SUMMIT by WHERE
日本の農業は、今一体どこに向かおうとしているのか。
消費者として、店頭に並ぶ生産物を眺めているだけでは決してわからないことがある。
その生産物がここに来るまでにたどってきたドラマ。
もしもそれが、従来の認識として刷り込まれている農業の姿とは大いに変わっていたとしたら。
思いのほか、先端的な技術の上に作物が誕生していたとしたら。
そしてそこにも、脈々と新たな人と人のつながりが生まれていたとしたら。
そんな私たちがまだ知らぬ次世代農業を推進するトップランナーと共に開催した、地域経済を共に動かす起業家のためのサミット「SUMMIT by WHERE」。第1回目は、完全オンラインにて、日本各地30箇所以上の地域から、各分野の第一線で活躍する方々が集まりました。
中でも本記事では、「多様化する次世代型農業」について、井本 喜久氏(一般社団法人 The CAMPus 代表理事)、松本 純子氏(農林水産省)、齋藤 潤一氏(こゆ地域づくり推進機構 代表理事)、福嶋 隆宏氏(埼玉県深谷市役所 産業ブランド推進室 室長補佐)、鈴木 高祥氏(株式会社カゼグミ 代表取締役)の豪華5名のトークをお届け。
時代は令和になった。そして時代だけではなく、社会も大きく変わっている。そんな中、今後の農業を占うキーワードは何だろうか。
鈴木氏(モデレーター:以下、敬称略):ここからは全体セッションです。「農業に関わる人とどうコミュニケーションを取るか」「新規就農者をいかに増やすか」など、皆さんご関心があると思いますので、伺っていきましょう。
福嶋 氏(以下、敬称略):私自身は「VEGETABLE THEME PARK FUKAYA」を通じて、農業に関心を持ってもらう人・野菜を楽しめる人を増やしていきたいと思っていますが、そこから本業の農家さんになってもらうということはあまり想定していないんですね。
もしかしたら中にはいらっしゃるのかもしれませんが、既存の農家さんには既存のやり方がありますよね。一方で、将来新規で就農する人の農業のやり方って、既存の農家さんの作業の延長線上ではない気がしています。たぶん既存の農家さんとは全然違う方法があると思っていて、私たちはすでに現場でいろんな実験を始めています。
そのひとつがスマート農業による機械化で、ボタンを押すだけの作業や、GPSの位置取り作業をすることで、農業を行っていく。新規の農家さんは、こういったところに適応していくと思っています。
福嶋:実際に農家さんにお話を聞いていると、深谷なんて日本で一番暑い熊谷の隣なんで、真夏の外気温は40℃を超えるんですよ。ハウスの中の気温は、それよりも高くなります。気候が厳しくなっても農地面積が減るわけじゃないですから、そうなると機械を使いこなす必要が出てくる。新しい農業技術を学ぶ、使いこなすことができなければ、今後の地域の「農」が守れなくなってしまうからこそ、非常に重要だと考えています。
齋藤氏(以下、敬称略):ちょっとふざけているように聞こえるかもしれないですが、僕は農業に関わる人があんまり増えてほしくないと思っていて、なぜかと言うとライバルが増えるからです。今って無茶苦茶チャンスなんです。1粒1,000円の「新富ライチ」も、その市場が開いていたから僕らが入れた訳なんです。
今、農業ってすごく変革期だからこそ、今の参入がチャンスで、スタートアップもベンチャーもどんどん生まれて、そこにどんどんお金が流れていることを殆どの人が知らないんですよね。
もう一方で、これはいいか悪いかわからないんですけど、いわゆる耕作放棄地とか、趣味でやられている農場であったりとか、誰が使っているかわからないみたいな土地もある程度整理されていけば、大規模農業として、よりスマート農業がやりやすくなる。淘汰されるのではなく、整理されていけばいいんじゃないかなと思います。
齋藤:最近、僕自身が連載を持っている「Forbes」でも、「キツくて大変」な農業の次は「楽して儲かる」というテーマで寄稿しました。新富町の農家も取材したんですが、農業が自分の自己表現になってるんですよね。彼はスマート農業に既に2,000万円くらい投資してるんですけど、ボタン1個で水やりが終わるんですよ。なのでキツくないわけです。
その彼がこの前「このままスマート農業進めば本当にやることなくなるよ」って言っていて、空いた時間で新しいことをはじめているそうです。
