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LOCAL LETTER

「地方には何もない」と嘆く前に。イタリアの風景が教えてくれたこと【宮内俊樹のテリトーリオ散歩①】

JAN. 12

ITALIA

拝啓、地方には「何もない」と嘆くアナタへ

※本記事は宮内 俊樹氏(クロスボーダーLLC代表)によるコラムです。

みなさんは「テリトーリオ」という言葉を聞いたことがありますか?イタリア語で「領域」や「領土」を意味する言葉で、英語でいう「テリトリー」やフランス語でいう「テロワール」に近い語源ですが、イタリア語ではもっと広い意味を指します。

そこは後述するとして。そもそもこの「イタリアのテリトーリオ」が示す概念と戦略が、日本の地域創生を考えるうえで非常に学ぶところが多い、という観点があります。それが、私がローカルレターで連載をしたいと思った大きなきっかけです。

「イタリアのテリトーリオ」について地域メディアで連載をするというのは、まだまだ事例が少ないと思います。ですので、まずはさまざまな用語の定義、全体像の紹介をしっかりとやっておこうかと思います。

宮内 俊樹 クロスボーダーLLC代表/フィラメント・シニアコンサルタント
1967年生まれ。早稲田大学法学部卒。雑誌編集者を経て、2006年ヤフー株式会社に入社。2012年より社会貢献サービスの全体統括、大阪開発室本部長を歴任。天気、路線、防災のサービスを統括し、Yahoo!天気アプリを2年で7倍のユーザー数に成長させる。2020年ディップ株式会社にジョインし、執行役員、ディップ総合研究所所長を歴任。現在トラストバンクで地域創生に携わるほか、クロスボーダーLLC代表として、フィラメント・シニアメンター、スパイスファクトリーなど、地域創生、防災、行政、社会貢献等の複数プロジェクトに携わる。

イタリアのテリトーリオ戦略とはなにか?

まず、本連載のキーワードである「テリトーリオ(Territorio)」という言葉について定義しておきましょう。 イタリア語の辞書を引けば、英語のTerritory(領土、地域、領域)と訳されます。しかし、イタリアの都市計画や地域政策の文脈で使われるこの言葉には、行政区画としての「地域」を超えた、もっと深く、熱量の高い意味が込められています。

イタリア都市史研究の第一人者である法政大学の陣内秀信先生は、編著『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流』(白桃書房)の中で、テリトーリオについて次のように示唆されています。

木村純子・陣内秀信 編著『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流』白桃書房, 2022.

イタリアでは1970年代に入ってから、経済性偏重の都市政策の結果、都市の過密と農村の過疎が顕著となった。それをきっかけに、歴史、文化、環境、住民意識等の非経済的な価値を重視する地域政策への転換へと舵を切ることになる。その鍵となったのが、「テリトーリオ」の概念である。これは、地域の文化、歴史、環境、その土地の農産物の価値を高め、都市と農村の新しい結びつきを生む社会システム概念である、と。

つまり、テリトーリオとは単なる土地のことではなく、「歴史、文化、環境、食、そしてそこに住む人々の営みが、長い時間をかけて織りなしてきた独自の文脈(コンテクスト)の総体」であり、それを基盤とした「社会システム」だと言えます。

日本の地域創生において、私たちはしばしば「うちの町には何もない」と嘆きます。しかし、テリトーリオの視点に立てば、「何もない場所」など存在しません

 その土地の気候風土、先人が築いた石垣、郷土料理、祭りのリズム、職人の技術。そのすべてが固有の資源であり、他にはない競争力の源泉となります。イタリアは、これらを「古いもの」として博物館に飾ったり捨ててしまうのではなく、現代の経済活動の中に巧みに組み込み、高付加価値なブランドへと昇華させているのです。

日本の「効率性」とイタリアの「全体性」

振り返ってみれば、日本の近代化、特に高度経済成長期以降の国土形成は、徹底的な「効率性」の追求でした。 

ヒト・モノ・カネ・情報を東京という一点に集中させ、そこから全国に分配する。国土交通省のデータを見ても、主要都市圏へのGDPや人口の集中度は、東京圏が世界的に見ても突出しています(さらに突出しているのが韓国・ソウル)。

効率を突き詰めれば、東京に集まるのが正解かもしれません。しかし、その結果、私たちは地方が持っていた豊かな「余白」を切り捨て、どこに行っても同じようなチェーン店が並ぶ、金太郎飴のような風景を作り出してしまいました。

「各国の主要都市への集中の現状」令和元年12月6日 国土交通省国土政策局資料より

一方、イタリアの都市構造は対照的です。 イタリアには、東京のような一極集中の巨大都市は存在しません。首都ローマや経済都市ミラノでさえ、人口規模は東京圏とは比較になりません。

その代わり、イタリア(特に中部・北東部)には、多くの中小都市がネットワーク状に点在し、それぞれが独自の強みを持ちながら自立した経済圏を維持しています。これを「多心型」の都市構造と呼びますが、イタリアは歴史的にそもそも都市国家であったことの影響もあり、地域ごとの独立心が高いと言われます。

