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LOCAL LETTER

ゼロからでも始められる。突き動かしたのはモノづくりへの情熱と地元への想い

APR. 02

SHIZUOKA

拝啓、経験、知識ゼロから地元特産品とともに地域の表現に挑戦したいアナタへ

静岡県東部に位置する沼津市。
伊豆半島を流れる一級河川、狩野川沿いに、静岡県初の小さなクラフトジン蒸留所があります。

富士山麓の水、生産者の顔の見える地元沼津の特産品を香りづけに使用した、素材を活かしたお酒が日々生まれる場所。営んでいるのは、「沼津の香りのするお酒造りを目指し、クラフトジン蒸留家となった小笹智靖さんです。

小笹さんは、誰もが一度は憧れそうな「好きなことを仕事にする」働き方をしています。その選択はとても勇気のいることのように思えますが、後押しになったのは、情熱を注げるモノや地元という「仲間」の存在でした。

酒造り未経験で、国内には参考となる情報がほとんどない、ジン造りの経験を積める場所もない。
そのような状況の中で、小笹さんはどのように事業をスタートさせたのでしょうか。

小笹 智靖(こささ ともやす)氏 株式会社FLAVOUR 代表取締役 / 1980年、静岡県沼津市生まれ。神奈川県の大学を卒業後、同県のデザイン事務所に就職。2010年に退社し沼津市にUターン、2011年に同市にて飲食店を開業する。2016年に国産のクラフトジンと出会い、蒸留所開設に向け始動する。2019年株式会社FLAVOURを設立、同年、沼津蒸留所が竣工。2020年に酒類製造免許(スピリッツ)を取得、静岡県内初となるクラフトジンの蒸留所として稼働する。同年12月より地域の特産品を香りづけに使ったクラフトジン「LAZY MASTER」を製造販売する。現在は7種類のレギュラーラインナップに加え、地域の貴重なボタニカルを使用した限定品やOEMなども手がける。

一本のクラフトジンとの出会いから蒸留家の道へ

大学で建築を学んだ小笹さんは、最初からお酒に関わる仕事をしていたわけではありませんでした。

「私の経歴で共通しているのはモノづくりをしたいということ」と語る小笹さんは、デザイン会社での勤務を経て、30歳のときに地元の沼津に戻ります。やきとり屋、バーを経営したのち、2020年に地元沼津市でクラフトジンの蒸留所を開業しました。

「飲食店を経営していたときは、料理や店の空間で自分を表現していました。でも、お酒造りは味やパッケージデザインでより表現をしやすく、多くの人に届けられると思いました」

デザイン、飲食店経営、お酒の製造と業種を超えた挑戦をしてきたように見えますが、そこには「モノづくりを通して表現する」という一貫した想いがありました。

そんな小笹さんが、クラフトジン蒸留家の道を選んだきっかけは何だったのでしょうか。 

「もともと、蒸留酒が大好きでした。ジンに関わりだしたのは、やきとり屋からバーに変わったとき。2016年に京都で国産のクラフトジンが発売されて。それを飲んだときの衝撃がきっかけです」

ジンという種類のお酒は、もともと海外の製品が知られていましたが、カクテルベースとして、ほかの材料と合わせて成立するようなお酒でした。しかし、日本のジンは違ったのだそう。

単体で飲んでも香り高く、ロックでもソーダ割りでも十分に成立していたといいます。

「使っているボタニカル*を見たら柚子、玉露、煎茶などと書いてあったんです。柑橘、お茶といえば、静岡の名産品。静岡県内でも造っている人がいるのかと調べたらいなかった。だったら、静岡で一番最初のクラフトジン蒸留所になろうって思ったんです」

*ボタニカル・・・ここでは、ジンの香りや風味づけに使用される植物由来の原料を指す。

 

日本のクラフトジンに使われるボタニカルには、地域によって傾向があります。

「静岡から西は柑橘が採れるので柑橘類を、東京から北は柑橘が採れないので、ハーブやウッディーな(樹木由来の)ボタニカルを使用することが多いんです」

地域により変化が生まれる面白さから、数ある蒸留酒の中でも土地柄を表現できるところに、小笹さんはクラフトジンの魅力と、新しい地酒になる可能性を感じたといいます。

「クラフトジンは参入のしやすさもありました。蒸留酒の中でも、ラムやウイスキーだと樽熟成が必要です。ウイスキーなら3年はかかるのでその間は収入がない状態になってしまう。でも、ジンなら1か月ほどで製品ができます」