僕らの周りでは、農業をビジネスとして捉えている人がすごく増えているし、新富町に来ている人は「今がチャンスだ」って思っている人が多いです。東京で再生医療、IPS細胞の研究をやっていた人が今パパイヤ農家をやっていたりとかしています。若くて感度が高い子が「農業がチャンスだ」って、今地方でやり始めているということを、僕は現場で肌感覚で感じています。
井本氏(以下、敬称略):コロナ禍で、フランスだと「農家になりませんか」って呼びかけたら20万人が応募するなんて事例があったりしますけど、日本でもコロナをきっかけに「農業がやりたい」とスイッチ入った人たちって結構多くて。うちの「コンパクト農ライフ塾」は1か月半で学びがコンプリートできるんだけど、この授業料に生徒の皆さんは18万円も払うんですよ。農業って昔は現場主義でしたが、今は机上で学んで、事業計画を立てるところをゴールにしてやっていくわけです。そういうところに人が集まる状況が生まれている。
これだけでもすごいなあと思いますが、今農業に興味を持つ人って「持続可能な社会をどうつくるのか?」に興味を持っている人も多くて、僕自身も考えています。
井本:さっきハウスの中が60℃になるって話がありましたけど、待ったなしの危機的な気候変動が身近にあるからこそ、持続可能な形で「食」をつくっていくことに興味を持っている人たちがとても多い。
僕らが今やっていることをもっと上手く伝えていくことができたら、革命的に「農業やりたい」人は増えると思っています。山の中なのに、ブルーオーシャンだと思いますよ(笑)
僕の(zoomのバーチャル)背景は、広島県竹原市田万里町の限界集落で、2.4haで作っている大豆畑ですけど、これが面白いのは大豆のままJAに卸すと60万円にしかならないのが、豆乳チーズに全部加工して販売すると3,000万円になるわけなんですよ。コンパクトでも商売は成り立つということを僕は伝えたいし、それが持続可能な形に繋がっていくんじゃないかと思っています。
鈴木:齋藤さんと井本さんの話から、農業に入ってくる人がだんだん変わってきたことがありましたが、僕自身は「自分たちで社会を変革していきたい」というアプローチが、今までの農業にはなかったところなのかなって感じています。
松本さんの周りにいらっしゃる職員の方にも、「こんな職員いたんだ、だったら表に出そう」というような、コミュニケーションの在り方もそうですが、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持つ人がどんどん増えている感覚があります。
井本:福嶋さんがいる深谷市の農家さんの中で、規模は小さいながらに、テクノロジーを上手く入れ込んで商売を成立させようという動きはありますか?
福嶋:基本的に関東なので、土地がそんなに大きくない中で農業やってまして、完全に二極化ですね。ある農家さんは60ha~70haというような形でどんどん耕作放棄地が集約されて、もう2~3年したら100ha超えますよっておっしゃっている方もおりますし、小さくやっているという所もあります。
今、アグリテックで面白いと思っているのは、今までの大手企業さんの提案は、北海道やオーストラリアとか規模の大きい場所に合わせて「区画を大きくすれば、効率的にできる」というアグリテック、スマート農業ばかりだったのに対して、今は「今ある区画に合わせて私たちの機械を使いませんか?」とか、こゆ財団さんみたいにサブスクリプションの提案も出てきていて、必ずしも大規模じゃないとダメではない、テクノロジーサイドの提案も出てきていることなんです。
これまでは、製造業を中心とした企業誘致を行っていたんです。でも今後は、地場の産業の力をつかめるような企業を誘致していきたいと考えています。企業誘致も「工場とか事務所を設置してくれ」だけじゃなくて、農地を活かした活動のフィールドにしてくれればいいなと思っていて。そんなことをしているうちに地域を愛してくれて、農業やるなら深谷がいいよねって、全国モデルを発信してくれたらいいと思っています。
私も齋藤さんのForbesの記事を読ませていただきましたが、これからの時代、農業が自己表現に適しているんじゃないかなと思います。あと自治体職員とか農水省とか、公務員で今まで期待されてなかった部署が期待されるようになってきた。その辺が面白いなと思っています。
