TOHOKU・ZENKOKU
東北・全国
※本レポートは東北経済産業局が主催したイベント「TOHOKU アトツギ Meetup in盛岡」(2025年11月18日開催)の中から、「地域アンバサダー3名によるトークセッション」および「アトツギと支援者によるトークセッション」の一部を記事にしています。
地方経済の活性化に欠かせない、既存の経営資源を受け継ぎ次の時代につなげる「アトツギ」たち。
その挑戦と奮闘の舞台裏には、一筋縄ではいかない苦悩や、それを乗り越えるための熱い想いがあります。全国規模のピッチコンテスト「アトツギ甲子園*」での経験を通じて見えた事業承継のリアル、そしてアトツギと支援者が「ありがとう」と言い合える信頼関係を築くヒントをお届けします。
*アトツギ甲子園
「アトツギ甲子園」は全国各地の中小企業・小規模事業者の後継予定者が、既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを競うピッチイベントです。中小企業庁主催で、2020年度から開催されています。
https://atotsugi-koshien.go.jp/
「アトツギ甲子園」という文脈によって得られた経験佐藤氏(ファシリテーター、以下敬称略):このトークセッションでは、岩手や東北でアトツギの活動をより盛り上げていくにはどうしたら良いかについて、アトツギとしてご活躍の皆さんの経験談を踏まえて一緒に学んでいけたらと思っております。
私は地域づくりの支援をする一般社団法人いわて圏という団体の理事として活動しています佐藤です。
主な活動として、岩手に強い想いを持つ県外の関係人口を繋ぐ取り組みや、実際に地域に移住してプレイヤーになる人を増やすための地域おこし協力隊の採用を行っています。

佐藤:みなさん様々な経緯でアトツギ甲子園に出場されたと思うのですが、そのなかでも大変だった部分を、自己紹介と合わせてお聞かせください。
今野氏(以下敬称略):私は、祖父が立ち上げた警察犬訓練所の3代目として、カーネ・ラ・ヴィータという会社をやっております、今野です。宮城県内で訓練所だけでなく、ペットの保育園や幼稚園の事業を行っています。
大変だったのは発表資料の制作です。ちゃんと伝えるために、自分の事業をいろんな人に聞いてもらってブラッシュアップしていきました。
1か月くらい毎日夜まで資料を作り、出場に際して伴走支援してくださるメンターの方にアドバイスをいただいてできた決勝の発表資料は、予選で自分が作ったものと全然違って、とても良くなっていたんですよ。

今野:アトツギ甲子園という文脈がなかったら、自分の家業をこんなに見つめ直す機会も、他の人から自分の事業に対し全力でアドバイスをもらえる機会も、絶対得られなかったと思うので感謝しています。
佐藤:アトツギ甲子園は単にピッチをして表彰されるだけではなくて、出場する方の成長を後押しする環境なんですね。
特に社内だとなかなか相談しづらいアトツギの方々にとって、外部のメンターや先輩経営者の方からある種の愛のようなものを受け取れる機会があることで、とてもいい循環が生まれそうだと感じました。
安孫子さんは実際出場してみて、変化を感じたことはありますか?
安孫子氏(以下敬称略):山形市から来た安孫子です。マンションに特化した収納家具やオーダー家具を作っている、ホクシア株式会社の取締役として、全国で利益を生み出し山形に還元していける形を目指しています。
私は結構いろいろなメリットがあったなと思っています。自社で一番課題感があった採用が爆発的に伸びて克服できたというのが1つ大きな変化でした。
アトツギ甲子園に出る前は年間で2人くらいしか応募が来なかったのですが、アトツギ甲子園に出た次の1年くらいで、約200人から応募いただける状態になりました。アトツギ甲子園に出て、メディアに出たり、人脈が広がったりということが重なった結果だと思います。

