GUNMA
群馬
夏は釣り、冬はスキー。
季節を越え、自然を愛する人が「みなかみ」という土地の中で繋がって行く。
いつも誰かがいる、拠り所のようなお店でありたいー。
群馬県の最北端、みなかみ町。
地元の豊かな自然で採れた山菜やジビエを使った料理を提供する、お山の食堂「たんとくわっさい」。
まちの名峰・谷川岳の麓に位置し、みなかみ温泉街から徒歩10分の距離にある、創作料理のお店です。地元のビールや、国産ワインも提供しています。
店の表には、あたたかみのある木でできた壁に「Tanto Kuwassai」のかわいらしくシンプルなロゴ。木彫り熊がお出迎えしてくれます。
オープンから4年。今では遠方から「たんとくわっさい」を目当てに来るお客様も着実に増えてきています。まちの仲間や、常連さんからも愛されているお店です。
地元みなかみの地で、お店をオープンし、これまで数知れない食材に向き合ってきた、店主阿部さんの創業ストーリーと、「たんとくわっさい」の魅力に迫ります。
2020年にオープンした「たんとくわっさい」。4年間続けてきて、心境にある変化があったそうです。
「『いただきます』は命をいただきます、という意味でもちろん大切にしなければいけないのだけど、『ごちそうさま』をもっと大切にしないといけないと最近気づいたんです」(阿部さん)
「いただきます」ときちんと言葉にして発し、自然からいただいた料理を自分の身体に変えることは、もちろん大切。
しかし、「ごちそうさま」には、より深く、大事な意味があると最近感じているそうです。
「いただいた命は自分のものになる。そして、その意識よりももっと大切だと思っているのは、もらった魂を山や川、畑に返すという気持ちを持つこと。そこまでお店で伝えきれなきゃいけない」(阿部さん)
「ごちそうさま」という言葉の大切さを、料理を通じて、いかにお客様にお伝えするか。日々試行錯誤を繰り返しています。
そして、阿部さんが料理を追究する中で、大切にしているのは「食材を知る」ということ。
「いくら素晴らしい料理が出来上がっても、料理人がその食材を知らなかったら、どうしようもないと思うんですよね」(阿部さん)
阿部さんは、食材を知り、シンプルにその食材の美味しさを伝えることを目指しています。「盛り付けも、料理の良さを言葉にすることも、得意ではない」という阿部さん。
しかし、美味しい料理は、どんなにシンプルでも自然と綺麗に見えるものです。
「たんとくわっさい」で使用する食材は、山菜やきのこ、そして猪や熊などのジビエも。地元の食材が一番美味しく味わえる料理を追究し、日々メニューも更新しています。
「フレンチのように美しい料理に仕上げるのも、食材を知ることの一つの方法」と阿部さんは語ります。たくさんの調理法がある中で、食材を生かすために、料理のどの道を究めるのか見極めることも、料理人としての重要な役割だと考えています。
数ある食材の中でも、命をいただく肉には特別な想いがあります。20代で狩猟免許を取得。現在も、自分で獲った肉を調理して、提供しています。
「俺は、肉をばっちり焼き上げられる人になりたいんですよね」(阿部さん)
究極の食材と向き合う阿部さんの想いも、シンプルです。
「たんとくわっさい」を始めたのは、兄と一緒に受け継いだ実家の旅館から「違う道を選んだ」ことがきっかけだったそうです。
もともと、みなかみ町で民宿を経営していた阿部さん一家。両親の代で、民宿から旅館に業態を変え、現在は阿部さんの兄が3代目として継いでいます。
阿部さん自身は20歳のころ、母親の病気の進行をきっかけに東京から戻り、兄と一緒に実家の旅館を受け継ぐ道を選びました。
幼少期より「調理場が遊び場であった」と語る阿部さんは、長年身近だった旅館の厨房を任されることになりました。旅館の経営が苦しい中、「どうすれば売上を伸ばせるだろうか」と思考錯誤したそうです。
その過程で、阿部さんは少しずつ料理の方向性を変えていきました。
