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LOCAL LETTER

ハンドボールで社会課題に挑む。氷見発、挫折を乗り越えた「協働の掛け算」

NOV. 05

TOYAMA

拝啓、目指す未来に向けてひとりで奮闘して苦しんでいるアナタへ

時間もお金もエネルギーもむちゃくちゃ使っている。
でも成果が出ない。 頑張っているのに、なんだかうまくいかないーー。

こうした苦しい時間をもがき、そして乗り越え、今では故郷を『ハンドボールの聖地』としてさらに盛り上げている実践者が富山県氷見市にいます。

氷見を代表する景観、海越しの立山連峰(「きときとひみどっとこむ」より)
氷見を代表する景観、海越しの立山連峰(「きときとひみどっとこむ」より)

今回取材したのは、富山県立氷見高等学校(以下、氷見高校)の副校長を務める徳前紀和さん。生徒の成長を見つめながら地域の方々と共に歩む高校づくりに励んでいます。 

「スポーツで人の成長に携わる」ことを志して教員になったと語る徳前さんは、ハンドボールの名将。2018年には、氷見高男子ハンドボール部を全国大会3冠*へと導きました。

*全国大会3冠…全国選抜大会、全国高校総体、国民体育大会の少年男子ハンドボール競技の3大会で優勝。「なぜ氷見高はここまで強くなったのか?」と、専門情報誌に特集が組まれるなど一躍話題となった(『スポーツイベント・ハンドボール2018年11月号』, 株式会社スポーツイベント)。

全国大会3冠を達成したのち、2022年には、男子のプロハンドボールチーム「富山ドリームス」(以下、ドリームス)を立ち上げました。

ハンドボールは「走る・投げる・跳ぶ」の3要素が揃ったスピーディーで迫力満点のスポーツ
ハンドボールは「走る・投げる・跳ぶ」の3要素が揃ったスピーディーで迫力満点のスポーツ

現在、徳前さんは氷見高校副校長に加え、一般社団法人富山ドリームスの代表理事、さらには競技と仕事を両立する「デュアルキャリア」という働き方を推進する株式会社ドリームキャリア富山のエグゼクティブアドバイザーを務めています。

多くのアスリートの競技キャリア、社会人キャリアの育成を牽引する徳前さん。しかし、その背景には「失敗の連続」と語るいくつもの葛藤がありました。どのようにして、今に至る道を拓いていったのか。

この手紙は、一人で奮闘しているアナタへ、「協働の掛け算」という活動のヒントをお届けします。

むちゃくちゃエネルギーを使っていた、その反面…

「小さい頃からハンドボールが大好きで。氷見でインターハイが開催されたときは、毎日おにぎりをもって試合観戦に通うような子どもでした。いつか教員になってハンドボールの強いチームを作りたいと長年思っていました」と話す徳前さん。

若い頃から夢見た教員になったけれども、そこにはいくつもの葛藤があったと、静かに”ハンドボール人生”を振り返ります。

徳前 紀和 (とくまえ のりかず)氏  一般社団法人富山ドリームス代表理事・富山県立氷見高等学校副校長 / 1966年生まれ。富山県で公立高校の教員を務めながら、2020年に一般社団法人富山ドリームスを設立。現在は「ハンドボール聖地」の氷見市にて教員とプロハンドボールチームの運営のデュアルキャリアで地域活性に情熱を注ぐ。「スポーツの力で、多くの人を繋ぎ、街を元気にする!先人が築いた富山のハンドボール文化の力で、地方を元気に!ハンドボールを元気に!」と、地域社会の課題をスポーツの力で解決することを目指している。
徳前 紀和 (とくまえ のりかず)氏 一般社団法人富山ドリームス代表理事・富山県立氷見高等学校副校長 / 1966年生まれ。富山県で公立高校の教員を務めながら、2020年に一般社団法人富山ドリームスを設立。現在は「ハンドボール聖地」の氷見市にて教員とプロハンドボールチームの運営のデュアルキャリアで地域活性に情熱を注ぐ。「スポーツの力で、多くの人を繋ぎ、街を元気にする!先人が築いた富山のハンドボール文化の力で、地方を元気に!ハンドボールを元気に!」と、地域社会の課題をスポーツの力で解決することを目指している。

「僕は『ハンドボール』という、すごく狭い世界で生きてきたと思います。
時間やお金、エネルギーをたくさん費やして、自分のハンドボールの競技力向上に力を尽くし、それで生徒が成長していってくれることに喜びを感じたりしてきました。 

でも、努力の反面、結果に反映させることが全然できていませんでした。指導してきた生徒たちも満足できなかったと思います。そんな過去がたくさんある。失敗の連続でした」(徳前さん)

「狭い世界」に身を浸し、スポーツで人の成長に携わる時間を30年近く過ごしてきました。失敗の連続だったと語る徳前さんの”ハンドボール人生”には、大きく2つの転機がありました。

