ITALIA
イタリア
※本記事は宮内 俊樹氏(クロスボーダーLLC代表)によるコラムです。
前回は、古い建物を修復して使い続けるイタリアの都市再生(チェントロ・ストーリコ)の哲学についてお話ししました。今回は、イタリアの地域経済を支えるもう一つの太い柱、食と農、そして観光が織りなす幸福な関係性について掘り下げていきたいと思います。
テーマは『アグリツーリズモ(Agriturismo)』です。私が実際にトスカーナの丘陵地帯を訪れた際の記憶と、イタリア独自の厳格な法制度、そしてそこから見えてくる日本の農泊やガストロノミーへの提言を交え、じっくりと語らせてください。

イタリアのトスカーナ地方、世界遺産にも登録されているオルチャ渓谷。糸杉が並ぶ緩やかな丘陵地帯にある農家民宿(アグリツーリズモ)で迎えた朝のことを、私は鮮明に覚えています。
窓を開けると、見渡す限りの田園が朝霧に煙っています。朝食のテーブルに並ぶのは、その農家で採れたばかりの野菜や地元のパン、チーズ、ジャムなど。都会の高級ホテルのようなきらびやかな豪華さはありません。しかし、そこにしかない圧倒的な豊かさがありました。

なぜ、イタリアの田舎はこれほどまでに人を惹きつけ、居心地が良いのでしょうか。
景色が良いから? 食べ物が美味しいから?
もちろんそれもありますが、本質的な理由は、彼らが農業という営みを、観光のための演出として消費するのではなく、地域を支える誇りある生業(なりわい)として中心に据えている点にあると思います。
日本でも近年、農泊やグリーンツーリズムという言葉が定着しつつありますが、イタリアのアグリツーリズモは、その定義と覚悟において一線を画しています。
イタリアには『アグリツーリズモ法』という国の法律があります(1985年制定、2006年改正)。ここで最も重要なのは、『アグリツーリズモ活動は、農業活動を補完するものでなければならない』という大原則です。これは単なる精神論やスローガンではありません。法律と州の条例によって、厳格な数値基準が設けられています。
例えばトスカーナ州の規定では、農業経営者の労働時間において、観光業(宿泊・飲食サービスなど)に費やす時間は、本業である農業に費やす時間よりも少なくなければならないと定められています。
つまり、観光客を呼べば儲かるからといって農業をおろそかにし、ホテル業がメインになってしまった瞬間に、それはアグリツーリズモの看板を外さなければならないのです。

なぜ国を挙げてここまで厳しく管理するのでしょうか。
それは、イタリアの農村の美しい景観(パエサッジョ)や文化を守っているのは、あくまで農業という日々の営みだからです。農業が衰退し、畑が耕されなくなれば、美しいブドウ畑もオリーブ畑も荒れ果て、観光資源としての価値そのものが失われてしまう。
だからこそ、観光はあくまで農業を支え、農家の所得を向上させるためのサブシステムであり、主客が転倒してはならない。
この手段と目的の履き違えを防ぐ法的なデザインこそが、イタリアのアグリツーリズモを成功に導いている最大の要因なのだと思います。
イタリアのアグリツーリズモの面白さは、その多様性にもあります。
中世の古城や貴族のヴィラを改装したラグジュアリーなものから、家族経営の素朴な民宿、乗馬や料理教室が楽しめる体験型のものまで、全国に約2万5000軒もの施設が存在しています。
そして、イタリアのアグリツーリズモを語る上で絶対に欠かせないのが『食』です。
ここにも厳しいルールが存在します。

2006年の法改正では、提供する食事や飲み物は、主に、自家生産物及びその地域の農業経営者の生産物から作られたものでなければならないと規定されています。
さらに、D.O.P.(原産地呼称保護)やI.G.P.(地理的表示保護)といった、EUの厳格な品質認証を受けた地域特産品を優先的に使うことが求められます。
「スーパーで買った方が安いから」という理由で、遠く離れた外国産の食材を使うことは許されません。この地域内での経済循環(キロメトロ・ゼロ=生産地から0kmでの消費)を法律レベルで義務付けているのです。
単に新鮮で美味しいというだけでなく、フードマイレージ(輸送に伴う環境負荷)を減らし、地域の生態系を守るという側面も持ち合わせています。

