キャンプ場
※本記事は、LOCAL LETTERが運営する地域共創コミュニティ「LOCAL LETTER MEMBERSHIP」内限定で配信された「LOCAL偏愛トークライブ」の一部を記事にしたものです。
アウトドアが再びブームを迎えている。そんな中でも今乗りに乗っているアウトドアベンチャー企業がある。「何もないけど何でもある」というキャッチコピーを掲げ、辺境の遊休地をプライベートキャンプ場として開拓してきた「株式会社VILLAGE INC」だ。
日本におけるグランピングの嚆矢的存在でもあるヴィレッジインクは、日本全国9拠点を構え、船でしかいけない「1日1組限定」を軸とする独自のコンセプトが人気を集めている。今でこそ知る人ぞ知る人気のサービスになっているが、辺境ともいえる地域の遊休地に注目した理由はなんだったのだろうか。
今回は、VILLAGE INC. で代表を務める橋村和徳さんを取材。日経トレンディ 2021年ヒット予測ランキング1位にも輝いた、橋村さんの辺境の遊休地の持つ可能性や事業づくりのこだわりにせまるーー。
「実は最初は不法侵入でした」(橋村さん)
開口一番の橋村さんの言葉に、その場にいた全員が呆気にとられる。VILLAGE INC.の創業地である西伊豆のAQUA VILLAGEの誕生秘話を聞いた途端に、だ。
橋村さんの話は2009年に遡る。伊豆半島の船でしか行けない場所で橋村さんは、ほぼ手作業・一人きりで、開拓を始めた。まさに「一人DASH島」状態。
「誰の土地かもわからないのに、許認可なしに勝手に草を刈るところからスタートしました。もともとITベンチャー企業の創業メンバーとして営業職のマネージャーをやっていたのですが、不動産の法律に関する知識もなかったので、良い土地を見つけて『俺が見つけたのだから、自分の土地だ』と舞い上がって開拓を始めたんです。
開拓開始から1年後に地主に見つかり、そこで初めて国立公園に指定されている場所を開拓していたと知りました」(橋村さん)
幸い大事には至らなかったが、所有者でさえめったに来ないような場所のため、それまで誰も橋村さんが開拓していたことに気づかなかった。ではなぜ、そんな不便な「辺境」にプライベートキャンプ場をつくろうと思ったのだろうか。
「自分だけの秘密基地をつくるなら、理想は無人島なんです。でも、無人島でサービスを提供して、その対価をもらうのは事業として成り立ちにくい。最低限の安心安全を担保しないといけないといけないので、ものすごくお金がかかるんです。
当然ライフラインが必要ですし、いざというときは帰れるようにしないといけない。無人島だと海が荒れたときはヘリを飛ばすしかありません」(橋村さん)
限りなく無人島に近い地続きの場所、道はなくても陸をたどっていけば街へ出られる「辺境」。始まりは不法侵入だったが、VILLAGE INC.はそこからスタートしたのだ。
「開拓を開始する前の僕は、ITベンチャー企業の営業部門で40人くらいのスタッフを統括するサラリーマンで。ベンチャーなのでとにかくイケイケドンドンで、“なんでもいいから売上を上げる” というのが僕のミッションだったんです」(橋村さん)
当時を振り返り、「どんな手を使っても予算必達を掟とする典型的な体育会系マネージャーだった」と表現する橋村さん。ノルマ達成の徹底ぶりに比例するように売上はうなぎのぼり、社員の給料も増えた。だがその反面、スタッフの達成感は薄く、厳しいノルマからの焦燥感や疲弊感が募ってメンタルを病む者も増えた。生産性も下がり、離職率は社内ワーストに。
「なんで生産性が落ちるかというと、辞める人が多くなると引継ぎなどの仕事が多くなるから、なかなか成長できないんです。一部のスターやヒーローだけが売上を上げて、その他の人は疲弊している状況を見て、これではいけないと思うようになりました」(橋村さん)
そこで橋村氏が学びはじめたのがコーチング。動機こそ「スタッフをコントロールしようと思った」ことだったというが、コーチングを学ぶ過程で身につけたのは、自分で自分をコントロールするという術だった。