彼らが重視するのは、部分的な効率性ではなく、「全体性(Totality)」です。都市と農村を分断せず、歴史と現代を切り離さず、一つの連続した「織物(Tessuto,テッスート)」として捉える。古い建物を壊して新しいビルを建てる「スクラップ&ビルド」ではなく、歴史的な文脈を読み解き、外観を残しながら内部を現代の生活に合わせてリノベーションする。

これは単なる懐古趣味ではありません。「プロセスを重視」し、時間をかけて作られた価値こそが、簡単には模倣できない最強の差別化になると知っているからです。

世界遺産オルチャ渓谷で見た、これからの豊かさのあり方

というわけで、実際の「テリトーリオ」の魅力を肌で感じるべく、私は2025年の春にイタリアを訪れました。「テリトーリオ」を象徴するトスカーナ州の世界遺産、オルチャ渓谷(Val d’Orcia)を紹介します。

フィレンツェから電車とレンタカーで2時間ぐらい。そこには、息をのむような美しい田園風景が広がっています。

丘の上には城郭都市としての旧市街を眺望し、下にはオリーブやブドウなどの耕作地が一面に広がり古い農家が点在します。ただ景色が綺麗なだけではなく、この風景が残された裏側には、ある劇的なドラマがありました。

実はオルチャ渓谷は、1970年代には存続の危機に瀕していました。高度経済成長期、この地域からは若者の40%が流出し、土地は荒廃してしまいました。驚くことに、一時は産業廃棄物処理施設の候補地になりかけたこともあったそうです。しかし、そこで市民たちが立ち上がりました。「芸術的な自然公園を作る」というポジティブな抵抗運動を展開したのです。

そして1980年代に入り、景観法やアグリツーリズム法、スローフード運動といった「田園の再評価」の流れが生まれます。5つの基礎自治体(コムーネ)が手を取り合い、観光、食、農業、環境保護を組み合わせた地域ブランドを創出。その結果、2004年には「オルチャ渓谷」としてユネスコの世界遺産に登録されるまでになりました。

ありふれた田園風景の価値を見出し、あえて開発せずに「残す」という選択をしたことこそが、現代における革命となったのだといえます。

私が宿泊したのは、9代にわたって300年近く続く農家でした。いわゆる「アグリツーリズム」の宿です。外観は中世の雰囲気をそのまま残していますが、内装はリノベーションされていてとても快適。1泊2.5万円ほどで、歴史の中に暮らすような体験ができました。

部屋に置かれていた手書きの「ストーリーブック」には、地域のオススメ情報から宿の歴史までが丁寧に綴られていて、オーナーの土地に対する愛着が伝わってきます。

朝、窓を開けるとそこには幻想的な風景が。立ち込める朝霧、丘の上に並ぶ糸杉。夜には満天の星空。 「パエサッジョ(Paesaggio)=文化的景観」という言葉があります。単なる自然現象ではなく、先人たちの営みが作り出した眺望そのものが、ここでは資産として大切にされているのです。

旅の醍醐味といえば、やはり食ですよね。 こちらの食事は徹底してオーガニック。そしてキーワードは「キロメトロ・ゼロ(Km 0)」です。これは要するに「地産地消」のことですが、イタリアでは単なるスローガンではありません。

できるだけ近隣の食材を、その土地で食べるこれ以上ない贅沢です。「豊かさ=喜び」とはこういうことだと実感します。

日本の地域創生のこれからのために

思えば 日本でも2000年代にエコブームというものがありました。 地産地消やスローフードが叫ばれ、環境に対するアクションが一種のブームになりましたが、大きく広がってきたとは言いがたいと思います。これは「豊かさ=喜び」から発したアクションではなかったというのが、大きな原因ではないでしょうか?しんどいのは長続きしません。

同時に、工業化や高度経済成長の中で、イタリアは立ち止まり自身のアンデンティティーに立ち返って変化することができたが、日本はそれができなかった、ということなのかもしれません。

とはいえ日本の地域の中でも、地域固有の豊かさを体現している場所は決して少なくありません。そうした地域創生の好事例が、どんどん増えていってるとも言えます。さらなるアクションアイテムとして、「イタリアのテリトーリオ」という成功事例からエッセンスを学び、日本の各地域と接続していくのはなにかのヒントにつながるのではないかと思っています。私は専門家ではありませんので、そうした「楽しく、役立つ」レポーティングをこれからやっていきたいと思います。

次回以降は、オルチャ渓谷の都市と郊外との関係や、農と食を繋ぐ「アグリツーリズム」の現場、そして日本の「地域生活圏」構想との比較など、より具体的な事例を交えながら、「テリトーリオ」の魅力に迫っていきたいと思います。堅い堅い話だけでなく、美味しいワインやパスタの話も出てくるはずですので、どうぞリラックスして、散歩をするような気分でお付き合いください。

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(参考文献・引用)

  • 木村純子・陣内秀信 編著『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流』白桃書房, 2022.
  • 国土交通省「各国の主要都市への集中の現状」令和元年.
  • 日本政策金融公庫論集 第14号「国際競争下におけるイタリアの産業地域の変容」(遠山恭司), 2012.

※クレジット無の写真はいずれも筆者撮影

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