しかし、当時はまだ日本でクラフトジンが流行り始める前。小笹さんは、この挑戦をすることの難しさに直面します。

経験ゼロ、知識ゼロから、手探りで前に進む日々

クラフトジン蒸留所の開業を決めたものの、当時はクラフトジンを製造している会社も蒸留所もほとんどありませんでした。

そこで、酒造りを学ばせてくれる酒造メーカーを探した小笹さんは、同じ蒸留酒という括りで宮崎県の焼酎メーカーを見つけ、住み込みで酒造りを学びました。

「焼酎メーカーは、酒類製造の免許を取るためもあって、実務実績を作りに行きました。大変勉強にはなったんですけれども、これがジンの何に繋がるのかほとんど分からず。ひとまず酒造りを一通り学んだという感じでした

焼酎メーカーで学んだ経験や知識でクラフトジン造りに取り掛かったのかと思いきや、それだけではジンは造れなかったといいます。

「結局、ジンに関しての勉強はほぼ独学に近いです。海外の文献、ホームページ、本、ホームディスティラリーという個人で蒸留をしている人からの情報、企業でレシピをオープンしてくれているところの情報を和訳して勉強しましたね」

参考となる情報や経験が少ない中、事業を始めることに不安はなかったのでしょうか。

「お金の不安はありました。個人事業主としての経験はありましたけどそのときはほぼ借入なしでやっていたんです。でも、ここを始めるのには資金をたくさん借りているので、従業員の給料も払いながら返済できるのかなって」

小笹さんの不安は、経営者として自然なものだったのかもしれません。個人でお店をしていた頃とは状況が違いました。

「でも、お酒に関しては不安はなく、美味しいものを作っていれば自然に売れていくと思っていて。当時まだジン自体が流行ってなかったんですけど、これ、勘でしかないですけど、なんとなくブームが来そうな気がしていました」

この予感とともに小笹さんを突き動かしたのは、飲食店時代から考えていた地元沼津への想いでした。

「はじまりは、お酒が好きで仕事として挑戦したいという気持ちでした。それだけなら普通のバーをやっていればいいかもしれない。でも、沼津市は相当人口が流出していて、バーを経営しているときから、外から人を呼ばなきゃいけないなって思っていました」

飲食店経営を通じて、地元の人口減少やそれにともなった飲食業界の危機感も肌で感じていたといいます。地元に人を呼べるモノづくりをしたいという想いはここから始まっていたのです。

「クラフトジンなら変化を生み出せるのではと。沼津、伊豆半島全域を含めると出荷量や生産量が日本で一、二を争うような特産品が沢山あります。それらをジンに使って、こういうものが沼津にはあるとアピールすることで、県外からも人を呼べるのではと考えたんです」

沼津蒸留所には併設のテイスティングルームがあります。実際、県外からの旅行者が蒸留所の近くのホテルに泊まって見学に来たり、併設のバーにジンを飲みに来店したりするんだとか。

開業当初から酒造りだけでなく、人が集まる場所づくりも意識していたことが伝わります。

ここ沼津蒸留所で、クラフトジンがどのように生まれているのか気になって詳しく伺ってみました。

お酒は製造方法によって、醸造酒、蒸留酒、混成酒の3つに分類され、ジン、ウイスキー、ウォッカ、ラム、焼酎などは蒸留酒に分類されます。沼津蒸留所では月に平均5回ほど蒸留をおこない、1回の蒸留で500ml製品を350本ほど造っています。

「蒸留に関してはベーススピリッツ(原酒)にボタニカルを一緒に加え、1日漬け込みます。2日目に6~8時間かけて蒸留します」

作業場には、ジンの原酒や完成したボトリング前のクラフトジンの詰まったタンクが並ぶ。

蒸留過程でジンは3段階に分けられます。蒸留の最初に出てくる部分をヘッド(初留)、中間をミドル(中留)、最後をテール(後留)と呼び、なんと製品となるのは一番香りも立つ中間のミドルだけ。

そのため、この3段階を判断し切り分ける作業がとても重要です。

「ヘッドは、無味無臭ですがアセトアルデヒドという二日酔いになりやすい成分も含まれています。ミドルが一番香りが出てきて美味しいところ。テールは熱源に近いので果実などから煮立ったガスが出ます。ミドル以外は製品にはならないので少しでも味や香りの変化を感じたら、そこを切るんです」

