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LOCAL LETTER

ストーリー×ヒストリーを大切に。氷見から価値を生み続ける、老舗魚問屋の挑戦

DEC. 05

TOYAMA

拝啓、地域に根ざした文化を新しい形で残していきたいアナタへ

近年、地方では、人口減少と若い働き手の都心への流出が課題となっています。
地方人口が減ることで、その地域に根付いたバラエティ豊かな文化や産業も廃れてしまう可能性も出てきました。
そのような状況のなかで、地域の文化を発信するために活躍されている方もいます。

富山県の北西部に位置する氷見市で、創業110年の老舗「松本魚問屋」を営んでいる松本幸一郎さんもその1人です。

松本さんは、鮮魚卸売り業だけでなく、氷見で獲れた魚を使った食品加工業や、他事業者とのコラボレーション・技術提供など、幅広い分野で活動されています。

氷見の魚文化を、新しい形で残していこうと活動している松本さんに、事業に対する向き合い・考え方についてお話を伺いました。

大胆に事業をおこしていく姿の背景には、地域への深い洞察と他社に負けないための経営哲学がありました。

松本幸一郎 氏 有限会社松本魚問屋 専務 / 富山県氷見市で、創業100余年の魚問屋「松本魚問屋」を営む。全国の漁港の水揚げ状況を把握しつつ、競り落とす魚の品質や価格を見極める鮮魚卸売り業の難しさを形容して自らを「フィッシュトレーダー」と名乗る。「いかに魚文化を残していくか?」を考え、近年は加工業にも力を入れている。『毎日おさかなひとくち』というコンセプトのもと、簡単な調理法で食べられる「ぶりジャーキー」「ぶり唐揚げ」などを専属シェフと共に開発。(お写真右側)

地域を潤わせるための発想。「高く売れない魚に価値を付けたい」

松本さんが専務を務める松本魚問屋が、鮮魚の卸売りだけではなく、加工業を立ち上げたのは7年前にさかのぼります。きっかけは、シーズンなどが理由でなかなか高く売れない魚の存在に注目したからです。

「魚というのは、すごい高級魚から中間的な魚、チープな魚まで幅広くあります。
仮にブリでも、冬の寒ブリの時期は価値が上がる一方で、オフシーズンのブリは注目されにくく、時期によって消費が変動します。

こうしたオフシーズンのブリにも付加価値をつけて、皆さんに食べてもらえないかと思い、考えたのが『ぶりハム』や『ぶりジャーキー』です」(松本さん)

松本魚問屋のぶりジャーキー。厚切りにしたブリに燻製と乾燥を交互に施し、しっとりとした食感を残しつつ干し上げている。

「魚を安く売るだけだと、漁師さんも潤わないけども、魚に付加価値をつけてちょっとでも高く売ることができれば漁師さんも、潤うわけじゃないですか。

やっぱり漁師さんがいないと、私たちも仕事ができないですから。『漁師さんを守る』というのは、ちょっとかっこいい言い方かもしれないですが、皆さんが潤って、楽しく仕事できればいいかなと思い始めたのがきっかけです」(松本さん)

他にも、社内外の様々な企業と連携し、新たな事業を立ち上げています。例えば、加工業で取得した特殊な冷凍技術を活かして、地域の酒造屋さんと新しい日本酒を製造しました。また、クラフトビールカフェと共同で、氷見産のブリを使ったビールを開発するなど、多様な取り組みを行っています。

積極的に新しい事業を展開していく松本さんですが、何もかも順風満帆だったというわけではありません。

原動力は「楽しさ」。新事業を「枝葉」としてとらえる姿勢

世の中的にも、新しく1つの事業を立ち上げるまでに、2〜3年はかかると言われているそうで、すべての事業が花開く、というわけではありません。実際に松本さんが立ち上げた事業の中でも、アンテナショップやレストランといった取り組みは、コロナ禍の影響などで休業を余儀なくされることもあったようです。

次々に事業を立ち上げる中で苦労もあったのではないかと尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。

