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LOCAL LETTER

音楽業界から寿司職人へ。独自のステージをつくる『成希』店主の感性と生き方

NOV. 19

TOYAMA

拝啓、夢見た道で挫折を味わいながらも、前に進みたいと模索するアナタへ

憧れの世界に飛び込み、夢を仕事にする。

そうなりたいと願ったことがある人はきっと多いはず。

けれど、夢を叶えられた人よりも挫折をした人の方が多いのではないでしょうか?

2年前の2022年に、故郷の富山県氷見市で割烹料理・握り寿司の店『成希』をオープンさせた店主の滝本成希さん。

音楽業界を目指し、イギリスに渡った滝本さんは、どうして寿司屋の板前として自らのお店を開くことになったのか。

一見、繋がりのない世界を歩んできた滝本さんの生き方は、憧れの世界で挫折を味わっても、前に進みたいと模索するアナタの背中を押してくれます。

滝本 成希(たきもと なるき)氏 / 富山県氷見市出身。25歳の時に単身渡英し、現地の日本料理店で働く。31歳の時に帰国し、都内の老舗寿司店や有名日本料理店で修行し、2022年7月故郷で「成希」をオープン。

「高校卒業後に音楽業界を目指し、上京しました」

あたたかい色味とゆとりのあるお寿司屋さんの店内で、洗練された白衣姿でそう話す滝本さん。現在の姿からは想像もつきません。

そんな滝本さんのこれまでのキャリアを辿っていくと、自らの道を開いていくための強さや感性を生かして働くことの情熱を見つけることができました。

「やりたいことはまずやってみる」音楽業界を目指した理由とは

元々音楽が好きだったという滝本さんは、学生の頃にコンサートやライブ会場に行った時に、衝撃を受けました。

アーティストと観客の掛け合いが生み出す空間と、臨場感が心に響き、生の現場でないと感じ得ないものがあると気づくきっかけになったと振り返ります。

この時感じた、「実際に見て心にどう響くか」という視点は今後の滝本さんの人生を進んでいく大きな原動力となります。

「プレイヤーとして音楽の仕事を目指したことは一度もないですね。自分が感じた体験を、人にも感じてもらえるような仕事がしたいと思いました。だから、プレイヤーよりもライブを作る方に魅力を感じていたのかもしれません」

上京し、小さなレコード会社からキャリアをスタート。数年かけ、CDの制作や全国のライブツアーを行い、やがてロックバンドのマネージャーとしてアーティスト全般の仕事に携わり、憧れの世界を駆け抜けました。

そんな滝本さんの転機は25歳の時。

仕事をしていく中で、自分の好きだった音楽のルーツはイギリスにあることを思い出し、単身渡英を決意。日本での仕事に区切りをつけ、「実際に見て自分がどう感じるか」を知るため、海外で音楽の仕事に就くことを目指します。

そんな夢を抱きイギリスに渡った滝本さんの憧れの地で待っていたのは、高く厚い壁でした。

言語の壁やビザの壁、当初思い描いていた通りには行かない日々を過ごします。

「半年くらいですかね。なかなか思うようには行かなくって、壁にぶち当たって、音楽の道を諦めようと思いました」

だんだんと底をついてくる生活費…うまくいかない仕事…。夢を追いかけたいと思う葛藤の中で、現地で結婚し家族を支える立場になったことをきっかけに、まずは生活基盤を整えるために音楽関連ではない仕事に就くことを決意します。

しかし、異国の地での挫折は、すぐに受け入れ切り替えられるものではありませんでした。

スパッと切り替えてはいないと思います。簡単な思いでイギリスに渡ったわけではないですから。それでも目の前のことに一生懸命に取り組むことを意識していました。悩みながら、もがきながら、進んでいましたね」

悩む日々の中、滝本さんは現地の日本料理店で再び、自分の心に響く体験をします。

異国での挫折から見つけた、新しい舞台

イギリスの地で挫折を経験した滝本さんの情熱に再び火をつけたのは、のちに師匠のような存在になるヘッドシェフ(料理長)との出会いでした。

「働くことを決めたのは、実はそのお店に食べにいった時です。盛り付けが芸術的で、寿司が生きているような気がしました。味が美味しかったのはもちろん、カウンターで料理を振る舞うヘッドシェフの姿が、まるでステージの上で演じているようなリズム感があって

その時に”音楽と寿司屋のカウンターが似ている”と思いました。こんなにかっこいい仕事があったんだ!と思った瞬間です」

カウンターでお客様とコミュニケーションをとりながら寿司を握る姿と、ライブ会場でアーティストと観客が掛け合う姿が重なって見えました。ライブ会場で心が動かされた時に、自分もそんな仕事がしたい!と音楽の道に進んだ当時の記憶がよみがえったと言います。

生活のために仕方なく働こうとした時も、滝本さんの心を動かしたのは、実際に見て感じること。そしてとにかくやってみる、という自分の感性でした。

目の前のことに一生懸命に取り組む姿勢で、滝本さんはどんどん料理の世界にのめり込み、寿司の魅力に惹かれていきました。

「仕込みや盛り付けのこだわりという技術面だけでなく、普段からどういう思いで仕事と向き合っているのかという内面も師匠から学びました。お客様と気持ちが通じ合える仕事をするという美学が、いまの仕事にも影響を与えています

