SAITAMA
埼玉
スーパーに並ぶ、色とりどりの野菜たち。
私たちが手に取った野菜は、誰が、どのように育てているのか。どんな時間や環境のなかで、生きてきたのか。
その過程を、想像したことはありますか。
知らなくても、生きていける。
けれど、本当にそれでいいのだろうか。
食べるだけの私たちは、何も関われない存在なのだろうか。
「お野菜を育てることを目的に、農家をしているわけではないんです」
そう語ってくれたのは、埼玉県小川町で農業を営む、柳田大地さん。(以下、大地さん)
農家と聞いて思い浮かべるのは、野菜や米など食料を生産する人。しかし、大地さんが目指すのはそうした農業を行うことではありません。
大地さんが目指すのは、すべての生き物とともに豊かに生きる、新たな「農」のかたち。
畑を通して見つけ出した、これからの農の営みとはどのようなものなのでしょうか。

埼玉県小川町。
化学肥料や農薬に頼らない、有機農業が盛んなまちとして知られています。
この地で土に向き合いながら畑に立つ大地さんは、少し違った視点をもっています。
「野菜をおいしく育てることが、農の目的だと思っていません。僕は、その場所をよりよくする手段として、種をまいたり、苗を植えています」
大地さんは、食料を生産するための「農業」だけでなく、人や命、環境とつながる営みとして「農」があると話します。
「本来、農家はそのまちで暮らす人の食だけでなく、景観や環境、暮らしの土台を支えてきた守り手のような存在だと思っていて。
収穫量を目標にする農家も多いと思うんですけど、僕が大事にしているのはそこじゃない。どうしたら自分自身の暮らしが成り立ちながら、この場所もよくなっていくのかを考えています」
こうした考え方の根底にあるのは、「土」への思いです。
「僕、大地っていう名前で。『小さい頃から自分を支えてくれているものって何だろう』と考えたときに、土にたどり着きました。
自分たちの暮らしを成り立たせているものは、土から育まれている。でも、今はそれが見えなくなってしまっているだけなんですよね」
食べ物も、衣服も、住まいも。
元をたどれば、私たちの暮らしは土の上に成り立っているといいます。

「食べたものが分解され、また土に還っていく。この循環を地球上のあらゆる存在が担っているからこそ、土は長い時間をかけてつくられてきたんだと思うんです」
土があることは、当たり前ではない。
だからこそ大地さんは、自然との関わりを大切にしています。
「みんな生きていて、自分の周りが『不幸になれ』なんて、誰も思っていない。自分の身の回りや、そばにある存在が、よくなっていくことを目指して生きている。花も虫も、みんなそのはず。
畑という社会のなかで、自分本位で考えることはしません。自分が加わることで畑や周りの環境をどう整えていけるか。それが、僕が目指している『農』です」
大地さんがミツバチを育てているのも、畑をひとつの生態系として整えていく営みのひとつ。蜂蜜を得るためではなく、受粉を通じて命の循環を支えるパートナーとして迎え入れているのだと話します。

土と、野菜と、植物と。
人も含めた存在すべてと対等な立場で向き合いながら、日々、農の営みを続けている大地さん。
大地さんの考え方は、どのような経験から生まれたのでしょうか。
「食べることの大切さを教えてくれたのは、母でした」
幼少期を振り返ると、大地さんの記憶にあるのは、口にするものを大切に考えてくれた母の姿でした。
学校から帰ると、おやつに出されたのは煮干し。
週末は、1時間かけてデパートまで食料品を買いに行くのが当たり前でした。
幼い頃は「なんでうちだけ違うんだろう」と思うこともあったそうです。
次第に、母の思いを考えるようになりました。
「日々口にしているものが自分の心と体を育んでくれていると感じたんです。それと同時に、食べたものがどこで、誰が、どんな風に育てているのか何も知らない。そんな自分が、ものすごく情けなく感じました」

