極めた長田さんのお話の中で感じたのは、プロフェッショナルは常に本質を捉えているということでした。郷土料理とは何なのか? 食文化の本質は何か? といった「食」に向き合い、探究する真摯な姿勢が料理にも表れ、人々を魅了するのだと思いました。

アナタの思い出の郷土料理はなんですか?

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