驚いたのが、そのタイミングの見極め方。機械計測ではありません。

「そのタイミングは味覚での判断しかないのでテイスティングをしまくります。蒸留した全体が100%としたら製品にできるのは、60~65%の量です」

よい部分だけを製品にするためには、蒸留したジンの半分近くが商品にならないのだそう。

沼津蒸留所では、このような丁寧な蒸留を通して、素材と原酒がひとつのジンになっていきます。

地元で事業スタート。土地も素材も仲間にして

小笹さんは都会での生活も経験した上で地元で事業を始めましたが、そこには多くのメリットがあったといいます。

 「まず、初期費用がだいぶ抑えられます。東京で土地や一軒家を借りようとしたら資金がものすごくかかりますし改装するのも難しい。そして、地元の人に応援される中で仕事ができることは仕事もやりやすいですし、嬉しいことです」

個人の事業経営者としての視点だけでなく、地域の為にできることを当初から考えていたからこそ、地元の人からの応援は心強い後押しとなったのでしょう。

ところで、事業をされる中で困難や失敗はあったのでしょうか。

この質問に、意外でもあり、どこか納得もさせられる言葉が返ってきました。

「本当にないんですよ、困難とか。好きなことをやれているので。たとえば好きなゲームをやっているときって、難しすぎてもうやめようとはならないじゃないですか。それと似ています。好きなことを仕事にしている前提があるので、壁があっても困難に感じないですね

では、やりがいや喜びを感じる瞬間は?

 「2回目の注文が来たときですね。はじめの注文は、個人のお客様もバーテンダーさんもお試しで。1ヶ月後ぐらいに2回目の注文が来たときや大量注文が入ったときにやったな!と思うんです。自分が表現したいものが伝わったんだな、共感してもらえたなと」

しみじみと感慨深く、ときに笑顔で話す小笹さんの後ろには、クラフトジン造りに欠かせない数多くのボタニカルが並んでいました。新商品を考えるときには、イメージが先に決まっているのでしょうか。

「素材から決めることがほとんどです。こういう素材があると分かった時点でレシピを組み立てます。情報は人が教えてくれたり、地元の信用金庫が紹介してくれたり。ビジネスマッチング的なことが多いですね」

そんなクラフトジンの素材選びの中には、地元農家さんへの想いもあります。傷ついてしまったみかんや、規格不揃いで加工品に使われるわさびなど、商品として流通しにくいものを買い取り使用することもあるのだそうです。

「香りづけに使うものなので見た目は重視しないんです。私の祖父母は農家だったので、傷物は家で消費することも多かったですし、近所の人にあげている光景も見てきました。そういうものは値段がつかないものですが、蒸留所ならボタニカルとして、仕入れ価格をちゃんとつけて買い取ることができます」

捨てられてしまうものを買い取り地元のお酒にすれば、農家さんにも喜ばれ、低価格で仕入れることもでき「三方よし」になる。モノを大切にするのは当たり前のことだという小笹さんの考えには、子どもの頃に見た祖父母の姿が映し出されているのかもしれません。

最後に紹介してくれたのは、マットなブラックのボトルが美しい限定生産のクラフトジン『PIONEER2025』。

「このクラフトジンに使われている静岡県発祥の葡萄、ピオーネのように、静岡にはまだあまり知られていない面白いボタニカルがあるはず。そういう新たなボタニカルに出会って新しい限定品を造りたいと考えています

今後の目標について、リキュール製造の免許取得も考えていると話す小笹さんは、現在は活用できない果汁を100%ジュースとして周囲に配っているとか。

果汁が使えるようになるとお酒に甘みを足すことができますし、素材を無駄なく使えます。少し聞こえのいいことを言うと、助けられる農家さんが増えると思っています」

小笹さんの挑戦への原動力はクラフトジンというモノづくり、そして地元沼津への想いでした。仲間のように手を取り合える存在が増えていったのは、何か特別な勇気を持っていたからではなく、好きなことへの止まない情熱があったからなのかもしれません。

取材の日の集合写真。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

『ジン』と聞くと、アルコール度数も高く酒好きの人のお酒というイメージがありますが、私のようにハーブやスパイス、アロマオイルなどの香りに興味がある人にもおすすめのお酒。クラフトジンは、私にお酒の面白さを教えてくれました。
『クラフト』と小さいからこそできる丁寧な蒸留や鮮度。ラベルデザインもそれぞれ個性的で見ているだけでも楽しい。そして、蒸留家の方の顔が見えることも魅力の一つだと思っています。
みなさんも、日本全国を旅するかのように、その土地の特産品の香りを楽しむクラフトジン巡りをされてみてはいかがでしょうか?

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