齋藤:新富町の農家さんでアグリテックをもう20年くらいやっている方がいるんですけど、彼のお父さんの口癖が「農業が一番儲かる」で、当然のように彼は事業承継して自分が農家になっているわけです。周りの人たちも「親が農家をしていてすごく楽しそう」と言ってます。本来それがあるべき姿なんじゃないでしょうか。彼らは起業家精神を親の背中から学んでいるわけです。
ロールモデルを作っていくこともこれからの農業においては非常に重要で、僕たちは深谷市さんの1/10の人口でちっちゃい町ですけど、「新富町から農業ロボットで上場企業を生み出すんだ」ってやっていて、そこから世界に展開していこうと思うんですが、もしこれが「実現できた!」となると、1,700の自治体かなり元気になると思っています。僕のモチベーションはここにあって、これこそが僕なりの起業家精神です。
今後、それこそ外気温が60℃とかになる時代が来るかもしれませんよね。その時に「やばい」じゃなくて「チャンスだ!」と。「太陽光発電のビニールハウスやってみよう」とか、「今のうちに地下で実験してみよう」って思うような人材を育てていくことこそが、日本の農業が100年200年続いていく秘訣なのかなと思っています。
松本氏(以下、敬称略):私も齋藤さんのForbesの記事も拝見しましたが、社会の状況に適応した人が農業で勝っていける時代なのかなと思っています。例えばスマート農業って聞くとわからないけど、ポケットマルシェに出品するやり方とか、出品するときの写真の上手な撮り方とか、そういう所でうまくやっていけばいいなと。
「農業のハードルを下げる」という意味では、「BUZZMAFF」も今後もっと色々なところとコラボしてやっていけたらなと思います。井本さんが言われたように、家庭菜園している人とか、キッチンでハーブを作っているような人は、たぶん朝早起きして農業しようとは思わないはずなので、発信の仕方も切り口を変えて、「農」とは違う切り口で攻めていくことが大事だと思っています。
齋藤:今って固定概念をみんなぶっ潰して、全部取っ払うのが重要だと思うんです。この前も農家さんと話してたんですけど、その方LEDライトで野菜を作ってたんですよ。しかもオフィスの中で。その野菜がめちゃめちゃ旨くて「これって、どこ産って言うの?」「土も使ってないよね?」「でも水は新富町だよね? 光も新富町?(笑) じゃあ何産?」って聞いたら、「わからない」って(笑)でも「旨いんならいいんじゃねえか?」って話をしてたんです。
僕はコンパクト農ライフはすごく時代にあっていると思っていて。「誰が作っているのか」とか、「なぜ作っているのか」とか、そういう人から人への農業の時代により一層なってくるからこそ、今日テーマで上げている起業家精神というものも、それを興す人を作ることが重要だと思っています。
井本:キーワードは「繋がり」だと思うんですよね。テクノロジーを、横の繋がりに大いに生かすべきだと思う。横の繋がりががっちりある状況をもっと作ったらいいんじゃないかなと。「スマート農業」という文脈だと、そこに集まるのはマニアックな人たちかもしれないけど、それが横に繋がった瞬間にだいぶ面白いことが起きると思っています。
同時に地域ごとに今後、実行していかなくてはいけない課題に関する会話の質を高めていくことも重要で、そのためには、リーダーシップを持つ人材、ディレクションができる人材、マネジメントができる人材が必要。
じゃあそういうパワーを持った人はどこにいるのかというと、そういう人材は都市にいるんじゃないかと思うんですよ。僕は都市の財産は人材だと思うんです。農村の財産は自然との調和ですけど、都市にはびっくりするくらい変態的に面白いやつがいっぱいいるので。そういう、ちょっと頭がおかしいようなやつらをもっと農村に興味持たせるようにして、一気に面白く横に繋げていく状態ができたらいいんじゃないかなと。
鈴木:みなさんここまでありがとうございます。終わりの時間も迫ってきたので、最後は井本さんのお話にも出ていた「繋がり」について。登壇者の皆さんに、「もしこれからコラボレーション、連携するとなったときに、どういう人たちとやっていきたいか」をメッセージをいただいて、このセッションを終わりにしたいと思います。
福嶋:新富町さんの取り組みは以前から存じ上げていて、どんな話になるかなと思っていたんですけど、今日この場で松本さんと井本さんと知り合って、農家さんも含めて、農業で働く喜びとか、表現とか生きるとか、面白さを構築するきっかけとなれば非常に有難いと思いました。
