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LOCAL LETTER

とりあえずやるしかない。答えがなくても動いた先で、人と場がつながる

APR. 27

SHIZUOKA

拝啓、このままでいいのかな、とモヤモヤしながら働いているアナタへ

「何のために働いているんだろう」
そんな気持ちを抱えつつも、目の前の仕事や生活に追われ、気づけば何年も経ってしまったという人もいるのではないでしょうか。

静岡県沼津市にある「わたらいクリーニング」。

かつてクリーニング屋を営んでいた頃の看板が掲げられた入口には、手書きのイラストやステッカーが踊ります。店内には、趣のある箪笥の上にスピーカーが置かれたDJブースをはじめ、机や椅子、さまざまな機材や装飾が混ざり合っています。

この場を運営するのは「しまやん」こと、渡会信介さん。

渡会 信介(わたらい しんすけ)氏 わたらいクリーニング代表・株式会社沼津通信代表取締役 / 1984年、沼津市生まれ。あだ名は「しまやん」。2018年にクローン病と診断され、手術・入院したことを機に会社員を辞めて起業。BMXやスケートボードを通して、ストリートに恩返しをしようと決意し活動を開始。2020年、地域メディア「沼津通信(ぬまつー)」を仲間と立ち上げ、月間63万PVのウェブサイトに成長。祖父が営んでいた店舗兼住宅「わたらいクリーニング」を一般社団法人lanescapeのサポートのもとリノベーションし、コミュニティスペースとして運営している。

看板には「クリーニング」の言葉が並びますが、実際には、渡会さんの運営する地域の情報サイト「沼津つーしん(ぬまつー)」の拠点として使われているのに加え、さまざまな用途で人が集う場にもなっています。

「どういう使い方をしているかわからないですね」と渡会さんは笑います。

この場所をつくった渡会さんは、かつて、自分のやりたいことを抑え込むモヤモヤした気持ちを抱えながら働いていたといいます。

しかし、そのモヤモヤこそが、やがてさまざまな人が自然と集うこの場へとつながっていきました。

違和感が重なると、面白い場所になる

わたらいクリーニングでは、さまざまな人たちが思い思いに時間を過ごします。

「あるときは、オンライン会議をしている人の横で、小型自転車でジャンプ技をするBMXを楽しんでいる人がいたり、マウンテンバイクが好きな若者が集まっていたり、音楽をかけながらお酒を飲む人たちがいたり。またあるときは、アニメオタクが集まっている横で、スケートボード仲間の中学生たちがコーラを飲んでいたり。それぞれが好きなことをやっていますね」

渡会さんは、そんな光景を「違和感」と表現します。

「高校生のころからまちなかでスケートボードやBMXで遊んでいて。きっと周りの人の中には、『道路でスケートボードをするなんて危ない』と感じていた人もいたと思うんです。そういう人たちにとっては、僕らはちょっと『違和感のあるやつら』だったかもしれない。

でも、『違和感』はあってはいけないものなのか、あってもいいんじゃないか、と感じていました」

あるとき、まちづくりの講演で出会った方から「3つ以上の違和感が重なると、人は気にならなくなる」という言葉を聞き、しっくりきたそうです。

「違和感はあってもいい。むしろ、それが集まるととんでもなく面白い場所になるって言ってもらったような気がしました」

渡会さんにとって、BMXを通じてできたつながりは、学校や会社という枠組みを超えてできた居場所でした。

「いろんな人が交わっているところに居場所があるのは、自分にとってすごく良かったなと当時を振り返って思っています。そういう場所をこのクリーニング屋で、コミュニティスペースのような位置づけでやれたらいいなと思っているんです」

そして、こう続けます。

「無理に共存しなくてもいいし、全員が友達でなくてもいいと思っています。同じ空間にいる人たちが一つになっている必要もないけれど、お互いがリスペクトを持ち、ただ一緒の空間で好きなように過ごす。自分はそれが面白いと思うし、それを面白いと思える人たちが、この場所に集まっています」

入院がくれた、自分を見つめ直す時間

わたらいクリーニングでの日常の光景を楽しそうに話してくださった渡会さんですが、かつてはモヤモヤを抱えたまま働いていた時期もありました。

「自分は何のために働いているんだろう」

そんな疑問が頭をよぎっても「子供が生まれたばかりだから」「家を建ててローンを組んだから」と、さまざまな理由から自分を納得させていたという渡会さんですが、こんな気持ちも募っていったそうです。

「やりたいことはあるけれど、まだまだこれから先の人生は長いし、不安もあったんです」

同じようなモヤモヤを抱えたことがある方も、多いのではないでしょうか。

渡会さんには、そんなモヤモヤと向き合うこととなった、人生の転機がありました。

「8年くらい前、クローン病という消化器系の病気になって、手術をして2ヶ月くらい入院したんです。

当時は営業マンとして沼津や山梨を回っていて。既存のお客さんとの継続的なお付き合いも多かったので、その仕事を続けることが難しくなってしまいました。

2ヶ月は長かったですよ。じっとしていられない性格なので、入院中も点滴をガラガラ引きながら屋上に行って、日焼けをしたり、居合わせた人と話したりして過ごしてましたね」

そんな時間の中で、自分の本音に気づいたと言います。

「家族のために働いていると思っていたけれど、『家族のために』を、自分がやりたいことを抑える言い訳にしていたと気付いたんです。そこから、『独立してやりたいことをやらせてほしい』と妻に相談しました。妻の理解がなければ、今の僕はないですね」