「思えばそんなにないかな。難しくは考えていないです。本業が99%、うち残りの1%ぐらいの気持ちでやっています。

それに、今やっている新事業は根本があって、そこから枝が分かれて出ていくだけだと考えています。全然別のジャンルの木をもう1本植えようと思ったわけじゃないですから。もう1本の木を植えるとしたら大変ですが、私がやっているのは、今あるものの中から、枝が出て、葉っぱが開くというだけのことです。

卸売りがあって、魚をどう食べてもらえるか、ということを順番にやっています」(松本さん)

用途や人数に合わせて届く「鮮魚ボックス」。氷見の旬の魚を全国へお届けする仕掛けの一つ。

積み重ねてきた魚問屋の卸売り業という太い「幹」があるからこそ、加工業やコラボ事業を苦にならない、自然と生えてくる「枝葉」としてとらえる松本さん。肩を張りすぎないその姿勢には、揺るがない自信と冷静な向き合い方が垣間見えます。

加えて、事業をおこすモチベーションは何よりも「楽しさ」や「面白さ」であると語ってくれました。

「『あれやりなさい、これやりなさい』みたいな、言われたことだけをやるよりも楽しいことをしたいじゃないですか。

ブリのビールを製作した時も、魚の食べられる部分が全体の30%ぐらいしかなくて、捨てる部分を使って何かできないか、というのがきっかけでコラボしたんです」(松本さん)

「ひみ寒ぶり宣言」での様子。氷見漁港で競られた、6kg以上のブリが並ぶ。

「若い人たちと何か組んで、面白いものを作れたらいいなと思っただけなんですよ。異業種の方や若い方と話すこと自体も好きです。話すことで、いろんな知恵も出てきますから」(松本さん)

自分とは異なる考えを受容し楽しむ。
新しい出会いは、松本さんに次の事業につながるひらめきを与えています。

トップをひた走るために磨きあげた、伝統ある「丁寧さ」

松本魚問屋には、昔から大切にしている伝統があります。それは「丁寧さ」
加工業に参入するにあたっても、最新技術・設備の導入と必要免許の取得はもちろん、血抜き・神経抜きも自社で完了する徹底ぶりです。

また、松本魚問屋が提供しているふるさと納税の返礼品であるブリの切り身は、スーパーで売られているものとは切り方がまるで違うようで、誰でもおいしく食べられるように工夫されています。

なぜ、そこまでこだわるのでしょうか。

「何をするにしても、第一人者の後からやる人は、必ず真似できると思います。けれども、そうやって作られた類似品って結構雑なんです。

結局は、丁寧なものが勝つと思っています。「最初にやったもの」と「丁寧なもの」、これを超えるものはないです。もし、最初に始めて、レベルが低かったり雑なことをしたら、後から来た人や丁寧な人に追い越されちゃうんです。

私たちは何年もかかって研究して、どうやったら美味しいかっていうのか考えています。ぶりしゃぶについては自分たちで言うのもなんですが第一人者ですから、美味しさに関しては絶対負けないです(松本さん)

松本魚問屋が目利きし、中でも上質なものを選別した『ひみ寒ぶりしゃぶ』。水揚げ当日に血抜き処理をして、丁寧に仕上げたものを瞬間凍結している。

松本さんの言葉には、魚を食べてもらうために、消費者へ届けるために、真剣に丁寧に向き合ってきたからこその、経営者としてのプライドが宿っていました。

誰にも真似できないやり方は「ストーリー」×「ヒストリー」。松本魚問屋だけの物語を紡いでいく。

伝統のある魚問屋の卸売りとそこから派生した新事業、伝統と新しさを伴う事業を進めていくうえで、松本さんが大事にしている「ストーリーとヒストリー」という考えを教えてくれました。

「こういうもの作ったら面白いな」という製品や事業、それを生み出す過程を「ストーリー」。一方で、長い歴史のある、実質的な年代を伴ったものが「ヒストリー」としてとらえる。

