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「夏はかき氷、冬はお菓子」。生沼さんが実現した、【こだわり】と【ペース】のある移住

DEC. 07

YUUKI,IBARKAI

前略、「こだわりきる」人生を送りたいあなたへ

「好き」を究めて「こだわりきって」みたい。
そんな風に思ったことはないだろうか。

それが出来ない理由は探せばいくらでもある。

でも、地に足を着け、そんな理由を着実に一つ一つクリアし、「移住」することによって「こだわりきる人生」を歩んでいる人もいる。

茨城県結城市。今年5月、自身のお菓子屋『FLOUR BASE 105』を駅前にオープンした、生沼由香理さんだ。

彼女に会いに行ってみると、不思議な感覚を覚えた。

「こだわり(ストイックさ)」と「ペース(ゆるさ)」。一見両極に思えるが、彼女は見事にその両方を持ち合わせていたのだ。

そこに、彼女が現在、「こだわりきる人生」を実現させている”鍵”があるのではないだろうか。

今回は、そんな彼女が辿ってきた「移住ストーリー」を紹介しながら、その秘訣に迫ってみようと思う。

生沼 由香理(茨城県結城市)
栃木県出身。服飾の学校入学とともに東京での暮らしが始まる。東京にて、洋服の仕事の傍ら、趣味でお菓子を作り始める。30歳で栃木にUターン。仕事の傍ら、イベント出店でのお菓子販売を始め茨城県結城市と出会う。2018年4月、結城市の祭り「結い市」で長年に渡って出店をしていたことから深い関係が生まれていた茨城県結城市に夏はかき氷、冬はお菓子を販売する「flour base 105」をOPEN。

 

【Point.1】準備期間は“10年”。確実に出店イメージができるところまで準備をして「リスクを減らす」

「移住」に夢を持っている方。最初からなんとも夢感の薄い言葉でごめんなさい。でも、「地に足を着けて」移住するためには、どうしても必要なのが、このポイント。

現に生沼さんは、慎重すぎると言って良いほどに、準備期間をとり、リスクヘッジを行っていた。

20代を東京で過ごし、アパレルの生産管理を行っていた彼女が「移住」を決意したのは、30歳の時。それまで東京にいた友人たちが結婚や転職で次々と東京を去り「もう東京はいいかな」と、ふと思ったことがきっかけだった。

それからすぐに仕事を辞め、栃木県の実家近くまで戻った。

「戻った後に自分のやりたいことを模索しました。地元で”好き”なことを”お店”にしている人たちを見て、”私もやりたい!”と思ったのが、今のスタイルの原点ですね。とにかく、製造から販売まで1人でできることをやりたかったんです」。(生沼さん)

そこで辿り着いたのが、22歳の頃から週末ごとに趣味でつくっていたという”お菓子”だった。

「お菓子で出店しよう!」
そう決めてからの彼女の行動は、とても慎重で、着実なものだった。

まずは一人暮らしの家を引き払って実家に戻り、実家の空きスペースを利用してお菓子作りをはじめ、週末ごとに近郊で行われるイベントに出店していった。

そうして行脚しているところで出会ったのが、茨城県結城市 商工会議所の野口氏。

そこから数年後に結城市で出店することになるのだが(その話はPoint.2で)、彼女のとにかくすごいところは、出店までの「実現力」だ。

第一に、地元近郊での出店を模索し「Jターン」という選択をしたこと。自身の生活リスクを最小限に抑えることで、結果的に”お菓子”に「こだわりきる」ことができた。

第二に、確実にお店にできる「準備期間」を相当に取ったこと。
彼女の「準備期間」は、結果的に10年にも及んだ。そこでの重要な点は、その10年が「着実に積み上げる」10年だったということ。週末ごとにアウトプットをして固定ファンを掴みながら改良を重ね、自分の状況と出店場所がともに「確実にいける!」という感覚を掴めるタイミングまで、粘り強く待った。

現在も車で10分の、栃木県から通われる生沼さん。「リスクを最小限に減らし、確実に信頼を積み上げる」。それが、彼女が「行列のできる」お菓子屋さんを開くことのできた、秘訣の一つである。

【Point.2】地域の人たちにもプラスになるような行動を実践して「人とのつながりを深める」

生沼さんが地域により深く関わるようになったきっかけは関わり始めて3年目に訪れた。きっかけは毎年出店していた結城市のお祭り『結い市』を主催する商工会議所の野口氏からのとある提案。

