HOKKAIDO
北海道
北海道清水町は、十勝平野の西部に位置する町。JR駅やインターチェンジを有する交通の利便性から北海道東部の玄関口となっています。
しかし、近隣の観光拠点に向かう観光客の経由地となってしまい、滞在時間が短く、まちでお金が循環しないという状況がありました。
そこで、清水町では2022年からAirbnbと連携し「まちまるごとホテル」の実現に向けて取り組み始めました。まちまるごとホテルとは、まちの中に点在する施設を活用し、まち全体を一つのホテルのように見立てて人の流れを作ることを目指す取り組みです。
全国で初めて町長の自宅が民泊として登録されたほか、自治体職員が副業で民宿を始めるなど、先進的な試みが行われています。
ちょうどそのタイミングで、清水町を本社としてアパレル業を営む星野啓二さんが、十勝清水駅前にお宿「Plough Class(プラウクラス)」 をオープンしました。
星野さんは宿泊業立ち上げ時、清水町の「まちまるごとホテル」構想を知らなかったといいます。
まったく偶然に、まちまるごとホテルの取り組みと合流した星野さん。現在は役場と連携しながら外国人観光客を中心に多くの宿泊客を招き、まちの流動人口を増やしています。
実は星野さんは、1935年から続く呉服・洋服店の三代目。
29歳の時に継業し、店舗数の増大、新規事業の立ち上げなどを行いながら事業規模を拡大してきました。そんな星野さんが、全く異なる宿泊業に挑戦し、まちに新たな人の流れを生み出すことができた秘訣をうかがいました。
「呉服屋は父親と、その上のじいさんの代からやっていて、来年で90周年。この地で創業して、私で3代目となりました。
今現在は旭川と釧路の方にそれぞれ店舗がありまして、最盛期にはアパレルだけで道内で10店舗やっていました」(星野さん)
「元々、地元百貨店の『藤丸』でサラリーマンをやっていました。そして、29歳で地元に帰ってきました。当時は、ミセス商品が中心で、いわゆる婦人服が並ぶ田舎のおばあちゃんの店みたいな雰囲気でした。帰ってきた時に『これだけじゃ、清水町で生きていけない』って思ったんです。
これはもっと道内に店舗を増やして、他の地域でも稼がなくてはと。そして清水町に税金を納めよう、そんな志でやっていました」(星野さん)
百貨店勤務時の人脈と経験を活かし、若者世代に人気なアパレルブランドの商品も取り揃えながら、道内に店舗を拡大していった星野さん。しかし2020年、コロナ禍に突入したことを機に、経営が危機的状況に陥りました。
「一時は10店舗まで増やしたんですが、赤字店舗もあったので少しずつ減らしていました。6店舗になったころ、コロナ禍になってしまって。その後3~4年間は、アパレルではもう本当に生きていけないなと感じていました。危機的でしたね。その前からインターネット通販も増え、実店舗が厳しくなってきたという社会的な背景もありました」(星野さん)
「やっぱり服屋で始まったので、服屋だけはやり続けたいという思いは今でももちろんあります。
極めて服好きというわけではないけれど、ずっと服を身近に生きてきたので、アパレルを続けることは当たり前に感じていました。きっと私のライフワークですね。
でもコロナ禍は、本当に何をやったらいいんだろう、と頭を抱えていました。言うのも恥ずかしいぐらい赤字でしたし、お金を借りてもいつ返せるだろうか、という状態でした。
そのとき、国の事業再構築補助金を知って、地元の商工会と色々計画を作りました。それで始めたのが宿泊業です」(星野さん)
国の事業再構築補助金とは、これまでとは別事業を立ち上げる場合に使用できる補助金。そこで、星野さんが飛び込んだのはアパレル業とは全く畑違いの宿泊業でした。
アパレル以外の事業を立ち上げるというタイミングで宿泊業を選択したのは、清水町の課題を解決したいという思いと、地元清水町で過ごした幼少期の思い出があったからです。
清水町では駅前の大きなビジネスホテルが廃業して以降、宿泊して滞在するためのお宿が少なかったといいます。
「うちにメーカーの人が来て、せっかく清水町に来てもらっても、清水町には泊まらない。結局、隣りまちの帯広に泊まっちゃうんですよ。
だから、もうちょっとビジネスでも使えるホテルがあったらいいのにな、と他人事として思っていました。自分はコロナで大打撃でしたし、自分でやろうとは思ってはいなかったんです」(星野さん)
「実は小さい頃、ここの隣がホテルでした。すごく流行って、賑わっていたんですよね。
そのホテルの大広間で友人たちと遊んだこともありましたし、幼いながらに、宿の全盛期をすごいなと思って見ていました。盛り上がっているお宿を身近に見ていたことは、宿を始めるにあたりひとつの原体験だったかもしれません」(星野さん)
さらに、十勝清水駅前という立地には、もう一つの思い出がありました。
「このホテルを建てた土地は、もともとガソリンスタンドでした。
ちっちゃい頃、そのガソリンスタンドもよく遊ぶ場で、日曜日のお休みのときはよくガソリンスタンドの壁に野球ボールぶつけて遊んでいました。
そんな思い出の場所が長年、使われずにいました。売りにも出てなかったのですが、気になって不動産屋に電話をしたら、かなり好条件で買うことできたんです。
幼少期からの思い出あるここの一角が活用できたらいいなと。ここは駅前ですしね。町内の商店もご覧の通り、歯抜けになってしまっているんです。駅から降りた時にこの土地が少しでもよく見えればいいなと考えていました」(星野さん)
