NIIGATA
新潟
平日は国家公務員、休日は食材マニアとしてマルチに活動する、公務員フードアナリストの松本純子さん(通称 松純)とお届けする「地域✕郷土料理」をテーマにした連載シリーズ。
今回お話を伺ったのは、「すし作家」として海・魚・すし・海藻の魅力を発信する岡田大介さん(「酢飯屋」代表)です。
岡田さんは子ども向けの絵本の出版や、日本の各地域を巡りながらその土地で受け継がれている「郷土ずし」の発信もしています。そんな岡田さんの活動の根底にあるのは「生きものが食べものになるまで」を知り、伝えること。
すし職人という枠を超えて「すし作家」として日本全国を飛び回る岡田さんが、地域に受け継がれる郷土ずしを知った先で考える、未来への食文化の想いとはーー。
ーー岡田さんと出会ったのは「面白いすし職人がいる」と聞き、「酢飯屋」のイベントに行ったのがきっかけです。想像を超えた空間で面白いすしがたくさん出てきて、一気に魅了されたのを覚えています。今回は、「郷土料理」という観点でお話を伺いたいと思います。
まずはじめに、すし職人という域を超えて「すし作家」として日本全国を飛び回りながら食の魅力を伝えている岡田さんですが、現在のライフワークについて教えてください。
岡田:「酢飯屋(すめしや)」でお客さまにすしを提供するかたわら、「すし作家」として絵本の出版や発信活動を行っています。すしを握る場所が今までは自分の店のみでしたが、現在は魚を釣る現場で握ったり、訪れる地域の食材を使って魚料理の1つとしてすしをつくったり。さまざまな場所や場面ですしと関わることが増えてきました。
今では、すしというものが、商売というよりはコミュニケーションを深めるための1つの手段になっています。すしがお金を生むというよりは人に喜んでもらうためのツールだと感じています。
ーー単なる「職」ではなく、人をつなげるための「ツール」としてすしがあるイメージですね。
岡田:そうです。なので、すしとの普段の関わりは、握るだけでなく海にまつわることにまで広がります。海、魚、すし、海藻がキーワードです。
絵本の制作をしたり海の現場に行ったりするうちに、「すしを握ることだけじゃなくて、魚に触れている時間が全部好きなんだ」ということに気づいて。
釣りをすることも海に潜って魚を見ているときも、水族館で過ごす時間も魚の本を読んでいるときも、触るのも調理するのも、食べることも、魚に関わる全てが好きなんです。趣味がない人間でしたが、「魚そのものが趣味」だということに気がつきました。
ーー魚が恋人ですね。
岡田:まさに。海にまつわることが何よりも好きで。今まで食に関わることばかりをやっていたのに、環境問題にも興味が出てくるようになりました。そうなると、年々海の状況の変化を魚や海から知らされるようになるんです。
ーー海にいることが多い岡田さんだからこそ伝えられることがあって、それがライフワークになっているのかなと感じます。
岡田:魚を「食材」ではなく「生きもの」という目線で見ているからかもしれません。
ーーそもそも海が好きだからすし職人を目指したんですか?
岡田:逆ですね。19歳頃からすし職人としてキャリアを進めるうちに海にも興味が出てきました。魚が届くまでの背景が常に気になっていて。
当時はトレーサビリティがあまり浸透していなかったので、お客さまに聞かれても「どこの産地のもの?」くらいで深く聞かれることも少なかったんです。
岡田:ただ情報社会になってからは「明石のタコはどういうところがすごいの?」「誰がどうやって捕ったキンメダイなの?」と聞かれるようになって。それぞれの魚の背景を知りたいと思って、漁の現場に行ったり自ら釣りをはじめたりしました。そこからどんどん興味が出て海が好きになっていきましたね。
ーー岡田さんは日本各地を巡りながら、その地域で「郷土ずし」を習って伝える活動をしていますよね。
岡田:郷土ずしというのは、地元のお母さんたちがつくったり、地元のお祝い事などの行事で出されたりするものが多いので、各地域で受け継がれているものです。通常の「すし」の意味合いでいうとすし職人の出番ではない別ジャンルになるのですが、「すしというワードがついている以上、知らない部分があるのは嫌だな」と思ったのが、郷土ずしを学ぼうとした最初のきっかけです。
ーーすしや魚を愛してやまない岡田さんらしいきっかけですね。
岡田:学ぶにつれて、実は握りずしのルーツが郷土ずしの中にあったり、新たなすしをつくるときのヒントが隠されていたり。結果的に学びがいっぱいあったんです。
ーー郷土ずしを知ることで、ご自身の握りずしに活かせる技が学べるということですね。
岡田:現在ある握りずしも、先人の人たちが各地でつくっているすしからなにかしらヒントを得ています。新しいすしからも昔のすしからも何からでも学びがあって、これからの新しいスタイルに繋げることができると感じます。
ーー岡田さんが郷土ずしの中で出会った、個性ある郷土ずしがあれば教えてください。
岡田:郷土ずしは個性だらけです。日本全国を訪れて地域の方に郷土ずしのつくり方を教えてもらい、地域の食文化の魅力を伝える活動「郷土寿司プロジェクト」を行っていますが、本当に多くの郷土ずしがあるんです。
印象に残っているのは新潟県佐渡市の「もち米ずし」と高知県宿毛(すくも)市の「きびなごのおからずし」です。
岡田:「もち米ずし」は、もち米だけでつくられているすしで他地域では見たことがありません。当日は90代のおばあちゃんにつくり方を教わって、その過程でかんぴょうを巻いたんです。
最近の社会は、着色料や添加物を控えようという雰囲気がありますよね。ですがその流れに逆行して着色料で鮮やかな緑に色付けされたかんぴょうを使っていて「何で緑のかんぴょうを使うんですか?体に悪いんじゃないですか?」と若造の自分が聞くと「きれいだからいいじゃない」と元気いっぱいのおばあちゃんが圧倒的説得力をもっておっしゃったんです。
ーー「健康とはなんなのか?」を考えさせられるシンプルな言葉にきゅんとしました……!
