仕事術
まだまだ「お堅い」イメージが強い公務員という役職。
堅実すぎるあまり、近隣自治体がやっていない事例はやらない。まずは検証してから考えよう。予算がないからしない。議会の承認が得られず実施ができない。なんて、言葉を耳にすることは珍しくありません。
ですが、そんな中でもたまに出会ってしまうことがあるんです、とにかくぶっ飛んだ「スーパー公務員」と呼ばれる人たちに。
民間企業で功績を残した大人でさえ唸るほどの行動力と、予算がなくてもメディアに注目されるアイディアを生み出す企画力、地域内外の人から協力を仰げる人脈と巻き込み力。
これまでLOCAL LETTERで取材をしてきたスーパー公務員さんには、多かれ少なかれ、これらの力が備わっており、それを最大限、地域のために活用していると感じています。
今回取材をした長野県辰野町役場 産業振興課の野澤 隆生 氏もその一人。これまで17以上のプロジェクトを企画・運営してきた野澤氏は、その全てが地域外からも高い評価を受け、予算0にも関わらず各プロジェクトを通じた広告換算費は年間で、2,000万円以上を叩き出します。
「私はプロジェクトは役場内だけで考えず、役場外の仲間を巻き込むことを大事にしています。やりたいと思ったものは全て実現できていますよ」と、さらりと話す野澤氏への取材からみえてきた “圧倒的成果を出す仕事術” をまとめました。
事業の立案から実行まで全てをこなす野澤氏。まず最初に事業を考える上で大切にしていることを教えてくれた。
「基本的に、まず最初に “行政だから” “民間だから” という制約は取り払って、純粋に、 “この地域にこんなものがあったらいいなあ” という想いを膨らませていくんです。やりたいものを見つけたら、今度は実現するための業務を細分化して、ここで初めて行政と民間で役割分担をします」(野澤氏)
行政が得意とする事業の補助や支援、人を繋げるという領域と、それ以外の領域で役割分担を行ったあとは、両者が実際にどのように動くのか、仕組みづくりまで野澤氏が行う。
「基本的に目的は “まちが” 何かをやることではなく、この地域にできたらいいものを実現させていくことです。私にとっての成功は、辰野町に関わった人たちが生き生きとして、継続性が生まれていくこと。まちが主体でやってもまちの予算がつかなければ継続することは難しいと感じています」(野澤氏)
最近では、行政が主体でイベント運営を行なっている事例も多く見かけるようになったが、野澤氏はこの状況に疑問を感じているという。
「私自身は、本来の役割とは違うことをしている行政が多いと感じています。例えば、行政がイベントをやって人がすごく集まったとしても、じゃあこれがいつまで続けられるんだという話で、ずっと予算をかけ続けるのか?そもそも3年ごとに行政は担当者が変わる中で、継続できるのか?疑問が残ります」(野澤氏)
継続性を考えれば、民間がプレイヤーになって、行政はプレイヤーではなく支援をしていくことが大事だと語る野澤氏。
「事業を継続させるには、能動的に面白いことをやりたいという人をどんどんと集めて、その人たちに力を発揮してもらうことで、事業が面白くなり、継続していくというサイクルをつくることが重要です。そのために、行政は事業を始めるための最初の補助金を確保することや、地域内の人たちとマッチングを行い、事業のシナリオを描いてあげることが大切な役割だと思っています」(野澤氏)
とはいえ、能動的に面白いことをやりたい人をどんどん集めることに苦労している地域がほとんどだろう。野澤氏は、人を集めるためにどんな工夫をしているのだろうか。
「地域にはそれぞれ違ったカラーがあります。何が正しくて何が間違っているとか、どこが上、下ということはありません。私は地域資源がとても大事だと思っていて、辰野町には何もないと言われますが、それなら辰野町には、何もないという地域資源があるんですよ。要は余白があるということです。余白があるから、若者でも入りやすいし、入ると地域の中には協力者がめちゃくちゃいる。これが辰野町のありのままの地域資源です」(野澤氏)
ありのまま(=プラスマイナスゼロの裸)の姿を見せることを大事にしているという野澤氏の価値観は、自身が仕掛けるプロモーションにも影響を与えている。