故郷・氷見の課題と魅力がきっかけとなり、さらに深く寿司の道へ

次の転機は31歳の時。
日本に帰国することになり、故郷の富山県氷見市に戻りました。
のちにこの地でお店を開くことになりますが、開業することを当時から決めていたわけではなかったそうです。

「3ヶ月くらい仕事には就かずに色々なところを見て回っていました。その時に、変わり果てた地元の姿を目の当たりにしました同時に、富山の氷見という土地の豊かさから生まれる食材の魅力にも気づきました。

その時に、この地でお店を開ければ面白いものができるのかなと。自分にしかできないお店づくりをしたいと決めました」

富山湾で獲れる500種類以上の豊富な魚、立山連峰から流れる水がもたらす米や酒など、この土地にしかない素材の滋味深さは、この場所でないと表現できないと感じました。一方で食材の魅力に対して、氷見のまち自体は幼い頃の活気を失っていたようにも感じました

寿司の道に進むかどうか悩んでいた滝本さんに、再び情熱の火を付けたのは地元である氷見だったのです。

イギリスでの経験だけでは心もとなさを感じていた滝本さんは、寿司を再び学ぼうと、東京の老舗寿司店へ直接電話をして交渉。「10年間だけ学ばせてほしい」と思いの丈を伝え、それから一週間後に都内に出て修行を始めました。

「1日に500人以上のお客様がやってきて、板前だけでも60、70人いるようなお店でした。
人数が多いからこそ、働く人同士のコミュニケーションの必要性や、厨房内の対応力を学ぶことができました。

歴史と伝統のあるお店でしたが、若手を積極的にカウンターに入らせてくれる環境でしたね。おかげで、自分が調理場で捌いた魚が、どのように調理されお客様に提供されるのか、というところまで実際にみることができた。それにより、自分の仕事は最終的に全てお客様に繋がっているということを意識するようになりました」

自分の心が動いたことをとにかくやってみる、目の前のことに一生懸命に取り組む、そんな熱意と探究心で進んできた滝本さんは、この修行で伝統的な技術や新しい価値観が加わり、さらに寿司の道を極めていきました。

10年に渡る老舗寿司店や日本料理店での修行を経て、2022年氷見に戻り自分のお店である「成希」を開きました。

こだわりは、こだわらないこと

あたたかみのある照明と、広くてゆったりとした店内は洗練された外観とは違う印象を与えます。滝本さんのご家族は代々、氷見の土地で商店を営んでおり、その広い土地を活用してお店にすることができたのだとか。

「広い空間でゆったりくつろげる寿司屋というのは、定番のつくりとは少し違うかもしれないですね。お客様の目に入って、情報が入り乱れそうなものは置かないようにして、ゆっくりと食事が楽しめるようにしています。特に椅子は、お客様の気持ちが料理から離れないようにしつつ、リラックスして過ごせるように座り心地にこだわりました

食材や料理の方法を探求するだけではなく、料理を食べるお客様がどう思うか、ということまで考える。例えば、3時間というコースの時間を楽しく充実した時間にしてもらうために、お客様とコニュニケーションをとるといいます。

お客様のために試行錯誤する、滝本さんの姿勢。音楽業界で、人の心に響く空間を作っていた経験が生かされていると感じさせます。まさにこれまでの人生で得たことが繋がっている集大成のお店が『成希』です。

「若い時は譲れないことがあったかも知れません。けれど、イギリスで挫折した経験が大きく、今は変わりました。人生に悩んだ時や壁にぶつかった時にも、やってみて自分がどう感じるかを大事にするようになりました。

その時に感じたことを自分の中に取り入れて、自分の中のベストを選んでいく。人生もライブ感が大事だと思っています。今はあまり凝り固まらずに、こだわりを持たないことがこだわりになっています」

もう人生終わりかも知れないと思うほどの挫折を経験した時でも、心に響くものを選択してきた。思い描いていた夢ではなくても、結果がその時に伴わなくても、誠実に努力することができた、と滝本さんはここまでの道のりを振り返ります。

その時々のベストな選択をしたと滝本さんはいいますが、ご本人の言葉からは、自分の選択をベストにしていく強さがあると感じました。

滝本さんがもてなす、唯一無二の食の体験をぜひ『成希』で。
カウンターという舞台で、アナタの心を響かせる寿司を握って待っています。前に進みたいと模索するアナタの背中をそっと押す、そんな特別な時間になるかもしれません。

他にも、キャリアチェンジをしながら、人や地域のために感性を生かして働く人の記事をメールマガジンで配信しています。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

滝本さんは芸術家のような職人。ハキハキと話す言葉の中に芯があり、親しみやすい笑顔の奥には秘めた情熱が燃えていました。挫折をきっかけに夢を諦める人は多いけど、どんな時も自分の心にある感性を信じて進んでいくと、別の形で生きてくることがある。取材をしながら、自分自身にも気づきを与えていただきました。

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