海で採れたものから、山で採れたものへ。地元で採れたものを多く使うように工夫していきます。
「少しずつ、海のものを取っ払い、添加物を取っ払い。この土地で採れた食材を生かす料理に挑んでみたんです」(阿部さん)
山で採れたものをお客さんにより美味しく食べてもらうために、挑戦を繰り返していきます。そして、地元の食材へのこだわりが高まっていく中で、「地元の山で獲れた肉も、お客さんに出せるようになりたい」という想いが芽生えます。
その想いが起点となり、阿部さんは狩猟免許取得を目指したといいます。ジビエ料理への挑戦に繋がっていきます。
食事メニューの革新のほか、設備改修やターゲット層の見直しが功を奏し、旅館の客足は順調に伸びていきました。しかしその一方で、阿部さんは旅館での食事処の在り方に違和感を抱いていたといいます。
徐々に、目指す料理を提供できる店を自らつくる、そんな決意が芽生えていきました。
狩猟免許を取得してから、数年後、旅館で働きながらみなかみ駅の近くのマンションに住み始めていた阿部さん。マンションでの暮らしは、旅館で毎日働いていたころよりも自由度が増した一方で、「家はただ帰る場所になっていった」と当時を振り返ります。
自分の居場所を次第に失っていくように感じていた阿部さん。そんな彼が心の拠り所としたのは、現在の「たんとくわっさい」の場所に家を構えていた一家との交流でした。
料理や漬物のつけ方を教えてもらうなど、食を通じて関わりを持つうちに、阿部さんにとって祖父母のように親しい仲になるように。
実は、阿部さんが狩猟を始める時、鉄砲を譲ってもらったのも、その家の主でした。運命的なものを感じさせます。
一家と親交を深めていた最中、その場所に住んでいたおばあ様が不慮の事故で亡くなってしまいます。そして約1年後、その息子から、「家があった場所が売りに出されている」と聞き、阿部さんはすぐに土地の購入を決断しました。
しかし、自分の店をその場所に構えるのか、すぐに決断できたわけではなく、最初は他の場所にしようかという迷いも生じていたそうです。
「迷っていたのは多分、自信のなさですよね。大通りに店を構えた方が、もっとお客様が来るんじゃないかと思ったんです」(阿部さん)
名峰・谷川岳の眺めにも当時はこだわりを持っていて、他の場所と比較して劣る部分が気になることもあったそうです。
しかしそんな中、「ここからでも、谷川岳は十分見える。むしろ静かでいい場所だし、お客様に来てもらえるように工夫したらいいんじゃない」と妻の言葉にも後押しされ、現在の場所に店舗を構えることを決めました。
2020年の4月、完全に旅館の仕事を辞めた阿部さん。その1ヶ月後から、「たんとくわっさい」の店舗工事を始める計画でしたが、コロナ禍の影響で融資が決まらず、開店までは苦しい道のりに。
「たんとくわっさい」がオープンしたのは、想定から約半年後の2020年11月でした。
そこから4年。日々のお店づくりで、今でも大事にしているのは、宿を営む家族から受け継いだ大切なことです。
阿部さんにとって、子どもの頃のあそび場は、宿の厨房。
「お客様に『ごはんですよ』と呼びに行くのが、子どもの頃の仕事でした。茶碗蒸しや、鍋の盛り付けなども任されていました」と幼少期を振り返ります。
母や祖母と一緒に厨房に立ちながら、そこで学んだ料理のエッセンスや、フレンドリーな接客スタイルを今でも受け継いでいます。
お店の名前にもなっている「たんとくわっさい」。みなかみの方言で、「たくさん食べなさい」という意味を持つ言葉です。
実家の旅館を手伝っていた時に、祖母がお客様にいつも「たんとくわっさい」と言って、お客様に料理を出していたそうです。大盛りで振る舞う祖母の料理スタイルは、阿部さんに受け継がれています。
また、いつもフレンドリーな接客をしていたという母。そんな母がいつも言っていたのは、「損して得取れ」という言葉でした。
「料理は祖母から、接客のスタイルは母から。お店の軸はそこにあります」(阿部さん)
