GUNMA
群馬
よりよい未来を次の世代に残したい。
地域の環境を守っていきたい。
そのために一度は踏み出したはずでも、時には迷子のようにウロウロしたり。周りにうまく伝わらず天を仰いだり。どこに向かえばいいのかわからなくなる日もあるのではないでしょうか。
群馬県のみなかみ町に、目指す未来はこっちだよとでも言うように事業を通して伝え続ける人がいます。
美しい山々に囲まれた温泉街の真ん中で、自然の恵みを生かした丁寧なビールづくりを続けている、「OCTONE Brewing(以下、オクトワンブルーイング)」の竹内康晴さんです。
自然を愛する竹内さんは、なぜブレずに挑戦し続けられるのか?
その生き方に迫り、あきらめないヒントを探ります。
首都圏の水源にあたる利根川の上流域、人口約17,000人の住む群馬県みなかみ町。
温泉街の真ん中に、地元の常連から、移住者、外国人旅行客、ペット連れの人まで多様な人が訪れ、注ぎたてのビールを手に語らう場所があります。
みなかみ町で唯一のクラフトビール醸造所、オクトワンブルーイングです。
竹内康晴さんは、二十数年の東京での会社員生活を経て、2017年に生まれ故郷のみなかみ町に戻りました。パートナーの美和さんと会社を設立。利根川の源流域を指す『奥利根(おくとね)』の美味しい水を使ったビールを、2018年からつくり続けています。
創業から8年目を迎えた今。
竹内さんの活動はビール醸造・販売だけにとどまりません。
森林保護活動『AKAYAプロジェクト』に賛同し、商品の売り上げの一部を森林保全のために寄付したり、農業にも参入し、ビールの原材料となるホップや小麦などの栽培を手掛けたり。
そのほか、全国各地の醸造所が集まるビアキャンプイベントの開催や、地元のリンゴを使ったお酒ハードサイダーの製造・販売も手がけるなど、多彩な活動を展開しています。
「みなかみの人が支えてくれたからここまで来れたっていうのはもちろんあります。地元でお酒がつくれることを、地域のみんなが喜んでくれたのは非常にありがたいです」と、竹内さんは噛みしめるように語ります。
ここまで夫婦二人で営んできましたが、これからは雇用も考えています。「みんなで楽しみながら運営していけるように」と、2025年の春には新しい醸造所が生まれようとしています。
「いただいた恩を返すために、ちゃんと永続的に事業を続けていける体制をとらなきゃいけないなと」
まちのことを考えるから、挑戦し続ける。挑戦する人がいることで、まちは活気づく。
オクトワンブルーイングの挑戦は、みなかみ町の活性化と互いに影響しあっているようです。
地域と歩む事業を展開する竹内さん。開業当初から「いずれは水以外の原材料もみなかみ産に」という思いを抱いていました。
現状、国内では、地域の素材を使っていなくてもクラフトビール*と呼べる状況があります。
*クラフトビール…小規模な醸造所で、こだわりを持ってつくられたビール。日本ではまだ明確な定義がない。
コロナ禍で時間ができたタイミングで、近所にある遊休農地の情報が舞い込んだことをきっかけに、ビールの主な原料となるホップの栽培をスタート。現在では、小麦やりんごなども自社農園で少しずつ育てています。「いずれは」と考えていたのが、思いがけず早まったのです。
「みなかみのクラフトビールを名乗り、自然や地域を守ろうと掲げているからには、素材づくりもやるしかなかった」と竹内さんは当たり前のように語ります。
「大変なんですけど、やってると意外と、周りの人や地域の役場も助けてくれて、ありがたくて。みんなが思ってることと、自分が目指すことはそんなにズレてなかったのかなと感じますね」
まちと同じ方向を向いていると感じられること。これは、事業を進める追い風になりそうです。
竹内さんは農業に携わる理由として、こんなお話もしてくださいました。
「都会にいると、自分が土から生まれたものを口にして生きているという実感がなくなりやすい。そうすると、生きるのが辛くなった時にも、自然に生かしてもらっていることへの感謝が生まれにくい。それって辛いことですよね」
地域・自然環境・食に真摯に向き合い、力強い言葉で語る竹内さんにとって、農業もビールづくりもひとつながり。挑戦は必然に見えました。
クラフトビールの世界は、自由度の高いつくり方が生む、多様性が魅力です。2024年10月現在、日本全国に869ヶ所のクラフトビール醸造所*があると言われており、その人気はとどまることを知りません。
