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LOCAL LETTER

元教員が始めた「第二の人生の冒険」。一杯のコーヒーで人と地域をつなぐ

FEB. 06

SAITAMA

拝啓、やりたいことはあるのに、自分にできるか自信が持てないアナタへ

教師一筋40年。

定年退職を迎え、「第二の人生」をコーヒー屋としてスタートさせた吉田 晋(よしだ しん)さん。
生まれ育った埼玉県小川町を盛り上げたいという想いから「シンドバッドコーヒー」を開き、NPO法人「さとやま響和国たけざわ」も立ち上げ、代表理事としても活動しています。

吉田 晋(よしだ しん)氏 シンドバッドコーヒー店主 / 埼玉県小川町出身。NPO法人さとやま響和国たけざわ代表理事。前竹沢地区区長会長。

吉田さんは、コーヒー屋で働いた経験がありません。
NPOを立ち上げたり運営したこともありません。

「経験がない」
「やったことがない」
そんな理由で立ち止まってしまったことはありませんか。

「どうすればいいんだろう」
「自分なんかにできるだろうか」
そんな不安は、一歩踏み出そうとするアナタの勇気を押しとどめることでしょう。

しかし、吉田さんからは、そうした不安を一切感じません。
それどころか、生き生きとしていて、どこか力強さすら感じます。

そんな吉田さんが、どのように「経験がない事業」に取り組んでいるのか──。

NPO法人さとやま響和国たけざわの活動拠点・テラッチャたけざわ(旧竹沢保育園)。
木々に囲まれ、遠くからは電車の音が聞こえる穏やかなその場所で、フルーティで香り豊かなコーヒーをいただきながら、お話を伺いました。

動き出した第二の人生。シンドバッドコーヒーの冒険

「シンドバッドの冒険」

船乗りシンドバッドが、様々な出来事や出会いを経験する、アラビアンナイトの代表的な物語です。吉田さんの「第二の人生」もまた、この物語のように、思いがけない縁がつながって進んでいきました。

NPO法人さとやま響和国たけざわの拠点となっている「テラッチャたけざわ」にて、いただいたコーヒー

定年退職を迎える頃、吉田さんは周囲にこう話していたと言います。

「このまま独学でいいのだろうか。コーヒーの技術を誰かに教わりたい」

そんな思いを口にしていたタイミングで、ひとつの出会いが訪れます。
コロナ禍でニュージーランドから帰国していた、コヤナギコーヒーニッポンの焙煎士・小柳貴人さんでした

小柳さんはニュージーランドを拠点に、バリスタ・焙煎・卸売まで幅広く経験し、世界大会でも実績を残すプロフェッショナル。「学びたい」と発した言葉が、思いがけず専門家との縁を引き寄せていたのです。

一方で、吉田さんは以前から周囲にこんな思いも伝えていました。

「将来は、コーヒー屋をやりたいんですよ」

その言葉が、次の行動につながったのは、和楽器をしている知り合いから届いた一通の連絡がきっかけでした。

「コーヒー付きのコンサートをやりたいので、淹れてくれませんか?」

それまでコーヒーについて学んできたものの、お客さんに提供した経験はありません。それでも吉田さんは、「せっかくの機会だから」と、そのオファーを引き受けることにしました。

コンサート会場は、小川町にあるコワーキングロビー・NESTo。
築100年を超える石蔵を改装した空間には、ゆっくりと時を貯めてきた場所ならではの落ち着きがありました。

「こんな場所でコーヒーを淹れられたら」

出店場所を探していた吉田さんは、コンサートをきっかけに訪れたNESToに、そんな感覚を抱きます。その後、会場責任者の方とのやり取りを重ね、結果として、シンドバッドコーヒーはNESToでコーヒーを淹れるようになりました。