「私自身はプロモーションは、100(等身大の姿)を超えてはいけないと思っています。最大でも100で、理想は80くらい。80くらいで情報を伝えていると、実際に地域に訪れてもらった時に良さを感じてもらいやすくなります。でも110(等身大以上の姿)を伝えてしまうと、実際に地域に訪れた時、マイナスのギャップが生じてしまう。かといって、40や50になるとプロモーション不足だと感じるので、常に80~100を目指してプロモーションをしています」(野澤氏)
ミスマッチが起こると、お互いに不幸になるからこそ、必ず本音で話をし、ありのままの姿を見せることを徹底する野澤氏。他にも、あえて高額の助成金制度を設けないことで、フィルターをかけているという。
「辰野町は必ずしも大都市のようにサービスが充実しているわけではなく、その点で苦労のある部分もあるかもしれません、と伝えます。それでも辰野町に来てくれる人は、自ら何かを生み出そうとしてくれるし、ずっとここにいてくれます。そして面白い人がいれば、面白い人は必然的に集まってきますからね」(野澤氏)
ありのままを伝えるためには、情報収集も怠らないという野澤氏。その収集方法にもこだわりがあった。
「誰が何をしているかを知っているだけでなく、その人と人間関係をつくっていることが重要です。世間話をしていく中で、何もないことが地域資源だと思っていたまちに、世界的に成功している人や、日本の深海から宇宙までを相手にしている工学工業の会社があることを気付かされます」(野澤氏)
常に地域の最新情報を知っているからこそ、都内の移住定住セミナーでは、その場で連絡をとって、参加者と地域の人を繋げることもする。
「整備士をやっているという方に出会った時は、辰野町で自動車会社を経営している社長に電話をしました。紹介はスピードが何よりも大事で、出会ったその場で繋ぐようにしています。今は、携帯一つで繋がれる世の中ですからね。でも、これは地域の情報を持っているだけでなく、あらかじめ地域の人と信頼関係を築いていなくてはできません」(野澤氏)
全てを把握しているからこそ、自信を持って超面白いと語れる野澤氏。辰野町の規模だからできることだと笑って話す。
入庁時から公務員は最高に面白いと思っていたという野澤氏は、新卒で辰野町役場に入庁し18年が経った今でも、その想いは変わらないという。
「もしかすると年々、面白くなっているかも。何しろ、目先の利益は考えずに、地域のためなら、なんでも思い通りにすることができます。もちろん、実施するからには根拠がないとダメで、根拠を示した上で、提案をあげて、ちゃんと認められないと何もできませんが、そこは頑張ればなんとでもなりますよ」(野澤氏)
しかし、上司や議会の理解を得られず、実施できなかったという話はよく耳にする。野澤氏は一体どのようにしているのだろうか。
「確かに、しがらみや問題があって、なかなかうまくいかないことは多々あります。でも、そこですぐに折れてしまう時は “想い” が足りないんだと思うんですよ。例えば、提案した企画をダメだと言われたとしたって、それを実現させる方法は100通り以上あるはずなんです。その全ての方法を試さないで諦めてしまうのはもったいない」(野澤氏)
「私個人としては、組織に何かを求めすぎない方がいいと思っています。何かを実現させる時に一番大事になるのも “想い” なんです。想いがあれば、例えテクニックがなくても、“どうしたらできるのか” を考えます。反対にテクニックがあっても、想いがなければ、うまくいかなくなった瞬間にすぐに折れてしまうんですよ」(野澤氏)
「想いがある人は “自分ごと” として物事を捉えている人だ」という野澤氏は、自分ごとと捉えている人は、絶対に仕事が面白くなると話す。
「辰野町の財政状況は自分の財布と同じように思えないと面白くないし、自分の会社が潰れたり、元気になったりしたら、自分の心も痛んだり、喜んだりしないと絶対に仕事は面白くなりません。多くの人は、自分とは関係ないと思ってします。自分ごととして考えられなければ、新しいことにチャレンジしようとは思えないし、危機感も感じません」(野澤氏)
例え行政でできなくても、民間や住民主導で行う方法も模索するという野澤氏は、自ら望んだ企画は全て実施しているという。
「辰野町のまちの規模も大きく関係していると思いますが、例えば、町のためにこれはやるべきだと思った企画が役場内でなかなか理解されなかったとしても諦めません。もしも役場内で進めることが難しければ、民間企業と協働することもできますし、私個人のライフワークとしてやることもあります。必ずしも行政としてやることにこだわる必要はないと思うんです」(野澤氏)