佐藤:多くの地方の企業で担い手不足が課題となり、閉塞感のようなものがある中で、この変化は非常に大きいと思います。武藤さんはいかがですか?
武藤氏(以下敬称略):秋田から参加しています、明治時代から続く武藤工芸鋳物の6代目の武藤です。家業では大きいものだと銅像、小さいものだと焼き印など主に量産品を作ってきましたが、一点物を作れるという強みに気づき、オーダーメイドのホットサンドメーカーを一点から製作するサービスを立ち上げました。
私自身の良かったことは、全国のアトツギ仲間との出会いに繋がったことです。アトツギ仲間とオンラインで情報交換したり、秋田を訪ねて来てくれるようなケースが毎年のように続いています。
アトツギ甲子園に出ている方々は、その所属団体や会社の名前で繋がっているのではなく、ハートで繋がっている人たちが多い印象です。今後長く続いていくような仲間を得られたことが大きいと思っています。

佐藤:たしかに、アトツギ甲子園という共通の原体験を持った仲間が全国にいること、それ自体が、自分の頑張りやしんどい時の踏ん張りどころに繋がりそうですね。
佐藤:今野さんは、別視点で変化があったと伺ったのですが、どんな変化があったのでしょうか?
今野:私は、どちらかというと社内の変化が大きかったと感じています。私自身、家業に戻ってきたときに不安が大きく、結果を出そうと焦っている部分がありました。
アトツギ甲子園にエントリーして、私が家業に戻った一番の理由が両親への「親孝行」だということを思い出しました。育ててもらった能力を、家業に活かそうと思って戻ってきた経緯がありました。
アトツギ甲子園の予選に出ると決まり、本番に両親を呼びました。自分が大きな舞台で、父が作った事業を絡めた新規事業を発表したことに対してすごく喜んでくれましたね。
それまで父は「理解はしていても納得はしていない」ような感じがありました。しかし舞台に出たことによって、自分が始めた新しい取り組みに対して前向きに背中を押してくれるようになりました。
新しい方に向かっていく私と、今の形を守りながら少しずつバトンを渡していく父というように、気持ちの面でも役割分担ができてきて、株式の承継だけではない「心の事業承継」のようなものを進めるいいきっかけになったなと感じています。

佐藤:アトツギは、親子であり、同じ会社の上司と部下でもある場合、非常に特殊な関係で心理的に苦労されている方も多いと感じます。武藤さんや安孫子さんもそのような経験はありますか?
武藤:うちはそんなに多くは語らない職人同士なので、父は「製造が疎かになるなら、外での活動に出るな」というスタンスです。実は、アトツギ甲子園に出るのも父には言わずにやっていました。
ただ、出場するとSNSなどに載ることで、父が若い頃一緒に仕事をしていた地域の経営者の方々の間でも話題となり、それが父の耳にも入りました。
父とダイレクトにアトツギ甲子園のことを話したことはなかったものの、ふと2人で軽トラックに乗っている時に、「お前のあのホットサンドメーカーのアイデアが今の時代に合うとは驚いた。自分も昔挑戦してみたかったけれど、あの時代にはできなかったことだ。それを今、お前がやっていて本当によかった」という話をされて。「あ、やってきてよかったな」と思いました。でもやっぱり仕事に戻ると、バチバチすることもあります(笑)。
安孫子:私は会社のフルリブランディングをした時、先代と意見がぶつかりました。アトツギ甲子園への出場も反対されましたが、「確立された事業の閉塞感を打破するためには挑戦が必要だ」と思い出場しました。その結果、会社が良い方向に進んでいるので、衝突しても挑戦することには価値があると思っています。新規事業開発の過程で本業の深堀りをしたことで、やるべきことも明確になりました。
植草氏(ファシリテーター、以下敬称略):第2部ではアトツギとその活動を支える支援者によるトークセッションを行います。進行のパソナJOB HUB、植草と申します。第5回アトツギ甲子園で経済産業大臣賞を受賞された芦田さんと、芦田さんに伴走されていた京都信用保証協会の村井さんにご登壇いただいて進めてまいります。
芦田氏(以下敬称略):林業3代目のアトツギの芦田と申します。京都信用保証協会の村井さんと出会い、伴走支援を受けて出場した第5回アトツギ甲子園でグランプリをいただきました。
併せて、私はアトツギ甲子園の近畿ブロックの地域アンバサダーも務めています。京都では、林業会社で史上初めて知事と副知事と面談するという貴重な機会もいただきました。
弊社は創業60年の林業会社で、京都府で一番の丸太生産量を誇っています。京都府南丹市という「森の京都」と呼ばれる林業が盛んなエリアにある会社で、林業を盛り上げることを目指して活動しています。

