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LOCAL LETTER

歩く速度だから生まれる「つながり」。地域の自然を活かした関係人口の作り方

MAR. 06

FUKUSHIMA・MIYAGI・IWATE・AOMORI

拝啓、地域の方と来訪者が心地よく出会える場所をつくりたいアナタへ

※本記事では、岩手県大船渡市三陸町綾里で撮影した写真を使用しています。
このたびの山林火災で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
皆さまのご無事を願うとともに、大船渡市の美しい山林の復旧、そして、一日も早く平穏な暮らしが戻ることをお祈りいたします。

「今日も歩きます」「どうぞお気をつけて」ーー。
これは、青森県から福島県を結ぶ「みちのく潮風トレイル(正式名称:東北太平洋岸自然歩道)」で日々交わされる、地域の人とハイカーの何気ない会話です。

全長1,000キロを超えるこのトレイルは、東日本大震災からの復興事業の一つとして開通しました。日本の暮らしと自然が織りなす風景の中を、人々はゆっくりと歩いていきます。

徒歩での移動だからこそ生まれる出会いがあります。心細くなった時に差し出される温かい言葉、思いがけず振る舞われるお茶や食事、そんな何気ない交流が、やがて深いつながりへと育っていくのです。

運営計画に名を連ねる環境省、4県29市町村と6つの民間団体をはじめ、地域の団体や住民、企業等が連携して運営するこのトレイル。その中で、認定NPO法人「みちのくトレイルクラブ」は、様々なヒト・モノ・コトの間をつなぐ「中間支援団体」として活動しています。

事務局長・常務理事の相澤久美さんは、「地域に何かを提供するというより、地域の人に助けてもらう姿勢が大切」と語ります。

誰かと出会い、つながり、支え合う。歩く速度だからこそ見えてくる関係づくりの形を、相澤さんに伺いました。

相澤 久美氏 認定NPO法人みちのくトレイルクラブ 常務理事・建築家・プロデューサー・編集者 / 日本各地の自然の中で育つ。高校から渡米。大学で経済を学び、帰国後設計事務所を主宰。映画制作、災害支援等に携わり2015年よりみちのく潮風トレイルの運営計画策定に携わり、2017年にNPO法人みちのくトレイルクラブを設立。常務理事、事務局長を兼務する。

人の暮らしに触れながら歩く道

トレイルとは、森林や原野、里山などにある歩行用の道のことです。「みちのく潮風トレイル」は、青森県八戸市から福島県相馬市まで、全長1,000キロを超えるロング・ディスタンス・トレイル(ロングトレイル)、長く歩く旅の道です。日本で10本目の長距離自然歩道として、2019年に開通しました。

「日本のロングトレイルの特徴は、自然と人の暮らしの間を行き来しながら歩く道であること。ロングトレイルが多くあるアメリカの場合は、国土が広いため、主に自然の中だけをつなぐ道が作れます。それに対して、日本の場合は国土が狭いため、途中で街中を通り、地域の暮らしに触れながら歩くことになります」(相澤さん)

環境省、国、県、市町村などが広域に連携し、トレイルの管理・運営を行っていると相澤さんは説明します。現在、4県29市町村と6つの民間団体が運営計画に基づいて道をつなぎ、多くの方に来ていただけるよう取り組んでいるとのこと。

「行政に加え、地域の住民の方や事業者さん、そして地域を訪れ道を歩くハイカーの皆さんがいることで、実現している道なのです。ハイカーと地域の人たちが出会い、交流人口になり、関係人口になり、移住促進にもつながっていますその中で、私たち『みちのくトレイルクラブ』は、様々なヒト・モノ・コトの間をつなぐ役割を担う中間支援団体のような位置付けだと思っています」(相澤さん)

また現在は、2023年に開通した「ふくしま浜街道トレイル」の利用促進も担っているとのこと。「ふくしま浜街道トレイル」とは、福島県新地町からいわき市まで、200km以上をつなぐ歩く旅の道で、みちのく潮風トレイルとも接続しています。

利用促進の施策として、みちのくトレイルクラブでは、「ハイキングパスポート」という取り組みを実施しています。地域の人とハイカーの交流のきっかけを作り、思い出を持ち帰ってもらうための仕掛け。ふくしま浜街道トレイルでも、同様の制度の構築や、スタンプの作成、スタンプ設置に協力してくれる地域事業者の調査、パスポート本体のデザインなどに取り組んでいます。
2つのトレイルを合わせると、4県37市町村に及ぶ広域連携事業です。

みちのくトレイルクラブの理事たち

「そんなことして人来るの?」を変えたのは、ハイカーの存在

このような大規模事業を推進するために苦労した点はどこでしょうか。

「『みちのく潮風トレイル』に関しては、ルート設定には関わっておらず、運営計画の作成から携わりました。広範囲にわたる運営計画を作り、関係している自治体や地域の皆さんに理解していただき、意識を揃えていくのは、やはり大変でした。