3つの係長を兼任し、行政ができない事業は民間や個人で実施する野澤氏は、想像するだけでもハードスケジュール。一体どんな風に仕事をしているのだろうか。
「多くの人がルーティンワークに時間を取られて、クリエイティブな仕事ができていないと言われています。なので、私はルーティンワークには時間をかけません。私が時間をかけるのは、新しく企画をつくるといったクリエイティブな仕事のみです」(野澤氏)
ルーティンワークにはミスをしないよう細心の注意を払いながらも、余計な華飾(綺麗なレイアウトに直すなど)はせずに、瞬殺することを大切にしているという野澤氏。常に机の上に仕事を残さず、物理的な整理をすることで、目の前の仕事にのみ集中できる環境を生み出しているそう。
「人もお金も時間もない中で、新しいことをやっていくには、まず業務の取捨選択が必要です。絶対にやる必要があることのみに注力することが大事です。そのためには、まずは整理が大事。整理ができていないと、頭がごちゃごちゃなので、何もできません。ちょっとした余白があることで、面白さが生まれるんです」(野澤氏)
野澤氏が時間をかけて大事にしている一つに、地域住民と話をする時間がある。
「よく行政は住民の声を聞いて、住民の望むことをやるべきだと言われますが、私自身はそれだけでは十分ではないと考えています。実際に住民の方が望んでいることは、表面上の望みであって、本当に望んでいるのはもっと奥の深いところにあるんです。表面上の声を大事にするのではなく、なぜその要望をしているのかを考え、本当に望んでいるものを見つけて新たな価値を提供することが大切です」(野澤氏)
しかし、住民が表面上で望んだものと、野澤氏の答えは、結果として目指す方向性は同じでも、アプローチ方法が異なることから、住民にすぐには理解してもらえないこともある。
「すぐに理解してもらえない時は、議員さん、高齢者、経営者など、それぞれの人の言葉に翻訳して、皆さんの身近な具体例を使って説明を必ず行うようにしています。相手の立場に立って同じ目線で話をすることが重要で、それぞれの事情や思いがあるからこそ、多様性を認めた上で、その人の想いに耳を傾け、それを受け止めてから話すことが大事です」(野澤氏)
とても労力のかかる行為ですが、実現したいという想いがあるからこそ、物事を前へ動かすためには怠ってはいけないことだと野澤氏はいう。
これまで、宝島社『田舎暮らしの本』シニア世代が住みたいまちランキング第1位を獲得したほか、TV番組・新聞・WEBメディア・雑誌等各種メディアに様々な形で掲載されている辰野町ですが、野澤氏は「掲載されたことにとらわれてはいけない」と話す。
「私は何事にも “で?” ということを大切にしていて、例えば、1,000人集まるイベントを行いました!と言われたら、 “で?それで、何が変わったの?” と必ず質問します。1,000人集まるイベントができたとしても、何も変わらなかったら失敗だし、10人しか集まらなかったとしてもその人たちがコアメンバーであれば、すごい成果です」(野澤氏)
本質を大事にしている野澤さんだからこそ「で?何が?」「で?どうなったの?」と、成果に耳を傾けるようにしている。
「何か賞が取れたり、掲載してもらえたら嬉しいですが、目的はそこではありません。受賞や掲載の先に何に繋がっているのか、本質を見える人が街に増えたら、もっと辰野町は変わっていくと思います。そして今まさに、辰野町には本質が見える人がどんどん増えているので、これからが本当に楽しみなんですよ」(野澤氏)
取材の最後には「私は、相手の自主性を尊重したいので、完全に住まなくてもいいし、遊びに来るだけでもいいと思っています。相手のモチベーションに合わせて一番いい方法をご提案しますよ」と楽しそうに話す野澤氏。
テクニックよりも想いが大切。その言葉通り、誰よりも自らが一番楽しみ、実現するための方法を徹底的に考え、実行させることで、大きな成果を生み出すスーパー公務員 野澤 隆生氏の姿が長野県辰野町にあった。
Editor's Note
とにかく、パワフルに、アクティブに動き続ける野澤さん。野澤さんの動きが波紋のように広がり、辰野町には今、面白い人たちがどんどん集まっています。ぜひ気になった方は他の記事もご覧になってみてくださいね。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々