こう言い切る阿部さん。家族の想いや信念を受け止め、料理を通じて繋いで受け継ごうという強い意志を感じました。
阿部さんの想いの根底には、家族からの、そして家族への愛情を感じます。
お客様とのコミュニケーションは大事にしつつも、料理についてはあえて詳しい説明をしないという阿部さん。料理については「聞かれたら、答える」姿勢。料理の写真も、メニューには載せていないそうです。
メニューの名前から料理への関心をもってもらう。それは、会話が生まれる工夫でもあります。
思わずもっと知りたくなってしまうシンプルに書かれたメニュー表は、「たんとくわっさい」のお客様と阿部さんの、唯一無二のコミュニケーションツールになっています。
「興味を持って食べて欲しい。それで口に合わなかったら、それは仕方ないですよね。でも、最後はお客様から『美味しかった』と言ってもらえるんです」(阿部さん)
お客様との会話を思い浮かべる阿部さんの頬が、少し緩むのを感じます。
お客様にいかにここで過ごす時間を楽しんでもらうか。美味しく料理を食べてもらうか。
料理を極めるだけではなく、空間づくりやコミュニケーションも、工夫の連続です。
オープンから徐々に常連のお客様も増えている「たんとくわっさい」。
中にはお店を応援しようと、食べきれなかった地元の食材を持って来てくれる地域の方もいらっしゃるのだとか。「食材を余らせてしまったら、腐って捨ててしまうだけ。だから使ってほしい」と。
「それだけで嬉しいですよね。そういうときは、何か別の物にして返すと、またそれがわらしべ長者みたいに、すごいものになって返ってきたりします。『何もいらないんだからね』と言っても。こういう付き合いは面白いですよ」(阿部さん)
現在みなかみ町には、移住者も増えており、新しい交流の形ができつつあるそう。地域の若者は、出て行ってしまうこともあるけれど、家族でみなかみに移住してくれる人も増えてきていると言います。
「みなかみが良いと思って、移住してくれる人が増えています。そういう人間と組んだら、新しいものもたくさん生まれると思う。自分たちが知らないことも、たくさん教えてくれる」(阿部さん)
地域で新たなチャレンジを進めていく上で、移住者の存在はとても貴重だと、阿部さんは考えます。多様な人々同士の交流が生まれる場所が必要とされる中で、「たんとくわっさい」もみなかみの地域内外の人々を繋ぐ場所のひとつになっています。
「昔はふらっと飲み屋にいくと、誰かがいるのが普通でした。そんな場所を作りたいんです」(阿部さん)
ふらっと「たんとくわっさい」に行けば、誰かに会える。
誰かにとって拠り所のような場所になるように。
「たんとくわっさい」はすでに単なる食事処を越え、地域の誰かにとってはなくてはならない居場所なのだと感じます。そして、初めて訪れた人でもコミュニケーションが自然と生まれる工夫がなされているあたたかな場所。
今日、「たんとくわっさい」では、誰がどんな表情で、どんな会話をしているのだろう。つい、長居したくなってしまうような居心地の良い店内で、きっと今日も新たな物語が生まれています。
阿部さんのこだわりと愛情が詰まったここは、いのちの循環を促進する、まちの心臓のようです。自然の息遣いと、鼓動を感じる場所。
みなかみの自然と食を愛し、地域の拠り所となるお店を目指す阿部さんのチャレンジは、これからも「たんとくわっさい」を愛する人々と共に、続いていきます。
地域をつくるのは、「人」。
愛する地域があるアナタへ、ローカルレターをお送りします。
ローカルで活躍する素敵な「人」がきっと見つかるはずです。
Editor's Note
自分の信念を貫く、かっこよさと、お客様に「美味しい」料理を提供する為に惜しみなく愛情を注ぐあたたかさ。そのギャップも、また愛される秘訣だと感じます。阿部さんの作るお料理、「たんとくわっさい」でぜひ、いただいてみたい!です。
YURIKA ARIGA
有賀 由利加