こうした何気ない一言や行動が、吉田さんの「第二の人生」を少しずつ形づくっていきます。

コワーキングロビー・NESTo|小川駅より徒歩5分。ワークスペースのほか、コンサートなどイベントも開催している(写真提供:コワーキングロビー・NESTo 公式サイトより

NESToでコーヒーを淹れる機会が増えてきた頃、吉田さんの心にはどこか引っかかる思いがありました。

振り返ると、周りの人に「やりたいこと」を話すことが、次のステップに繋がっていました。

コーヒーについてしっかりと教わりたいと言ったら、小柳さんに出会うことができた。コーヒー屋をやりたいと周りに言ったら、知り合いからチャンスをいただいた。場所を借りられるかと聞いたら、NESToが快諾してくれたんです

一見トントン拍子に進んでいるように思えますが、吉田さんは「第二の人生でコーヒー屋をやりたいと言っても、そう簡単にできるものではない」といいます。

納得のいく味、店を構える場所、そして足を運んでくれるお客さん。
未経験の人にとっては、夢を諦めてしまってもおかしくないほどのハードルです。

しかし、吉田さんは「やりたい」という気持ちを、ただ心に秘めるのではなく、周囲の人に正直に語ることで「第二の人生」を確かに動かしていたのです。

現在もシンドバッドコーヒーは毎週木曜日にコワーキングロビー・NESToで営業中。

「声をあげ続けていたら、向こうからも返ってきた」

そう笑いながら話す言葉の裏には、自分の想いを言葉にし、行動してきた吉田さんの姿がありました。

一杯のコーヒーがつなぐ、時を越えた再会の物語。

吉田さんがコーヒーに魅了されたのは、大学時代。
金沢にある喫茶店「禁煙室」(※現在、閉店)で飲んだ一杯が、記憶に深く残っているといいます。


数十年の時を経て、吉田さんがコーヒー店を始めることになったのは「美味しいコーヒーを届けたい」という純粋な気持ちからでした。

お客さんから『美味しい』と言われるのが楽しみでした。でも、それだけではなかったんです

吉田さんが語る「それだけではなかった」とは、コーヒーを通じて生まれる思いがけない人と人との関わりのことでした。

「焙煎士の小柳さんから教えてもらったことで、今では自信を持って(コーヒーを)出すことができている」と話す吉田さん。

ある日のこと。

お客さんから「どこかでお会いしたことありますか?」と尋ねられ、話を聞いてみると、その方は吉田さんがかつて勤務していた学校の卒業生でした。店を始めなければ生まれなかった、35年ぶりの出会いです。

吉田さんは「教え子には全然宣伝してないんだけど」と穏やかな表情で当時を思い返します。

教員という職業に就き、「こんな良い仕事はない」と感じた吉田さん。シンドバッドコーヒーを始めた時も「コーヒー屋もこんないい仕事だったんだという風に思った」と話します。

さらに、こんな出来事もありました。

高校の同窓会に出席したときのことです。
参加者の一人が吉田さんにこう話しかけます。

今の私があるのは、とある先生のおかげなんです

その“とある先生”はなんと、シンドバッドコーヒーの常連客で、吉田さんの恩師でもありました。

「名前を聞いて、ピンと来ましてね。それで、二人をシンドバッドコーヒーで引き合わせたんですよ」

なんと、55年ぶりの再会だったと言います。

吉田さんは語ります。

「コーヒー屋をやっていなければ、もう一生会うことはなかっただろうと思う人と巡り会える。そういうご縁を作れたのも、このコーヒーがあったから」

シンドバッドコーヒーは、単なる美味しい「コーヒー屋」ではなく、人と人が出会い、再会し、繋がる場所として、まちに新たな物語を生み出していたのです。

今回の取材実施場所・テラッチャたけざわは、地域の交流拠点となっている

偶然に見える必然の正体──「向こうからやってくる」の意味

吉田さんは、これまでの出来事について、こう言います。

運が良かっただけですよ

しかし、話を聞けば聞くほど、それが偶然の連続ではなく、必然だったように思えてきます。

挨拶言葉で『じゃ、また会いましょう』と別れてしまうと何の関係にもならない。けれど、すぐに声をかけて一緒に何かをやれば、その場だけで終わらない『つながり』になるんですよ