こうして渡会さんは、会社を離れて自分でやっていくことを決めました。

答えがなくても動いてみる。人との出会いが次を教えてくれた

独立してやりたいことをやると決心したものの、何をやるかは、まだ決まっていなかったと言います。ちょうどその頃、お祖父様の代から続いていたクリーニング店「わたらいクリーニング」が閉店したことから、渡会さんはその場所を何かにできないかと考え始めました。

ある日、そんな思いを巡らせながらスケートボードに乗り、昼間のまちを眺めていると、外でピザやコーヒーを販売する人たちに出会いました。話を聞いてみると、沼津で活動する人をゲストに招くトークイベント「LINK NUMAZU」の関係者の方でした。

「外でピザを焼いているなんて珍しいと思い、『何してるんですか?』と聞いてみたんです。会話の流れの中で、自分の身の上話もしたら『あっちのビルの2階でトークイベントをしているから、絶対行ってみたほうがいいよ』と勧めてもらったんです」

そのイベントをきっかけに渡会さんは多くの人と出会い、気づいたら、まちのいろんな活動に関わるようになっていました。

わたらいクリーニングを何屋にするか。カフェや自転車屋、スケートボード屋など、いろいろなアイデアはありつつも固まっていなかったところから、ゲストハウスにしたいと方向性が見えてきたのも、その時の出会いのおかげだそうです。

「若いころから、スケートボード、サーフィン、BMX、スノーボードを通じて旅をしていて。そうすると、旅先で仲良くなった人の家に泊めてもらったり、その人が行ってる地元の居酒屋に連れていってもらったりするんですよ。それが楽しくて旅をしていました。自分の家に人を泊めることもあって、それが普通だったんです。

それを聞いた市役所の職員の方が、『ゲストハウスがいいんじゃないか。しまやんは似たことをずっとやってきたんだろう』と言ってくれて

渡会さんは、その一言に背中を押されたように感じたそうです。

「ゲストハウスにはまだ取り組んでいないんですが、運営に必要な準備はできてきてると思ってるんです」と渡会さんは話します。

「地域の情報サイトを持っていることはゲストハウスをやる上でとても役立つし、逆にサイト運営側としては拠点を持っていることは強いと思ってるんです。自転車やスケートボードのイベントの機材などを置いておいたり、仲間と作戦会議をする場所にもできる。

いろいろな人や情報が集まる空間に触れたい人が泊まりに来てくれて、地域の人と交流できたら、きっとまた今度友達を連れてきたくなる」

沼津を訪れた人と地元の人が、ゆるやかにつながる場所。

「使い方も、あんまり自分一人だけで決めたくないんです。みんなと会話しながら決めていきたいと思っています」

この場所をきっかけに何かが生まれていく、そんな広がりがある場所。
渡会さんは、「何が起きるか、楽しみになっている」と笑顔で話します。

人との関わりの中で形を変えていくのが、わたらいクリーニングのあり方なのかもしれません。

「沼津が楽しかったよ、わたらいクリーニングが楽しかったよ、しまやんたちと一緒に過ごせて楽しかったよ、と言ってもらえたら嬉しいですね」

沼津で関わってもらった人に恩返しをするために

渡会さんが沼津を訪れる人たちに一番伝えたいのは、「沼津の人の良さ」だと言います。

沼津で関わってもらった、育ててもらった方に恩返しをするために、沼津の人の良さを伝えたいんです。

若いころに悩んだり、ちょっと道を逸れそうになったりしたとき、BMXで関わった人や、まちのお店をやっている先輩に相談に乗ってもらったり、助けてもらったりしたんです。そういう人たちに恩返しがしたいと思っています」

お祖父様も、渡会さんが恩返ししたい人の1人。
「町内の自治会の役員をずっとやっていたり、地域のためにという人でした」

大学から一人暮らしを始めるときに書いてくれた「よく学び、よく遊べ」という色紙。

「勉強も大事だけど、めちゃくちゃ遊んでこいってじいちゃんが言ってくれたことはとても大きくて。その色紙は今でも持ってますね」

そんなお祖父様のメッセージは、「やるときはやる」という渡会さんの今の姿勢にもつながっています。

「自分が出会った沼津の人たちに恩返しをしたい。仲間も先輩も後輩も、このまちでいい感じに生きていけたらいい。それをどうやってつくるかをずっと考えていますね」

沼津の人たちと一緒に、考えながらつくっていく。そんな過程が、渡会さんにとっての「恩返し」なのかもしれません。

「沼津の人たちに恩返しをしたい」という思いをどうやってかたちにするか。

渡会さんは、やりたいことに対して最初から明確な答えを持って動き始めたわけではありませんでしたが、当時をこう振り返ります。

「自分にも言い聞かせていることですが、迷うときには、とりあえずやってみるしかないですよね。あとは仲間がいればなんとかなる自分がファミリー(仲間)と思える人を作るしかないと思っています」

自分と向き合い、何かをやると決めて動き出したことで、偶然の出会いが生まれ、やりたいことがかたちづくられていく。その積み重ねで、わたらいクリーニングという場が生まれ、そこからまた新しい何かが生まれていきます。

答えが見えてから動くのではなく、まずは動き始めてみる。動いた先で仲間と出会い、答えが見えてくるかもしれません。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

渡会さんは「まだやってない」とおっしゃいましたが、違和感の重なる光景について話す表情は、とても生き生きとしていました。ここからさらにどんなことが生まれていくのか、楽しみです。

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