Plough Classは、小さな1軒家が3棟立ち並んでいます。
経営の危機から新規事業の立ち上げでホテルを3棟を一気に建設することは、一見ハードルが高いようにも感じます。
「本当に泥臭い話すると、事業再構築補助金があったから一気に建てたいなという思いがありました。
コロナ禍、ビジネスホテルも厳しい状況でしたが、戸建てで3棟で建ててしまえば、不動産として2、3人の家族に貸すこともできるじゃないですか。潰しが効くように、お宿以外の使い方も想定し、ちょっと逃げ道を考えていました」(星野さん)
「サイズ感はもう土地ありきで。土地に合わせて、これ以上大きくするとカーポートの部分が作れないし、このサイズにしたんですよね。2台でくる人もいるから、5台止められるような形になっています」(星野さん)
そうして決まったホテルの大きさ、設計。できる範囲内の挑戦でしたが、星野さんのこだわりも詰まっているそうです。
「ちょっと私のポイントなんですけど、オープンキッチンを1段下げたんですよ。立ってる人と座ってる人の目線が少しでも一緒になるように。
地元のスナックでカウンターが下がっているところがあったから。それがいいヒントになって。このアイデアは、絶対使わないと、と思って応用しました」(星野さん)
ホテルの少ない清水町の状況から、当初想定していたのはビジネス利用でしたが、実際開業してみると、意外な利用客の姿が見えてきました。
「実際多かったのは、おばあちゃんがいる実家に息子夫婦が遊びに来て、実家に泊まらないで、うちに泊まってくれるっていうことでした。
要するに、実家に行ってもおばあちゃんが布団や食事の用意をしなきゃならない。だからうちに泊まって2、3泊してくれる。で、おばあちゃんがここに来て一緒に食事する、そういうお客さんが結構多いんです。
あとはやっぱり、外国からの3~4人が多いですね。家族で、夏は旭川、冬はスキーに向かう観光客がここに泊まってトマムリゾートにいったり。高速にのれば人気の観光地にも30分で行けるので、そんな人も多いですね」(星野さん)
「さらに、宿泊される方は清水町の飲食店を使ってくれているようですね。
星野さんのお客さん来てくれたよ、とか。ある飲食店は、宿泊客に飲み物券出していいからって言ってくれたり」(星野さん)
気づけば、清水町は観光の起点として利用されるようになりました。
清水町内での人の動きを生み出すために、星野さんは宿泊客の最初の動きをデザインしています。
ホテルの周辺には、飲食店、お菓子屋さん、パーラーなど、様々なお店があります。
利用客はホテルから徒歩で30~40mのところにあるアパレル店「ファッション星野」でチェックイン。そのとき、星野さんは必ず近隣のお店を地図をつかって紹介します。
「町が作っているマップをベースにちょっと情報を付け足しています。清水町には、飲食店が意外にたくさんあるんですよ。
海外のお客さんには、事前に飲食店のgoogleマップを共有すると喜んでくれますね」(星野さん)
「宿でも儲けられればなという思いではじめましたが、清水町にもニーズがこれだけあったんだっていうことを感じ取れています。引き続き、宿の事業は伸ばしつつも、服の方は服の方で自分のやりたいブランドをもう1店舗、思い出のある場所でやりたいなと思いますね」(星野さん)
いわゆる観光地ではない清水町で宿泊業を軌道に乗せられたという事実は、他の町にも生かせることがあるのではないか。地域で新しいビジネスを立ち上げるヒントについて、星野さんはさらにこう語ります。
「地方の方が競合が少ないから、しっかり考えたら、今後、地方の方が利益があがるってこともありえるなと思っていて。多くの企業が廃業している現状もあるので、やめた商店を引き継ぐなどしても、ニーズは必ずあると思うんですよ。
今後、清水町の人口を増やすことは難しいと思いますが、流動人口には明らかに貢献できてるかなと思うんですよ。商売としては、服屋に関してもホテルに関しても、流動人口を少しでも増やしていければなっていう思いですね。
そうすることによってまちの活気が少しでも出てくれば。やっぱりどうしても田舎にいるとなあなあで事業をやってしまいがちなので、同じ田舎の町内でも、同じ業者をやっている相手を意識して、競争ではないけど、競合でもないな、お互い得意なところを伸ばせると良いと思います。ある程度の比較はしていかないと商店は滅びてしまうかなと思っています。
やっぱり元気がいい地方って、地域内でお互いを見てると思うんですよね。だから田舎にいても、なあなあでやるんじゃなくて、同業者を意識しながら潜在的なニーズを探っていくのが本当に必要だと考えています」(星野さん)
つながってきた家業や、思い出のあるまち並み。星野さんは自分の周りにある「当たり前」に愛情を注ぎながら、地域を見つめ、挑戦を続けています。
目の前の課題に向き合いながら新たな事業を興したことが、結果として地域の人の流れをつくり、ふるさとの賑わいの一部を担っています。
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Editor's Note
新しい事業を立ち上げるとき、1歩目の勇気はもちろん大事ですが、星野さんの底力は社会の変化や予想していなかったお客さんに対応していく柔軟性と、地元への愛なのかもしれないと思いました。
AYAMI NAKAZAWA
中澤 文実