岡田:次の世代にずっと残していこうとしている人たちと、使命もなく今まで通りに変わらずつくり続ける人たちがいて。1つの郷土ずしに1人ひとりの想いが詰まっているんです。
実はこの「もち米ずし」、佐渡ではちょこちょこ見かけるすしではあるものの、名前が付いていなかったんです。そこで一緒に「もち米ずし」と名前を付けました。こうやって、地域では当たり前のように根付いている食文化も、外から見たら珍しいですよね。
その後、もち米でいろんなすしに挑戦していますが、つくってみると発見があります。もち米は巻きずしと相性がいいことや、鉄火巻きにしても意外とおいしい。そうやって郷土ずしからヒントを得ることは多いですね。
ーーぜひ食べてみたいです……!
岡田:もう1つ「きびなごのおからずし」は定番のすしにしたいくらいおいしいです。実はすしの定義は、すし職人の仲間の間では「お米を使った酸っぱいもの」と定めています。しかし、おからずしに関してはお米を使っていないんです。
ですが、お米が不作の時にお米をおからに見立ててつくっていたという歴史があるのですしのカテゴリーに入るかなと。
ーー知ると食べてみたくなって興味がわいてきます。一方で、郷土ずしには課題がある印象もあって。岡田さんが各地域をまわって、郷土ずしがどんどん食べられなくなる、継承する人が少なくなっている現状を感じますか?
岡田:それはよく感じますね。一番郷土ずしが多いのは高知県ですが、多くはつくり手さんがいなくなる、昔から使われていた食材が今では取れなくなっている、などの問題があります。
また、郷土ずし自体が日常よりも、お祭りやお祝い事、親戚の集まりの時に食べることが多いという特徴があって。近年は、親戚で正月に集まるという習慣も少なくなって、そもそもつくる必要がなくなってきている。郷土ずしの出番が少なくなっているとは感じますね。
ーー多くの種類の郷土ずしが各地域にある一方で、だんだんつくられなくなっている現状もある。そのような郷土ずしを岡田さんはどのように広めているのですか?
岡田:味や大きさを変えるなど、時代に合わせて柔軟に伝えるということは意識していますね。レシピとしてつくってもらえるように、味を現代風に変えることもあります。
そもそも郷土ずしの多くは冷蔵庫がなかった時代に保存を目的につくられているものが多いので。冷蔵庫のある今の時代にこのレシピは必要ないなと思うときは、地元の方に了承を得てアレンジします。
岡田:「伝統の味を残そう」とそのまま古くからのレシピを忠実に再現すると、そもそも引き継がれなくなってしまう。柔軟な地域は、時代に合わせて郷土料理をうまく変えていっています。そういう地域の郷土料理は現代やこれからにも引き継がれていくと思います。
ーー「守り受け継ぐために何を取って何を手放すか」ですね。柔軟な岡田さんだからこそ広められる方法だと思います。そんな岡田さんにとって「郷土料理」とはなんでしょうか?
岡田:僕にとって郷土料理は、「未来への食文化のためのヒントが詰まっている料理」だと思います。郷土料理は昔からある田舎の料理のはずなのに、現代のシェフが食べたらハッとさせられるヒントが散りばめられているんです。
岡田:また、「足るを知る」という概念もある気がします。ほとんどの郷土料理は、保存のためというベースで考えられています。冷蔵庫がある現代、停電で冷蔵庫が使えなくなったときにどう対応できるでしょうか。
現代人は買う側、つまり消費者側の人がほとんどです。郷土料理を知れば、「どのようにしたらどれほど保存できるのか」と考えるきっかけになります。昔のもののはずだけど、未来のために繋がっているんです。
ーー郷土料理は未来の食文化へのヒントが詰まっている宝箱ということですね。最後に、岡田さんのこれからの夢ややりたいことを聞かせてください。
岡田:僕は「生きものが食べものになるまで」の全過程にとても興味があります。ですのでお客さまにすしを提供する以上、それぞれのモノの背景を知りたいという想いはこれからも変わりません。魚だけでなく、お米や野菜、お肉や調味料、器までそれぞれの背景を知るために現場に行き続けます。
最近は、自分で直接関わっていないものでもさらに知りたくなっていますね。生態学にまで興味を持ちはじめています(笑)。生きものと食べものの狭間から、最後の食べるところまで、いろんな食材について自分で知りに行って発信を続けたいというのが夢の1つです。
ーーここまで来ると研究者の域ですね(笑)。私たちの身体は何かの命でできていると聞くと当たり前のようですが、普段はなかなか意識する機会がありません。岡田さんの話を聞いていると、それをリアルに感じられました。
最後に、お話の中に出てきた“もち米ずし”をつくってみました。
もち米の酢飯をはじめて食べたのですが、伊達巻と合わせると、とってもおいしくてびっくり。緑色のかんぴょうも、エピソードを聞いてからつくると特別なものに感じました。岡田さんが郷土ずしから多くのことを学ぶ、というのも納得です。
松本 純子 公務員フードアナリスト
Editor's Note
すしは身近にあるものですが、海の中にいたときにまで遡って考えることはありませんでした。そのため、岡田さんの魚、海、大きく言うのであれば食に対する探究心や愛情にハッとさせられたように思います。地域のことを知るきっかけとして、郷土ずしにも今後目を向けていこうと感じました!
MISAKI TAKAHASHI
髙橋 美咲