*Always Love Beer,2024,「最新版869ヵ所!日本のクラフトビール醸造所(ブルワリー)一覧」,https://www.alwayslovebeer.com/craftbeer-microbrewery-brewpub/
「自由で面白い」というところが、竹内さんがクラフトビールに惹きつけられた魅力の一つでした。
その自由さと面白さを存分に活かしているのが、2020年から続くユニークな実践。通称『もぐら駅』と呼ばれる、JR上越線土合駅の地下ホームでビールを貯蔵する独自の取り組みです。
地下70メートル、年間を通じて温度が一定の部屋で熟成された、各地から集まったビールは、グランピング施設『DOAI VILLAGE』で開かれる『もぐらビアキャンプ』で、味わうことができます。
さらに2024年には、自社栽培ホップを地元の酒造会社『土田酒造』に提供。ジャンルを横断するような新しいお酒が生まれたことも。
思わずあっと驚くような様々な試みは、話題にしたくなるし、参加してみたくなる。何よりご本人たちがとても楽しそうに見えます。
「真面目にやると、人って逃げちゃうんですよ。真面目なことほど、ふざけないと伝わらない」と竹内さんは真剣な眼差しで、取り組みのベースにある考えを教えてくださいました。
ただ、ご自身でも、お酒をつくるときに真面目になりすぎる場面があるそう。そんな時、楽しくする秘訣があるようです。
「手を抜かないのは当然として、自分がどうなるかわからないけどやってみようっていう要素を入れてあげると、楽しくなるんです。出来上がりも予想外のものができたりして、面白くなることがあって」
「ビールをつくって評価されて賞をもらったりするのもいいんですけど…」と、国際ビール審査会で何度も入賞してきた竹内さんは続けます。
「自分が楽しくつくったものがお客さんにとって楽しいものになれば、一番メッセージとして強いと思います」
ビールに乗せたいメッセージとは、Webサイトのトップに掲げる『Enjoy Nature Smile Back』の言葉に込められた、自然と人が共存できる社会を目指そう、という想い。
「別にロマンとか、そういうこと考えて自然保護って言ってるわけではなくて。現実的に、そうしないと俺たちの未来なくなっちゃうんじゃねえの、っていうそれだけの話で」
このままではいけないと危機感を持ったきっかけには、土石流で友人宅が流されてしまったのを目の当たりにした経験があったといいます。亡くなる方はいなかったけれど、それまで自然保護に関して「無知だった」ことに気がついたと。
自分たちや次世代の人の生活を守るためには「そういう結論しか出てこないので」と竹内さん。
穏やかに話していた竹内さんが、少しだけ語気を強めた気がしました。
想いはラベルにも込められています。
「ビールづくりをみなかみの自然を守ることにつなげたいから、石油由来の合成紙*は使わないと決めていました」と竹内さん。
*石油由来の合成紙…耐水性・耐久性に優れるが、自然には腐らず、マイクロプラスチックとなって海を漂い続ける可能性がある。
Instagram,「OCTONE Brewing オクトワンブルーイング」,https://www.instagram.com/octonebrewing_minakami/p/CwCn5WRpvvS/?img_index=1
「言葉にするのってわかりやすい反面、間違えてとらえられることもあって届きにくい。ビジュアルとか音楽とか、五感に訴えるものはもっとスッと心に入るかなと。ビールは味覚でもそれができる」
言葉じゃないところにどうやって伝えたいことを乗せるか。ビールの事業は、竹内さんにとって、メッセージの体現なのだと思いました。
竹内さんが現在のブレない軸を確立するまでには、自分に問いかけ続ける日々がありました。
「20代の時の自分って、なんだろう、自分の人生を自分でつくろうとすることから逃げていた面があって。自分で生きたいように生きていたというより、人に求められる生き方を模索していた」と竹内さんは振り返ります。
「若い子たちにちゃんとしろよなんて、とても言えた義理ではなくて。僕が一番ちゃんとしてなかったので」という竹内さん。長年、自問自答を続けてきて、40代になってようやく「自分がやらなくちゃいけないことが見えてきた」といいます。
その鍵となったのは「見つけられる環境にいたから」だと表現する竹内さん。「一緒に遊んでくれる仲間がいて。日本で仲良くなった海外の友人が、自国で滞在させてくれたりとか。関係性の中で自分の視野がどんどん広がった」のだとか。
「共感できる仲間がいれば未来って変わってくと思うんです」
仲間とのステキな関係性が持てたのは、竹内さんがスゴイ人だから?
