持続可能性
※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第3期募集もスタートしました。詳細をチェック)
北海道の中央部に位置し、道内で一番高い山「旭岳」の麓にある東川町。
冬の厳しい寒さを乗り越え、夏の青空が頭上に広がると、旭岳には高山植物が色とりどりに花を咲かせる。一年のうち、このたった一瞬ともいえる彩り豊かな風景を例えて、旭岳はアイヌ語で「カムイミンタラ(神々の宿る庭)」と呼ばれる。
秋になり、肌寒さを感じるようになると、旭岳は日本で最も早く紅葉が訪れる名所となり、観光客や登山客で賑わいを見せる。
東川町はこうした自然の豊かさと、旭川空港から車で15分という立地の良さから、近年移住者が増えており、地方創生のモデルとしても注目を集めている。
今回は、そんな今ホットな東川町にある家具メーカー「北の住まい設計社」を取材し、建築士・営業として働く秦野誠治さんにお話を伺った。
東川町の中心地から旭岳方面に車で走ること約15分。ここは北欧・・?と思ってしまうほど、天高く伸びる木々と澄んだ空気が織りなす森の中に、「北の住まい設計社」の建物がある。
「46年前に旭川で創業し、37年前にここ東川に移ってきた。当時は畑で、木なんか一つもなかった。自然の姿に戻そうと、代表が木を植え続けてきて、現在の姿になった」と話す秦野さん。
37年前から少しずつ植えられた木々は、もとからそこにずっと存在していたかのように立派な森を形成していた。天然林の本来の姿である針広混交林にするため、マツ、カエデ、シラカバ、サクラ、クリなど、樹種もさまざま。訪れる人を楽しませてくれる。
家具づくりで使用する木材は、すべて「無垢材」。
「無垢材」とは、原木から切り出した自然な状態のままの材木のこと。一般的に使用される「ベニヤ」は、原木を薄く切った板(単板)を複数重ねて、接着剤で貼り合わせている。(本来は単板を「ベニヤ」、ベニヤを貼り合わせたものを「合板」と呼ぶが、日本では後者を「ベニヤ」と呼ぶことが多い)
無垢材は接着剤などの化学物質を使っていないから、捨てるときに燃やすことができます。言い換えると『土に還す』ことができるんですよ。秦野 誠治 北の住まい設計社
無垢材は、すべて「北海道産」。木材を輸入すると、運送時に大量の石油を消費してしまう。
「環境のことを考えると、できるだけ石油は使いたくないんです」(秦野さん)
また輸入するとなると注文して届くまでに、船で4~5ヶ月かかり、その間、木材にカビが生えたり、虫に食われたりする。それだと商品にならないため、防腐剤や防虫剤をかけているのが現状だ。
「輸入材は意外と薬剤がたくさんかかっていて、家具を使ってくれるお客さまと、それを作る職人の健康のために、北海道産木材だけを使うことを、8年前に代表が突然決めました」(秦野さん)
「自然素材」へのこだわりは木材の他にもある。ベッドのマットレスにポケットコイルは使わない。ポケットコイルとは、コイル1つ1つを不織布の小さな袋に入れ全体に敷き詰めたもので、一般的に広く利用されている品物。
「ポケットコイルは捨てるときに産業廃棄物になって埋め立てられる。環境に配慮して、代わりに天然ゴムのラテックスとウッドスプリングで寝心地を創出しています」(秦野さん)
家具に色を付けるカラーリングには、「エッグテンペラ」という塗料を使用。これは、中世のヨーロッパで教会の絵画に利用された絵具で、500年以上前のものなので、当然、化学物質は入っていない。
卵をつなぎにして、水とアマニ油、石をすりつぶした色粉を混ぜ合わせている。乾くまでなんと1ヶ月半ほどかかるそうだが、それでも「塗料にも『自然素材』を使うことで、最後は土に還すことができる」と秦野さんは言う。
こだわりはまだ続く。革だ。着目するのは動物の皮膚であった皮を道具として使える革に変化させるための技術「なめし」。一般的には、「クロムなめし」という薬品を用いてなめす方法が主流であるが、劇薬であることに加え、水洗いを何度も行うため河川の汚染にもつながっている。
「うちはスウェーデンの小さな村、タンショー(Tarnsjo)村から革を輸入していて、ここの革は植物の渋の『タンニン』でなめしているんですよ」(秦野さん)
この村、実は革を作るために牛を飼っていて、王室に納品しているのだそう。
家具づくりの最終現場に伺うと、アマニ油のにおいがうっすらと香る。仕上げに塗料を塗って、ついに完成だ。
この塗料も、もちろん自然由来のもので、アマニ油などを用いる「オイルフィニッシュ」と、石鹸を用いる「ソープフィニッシュ」のどちらかの方法で仕上げをする。オイルはツヤが出るのが特徴で、ソープは白く仕上がり、日に焼けづらくなる。
「出来上がった家具はそのまま使ってもいいけど、いつも触る所がどうしても汚れてしまう。汚れが付きづらくなるように、また汚れても落としやすいように、塗料を塗ることをおすすめしています」(秦野さん)
「ただ効果は何年も持続しないから、お客さまには1年に1回塗り直してもらうようにお願いしています。汚れが付きづらくなるのはもちろん、木の変化にも味わいが出るし、家具に愛着も出てきますから。僕たちは要望があれば実演もするし、メンテナンスもします」と秦野さんの言葉は心強い。
木には湿度を調整する作用がある。夏の湿気の多いときは水分を吸収し、冬の乾燥しているときは水分を放出する。森の湿度が一定に保たれているのは、木のおかげなのだ。