意識合わせが難しかった一番の要因は、日本ではロングトレイルが文化として定着していないことです。そのため、『そんなことして人来るの?』という声も聞かれました。その時に困ったのは、説明できる日本の前例が少ないことでした(相澤さん)

相澤さんたちが視察で足を運んだ「カミーノ・デ・サンティアゴ(スペインの巡礼道)」は年間40万人が歩いていると言われます。小さな村に宿やお土産屋さんがあり、地域の人が受け入れている事例も見てきました。

「そういった海外の事例があり、さらに、日本にはお遍路さんのように歩く旅の文化もあります。それでも、『みちのく潮風トレイル』を実際に人が歩くようになるかは誰にもわかりませんでした。そうした不確実性がある中で、関係者に話をしていくのは難しい仕事でした」(相澤さん)

理解を得るため、ワークショップやミニフォーラムなどを行っていたものの「なかなか伝わらない」と感じていた相澤さん。そんな状況に変化をもたらしたのは、ハイカーの存在でした。

「朝、地域の人が国道を車で運転して出勤します。その時に、大きなバックパックを背負って歩くハイカーを見る。帰りにまた同じ国道を運転してくると、そのハイカーがまだ歩いてるんですよ。ハイカーは1日20~30キロほどしか歩きません。車で行ったら本当にわずかな時間です。

そのようにして実際に歩くハイカーを目にするようになって、地域の意識も変わっていったと思いますそして、そのハイカーたちが地域の人といいコミュニケーションをとってくれたことで、弾みがついたと感じています」(相澤さん)

最初のハイカーを呼び込むために、相澤さんたちが用意したのは1,000キロ分の地図。1,000キロ分の水場やトイレ、商店など、ハイカーが計画を立てるために必要な情報を網羅したデータブックを作成しました。その作成には、実際に海外のトレイルも歩いたことがあるハイカーたちが協力してくれたそうです。

みちのく潮風トレイル Hiking Map Book(https://trailgate.jp/collections/hiking-map-book/products/hiking-map-book

「長く歩くための計画を作るために必要な情報を整えました。歩きに来られる状況を作り、ハイカー層に向けて発信した結果、歩くのが好きな方が徐々に歩きに来てくれるようになりました」(相澤さん)

加えて、運営計画に関わる人たちの認識合わせに重要な役割を果たしているのが、「みちのく潮風トレイル憲章」でした。

「みちのく潮風トレイル憲章」。みちのくトレイルクラブが作成する媒体やパンフレットなど、ありとあらゆるところに掲載している。(参照:東北太平洋岸自然歩道 運営計画

憲章をみんなで共有して、何かあったらここにある目的や目標に立ち返ることを大事にしています」(相澤さん)

地域も歩く人も「自分なり」でいい

1度来てもらえたら、次は再訪してもらうのが課題になります。

訪問者との継続的な関わりを生み出すために工夫している点をうかがいました。

自治体、住民の皆さんがやってくださっていることが、結果的に関係人口につながっていると思います。山の中を降りてきて人里に出て、心細いときに地域の人の優しさに触れると、ものすごく感動するわけですよ。

声をかけてくれるだけでもよいのですが、中にはお茶を振る舞ってくれたり、家に泊まらせてくれたり、ご飯をご馳走してくれたり、車で送ってくれる人もいる。それは私たちが仕掛けているわけでもなんでもなくて。旅人を応援したくなる素質が人間にはあるんだと思います」(相澤さん)

ハイカーの中には、地域の人と親しくなりトレイル踏破を後日報告する人や、ホタテ種養殖作業の忙しい時期に手伝いに来る人、バイトをしに来る人、パソコンを背負いテレワークに来る人などもいるそうです。中にはパン屋さんと仲良くなり、移住をして農家を始め小麦を作っている人も。

「我々は出会いの接点を生む取り組みはしていますが、実際にハイカーと仲良くなってくれているのは地域の人たちですね」(相澤さん)

北米のロングディスタンストレイル沿いにあるトレイルタウン各地で開かれている「TRAIL DAYS」をイメージし行われた「名取トレイルセンター TRAIL DAYS 2024」。ハイカーや地元の人たちが交流を深めた。

さらに相澤さんは、こう話します

「その地域での色々な取り組みの中でトレイルが特殊なのは、ありのままが魅力だから、特別なプログラムや場所を作る必要はないと伝えていることかもしれません。あと、地域の人たちにとって、訪問者が震災の話を聞くことができる人になり、かつ、訪問者は聞かせてもらえる人になる点も大きな価値だと思っています」(相澤さん)

取材に同席してくださった柳田さんも、福島でこんな経験をしたといいます。

「真っ黒に陽に焼けて歩いていた時に、大熊町で家の跡地を清掃しているご夫婦がいらっしゃって。声をかけてくださって、自分たちのお昼ご飯を分けてくれたんですよ。食べないと元気でないでしょうと。それからいろいろお話していたら、『原発の関係で避難してしまったけれど、こうやって人が入っていることに驚いてる。でも外部の人が来てくれると嬉しい』と言われましたそのことが今も心に残っています」(柳田さん)