これは、1980年代にイタリアのピエモンテ州から生まれ、世界へ広がったスローフード運動の哲学『おいしい、きれい、ただしい(Good, Clean, Fair)』の体現でもあります。
これにより、アグリツーリズモ農家は単なる宿泊施設ではなく、地域の食文化のショーケース(メディア)となります。
旅行者は、夕食で提供された生ハムやチーズに感動し、「これはどこで買えるの?」と尋ねる。すると農家は「この先の坂を下った〇〇さんの工房だよ」と案内する。
こうして、一軒の農家に落ちたお金が、地域全体の生産者へと波及していくように見事にシステム化されているのです。
イタリアに滞在すると面白いのは、友だちと食事をする際にも、その街ならではのメニューやワインをさりげなくおすすめされること。そこから歴史や文化の話に発展することもしばしばです。
スローフードや地域への愛が当たり前なので、誰もが自然に地産地消を意識しています。そしてその方が確実に『おいしい』のです。

私が昨年宿泊をしたアグリツーリズムの宿も、宿泊客はそこまで多くないように見えたのに、夕食になると駐車場は満杯になりました。どうやら地域の住民や他のホテルの宿泊客も食事を目当てにこの宿のレストランを訪れるようです。
こだわりの食事は本当に人を呼び寄せますね。
翻って、日本の地域創生における『農泊』はどうでしょうか。
私の両親の在所である長野県飯田市は、古くから農泊を積極的に実施している地域でした。それ以外の地域でも近年、古民家をおしゃれに改装し、Wi-Fiを完備し、快適なベッドを設えるなど、特にインバウンド客も意識したハード面の整備が進んでいます。
しかし、『農業や地域風土との有機的な結合』という点では、特に課題があるように感じます。
イタリアから学ぶべきは、彼らの『カンパニリズモ(郷土愛)』でしょう。「自分たちの村のワインが世界一だ」「うちのマンマのパスタ以外は認めない」。
その頑固なまでのプライドが、効率性よりも固有性を優先させ、結果として世界中の人々を魅了するハイブランドになっていると思います。
日本には、南北に長い国土が生み出す四季折々の素晴らしい食材と、海から山へと連なる美しい里山の風景があります。必要なのは、それらを安売りせず、しっかりと価値付けし、一つのストーリーとして伝える編集力です。
例えば、山形県鶴岡市のイタリアンレストラン『アル・ケッチァーノ』の奥田政行シェフの取り組みなどは、まさに日本におけるテリトーリオの実践と言えます。在来作物を守り、地元の生産者と深く結びつき、その土地でしか味わえない究極のローカル・ガストロノミーを提供する。
こうした『わざわざそこへ食べに行く理由』を作ることが、地域をサステナブルに回す原動力になります。
また最近は『ディスティネーション・レストラン』という言葉も浸透してきました。あえてその店を目的として旅をするクラスの日本の名店のことで、ジャパンタイムスが2021年から開始し、毎年選定しています。

ジャパンタイムス「「Destination Restaurants List 2025」より
https://authentic-japan-selection.japantimes.com/jp/
日本の地域において、この『食のテリトーリオ』を牽引する存在として私が期待しているのが、地方の『スモール・ジャイアント』と呼ばれる中核企業や、アトツギ経営者たちです。
例えば、地域の老舗酒蔵や醤油蔵、味噌蔵などが、単に調味料や酒を造るだけでなく、地元の農家と契約して原材料から育て、古民家を改装してオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)を運営するようなケースが日本全国で次々と生まれています。
彼らがハブとなり、料理人、農家、クリエイターを巻き込むことで、点であった活動が面となり、強力な地域ブランドが形成されます。行政の補助金頼みではなく、こうした地域に根を張るプレイヤーが主体となって経済循環を生み出すことこそが、日本版テリトーリオの実現には不可欠です。
農泊の夕食のテーブルで、「この野菜は裏の畑で今朝採れたものです」「このお酒は、この集落の水と米だけで作られています」と、生産者の顔が見える物語を添えること。
そして、行政やDMO(観光地域づくり法人)は、単に『観光客数』を追うのではなく、『どれだけ地域内でお金が循環したか』『どれだけ地域の食材が消費された』を本来の指標(KPI)に置くべきでしょう。
アグリツーリズムにおける食事は、単なる栄養補給ではありません。
その土地の気候、風土、歴史、そして作り手のプライドを五感で感じる行為です。そして私たちが旅先でその土地のものを食べることは、その地域の「テリトーリオ(文脈)」を体内に取り込み、自分自身がその風景の一部になることなのかもしれません。
さらにイタリアには『エノガストロノミア(Enogastronomia)』という言葉があります。地域のワイン(Eno)と美食(Gastronomia)を、その生産地で共に味わう体験のことです。というわけで次回の旅では、ワインについて書きたいと思います。
それではBuon appetito(ボナペティート)!
(参考文献・引用)
TOSHIKI MIYAUCHI
宮内 俊樹