教育
※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第3期募集もスタートしました。詳細をチェック)
仲良しってどういうこと?
なんで地球って丸いの?
なんで太陽って丸いの?
これはすべて、子どもたちが自分で発した問いかけの言葉。
子どもたちってナチュラルで本質的な疑問を持ってるんです。
お話を伺ったのは、埼玉県横瀬町で『森のようちえん』、『絵本de子育て』、『ちっぽけツアー』といった子どもも大人も育ちあう教育事業を展開するとともに、家でも学校でも塾でもない学びの場『NAZELAB(ナゼラボ)』を運営している一般社団法人タテノイト代表の舘野繁彦さん。
地球惑星科学の研究者から教育事業に飛び込んだ舘野さんのお話から、一般社団法人タテノイトが目指す社会の姿を紐解きました。
タテノイトの挑戦は、 2020年 『森のようちえん』から始まりました。『森のようちえん』は、就学前のお子さんを預かる認可外保育施設。自然に囲まれた少人数保育を通して、子どもの好奇心を育てています。
ここでは、子どもたちがその日の活動内容を決めます。
「基本的に僕らはプログラムを用意していないんです。自分で決めた結果が楽しかった、あるいは楽しくなかった、っていう感覚は、自分で社会を変えられる感覚、社会に関わる感覚につながると思うので、自分で考えることを大事にしています 」(舘野さん)
横瀬町の豊かな自然の中で子ども自身が問いを見つけ出す力をはぐくむ、少し変わった育ちの場。
森のようちえんを始めた2020年には2人だった園児も少しずつ増え、2023年2月現在では6人の子どもが通っています。そのうち半分は森のようちえんに通うために横瀬町に移住してきた方。それ以外に、秩父地域から40分ほどかけて通っている方もいるといいます。
「自然の中という環境設定が大事だと思っています。自然の中には時間の変化があるし、空間の連続性と広がりもある。季節によって昆虫も植物も、空の様子も変わる。どっぷり自然の中に浸かっていれば、これってなんだろう?という疑問が実体験とともに自然と出てくるんです。
そういうときに、隣に大人がいて、一緒に考えて、時にはこういう本を読んでみたらいいんじゃない、と本を渡す。その本を見て、この本のこれについて調べてみよう、とまた外に行く。そういった体験と本の往復の中で学びを深めてあげたいと思っています」(舘野さん)
でも、舘野さんは子どもが見つけ出した疑問には答えません。
「じゃあ、なんでだと思う?って大人に聞かれると、子どもなりに回答するんです。大人が先に教えて考える機会を奪ってしまうと、自分で考えない癖がついてしまうと思うんですよね。答えにたどり着かなくても、考えるっていう過程が大事。僕らが余計なことをしなくても、彼らはそこで何かしらの学びを得る。だから、親は専門家である必要はないんです」(舘野さん)
様々な教育の実践の中で大事にしているのは、俯瞰的な視点を持つこと。
「地球の歴史46億年っていう時間スケール。地球を超えて太陽系、さらに太陽系を超えた空間スケールで見たときの地球、そういう視点で今を見ると、人類の歴史なんて本当にちっぽけなこと。俯瞰的な視点を持つっていうのは、生きていく上でも大事なことなんじゃないことなんじゃないかと思ってます」(舘野さん)
そこから生まれたのが、ちっぽけツアー。大きな自然の中で「生かされている」自分を客観的に見ることで、自分のちっぽけさと向き合うことができる。
「秩父の石を見ることから始めるんです。例えば石灰岩の山である武甲山。あれってもともとサンゴの化石でできているんですけど、それがなんでここにあるんだろう?っていう問いからはじまって、地球がいかにダイナミックな動きをして、いかに長い時間をかけて今に至っているのか、それに向き合うことで、自分なんてちっぽけだ、って気づく。そのことを体験とともに知るっていうのは、ここでしかできないコンテンツなんです」(舘野さん)
ちっぽけな自分を知って得られるのは、無力感ではありません。
「自分が自然の一部っていう感覚を知って、地球に対する愛につながっていったらいいなと思って。地球を守ろう、と言われることは増えましたけど、でも、愛してないものを守れない。まず知ること、そしてそこに愛着を持ってから、守りたいという思いが沸いてくる、その順番なんですよ」(舘野さん)
自分で決めること、自分のちっぽけさを知ること、地球の偉大さを知ること。それらはすべて、自分自身の豊かさをはぐくみます。
さらに、2022年7月には、新たに“学校でも家でも塾でもない”小中学生の学びの場『NAZELAB(ナゼラボ)』が誕生。
NAZELABは、日本財団の「子ども第三の居場所」の助成を受けた、子どもたちに新しい学びの場の選択肢を提供する施設。幼児教育の領域から、対象がより広がった、子どもの居場所づくりへの挑戦が始まりました。
「学校に行ってない子はいろんな理由で学校に行ってないんですが、学校に行きたくても行けない子どもの学習する場が奪われてしまっている状況。そういう子たちの学びが保障される場所が必要だと思っています。
不登校の子どもの数が年々増えていく背景にあるのは、子どもの多様性に対して、教育現場に多様性がないということ。特に地方で学校の選択肢も少ないときに、学校が合わなくても他に学べる場所がある、そういった多様性が学びの場にあることが大事だと思っています」(舘野さん)