「被災地の中だとお互いに震災の話はあまりしないんですよ。相手がどんな被災の体験をしてるかもわからないし、もしかしたら話したくないかもしれないと思うと、話せなくなるんだと思います。神戸の震災でもそうだったと聞きました。

でも、大きなバックパックを背負って真っ黒に日焼けした顔をしてきた人って、明らかに地域の人ではないので話しやすいのかもしれません。ぽつぽつ自分たちの体験談をしてくれたり。歩く旅人が聞き手になれて、震災の記憶の継承にもつながっているのはすごく大事なことだと思っています」(相澤さん)

訪れる人の中には、震災の時に何もできなかったから来たと言う人も多いそう。相澤さんは「そう言って来てくれるのはありがたい」と語った上で、「地域も訪問者もお互い自然体でいい」と話します。

「地域の人が震災の記憶を語り継がなきゃと言っている理由は、同じ目に遭ってほしくないからなんです。『もし災害があってもちゃんと生き延びるのよ』という気持ちの人が多いんじゃないかなと。だから、話し相手になるというより、自然体で楽しんでもらいたいと思います」(相澤さん)

岩手県大船渡市 綾里のトレイル風景

「助けて」と言えた方が上手くいく

地域の人と訪問者、お互いが気負わない関係性になれるのは、中間支援団体の働きかけの力もあるはず。外部からプロジェクトに携わる上で大切にしている考え方を教えていただきました。

「地域に何かしてあげると考えるのではなく、地域の方に助けてもらう、教えてもらうという姿勢はずっと変わらず大事にしています自分たちだけでできることって本当にわずかだと思っていて。地域にちゃんと『助けて』と言えた方がうまくいくことが多いんですよね」(相澤さん)

続けて、相澤さんは「『自立』って、どういうことだと思います?」と問いかけます。

自立って、自分一人で立つことではないんです。依存する先が多ければ多いほど、自立につながります。

自立とは自分のスキルを高めることではなく、一緒に生きていける仲間が増えていくことだと思っています。これは個人にも組織にも当てはまります。『僕たちの責任ですから』と線を引くのは、責任をとっているようで実は広がりを止めているだけなんですよ。

ハイキングパスポートも行政だけでは盛り上がらないけれど、地域の事業者さんに『すいません、スタンプ置いてもらえませんか?』と言うことで広がっていっています。そうすると、相手もトレイルを自分ごとにしてくれるんです」(相澤さん)

みちのく潮風トレイル ハイキングパスポートの写真

生きづらさを感じている人たちが旅に出られるフィールドを

「助けて」の一言で仲間が増え、できることも広がっていく。そうやって新たな取り組みを進めてきた相澤さんの今後の目標を聞きました。

「みちのく潮風トレイルは、年間12万人ほど利用者がいて、1日平均で3キロに1人歩いている状態。双方向だと6キロに1人が歩いていることになるので、1日に2人に会うか会わないかのまだ寂しいトレイルです。なので、もう少し歩く人を増やしていきたいです。ただ、歩く人が増えると道が荒れたり、ハイカーと地域の人のハッピーではない出会いが増えたりもするので、マナーを守って歩いてもらえるよう考えなくてはいけません」(相澤さん)

トレイルを歩く人の数を増やし、地域とハイカーの幸せな出会いを作り続けるのがミッションだと語る相澤さん。ご自身の目標については、こう語ってくれました。

みちのく潮風トレイルだけが成功事例ではダメだと思っています。例えば、東海自然歩道や九州自然歩道は40~50年前に作られていて、良い道だと思うし、状況はある程度整っている。ですが、一元的な発信がされておらず利用者が少ないんです」(相澤さん)

生きているうちに、日本全国にあるロングトレイルの運営体制を作りたいです。全部は無理なので、せめて東海自然歩道と九州自然歩道のお手伝いができれば。歩く人が増えれば、九州を歩いた人がみちのくに来るなどの相乗効果があると思っています。そして、なんとなく生きづらさを感じてる人たちが旅に出られるフィールドを増やしていきたいです(相澤さん)

「自分なり」に生きられる人を増やすため、相澤さんの挑戦は続きます。

今回ご紹介した「認定非営利活動法人みちのくトレイルクラブ」は、内閣府が実施する「令和6年度中間支援組織の提案型モデル事業」の採択事業の1つです。

関係人口創出についてもっと知りたい方は、「かかわりラボ」(関係人口創出・拡大官民連携全国協議会)をぜひチェックしてください。

Editor's Note

編集後記

旅行に行ったとき、それが素敵な場所であるほど「観光客ではなく、もっと近くで地域を感じたいな」という気持ちになることがあります。でも、どう動いたら良いのだろうと思うこともしばしば。今回のお話を伺って、ゆっくりしっかり訪問者と地域の人をつなげてくれる旅のスタイルがあることを知り、トレイル文化の魅力をひしひしと感じました。

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