部活動での指導風景。それぞれの場所をよく見て、いろんな動きを観察して、全体がうまくいくようにコートに目を凝らします。
部活動での指導風景。それぞれの場所をよく見て、いろんな動きを観察して、全体がうまくいくようにコートに目を凝らします。

このままじゃダメ。変革を生み出した気づき

「1つ目の転機は、2012年にあった桜宮高校の事件*です。日本の教育界はほぼ180度変わったと思っています。

*桜宮高校バスケットボール部体罰自殺事件…大阪市の2012年桜宮高校のバスケットボール部で生徒が顧問の体罰を受け、自殺に追い込まれてしまった事件。

これにより、僕も生徒への指導に対する考えを一気に変えることになりました。これまでの『ついてこい』という指導から、『生徒が持っている力をいかに引き出すか』を考えるようになった。まさに大きな転機になりました」(徳前さん)

2つ目の転機は「分業」への気づきでした。

「生徒への指導は、うまくいかなかった時期がすごく長かった。その頃は一人ですごくたくさんの役割を果たしていましたね。戦術を考え、技術指導をし、『高校のトップチームの監督』と言ってもらっている裏で、お金の管理、練習のスケジュール作成なども地道に全部一人でやっていました。

でも、ライバルチームにうまく分業をしている監督がいて。その監督はチームのマネジメントに専念し、別でヘッドコーチや専属のトレーナーがいました。

先ほどの大阪での事件のことも含めて、このままの考え方じゃダメなんだろうなって気づきだして

2018年に全国優勝する2年前に、副顧問、コーチ、メディカルトレーナー、フィジカルトレーナー、スポーツ栄養士などチームスタッフを増強して7人体制にしました。僕は現場からはちょっと距離を置いて、全体の指揮をとる方へ移行しました。

これで気づいたのは、一人で全部やることがすべてじゃない、人の力を借りることによってうまくいくことがある、ということ。協働の掛け算っていうのはすごい価値がある。誰かの良さ、いい部分をちょっとお借りして取り組むことはできないか、と考えるように変わっていきました」(徳前さん)

信念をもって取り組んでいることがうまくいかない、その大きな壁を前にしたとき、無力感に苛まれ立ちすくんでしまうこともあります。でも徳前さんは、焦点を自分だけに当てるのではなく、視点をずらし「ほかの人はどうしているんだろう」と視野を広げ風を通したのです。

2つの転機による自身の変化を受け入れ、「人が持っている力を引き出すこと」「協働の掛け算」の価値に気が付いた名将。それにより徳前さんの”ハンドボール人生”は少しずつ拓けていき、氷見高校は史上最強のチームに育っていったのです。

2018年、福井県で開催された国体にて優勝。高校3冠達成を意味するスリーピースサインに喜びが溢れています。
2018年、福井県で開催された国体にて優勝。高校3冠達成を意味するスリーピースサインに喜びが溢れています。

氷見のハンドボールを地域の力に変える。「富山ドリームス」の挑戦

強い高校生チームをつくりあげると同時に、徳前さんには新たな目標が生まれていきました。

氷見で育ったハンドボーラーが、氷見でハンドボールを続けられる環境を作りたい。
実力のある地元有力選手たちが、富山県内で活躍できる地元チームを作りたい。

そんな思いが膨らむ中で受けたとある取材で、徳前さんの人生、そして氷見のハンドボール界の歴史は大きく動き出します。

「高校3冠を達成したとき、『なぜ高校3冠ができたのか』という、よくありがちなテーマの取材を受ける予定がありました。でも、その記者さんは以前から親しかったのもあって、その話よりも、未来のことを話しませんか?と僕から投げかけました。そこから『富山ドリームス』構想は始まりましたね。そのときの記者が今一緒に事業をやっている最大の仲間です」(徳前さん)

この「最大の仲間」と語る方こそが、現在富山ドリームス常務理事も務めている松井克仁氏。富山県初のスポーツ雑誌 「Truth」を発行した編集長でもあり、「スポーツで地域を活性化させるには?」を問い続ける、富山ドリームスに無くてはならない存在です。

「富山ドリームス」構想からわずか数年で、氷見では初となるハンドボールのクラブチームを設立しました。
チームコンセプトの核となるのは “デュアルキャリア”スリートが競技を続けながら会社員として勤務をする仕組みです。競技と会社員の両立、これがセカンドキャリア(競技引退後のキャリア)との大きな違いです。

「富山ドリームスが地域に受け入れられたのは、企業の人手不足という社会課題にスポーツチームが取り組むことへの期待の表れ」と声に熱を乗せて語ります。 

地域の企業で働く選手たち
地域の企業で働く選手たち

「最初からデュアルキャリアありきで構想していたわけではありません。僕は学校や現場でアスリートを育てるという仕事に特化して取り組んできました。一方で、最大の仲間であり、相棒の松井は地方ローカル局の『チューリップテレビ』で働いていて。彼は民間の立場で、社会のニーズを十分に汲むアンテナを持っていました。