「好きなことをやるってだけで、特別なことをしたわけじゃない。自由を求めてただけです。あまり自分をいい人間だと思ってないんで。すごく周りの人には迷惑かけてるから」と笑いながら答えてくださる竹内さん。少し離れたところでいつの間にか、ビジネスパートナーとしても共に歩む美和さんが同席されていました。
開業とこれまでの道のりを、ひとりじゃできなかった、と語る竹内さん。
「僕はすごい突き進んじゃうんですけど。美和は、後ろからブレーキをかけてくれたり、違う視点からいろいろ意見を言ってくれたり。それがないと今の形にはならなかったので。ひとりじゃなくてよかったと思ってます」
「自分は適当なこと言ってるだけなので」ととぼける竹内さんにとって、美和さんの存在が、なくてはならない大きな力になっていることがお話から伝わってきました。
開業前には、美和さんが竹内さんに対して、考え直すように迫る場面もあったとか⁈
「その方向に進むのが正解だという思いがあって。自分のやりたいことに集中していたので反対してるとは実は思ってなかったですね」
とはいえ、しっかりとわかってもらえるように話をしていたと。それは現在にもつながっていて、大切な軸の部分はお二人で共有しています。
日々カウンターに立つ美和さんは、お客さんと向かい合う場面も多く、ちょっとした会話から真面目な話になることもあるとか。
時にはビールのネーミングの理由から。時にはラベルの素材の話を通して。美味しくビールを飲んでいたらいつの間にか自然環境について学んでいた、なんてことも起きるのが、オクトワンブルーイングという場所。訪れる人にとって、視野が広がるきっかけとなることもありそうです。
竹内さんが開業前にヨーロッパで見た景色。小さな醸造所に多様な人が集い、地元のビールが暮らしの中で愛され、そこにコミュニティが形成されているーー。その景色は思い描いた通り、みなかみ町でも現実のものに。よりよい未来をつくるため、これからも挑戦は続きます。
竹内さんの思う正解は、人に求められる生き方ではなく、自分と向き合い、そして次世代に引き継ぐ未来を見つめて生きる道。
一歩ずつ歩めば少しずつ仲間が増え、周囲のみんなもワクワクしながら合流したくなるような道に。
素材同士の出会いやタイミング、環境によって、時には予想外の方向にビールが美味しくなるように。
人生も、出会いやタイミング、環境によって、面白い方へと進んでいきます。
よりよい未来は面白い未来。
道に迷ったら、ブレない人に会いに行きませんか。
アナタに出会いを。
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Editor's Note
どこかほっとするようなオクトワンブルーイングさんの空間で伺ったお話は、自分にも問いかけられている気がして、忘れられないものとなりました。本文には入りませんでしたが、お子さんへの愛情が伝わってくるようなエピソードも印象的でした。また、みなかみ町の魅力を味わいに訪れたいと思います。
Junkoko
ジュンココ