SHIMANE
島根
本州から3時間フェリーに乗ってたどり着く離島、島根県隠岐郡海士町(あまちょう)。この人口2,300人ほどのまちには、毎年たくさんの若者が集まってきています。その理由の1つは「大人の島留学」という、まち独自の制度です。
海士町は「ないものはない」をキーワードに、地域の魅力化に向けて先進的な取り組みを進めてきました。その一環として始まった「大人の島留学」。
定住を目指すのではなく、一定期間隠岐島前地域(海士町、西ノ島町、知夫村)に住み、働く機会を提供するユニークな取り組みです。令和5年度は、なんと69名が島留学生として海士町に暮らしています。
なぜ、こんなにも多くの若者が大人の島留学を使って離島を目指すのでしょうか。そして、定住を目指さないこの制度は、どのようにまちの魅力化につながっているのでしょうか。
これらの疑問に答えるべく、一般財団法人 島前ふるさと魅力化財団 大人の島留学事業プロジェクトリーダーであり、事業の立ち上げ時からかかわるロドリゲス拓海さんにお話をうかがいました。
前編となる本記事では、定住を目指さない大人の島留学の仕組みがどのように生まれ、どのようにまちの魅力化につながっているのかに焦点を当て、若者が訪れたくなる地域づくりの秘訣をお届けします。
東京都出身であるロドリゲスさんの海士町との出会いは、妹さんが海士町にある隠岐島前(おきどうぜん)高校へ「島留学」をしていたことがきっかけでした。当初は特に興味がなかったものの、東日本大震災後のボランティア活動を通じて、地域の教育環境に関心を持つようになったそうです。
「学生のころ、東日本大震災の震災ボランティアで宮城県の気仙沼の子どもたちと一緒にキャンプを経験しました。そこで、地域の教育環境と、自分の生まれ育った東京の教育環境が全く違うことに気づきました」とロドリゲスさんは語ります。
この経験から、教育環境の地域差が子どもたちの将来に与える影響に関心を持ち始めました。そして、気仙沼の高校がなくなり子どもたちの教育環境が一気に変わると聞いたことで、妹さんが通っていた隠岐の高校の取り組みを思い出したのです。
「実際に1回隠岐に来てみて、ロケーションを含めてすごくいい環境だなと思って。大学在学中に、島前教育魅力化に関わるインターンを始めました」(ロドリゲスさん)
1年間のインターンシップ終了後も海士町に残ったロドリゲスさん。「大人の島留学」事業の立ち上げにも携わり、その経験や広い視点を活かした提案が評価され、運営の役割を担うことになりました。
この「大人の島留学」事業はどのようにして生まれたのでしょうか?
海士町では、教育の魅力化を目指して町内唯一の高校、隠岐島前高校の改革を進めており、全国から高校生を募集する「島留学」の仕組みを構築しました。ロドリゲスさんの妹さんもこの仕組みを活用し、東京から海士町へ。
探求学習などの特色ある学びを提供している同校では現在、島外から入学した島留学生が、島内から入学した生徒を上回るほどの人気を集めています。
このような背景のもと、「大人の島留学」は誕生。出発点は、島前高校へ島留学でやってきた卒業生がもう一度島に戻ってくるためにどうしたらいいか、という問いでした。
「どういう地域だったら島前高校を卒業した後に帰ってきたくなるのか考えた時に、やっぱり魅力的な地域だよね、じゃあ、『魅力』ってなんだろう、と議論を重ねました。
結論は、若い人から選ばれる地域であることが1番の目指すべき姿じゃないか、と。
それを目指すのであれば、島前高校卒業生に限らず、全国の若い人も含めて選ばれる地域であるためにできることをしよう、と形が変わっていったのです」(ロドリゲスさん)
大人の島留学は、3ヵ月間か1年間、2つの期間が選べます。決められた期間内で、まずは地域に深く関わってみる「体験の機会」をつくっています。
「コンセプトとしては、観光以上移住未満。滞在期間を決めて島に住んでみることを若い人への選択肢として用意している制度ですね」(ロドリゲスさん)
「大人の島留学」は、地域おこし協力隊の制度を参考にしつつ、独自の理念を持って運営されています。
多くの自治体での地域おこし協力隊は、人口減少や高齢化が進む地方の地域力の維持・強化のため、地域外の人材を積極的に呼び込み、定住・定着を図ることが目的とされています。
しかし、大人の島留学が目指すのは地域への移住・定住ではありません。
「今、海士町は、『還流』というキーワードを大事にしています。もう移住・定住を前提にしたまちづくりはやめよう、という流れがあるんです」(ロドリゲスさん)
この流れが生まれた背景には、島前高校の卒業生だった海士町役場職員の言葉がありました。
「若い人たちが最終的に島に帰ってきて地域を担ってくれることを目指して島前高校の魅力化政策をやってきたけれど、結果的に戻ってないじゃないか」
「海士町に帰ってきて役場に就職した人の言葉なので、すごく重いなと思ったんですよね」(ロドリゲスさん)
こうしたリアルな声をきっかけに、海士町は若い人が魅力を感じる地域づくりについて再考しました。高校卒業生たちへの聞き取りでは、「採用など、島の情報が不足している」や「若者の帰郷を歓迎しない雰囲気がある」など、さまざまな課題が浮き彫りになりました。
「まちには『若いうちはまだ島へ帰って来なくて良い』、という空気感があるんですよね。いわゆる即戦力となるまで地域の外で勉強して育ってから戻ってこい、といったような。
実は役場職員のお子さんたちは島外にいる人が多いんです。その反面、役場は移住政策で町外から若い人をまちに呼び込もうとしてる。そんな矛盾もありました」(ロドリゲスさん)