「自分のインサイトは何か、自分の目指しているものは何か、内面を掘り下げることができました」(橋村さん)
内面を掘り下げていく中で、疲弊するスタッフを救う方策として橋村氏が思い当たったのは、自身が幼い頃に故郷の佐賀県で当たり前のようにやっていたキャンプだ。
「なんでキャンプなのか?と聞かれると、直感ですとしか答えられないんですが、気の置けない仲間と、世間体や常識などのいろんな衣を脱ぎ捨てて、裸の付き合いをする非日常体験が必要だと思いました」(橋村さん)
通常、会社員のストレスの捌け口といえばいわゆる飲み会だろう。だが単なる飲み会だと家もオフィスも近く、営業という仕事柄、いつ電話がかかってくるかもわからない。それでは世間体や常識という衣を着たままで、みんな「本音を話していない」ということに気づいたという橋村さん。
そこで橋村さんはメンバーを「非日常体験」としてのキャンプに連れ出すように。焚火を囲んで普段の居酒屋ではしない話をしたり、本音をカミングアウトしたり、様々な違いがあったという。
さらにそんな非日常体験を続けていると、日常に戻ってもお互いにいろんなことを融通し合うという行動の変化も。ついに、離職率がワーストだった部署が一転、離職率が一番低い部署に生まれ変わっていった。
「その時は社内での出来事でしたが、これを日本中の会社に提供したら、日本の生産性がめちゃくちゃ上がるんじゃないかと思いましたね」(橋村さん)
1日1組限定で、 “完全な非日常空間で気の置けない仲間と楽しめる村” というのは、そんな橋村さんの原体験から誕生したサービス。
1日1組限定の目的は、少人数にラグジュアリーなサービスをするためではない。 “会社や同窓会のような大人数でも気の置けない仲間たちと、その日だけはまるで自分たちの村のように過ごし、コミュニティを醸成してほしい” そんな願いが込められているのだ。
こうして橋村さんは、2009年に勤めていたITベンチャーを退職し、VILLAGE INCを創設。初の拠点として、西伊豆に1日1組限定のプライベートキャンプ場「 AQUA VILLAGE 」をオープンさせるに至る。価格は1泊2日で1人15,000円(当時の税抜価格)。幼い頃の原体験と前述の実体験から、このサービスが絶対成功すると疑わなかったという。
当時はまだ「グランピング」という言葉もない時代。1泊2日で10,000 円を超える価格帯でのキャンプサービスも存在していなかった。マネタイズは事業を成功させるうえで絶対不可欠な要素だが、橋村さんの勝算はどこにあったのだろうか。
「売上は “単価 × 数” で成り立ちますが、安くなればなるほど数を増やさないといけなくなるので、安売りはしたくなかった。安く売るのであれば誰でも同じことができるから、結局は資本が大きな企業が有利になってしまう。
ベンチャーだからこそ、体験とかコミュニティとかいろんな価値を乗せて売る。それがマーケティングだと思っています。『俺だったらこれくらい払う』という感覚でプライシングしました」(橋村さん)
キャンプ業界では当時はどこもやっていなかった10,000円以上のサービスであることに加えて、VILLAGE INCのプライシングにはもう一つの特徴がある。それが年間を通じた同一価格での提供だ。
通常の宿泊施設はお盆などの繁忙期に高くなり、逆に閑散期は安くなる、いわゆる “価格変動制” をとっているところが多い。現在では、商品やサービスの価格を需要と供給の状況に合わせて随時変動させる “ダイナミックプライシング” というやり方もある。
ただ、それだと決められた日にしか休みがとれない人たちにとっては、いつも不利な価格でサービスを利用せざるを得なくなる。そこでVILLAGE INC. では、繁忙期でも閑散期でも、ウィークデーでも土日でも、すべて同一価格で提供することにしたのだ。
「周りの人からは『絶対に誰も来ない』と言われました。だからこそ『当たるな』と思いましたね。俺だったら払うなと」(橋村さん)