「オイルやソープといった自然素材で仕上げを行うと、湿度の高低で木が動くんです。テーブルだと夏と冬で1cmくらい変わってくるかな」(秦野さん)
一般的なウレタンやラッカー塗装は、木の呼吸を止め、動かなくする作用があるため、組み立てやすくなる。
「ここでは、木が動く分を計算して作るから、職人の技が必要になってきます」(秦野さん)
天板のサイズを必要に応じて変えられるエクステンションテーブルは、すべて木で作られている。伸縮には、金属のレールを用いることが多いが、職人の技と「絶対に木だけで作りたい」という熱い思いで、試行錯誤を重ね、製造と販売を実現させている。
家具作りの現場は、分業制で流れ作業であることが多く、毎日同じ作業を繰り返す。しかし「北の住まい設計社」では、一人の職人が一つの家具を最後まで作り上げるスタイル。
すべての家具に、いつ、誰が作ったかが一目で分かるシールが貼られ、職人が責任を持って作るための工夫がされているのだ。
「自然素材」は環境にやさしい。しかし「自然素材」を使ったものづくりには、職人の高度な技術を要し、さらに大量生産ができないといった苦労もある。
そもそも「北の住まい設計社」が「自然素材」を扱うきっかけは何だったのか。
「創業前に代表の渡邊が飲食店やアパレルの店舗設計に関わっていて、数年に一度実施されるリニューアルの度に、大量の木材がゴミに変わっていくのを目の当たりにしたことが大きかったんです。
その後、夫婦でフィンランドにホームステイをして、先祖代々伝わるものを大切に使う人たちの姿を目にした時、『こういう生活って良いよね』『こういう生活をしていかないといけないよね』と感じたことがきっかけです。北海道に戻ってきて、夫婦二人で最初は木の小物やおもちゃを製造することから始めているんですよ」(秦野さん)
今や「自然素材」を使って小さな家具から大きな家具、家づくりまで手掛けるが、ここまでくるのは簡単ではなかったはず。苦労を乗り越えてこられたのは、なぜなのか。
「それは、長く使ってほしいから」と秦野さんは穏やかな表情で語る。
自然素材を扱うのは本当に大変。作り方を何度も吟味する。それでも何が起きるか分からないから、長年のフィードバックを頼りに作っていく。秦野 誠治 北の住まい設計社
受注は北海道だけでなく、全国各地からくる。北海道で大丈夫でも、本州の環境では不具合が起こることもある。引き出しが開かない、なんてこともあったそう。
「特に木にとって中部地方の環境は厳しくて、多分夏の湿度がすごく高くて、冬は低いのだと思うけど、うちでは『名古屋で大丈夫なら他の地域でも大丈夫』なんて言っているくらいなんです(笑)」(秦野さん)
秦野さん自身、ここに来る前は札幌の設計事務所に勤め、学校や役場といった公共施設を担当していた。立派な仕事だと感じながらも、不特定多数の人が集う場所で、使う人が限定されていないことに葛藤があったそう。
使ってくれる相手のことをもっと一生懸命に考えて、思い入れのある仕事がしたかった。秦野 誠治 北の住まい設計社
でも、今まで建物の図面しか書いたことがなく、家具の経験はゼロ。それに自然素材ももちろん扱ったことがなかったし、ここに来て初めて木造の建物を設計した。
「ペンキやシンナーの匂いがする現場で働くのが普通で、最初は慣れなくて不思議な気持ちでした。当時は本当に手探りで、日々工場に通って、職人さんの側でずっと作り方を見ながら学びましたね」(秦野さん)
「100年以上の木を使ってものづくりをしているから、100年は使えるし、住める。100年使ってもらって、住んでもらって、自然環境はまわっていく。そうでないと木を切ってばっかりになるからね」作ったものが次世代に受け継がれることを秦野さんは願っている。
現在、「北の住まい設計社」は社員50名を抱え、家具づくり、家づくりに加えて、ショップ、カフェ、ベーカリーなど、多岐に事業を展開している。
夏期は月に一度、「ファーマーズマーケット」を開催する。地域のオーガニック農業者が、作ったものをきちんと販売できるようにと始めた。
オーガニック農業とは、化学肥料も化学農薬も使用しない農法のことで、慣行農業よりも収量が低下するリスクがある。また除草剤を使用できないため、人の手による草取りが必要で、手間をかけて作物を育てていく様子は、「北の住まい設計社」にどこか精通する部分がある。
出店する農業者は、東川町だけでなく、周辺地域に及ぶ。お客さまは一日200人ほど来場し、非常に賑わうそうだ。
「準備は大変だけど、楽しい。熊本フェアなんていうのもやって、柑橘類やお茶を販売しましたね」(秦野さん)
「うちは時代と逆行して、より手間のかかる方向に進んでいる。色んなものの価格が上がっているけど、今後もお客さまに満足してもらえるように、より良いものを作り、提供していきたいんです」(秦野さん)
「北の住まい設計社」は『よりスペシャル』を目指している。これは、「もっとすごいものを作りたい」ということ。この言葉の向こうには、使ってもらう人、住んでもらう人、食べてもらう人など、作り手が思う誰かの存在がある。環境を思うことは、人を思うことでもあるのだ。
Editor's Note
「より便利に」という時代に、「より手間をかける」。大変なことですが、手間をかけると、その人にしかないものやその場所にしかないもの、そんな個性が生まれるのではと感じた取材でした。「北の住まい設計社」はまさに唯一無二の会社。この記事を通して、彼らの思いが少しでも伝わればと思います。
WAKANA SUGIYAMA
杉山 和香奈