もうひとつの大きなきっかけとなったのは、父と祖父の影響で通った釣り場での記憶です。
自然豊かな場所に通うなかで、大地さんは、ある違和感を抱くようになりました。
「自分は釣りをするだけで、ここに何も返せていない。なんでそれが許されるんだろうって小さい頃から思っていて。
自分自身が楽しみながら、関わる場所も喜んでくれる。そういう生き方ってなんだろうと考えたときに、思い浮かんだのが農家でした」
自分を支えてくれる場所に、何か返したい。
幼い頃からのそんな想いを胸に、農家になった大地さん。
しかしその先で、大きな壁にぶつかります。
「どん底を見たんですよ」
それは、大地さんが農家を始めて1、2年目のことでした。
「販売できる野菜が畑に1つもなくて、『やばい、生きていけない』とすごく焦りました。自分の目標と家族の生活を天秤にかけているプレッシャーが大きかったですね。

販売することができない野菜を前に、複雑な思いも募っていきました。
「お野菜が生きてきたプロセスを知っているのに。ただ『売れない』という人間の勝手な基準だけで、なんで僕は、育ててきたお野菜たちを肯定してあげられないんだろう」
自分たちが豊かでありながら、畑も野菜もよりよくなっていくにはどうしたらいいのか。答えの見えない日々のなかで、ある出来事が大地さんの価値観を大きく揺さぶります。
「冬を越す前に野菜が枯れて、僕はもう死んだと思ったんです。『このお野菜は、ここで生きることを諦めたんだ』と。
でも、春になると残った根から再び芽が出て花を咲かせ、そしてちゃんと種を残していた。誰ひとり、生きることを諦めていなかったんです」
そのとき畑で目にした景色は、今も大地さんの心に強く残っているといいます。
「販売できる、できない、じゃない。こんなタフな場所で生きてきた、すべての生き物たちが本当に美しくて。無駄なことなんて、何ひとつなかったんだと気づかされました。
結果じゃなくて、『どういう風に生きてきたか』の過程こそが、大事だと思うようになったんです」

野菜が「存在していること」そのものに、価値がある。
大地さんのなかで、そんな確かな実感が芽生えていきました。
この気付きを起点に、少しずつ暮らしのサイクルも回り始めたといいます。
「お野菜の『生き様』を伝えていくことで、その思いに共感して手を差し伸べてくれる人や支えてくれる人が増えていきました。自分ができることの可能性が、ものすごく広がったんです」
畑のことを理解し、伝えていくこと。
野菜を育てることへの葛藤から解き放ってくれたのは、ほかでもない、大地さんの畑でした。
大地さんは日々畑に立ち続けるなかで、生き物たちの様々な変化に出会ってきました。
「畑で何が行われているのか、お野菜が社会でどういう役割を果たしているのかを伝えたい。お野菜や生き物たちの働きを人間社会の言葉に『翻訳して伝える』ことが、僕の役割です」
大地さんが考える畑の可能性は、野菜だけにとどまりません。
粘土質の土を活かした土器づくりなど、畑を通して人と人がつながる場も生まれています。
「いろんな生き物と『今』を共有している感覚があるんです。自分は本当にたくさんの命に支えられて今があるんだなって。土や生き物の循環のなかに、自分が関わっていることを感じられる瞬間です」

ひとりで畑に向き合う時間は、孤独ではありません。
大地さんはかつての自分のような、自分が何に支えられて生きているのかを「知らない人」にこそ、伝えていきたいと話します。
「食べることも、畑という社会において大きな変化です。そこにあったお野菜がひとつなくなることで、新しいお野菜を育てることができる。畑に立ち、種をまくことだけが、農に関わることではないんです。
僕たち人間だからこそできることが、絶対にあるはず。10年、20年、30年と積み重ねたとき、畑で起きている変化が、これからどう育っていくのかを、食べる人や料理をする人たちと一緒に共有していきたいです」

「自分には何もできない」と感じている人も、実は、農に携わっている。
ただ、社会が分業化され、農とのつながりが見えにくくなっているのが現状です。
だからこそ、自分なりに問いを持ち、考え続ける姿勢は、大切なことなのかもしれません。
「農は、農家のものだけではない」と話す大地さん。
それぞれができる範囲で、できるかたちで関わっていけばいい。
食べること、選ぶこと、知ることも、選択肢のひとつです。
まずは日常のなかで、アナタなりの関わり方を見つけてみませんか。
その積み重ねが、大きな変化につながっていくはずです。
Editor's Note
すべての生き物に対する愛とリスペクトをもって畑に立つ大地さん。「存在していること自体に価値がある」という言葉は、人間も野菜も、すべての生き物に共通するものとして心に残りました。私も、知るところから始めたいと思います。
MAYUKO KONDO
近藤万由子