その彼と僕の視点を掛け合わせることによって、『社会にとって、若者にとって、今必要なものは何なのか』を話しながら進めていきました。そして、デュアルキャリア、答えはここしかない、と着地しました」(徳前さん)

試合で躍動する選手(富山ドリームスHPより)
試合で躍動する選手(富山ドリームスHPより)

ハンドボール選手としての活躍と、企業での勤務も両立できるデュアルキャリア。つまり、活躍する選手を集めてチームづくりをすると、同時に氷見や富山の企業へ人材を呼ぶことに繋がります。

「人手不足で営業が続けられない企業が増えているのは、きっとどの地方も、どの業界も同じ。これは深刻な社会課題です。若者が都会に流出する、地域企業の人手が足りない、という地域課題の解決にデュアルキャリアは役立ちます」(徳前さん)

この富山ドリームスの「目指す方向性」が地域企業の方々の賛同を得たのです。

また、もちろん選手にとっても嬉しい側面があります。

「一般に、スポーツ選手たちは引退後のセカンドキャリアとなると、就職先などが見つからず困窮してしまう事例が多くみられます。でも、ドリームスの選手たちはデュアルキャリアで仕事をしながら、トップレベルで競技をしている。

この働き方であれば、企業で仕事をしている中でスポーツとのつながりを使えるなど、選手であることが会社員としてのキャリアにもプラスになります」(徳前さん)

選手の所属会社間で協働が実現するなど、思わぬ相乗効果も生まれています。
選手の所属会社間で協働が実現するなど、思わぬ相乗効果も生まれています。

ドリームスに集まる選手の入団理由は、「ハンドボールの聖地氷見でプレーをしたい」「社会人としてもハンドボール選手としても両立できるようになりたい」「過疎化が進む日本に新しい風を吹かせようとするところに共感した」など、チーム理念やその在り方に共感を抱いたから。

そんな選手たちが全国、海外からも富山に集まっています。
2022年のチーム発足から2年、ドリームスは富山に人を呼び、地域に愛されるチームに育っています。

選手たちの地域活動の様子(富山ドリームスHPより)
選手たちの地域活動の様子(富山ドリームスHPより)
2024年、ひみ番屋街ウッドデッキで行われたファン感謝デーの1枚。パートナー企業・雇用企業・ファン・地域の皆さんへの感謝を込めて開催されました。
2024年、ひみ番屋街ウッドデッキで行われたファン感謝デーの1枚。パートナー企業・雇用企業・ファン・地域の皆さんへの感謝を込めて開催されました。

アスリートの競技キャリアや社会人キャリアを育むことは人材育成であり、いわば未来への種まき。徳前さんの協働の掛け算を間近で見ているドリームスの選手やスタッフ、氷見高の生徒たちが、未来にどんな芽吹きを見せてくれるのか期待が大きく膨らみます。

富山ドリームススタッフミーティングの様子
富山ドリームススタッフミーティングの様子

 そして氷見の魅力を力強く語ります。
氷見には面白い活動をしている方が沢山いますよ。その人たちがどんどん繋がっていくのも魅力です。こうしたお互いの顔が見える距離感、また地域課題に動く速さなどは、地方ならではのものかもしれません。

一方で、新しいことに拒否反応を強くする考え方もまだまだ根強くあります。社会の大きな流れや、自分の目指す姿を見つめて、これからも楽しんで進んでいけたらと考えています」(徳前さん) 

そんな徳前さんが日々大事にしていることとは。 

「僕の原点は、先人の皆さんが築いた、氷見のハンドボールの文化にあります。
多くの方から力をいただいたり、情報をいただいたり、縁をいただいて、今の自分、未来の自分をつくっていると思います。いただいた恩を次の世代に何らかの形で残していくという役割をずっとやっていきたい。自分の中で大事な哲学にしています」(徳前さん)

富山ドリームスのロゴマークを形作って笑顔で写る徳前さん
富山ドリームスのロゴマークを形作って笑顔で写る徳前さん

協働の掛け算が徳前さん、周囲の人生、そして地域を大きく動かしました。

目指す未来に向けて活動するアナタは、模索する中で、長く暗いトンネルの中にいるような気持ちになることもあるはず。そんなときはちょっと視点をずらしてみるのもいいかもしれません。まわりの事象や周囲の人を観察して得た気づきが、アナタの新たな糸口になることを願っています。

本記事はインビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

「地域の皆さんと歩む高校づくり」に挑んでいる徳前先生も“デュアルキャリア”を実践されているおひとり。記事の執筆も取材を受けてくれる方、編集者、ライターの協働作業。それぞれの力を掛け算して1本の記事が出来上がります。「協働の掛け算」は自分のすぐそばにあるものだなと思いました。「協働の掛け算」という視点は宝物になりました。

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