橋村さんの確信の理由はこうだ。宿泊施設では通常、チェックインとチェックアウトが決まっており、日をまたがずにお客さんの入れ替えを行う。例えば1泊2日の場合、15時にチェックインしたお客さんは、次の日のお客さんを受け入れる準備のための、遅くても12時にはチェックアウトをしなければならなくなる。
それに対してVILLAGE INC. ではチェックインとチェックアウトの時間をお客さん自身に決めてもらい、入れ替えをしないことを徹底している。
「とにかく時間のコントロール権をお客さんに与えたかったんです」(橋村さん)
そのためVILLAGE INC. では、1泊2日のお客さんがひと月に最大15組しか受け入れられない。お客さんからすると、1泊2日とはいえ、丸々2日間を自由に過ごすことができるというわけだ。万が一、天候が悪い日に当たってしまっても、自分の意思で帰る時間を判断するから満足度が高いという。
「丸々2日間を自由に使えて、15,000円という価格帯はすごく安いと思います。誰にも邪魔されず、時間も気にせず、周りも気にしなくていいという環境がどれだけ贅沢かは味わわないとわからない。この価値が分かる人にだけ来てほしいと思ったんです」(橋村さん)
誰も顧みなかった辺境の地が、1泊2日15,000円以上の価値を生む資産に変わる。VILLAGE INCが体現してみせた世界を目のあたりにして、橋村さんのもとには遊休地や遊休施設を抱える地域や企業から多くの相談が寄せられる。
「場づくりって注目が集まっているし、プレイヤーも集まりやすいので、みんなやりたがるんですけど、いくらお金かけて施設をつくっても、つくっただけでは人は来ません。だから僕らはプロデュースだけは請け負ってなくて。VILLAGE INC.が最も強みを発揮するのは運営だと思っています。」(橋村さん)
VILLAGE INC.では、自分たちが運営することを基軸に、オペレーションから逆算してサービスをつくることにこだわる。つくってからも愚直にサービスを継続する必要があるため、どうしても軌道に乗るまでには時間がかかり、早くても3年ほどの期間を要するという。
そのため事業の拡大に立ちはだかる壁は資金面。アウトドアには天候リスクがあることに加えて、誰もやったことがないという予見可能性の低さから、有志や出資に頼るのはどうしても限界がある。そのため、VILLAGE INC.では一緒に事業をやる意思があり、できれば活用できる資産を保有しているパートナー企業と組んで事業を立ち上げるというスタイルをとっている。
では進出を決める場所の決め手はなんなのだろうか。トークの最後で、橋村氏は進出を決める上で大事にしている価値観について語った。
「辺境、廃墟、変態を『誇り高き3H』と呼んでいます。そしてゆるぎない『IT』。『IT』はInspirationTechnology、つまり『直感』です。3hとITの掛け合わせを大事にしていて。日本中には、どこにでも綺麗な山や川、海があるので、それは決め手にはなりません。
一番重要なのは、熱量を持ったローカルプレイヤーがいるかどうか。実はそこで進出の場所を決めています。自治体の人でも民間の人でも、地域に根を張って、そこで歯を食いしばっている人たちがいること。デメリットをメリットに変えていけるような『変態』が必要だと思っています。そういう魅力的な人さえいてくれれば僕らは進出すると決めています」(橋村さん)
何もないけど、何でもある
-VILLAGE INC.の理念は地域の可能性を端的に示している。地域にある資源を活かすも殺すも人しだい。橋村氏の言葉がそれを雄弁に物語っていた。
※本記事は、LOCAL LETTERが運営する地域共創コミュニティ「LOCAL LETTER MEMBERSHIP」内限定で配信された「LOCAL偏愛トークライブ」の一部を記事にしたものです。
Editor's Note
誇り高き3HとIT。そして熱量のある人。それがあればきっと日本のローカルにある実活用の資源を宝に変えていける。橋村氏の言葉にはそう信じさせるだけの力強さがありました。地域の未来の可能性を感じられる楽しい時間でした。
TAKASHI KAZAMA
風間 崇志