このような課題感は、高校の魅力化事業を全国に先駆けてやってきた海士町だからこそ見えたことかもしれません。きちんと向き合い、「移住・定住を目指すのが普通だ」という今までの当たり前を1回疑いながら議論が進められました。
議論の末に辿り着いた「還流」というキーワード。「海士町が目指す『還流』には、2つ意味があります」とロドリゲスさんは説明します。
「1つ目は、地方から都市部に流れる動きと逆の動きを作ること。そして結果的に人が来るようになった先で、地域が価値観を新しくしたり、発想を転換したりすることが2つ目の目指すものです」(ロドリゲスさん)
しかし、定住しない可能性が高い若者を受け入れることで本当に魅力的な地域になるのか。
革新的な考え方だからこそ、理解を得られるようになるまでには時間がかかります。
「特に最初の時期は、住民から『なんで1年で帰っちゃうんだろう』『3ヶ月で何ができるんだ』という声がありました」とロドリゲスさんは振り返ります。
それでも、海士町は「還流」を第一目的としてまちづくりをしていこうと決意。大人の島留学もその方針に基づいて運用されています。
「やってみて、続けていけば何かしらいいもの悪いもの見えてくるはず。悪かったら直していけばいいし、いいものはどんどんやっていこうっていうスタンスで進めています。それが、今のところうまくいっている理由なのかもしれないですね」(ロドリゲスさん)
また、単なる人手不足対策ではなく、地域全体の人材育成にも注目しています。
「どこの地域でも”人手不足”という言葉がはびこっています。人手不足であるのは間違いなくても、果たして人手が増えれば事業所の抱える問題は本当に解決されるのか?ということは疑問点の1つだったんですよね。
本当に課題なのは、働き手がいないことなのか、と。
そもそも、どういう人に来てもらいたいか整理したり、適切に人を育てたりする意識が各事業所レベルで作られていかないと、本当に必要とする人や出会いたい人に出会えません。島全体として、人事的な機能の強化が必要だと感じています。
こうした課題の見直しを積み重ねていかないと、若い人たちにとってここで働くことが魅力に映らないのではないかと考えています」(ロドリゲスさん)
今、海士町の玄関口である港の近くではたくさんの若者が活躍している姿が見えます。
意識的に港に若い人を集めることで、若者で活気づいた様子が伝わるようにしているそうです。
「地元の人も、本土に行くために港に来ると、あれ、なんか若い人多いなって気づくんですよ」(ロドリゲスさん)
「還流」をキーワードに運営される、大人の島留学。多くの自治体で移住・定住施策として活用される地域おこし協力隊制度と比べてみると、その独自性が明らかになります。
例えば、地域おこし協力隊としてとあるまちへ移住した方は、地域の課題を解決するためのミッションが自治体から与えられ、最大3年間の任期の中でミッションを遂行することが求められます。
一方、大人の島留学では、まちから固定のミッションを与えられるわけではありません。
「まず、選考という形で、島の雰囲気や島のスタンスとかけ離れていないかどうかを確認します。その選考を通った後、再度面談。本人が大人の島留学で何をしたいのか、島留学を終えた後どうなりたいのか、参加の目的を確認して、それぞれ1年間の目標を立てます。
大人の島留学の事務局としては、その本人の目標をもとに事業所の提案・マッチングを支援します。でも事業所に行ったら、あえて事業所にお任せしているんです。具体的なミッションは事業所とのコミュニケーションの中で考えてもらいます。
そこで本人の活動ミッションは設定されますが、実際に動いてみると事業所では色々と状況が変わってくるはずです。そのため、月に1回、もしくは週に1回程度の研修を定期的に実施して、日々の変化に対して参加者がアウトプットができるようにしています」(ロドリゲスさん)
こうした余白を持った設計が特徴的。まちにも、参加者にも柔軟に寄り添う事務局の姿勢が多くの若者を惹きつけているのかもしれません。
また、参加者の適応をサポートするため、大人の島留学の最初の1~2週間はスタートアップ研修を実施。島で働くためのマインドセットや事業所とのマッチングを行い、その後に活動をスタートします。
「4月には60人ほどが一斉に来るんです。スタートアップ研修ではそのメンバーで対話して、早々と仲間意識が生まれます。60人いたら、高校のクラス2つ分くらいの規模ですからね」(ロドリゲスさん)
研修期間中に、参加者同士の交流も深まります。馴染みのない地域に暮らしはじめ、不安感を抱える参加者も少なくありません。そうした方々の肩の力を自然と抜いていく、やさしい仕掛けになっています。
「必ずしも、『地域をおこしてほしい』と思って呼んでいるわけではないんですよね。もっと普通に地域に関われる世界をつくることをゴールに置いています。そのために、地域と関わりやすい入口を作りたいんです」(ロドリゲスさん)
海士町の課題や、参加者の気持ちに柔軟に対応していく中で生まれた「大人の島留学」。当たり前の考え方を疑い、課題を問い続ける姿勢が、大人の島留学を地域で暮らしたい若者に選ばれる取り組みにしているのでしょう。
定住ではなく還流を目指す大人の島留学は、地域と若者をつなぐ新たなタッチポイントになっています。
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Editor's Note
人口が減っているから定住者を増やす、人手不足だから働き手を増やす、という当たり前の考え方をまず疑うことはなかなかできることではないと思います。ロドリゲスさんの言葉から地域に向き合ってきたからこそ、まちづくりの先進地になっている海士町の魅力が伝わってきました。
AYAMI NAKAZAWA
中澤 文実