タテノイトは、既存の教育の形に縛られない学びの場を生み出しています。
様々なアプローチから、豊かな学びを提供する舘野さんは、もともと地球惑星科学が専門の大学教員。パートナーの春香さんも研究者として共働きで働いていた頃、娘さんは10時間保育園に預けられる生活を送っていました。
年少クラスで、担任の先生が1人で20人の子どもを持つ規模の大きな園では、みんなで同じことを、同じタイミングで、同じペースでやっている。それを見て、違和感を覚えたといいます。
横浜、鳥取、川崎、茨城…転勤に伴って様々な場所で子育てをする中で、ローカルでの子育ての良さを知った舘野さん。人口増加率の高い川崎市と、人口最少県の鳥取県での子育てを経験し、そのコントラストに衝撃を受けました。
いま子どもを見ていて思うのは、本当に子ども って1人ずつ違うし、決して未熟ではなく、それぞれに合った学びや生活のスタイルがある。だから、少人数で1人1人の子どもの育ちに関わる場がもっとあったらいいなと思ったのが教育の分野に踏み出したきっかけです。舘野 繁彦 一般社団法人タテノイト
自分が描く教育を実践していきたい、という思いで春香さんのふるさとである横瀬町に移住し、幼児教育の実践の場として『森のようちえん』をスタート。勤務する大学を辞め、全く経験していない分野へためらいなく飛び込みました。
「僕としては、研究分野を地球惑星科学から教育にスイッチしたっていう感覚なんです。何か新しい研究をやるときって、常にワクワクするんですよ。夜も眠れないくらい。研究を始める前に脳内で妄想しているときは万能なので、そういう感覚でした。大学を辞めるときも、楽しいだろうって気持ちの方が大きかった。
娘の子育てでいうと、妻の実家のそばに住むことができて、両親の助けを受けながら子育てができるという意味でもいいと思って」(舘野さん)
「研究者って、自分で問いを立てて、それを自分で試行錯誤しながら解決していくんです。自分の中で湧き上がる『なんでだろう?』を見つけて、それを解決したいって思うことは自然な発想だと思うんですね。この一連の流れはとても楽しくて、学びって本来そうあるべきだなと思うんです。でも、今の教育はすべて与えられるものになっている。
研究者だった僕らが自然にやっていた楽しい営みを、子どもたちも体験することができたら、学ぶことが楽しいと思えるんじゃないかなと思っています」(舘野さん)
ワクワクする気持ち、楽しいという気持ちをまっすぐに追求するエネルギーは、これまでもこれからも、ずっと舘野さんを動かし続けています。
タテノイトが目指す未来は、一人ひとりが自分らしさを持ち続けられる社会。
「自分なりの学びをそれぞれが見つけられて、子どもたちが自分なりに輝いていける世の中を目指しています。他者との比較じゃなく、本当に自分なりの幸せを見つけてくれればいい」(舘野さん)
大人も子どもも、自分で問いを生み出しながら、自分なりの楽しさを見つけて生きていくには、どうしたらいいのでしょうか。
「横瀬に来たらいいんじゃないですかね。横瀬にきて、いろんな人や自然と出会う中で、横瀬で暮らす人たちは、自分の『楽しい』を持って輝いている人が多いと思ったんです。夢中になることを見つけるって大事だなって思います」(舘野さん)
横瀬町という環境も、タテノイトを支えている重要な要素。多様な人が多様なしあわせ・ライフスタイルを実現できる「カラフルタウン」を目指す横瀬町の人々も舘野さんの挑戦のエネルギーになっています。
NAZELABの隣には、使用されなくなったJA旧直売所跡地を利用したオープン アンド フレンドリースペース『Area898(エリアはちきゅうはち)』と『LivingAnywhere Commons横瀬(通称、LAC横瀬)』があります。この二つは同じ敷地内にあり、町民も町外の人も自由に使用できる大きなコミュニティスペースになっています。
「横瀬町にはArea898とLAC横瀬があるので、子どもからお年寄りまで、いろんな人が交流できるんです。子どもにとっては、多くの大人に触れる機会が大事だと思うんですよね。そこから学びが生まれるし、こういう大人がいるんだ、って知ることは、将来の出口を考えるときのキャリア教育にすごく大事なんじゃないかと。
タテノイトの事業を始めるタイミングで、ちょうど町内の若手メンバーがArea898をリノベーションしていて。地元の、特に僕ら世代の人たちが中心になっているのを見て、横瀬町いいなって思いました」(舘野さん)
タテノイトという経糸(たていと)に対して、横瀬町という緯糸(よこいと)は不可欠な要素。経糸は緯糸次第で様々に表情を変えます。
自分なりの楽しさを忘れないこと。簡単なようで難しいこのことが、タテノイトの挑戦を支えています。
Editor's Note
横瀬町で驚いたのは、誰もが楽しそうにしていることでした。今回の合宿で取材を受けてくださった方々だけではなくて、みなさん居心地がよさそうにしているんです。舘野さんのお話を通して、町の人たちが「自分で楽しもうとしているから」そんな横瀬町が実現しているのかもしれないと感じました。一人ひとりがヒーローになれる、あたたかくて素敵な場所でした。
AYAMI NAKAZAWA
中澤 文実