呼びかける。
一歩踏み出す。
何かを一緒にやってみる。

吉田さんのこうした「誰かとつながろう」という自然な姿勢は、長い教員生活で培われたものでした。

地域の人とともに活動する、NPO法人さとやま響和国たけざわの歩みや活動が記されている。

吉田さんは「第一の人生」である教師時代についても教えてくれました。

「教員は、ある意味“イベント屋”だと思ってるんです」

生徒の心が動く瞬間をつくるために。
学校が少しでも良くなるように。
周りの人が喜ぶことは何かを考える。

その姿勢は、「第二の人生」でも変わることはありません。

元日本代表選手の解説を聞きながら観戦したラグビーW杯のパブリックビューイング。
人気管弦楽団「石田組」のメンバーのコンサート。
つながりを活かして、シンドバッドコーヒーや運営するNPOでは様々な企画を実現してきました。

印象深いのは、NPOの活動で小川町の竹沢地域を活性させるべく、景観づくりを企画したときのことです。


「景観づくりを企画したものの、我々のNPOには、チェーンソーを持っている人はもちろん、使える人もいませんでした」

それでも、シンドバッドコーヒーのお客さんの中から、チェーンソーを持って参加してくれる人が数人現れました。

NESToとの出会い。
小柳さんからの学び。
教え子との再会。

振り返るとどれも奇跡のように見えるエピソードですが、その背景には、吉田さんが周囲の人に働きかけ、だれかのためを思って一歩踏み出してきた積み重ねがありました。 

だからこそ、吉田さんはこう言えるのでしょう。

全部、向こうからやってきてくれたんです

「生涯イベント屋」と話す吉田さんは、どうすれば人が喜んでくれるかを考えている時が楽しいと話す。

だれかのためを思って一歩踏み出す。その一つひとつが、やがて予想もしない価値を生んでいく。

コーヒー店を始めたのも、NPOを立ち上げたのも、地域のために動き続けているのも、すべては「つながりを大切にする」という吉田さんの在り方が土台にあったのです。

コーヒーを通して小川町を想う

コーヒー店の店主として、NPOの代表として、吉田さんの活動は多岐にわたります。しかし、その根底にある想いは、温かく、シンプルです。

「小川町全体を見ても、この竹沢地域を見ても、少子高齢化や人口減少はもう止められない大きなうねりです。それを止めようとは思わないんですよ」

「でも、このまちにいる人たちが『小川町って、いいよね』そう思える瞬間を少しでも増やしたい。『ここにいても、何も楽しいことなんてない』と思うより、『あれ楽しかったよね。良かったよね』と感じ、思ってもらいたい」

人とつながることは、「人生の豊かさでもある」と語る吉田さん。すでに次の企画も進んでいるとのことで、今から楽しみです。

「つながり」は、ただ待っていても生まれない。

小さな行動の積み重ねが、いつの日か思いがけない出会いとなって返ってくるのです。
吉田さんの「第二の人生」を突き動かしているのは経験や自信ではなく、一つひとつの関係性を大切にする姿勢です。

だからこそ、アナタの「やってみたい」という気持ちから始まる地域の未来もきっとある。

経験がなくても。
自信がなくても。
まずは誰かに声をかけてみる。一歩踏み出してみる。

シンドバッドコーヒーの冒険が続いていくように、アナタの冒険も動き出して行きますように。

Editor's Note

編集後記

初めて訪れた小川町は、どこかモノクロに見えました。
しかし、吉田さんをはじめたくさんの方々とつながった後に見たまちの景色は色鮮やかでした。
次に小川町を訪れた時は、どんな景色が見えるのか今から楽しみです。
素敵なつながりをありがとうございました。

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