芦田:林業は、第一次産業のなかでも少し特殊な産業です。丸太生産に関してはBtoB、森林所有者さんにとっては植林や間伐作業をするサービス業の側面もあり、現在の林業は多様な役割を求められています。
このBtoB事業から抜け出して消費者に繋がれないかと考え、アトツギとして、木材流通システムなどの新規事業を展開しています。我々の会社だけでなく業界を変えることを目指しています。
村井氏(以下敬称略):私は京都信用保証協会の村井と申します。保証協会に2005年に入協し、2018年から経営支援課で中小企業の経営のお手伝いをしています。それと同時に、事業承継サポートデスクというものを立ち上げました。
このアトツギ支援に関して我々は、事業承継支援の一環としてここ6年くらい力を入れています。具体的には、京都を4つの地域に分け、それぞれで地域のステークホルダーやアトツギ経営者たちと連携しながら、これまで23個の支援プログラムを作り取り組んできています。

植草:お二人はどのようにアトツギ甲子園を駆け上がったのでしょうか。
芦田:前回の第4回の大会に出た時は自力で出たものの、近畿ブロックで敗退しました。その会場で村井さんから「君いいね」と声をかけていただいて、村井さんがされているコミュニティのゼミやセミナーに誘われたのがきっかけです。*
*中小企業庁 後継者支援ネットワーク事業事例集より、京都信用保証協会の取り組み事例(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/atotsugi-koshien/jirei.pdf)
村井:芦田君がそのゼミに参加している最中にアトツギ甲子園の募集が始まったので、お誘いして一緒にエントリーシートを作り込んでいきました。応募書類を第三者視点で分かりやすくする作業と、壁打ちを通して隠れたアピールポイントを見つけ出していくことが大切だと思っています。
芦田:村井さんは私以上に林業の業界のことも勉強して、アイデアを送ってきてくださいました。金融機関ならではの視点をいただき、事業計画書もブラッシュアップできました。
村井:後継者の方はやはりその業界に長くいるので、意外と川下の部分を知らないことがあります。そういった部分の情報を集めてくるのは、その業界を知らないからこそできることなのかなと思っています。

植草:最後に、参加者のみなさまにメッセージをお願いします。
芦田:私は、村井さんと出会っていなかったら、事業のブラッシュアップは進まず未熟なままだったと心から思っています。地域にアトツギとして帰ってくると本当に孤独なので、村井さんのような壁打ちできる相手の存在が非常にありがたかったです。
自分の頭の中だけだと、何度考えても「もう完璧」と思ってしまいますが、他の人に言われたら「まだまだだな」と気づけます。事業化するまでの壁打ちの回数やその濃さが事業成功のキーになると考えています。アトツギの方はこのような大会を有効活用して事業を伸ばしていってほしいと思います。
村井:アトツギは、本当に地域経済に必要な存在だと考えています。私もスモールスタートからはじめているので、ぜひともみなさま小さなことからでもアトツギ支援を始めていただけたらと思います。
個人的な話ではありますが、甲子園で優勝したときに一緒に泣ける、そんな経験ができる仕事は貴重です。先ほど芦田君は私に「ありがとう」と言いましたが、私からも「ありがとう」と言いたいですし、こういう関係をみなさんも築いていただけたらと思います。
■アトツギ甲子園特設サイトのご案内
2026年度に第7回アトツギ甲子園を開催予定です。開催概要、日程、エントリー方法などはアトツギ甲子園特設サイトにて随時更新いたします。これまでの大会の様子やファイナリストについてもご覧いただけます。
【後継者たちの本気の挑戦「アトツギ甲子園」実現したい未来を語れ】
Editor's Note
アトツギたちの挑戦と、それを支える伴走者や仲間の存在、そして親(先代)への想いがとても心に残りました。守るべきものを胸に、破り、離れていく。その「守破離」の歩みは、家業だけでなく、地域経済の未来を照らす光になると感じました。
MIKI KOYAMA
小山 美樹