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※本レポートはインバウンドサミット実行委員会主催のイベント「インバウンドサミット2023〜チャンスを活かせ〜」内のトークセッション「オーバーツーリズムをどう解決するのか?」を記事にしています。
コロナ禍での渡航制限も解除され、急速に回復しつつある海外渡航客の数。まちで訪日観光客を見かけることも、もう珍しくありません。そこで再び注目を集めているのがオーバーツーリズムです。
オーバーツーリズムとは、観光地の受け入れのキャパシティを遥かに超える観光客により、そこに住む人々が弊害を受けたり、旅行者の満足度を大幅に低下させたりする状況のこと。
本記事では、急速に回復するインバウンド需要を背景に、インバウンド事業の第一線で活躍する4名が、オーバーツーリズムの課題をチャンスと捉え、これから地域が何に着目して観光戦略を立てていくべきか語り合いました。
林氏(モデレーター、以下敬称略):皆さんにお話をお伺いする前に、最近のインバウンドの動向を少し紹介します。政府が8月に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する、関係省庁対策会議を立ち上げる」と発表し、ニュースになりました。9月から対策を取りまとめていくとのことで、最近テレビでオーバーツーリズムが取り上げられる頻度が増えていると感じています。
また、京都府がオーバーツーリズム対策を発表しました。市バスの混雑緩和や外国人向けに観光マナーの啓発などが対策案として盛り込まれています。海外のニュースで話題になったのは、イタリアのベネチアがオーバーツーリズム対策として、1日5ユーロの入場料を徴収することを試験的に始めるというものです。
事例を挙げると際限がありませんが、海外旅行が復活するに伴いオーバーツーリズムに関する動きが盛んになっているのは確かです。登壇者のみなさんには、まず「みなさんがオーバーツーリズムをどう捉えているか」お聞かせください。加藤さんお願いします。
加藤氏(以下、敬称略):私が前職の株式会社リクルートで、じゃらんリサーチセンターに着任した年に、ちょうど観光庁ができたんです。その時の観光庁が掲げたキャッチフレーズというのが「住んでよし、訪れてよしの国づくり」でした。
当時の観光庁の方は「『住んでよし』が先にきているのがミソなんです」と言っていました。 やはり「地域住民の幸せが阻害されない」ことが大事だなと、私も当初から思っています。
そのために「観光によって増えた収入」が「市民の生活の利便性や快適性の向上に還元されている」ということが見える化されることが大事なのではないでしょうか。例えば、外国人も日本人も大勢来ることによって生まれた消費により、まち並みが綺麗になっているとか、トイレが整備されたなどが見えてくるといいですよね。
地域の人の幸せを最重要に考え、観光効果を見える化していくことが、行政の仕事としては大切かなと思います。そのバランスが崩れず好循環させることができれば、人が集まる地域でもオーバーツーリズムの問題は起きにくいのかなと思います。
林:ありがとうございます。早速「住んでよし、訪れてよし」という、このセッションのキーワードの1つになる言葉も挙げていただきました。続いて、久保さんはいかがでしょうか。
久保氏(以下、敬称略):今回のイベントの大きなテーマが「チャンスを活かせ」ですよね。オーバーツーリズムによりいろいろな問題が起きていますが、その問題を解決することがチャンスになります。
株式会社ネイキッドはクリエイティブカンパニーとして、「観光で人を集めた先に何があるのか」を常に考えながら、クリエイティブでまちの課題解決をしています。オーバーツーリズムにより「ゴミが増えた」とか「地域住民がバスに乗れない」など問題が起きた時に、原因と事象の繋がりを、もう少し分解したいなと思っています。
例えば「ゴミが増えたなら、ゴミ箱を増やせばいいじゃないか」という解決なのか「管理人が足りないから人を増やしましょう」という解決なのか。 どのキャパシティーを増やせば課題が解決できるのかという点に切り込まないと「人が増えたから、公害が起きました」という安易な結論で終わってしまいます。
林:ありがとうございます。後半では、実際に取り組んでいる解決策の事例も交えながら色々お話ししていただきます。
林:それでは、泉谷さんはいかがでしょうか。
泉谷氏(以下、敬称略):今日登壇するにあたって「オーバーツーリズムを感じたことあるか」と会社の人に聞いたんですよ。僕自身はあまり実感したことがなかったんです。そうしたら社員のひとりが「4月に河口湖に行った時、旅館から駅に行くのに通常車5分で来るタクシーが、2時間かかると言われました」と教えてくれて。「それはオーバーツーリズムだな」と思いました。
ただ、自分の身近で起きてるかっていうとそうではないと思っていて。この会場の皆さんのなかで「私、日常的にオーバーツーリズムの被害にあってますよ」という方はどのくらいいるんでしょうか。
泉谷:見たところ5パーセントほどですね。 恐らくですが、これがオーバーツーリズムの本質ではないかなと思っていて。オーバーツーリズムの問題は、ある地域に局所的に集中して起きてるものではないでしょうか。これを解決するためには時間の分散や、場所の分散などがあると思うんですね。
久保さんの話とも重なりますが、これはチャンスなんですよね。「オーバーツーリズムだ。公害だ」と問題視して、観光客の数自体を調整しようとしたり、受け入れを拒んだりする方向に行くのは良くないと思います。