松本:「BUZZMAFF」は農業とは違った観点で発信していくチャンネルなので、様々な分野の方たちと連携したいと思っています。例えば、百貨店だったり、教育団体だったり、ミュージック業界なども。これからも「農」とは違う切り口でやっていきたいです。
コロナの影響でいろんな発信ができなくなっていますが、毎日暗いニュースが流れる中で「BUZZMAFF」を見ることで、ちょっとでも明るくなっていただいて、「牛乳を飲んで応援すればいいんだ」「花を買って生産者の力になればいいんだ」みたいなメッセージを届けていければと思っています。
齋藤:「持続可能な町」とか「日本」という観点から考えると、農業が一番大事なんですよ。稼いだお金がちゃんと地元に落ちるって、まさに農業なんですね。地方創生の問題点のひとつに、東京からお金が来て、結局そのお金がまた東京に戻っていくことがあるんです。お金がちゃんと地元で稼げる、地元に落ちる循環型社会を作るうえですごく重要なポイントだと思います。その意味でも農業は大変重要です。
もう1つ、農業が大チャンスなのは、東京のベンチャー企業にはなくて、僕たち地方団体にある資産のひとつが、「目の前に畑があること」なんですよ。これはビジネスにおいて圧倒的な競争優位性なんです。だからこそ今、感度の高い若い子たちはどんどん農業に入ってきている。
まとめっぽくなりますが、「The CAMPus」の「コンパクト農ライフ」っていう精神が、僕は当たり前になるべきだと思っています。
課題が解決されて、当たり前になればいいんです。もっと言うと、全員が幸せになればそういう課題もなくなっていくので、「コンパクト農ライフ」みたいな精神が沢山の人に広がって日本中の人が幸せになることを、僕らが横に繋がって推進できればいいなと思っています。
井本:皆さんと意識が同じ方に向いているのが今日は嬉しかったです。都市と農村の関係は、もっといいとこ取りで伸びていけばいいんじゃないかなと思っています。「小さい農業」って僕は言ってるんですけど、みんなが移住するんじゃなくて、都市に暮らしながらデュアルライフで農業をやってもいいのではと思っています。
僕は月に10日くらい農村での暮らしをやってるんですけど、築150年の古民家の中で暮らしているんですよ。あらゆることが不便で、トイレも昔ながらのボットン式で、風呂も外だし、土間で、キッチンまで往復1分半くらいかかるし(笑)、まあほんとに家の中なのにめちゃくちゃ動かないといけないんですが(笑)、そんな不便な暮らしをしてみると、都市の暮らしのありがたさがわかる。でも逆にその不便さの中に豊かさがあることもわかる。
なので、僕は「都市の暮らし」と「農村の暮らし」を両方やっていく人たちがもっと増えてくれればいいと思っています。そういうカルチャーになっていったら、豊かな世界になる。
「懐かしい未来」って言葉がすごい好きなんですけど、未来はきっと懐かしくなる、農村を都市化しようなんて話はなくて、農村の自然のままの風景が残されている。けどそこはテクノロジーを駆使してそれが成り立っているという状況ができたらすごく面白いなんじゃないかと思っています。
鈴木:生産者じゃなくても「農」に関わることはたくさんありますね。こうした対話の中から次の問いを見つけることが重要と思っていて、「今食べているものがどこに繋がっているか?」とか、日曜の夜にご飯を食べながらいろんな人たちの顔を思い浮かべてコラボレーションできるといいかなと思いました。
Editor's Note
後半に進むにつれて、さらに熱く想いを語ってくださった今回の4名の皆様。
「こうあるべき」から脱却して、「こうではないか?」に向かうためには、それぞれが持ち寄った経験値を一旦リセットしてみよう。そこから再構築してみると面白く、発展性のある取り組みが生まれるのではないか? そんな希望を感じました。
一口に「農業」と言っても、そこに至るアプローチは様々。
ですが「農業をよくしたい」という想いに変わりはないはず。それを共通認識として、手を取り合って進んでいけたら、将来の景色も変わってくる。そういう日が来ることを期待しつつ、このセッションをお読みいただいた皆様の中にも熱い想いが芽生えることでしょう。
KAYOKO KAWASE
河瀬 佳代子