そして、大切なのは「ストーリー」と「ヒストリー」のかみ合わせである、と松本さんは言います。

「さっき言ったぶりジャーキー。そのためのストーリーがありますよね。それでヒストリーというのは、氷見で先代と私たちが培ってきたものです。この2つがうまくかみ合わないといけない。

なぜならストーリーはお金を持っていれば、作れちゃうんです。お金を持っている人には敵わないんです。たとえば、大企業が氷見に来て、お金を持っていれば、ぶりジャーキーやぶりビールみたいな製品を作れてしまう。

でも、ヒストリーは、今日ポンと氷見に来て会社を作ったって、すぐには作れないものです。ストーリーも必要だけど、ストーリーだけじゃ絶対勝てないです」(松本さん)

氷見は、今でこそ寒ブリが有名ですが、昔の広辞苑には「いわし」が名産品として記載されていたそうです。松本さんは「なぜいわしが獲れたのかな」「獲れるならどのあたりかな」と不思議に思い、地元の図書館で氷見の歴史をめくりました。
調べていくうちに、氷見が魚で栄えたまちになった成り立ちを知り、歴史の大切さと面白さに気付いたのだと言います。

ヒストリーとストーリーを両方持つことができれば強い。これは本当に大事なことだと思っていますね。

それに「story」というスペルに「hi」をつけると、「history」になります。ストーリーよりも高いという「ハイ・ストーリー」と私は考えています。「高い」の意味の「high」のスペルとはちょっと違いますが、すごく楽しい言葉かなと思ってます」(松本さん)

新しい事業の過程や結果となるストーリーは簡単に真似できてしまう。
けれども、松本魚問屋には他では真似できない創業110年の歴史、ストーリーの上位となる「ハイ・ストーリー」、つまりヒストリーがある。

氷見という地域、魚文化の成り立ちというヒストリーの大事さを知っていて、なおかつストーリーとヒストリーをかけ合わせることができる。
この考えが軸にあるから、松本さんの事業は他社に負けずに進み続けることができるのかもしれません。

今後の事業展望について聞くと、「食べる場所」と「泊まる場所」を増やしたいと答えてくれました。

「旅行に来る人たちは、「食」に誘われて来るという人が一番多いと思うんですよ。『あのお店があるから行こうかな』と思う人は結構いるんですよ。

富山や氷見って、魚はもちろん野菜も、米もお酒もいろんな食材が豊富にあるんですけど、食材を『食べられる場所』が少ないんです。地域の人たちは当たり前に家庭で食べられるから、お店で食べるっていう文化もなかったのだろうと思います。

ですがこれだと、観光客の人たちが来てくださっても食べる場所がないということになります。今後は、『食べる場所』や『泊まる場所』をもっと増やしていきたいです。詳しくはまだ言えませんが、まさに今、色々試している最中です」(松本さん)

富山や氷見の食材を、もっと多くの人に食べてほしいという想いには、松本さんの地域の食材への信頼と誇りがこもっていました。

地域文化を地域から外へ発信していくために必要なことは、その文化のもつ歴史に着目しつつ、自分自身が「楽しさ」や「面白さ」を感じる新しいアイデアを次々に試してみることではないでしょうか。松本さんの事業の進め方は、私たちにそう訴えかけているようにも見えます。

松本魚問屋は、これからも新しい挑戦によってストーリーを生み出し、それが新たなヒストリーとなって積み重なっていくのでしょう。
フィッシュトレーダー、もとい氷見のストーリーテラーともいえる松本幸一郎さんは、どんな物語を紡いでいくのか。今後の氷見の物語に期待が高まります。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

松本さんの取り組みや考え方は、とても気づきや学びが多かったです。特に「丁寧さ」。忙しいときや疲れているとき、ついつい自分に甘くなって忘れがちですが、そういったときに、どこまで「丁寧」にこだわるか、というのが仕事や事業を進めていくうえで伸び代を決めるポイントなのかもしれません。
1人の社会人として、このような軸をもった生き方をしたいと思いました。
最後に、こだわりぬいた考えから生まれた鮮魚はどれもとても美味しそうだったので、ぜひ皆さんにも松本魚問屋さんのお魚を食べていただきたいです!

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