今日はこのチャンスを活かすために、民間ではどういうことができているのかという意見交換できるといいのかなと思ってます。
林:ありがとうございます。 今、加藤さんが「うんうん」と声を出しながら共感していましたね。泉谷さんのお話についてどうですか。
加藤:以前は、オーバーツーリズムではなく「観光公害」という言葉が使われていました。言葉としてマイナスなイメージが強いですよね。
今もマイナスな言葉であることは変わりませんが、一方でインバウンド観光市場は、日本では珍しい成長市場であることは間違いありません。訪日外国人が来て困るから「京都には観光客を入れないようにする」という短絡的な答えを出してしまうのはもったいないです。
泉谷さんも私もコロナ禍を経験した起業家です。スタートアップ起業家は、どんなシチュエーションにも希望を見出す生き物です。後半は問題をチャンスに変え、地域や住民の人にとっても喜ばしく、我々も嬉しいという状況にするためのお話しがしたいですね。
林:加藤さんのおっしゃるとおり、このセッションではオーバーツーリズムの解決策を通じて、観光インバウンドに携わる私たちの新しいビジネスチャンスを見出すきっかけにしたいと思っています。
そこで、セッションテーマの「オーバーツーリズムの解決」の話に移っていきたいと思います。今日ご登壇いただいているみなさんの具体的な取り組みをお聞きしていきましょう。早速ですが、久保さんからお願いします。
久保:泉谷さんもおっしゃっていましたが、オーバーツーリズムの解決策は時間や場所、手法の分散などの解決策が明確にあります。しかし、観光客に向けて「時間をずらして行きましょう」って呼びかけても能動的に動くことは難しいんですよ。
私たちの会社では「観光客がやりたくなる」アイディアを考えて、見せ方で分散を誘導していくことに取り組んでいます。観光客が能動的に分散できるように体験やコンテンツをつくるんです。
まず、1つ目の解決策として「時間の分散」への取り組みです。日中に集中する観光客に対し、夜間のアクティビティをつくることで夜の訪問を促します。一番シンプルな解決策ですね。
久保:例えば、夜の二条城でプロジェクションマッピングする企画です。桜の時期には桜に合わせた演出をします。普段はあまり話題にならない「唐門(からもん)」をマッピングすることで、皆さん写真を撮ってSNSにアップしてくれました。注目が集まらないスポットも見せ方1つで変わります。
もちろん昼間に来ても楽しめますが、夜に来てもらえるとこんな演出を見ることができる。お茶屋さんなどの売店も工夫しています。このようにきちんと観光客に京都や二条城で見せたいものをしっかり入れ込んでPRしていくんです。
マネタイズの部分で言うと、今まで何も生み出してなかった夜間の時間を事業化することによって、観光客が来れば場所も賑わうし、我々もビジネスを創出できます。しっかりビジネスとマネタイズが成立するんです。夜間のアクティビティは、私たちが実行して実際に成功しているモデルですね。
久保:2つ目が「場所や時期」の分散です。先ほど泉谷さんもおっしゃっていましたがオーバーツーリズムが問題になっているのは一部の場所や地域のみです。京都にはまだまだ注目されていない歴史的名所があります。そういった場所が注目されるように魅力が伝わる体験コンテンツをつくることで全体の観光キャパシティを増やそうという解決策です。
例えば、滋賀県の比叡山坂本エリア。比叡山延暦寺のお膝元の地域です。ここは日本のお城の石垣をつくる穴太衆の里で、石垣のまち並みがとても素敵。春は桜、秋は紅葉が綺麗です。京都駅から電車で15分から20分ぐらいで行けるのですが、京都市内ほどの人は来てません。ただ、知られてないからです。こういった場所に観光客を促していくことで、延暦寺や坂本エリアに分散させることができます。広域連携でプロジェクトを一緒にやってるからこそできることですね。
久保:3つ目は「手法の分散」です。例えばバーチャル体験へ促すことで、現地への人の流れを分散させることなどが挙げられます。まだまだ発展途上な施策ですが、必ずしもリアルに訪れることだけが観光じゃないという世の中に、恐らく近い将来なると思っています。
例えば、去年かなり話題になったメタバースやXR(クロスリアリティ)でのバーチャルの分野にも観光産業はトライすべきだと思ってます。ただし、通常では味わえないバーチャルだからこそ体験できる特別な体験にしないといけないでしょう。「実際に現地に行けないから、バーチャルで行きます」では全然意味がないので。
一番の問題は、まだマネタイズの仕組みがうまくいっていないことですね。もし体験が全てバーチャル上で済んでしまったら、地域側のメリットがなくなってしまいます。これでは全く意味がないので、どのように法律を整備していくかも含めて課題になるでしょう。
久保:時間、場所や時期、手法で分散させるうえでマネタイズを考えた時に、それぞれの方法における価値をどう生み出すかが重要です。ネイキッドはその価値を作っていくことが主軸の会社です。いろいろな手法でオーバーツーリズムを解消していくことにも取り組んでいきます。
前編記事では、インバウンドや観光業に第一線で活躍する登壇者がそれぞれ「オーバーツーリズムをどう捉えているか」を主にお届けしました。後編記事では、より具体的にオーバーツーリズムをチャンスと捉えてどう解決していくか語ります。
Editor's Note
「オーバーツーリズムがチャンスになる」という発想が新鮮でした。確かにたくさんの人が訪れてくれること自体は喜ばしいことです。それを上手く循環させることで、地域にとっては経済効果をグッと高める機会になりますね。
DAIKI ODAGIRI
小田切 大輝