『結い市』では出店者は通常、町内施設のどこかにポップアップ的に出店することになっているのだが、彼女に割り当てられたのは「1人で自転車で町内を回る」というものだった。

「彼女は過去2回の出店を通して、町の人たちとの関係値をすでに築いてくれていたんですよね。だからもう大丈夫だと思って(笑)」。野口氏は当時の状況を、そう振り返った。

お二人は同世代ということもあり、息がぴったりだ。

では彼女はそこからどうやって「町の人たちとの関係値を築いた」のか?
それも、彼女の”お菓子”への「こだわり」が関係していた。

野口氏に紹介してもらった「地元の食品店」に、その食材を取り入れた新しい”お菓子”を提案し、そのお店が納得するまで擦り合わせを重ねて、商品化し、販売したのだ。

その試みは単に「地元の食材を提供してもらう」のみならず、お店や食材に最大限の敬意を払い、地元の人たちの世界を広げる「新しい可能性」をも提供することを意味していた。(もっとも、彼女自身としては、そんなつもりで行った行為ではないだろうが。単に「自分のこだわり」を実践したのみ。そこがまた彼女の良いところでもある。)

野口氏のようなハブ的人物と出会い、彼からのパスを最大限に活かして、「人とのつながり」を深めていく。現に、彼女の試みには、町の人たちが喜んで協力してくれた。そうすることで、結城市で起こっている、町が循環する「新しいコミュニティ化」現象とも調和していった。

そうして今年に入って駅前で良い物件と出会い、「ここならできるかも」と自然な形でお店をはじめることになった。

【Point.3】無理のない営業日設定で「余白を残す」

「夏はかき氷、冬はお菓子」を販売する。彼女のスタイルは、他にはない、独自のものだ。

それももちろん、彼女の「こだわり」。理由はシンプルで、夏はかき氷が、冬はお菓子が、それぞれ「ベストな状態で出せる」ものだからだ。

このかき氷機も、氷屋さんに置いてあったものを3年間ラブコールを送り続けて譲っていただいたものだという。

オープンから初めて迎えた今年の夏。週5日お店をオープンし、残りの2日はシロップづくり。

もちろん嬉しい悲鳴だが、「製造から販売まですべて自分の手で」行う彼女にとっては、少々忙しすぎる日々になってしまった。

だから彼女は「こだわりきる」ために「余白」を作ることにした。

お菓子を販売する冬の時期は、オープンする日にちを週末のみに限定したのだ。

そうすることによって、素材や食材そのものに向き合う時間が十分に取れ、真に「こだわりきる」ことができる。

そこに彼女の強さがあると思った。「ベストのものを提供する」ことへの強い思い。

彼女は売り上げのためだけにお店を開いているわけではない。
自身の手で販売したものを食べたお客さんが反応してくれることが、最大の喜びなのだ。

これも単に「ゆるく働きたい」がゆえの「余白」ではない。
逆に「ストイック」だからこその「余白」。

お客さんも町の人たちもみんな、その彼女の「こだわり」を理解し、心待ちにしているのだ。

「こだわり(ストイックさ)」× 「ペース(余白)」×「実現力」=「こだわりきる」。

生沼さんが「移住」して成功した”鍵”は、「こだわる」だけでなく「こだわりきった」ことにあると思う。

「こだわりきる」に内包されるのは、リスクを減らし、人とのつながりを深めていく「実現力」と、「こだわる」ための「余白」。

あとは「自分のこだわり」だけでなく、町の人たちともコミュニケーションを密に取り、「新しい可能性」を提供して相乗効果を産んだ、町との「調和力」。

そして、それを下支えするのは、彼女の「粘り強さ」や「(良い意味での)諦めの悪さ」だ。

研究を重ねて出来上がったお菓子のメニュー(⇧写真左)や、自身がデザイン設計した椅子(⇧写真右/地元の「結城紬」がモチーフとして大事にしている”六角形”)にも、その「こだわり」が表れている。

様々な要素が絡み合い、それが見事に重なり合って、今では彼女のお店は、結城市にとってなくてはならない存在になっている。

「こだわり」と「ペース」のある移住。もしかすると、この両立は、こだわりのある織物を作り続けている結城市にはすでにあった文化なのかもしれない。それでも彼女の潔く「こだわりきる」姿勢が、茨城県結城市に新たな心地よい風を運んでいた。

Editor's Note

編集後記

「ハイリスク・ハイリターン」は昔の話で、「ローリスク」でいかに着実に信頼を積み上げるか、がいまは必要なんだと実感しました。それはどこにいても、同じかもしれないですね!

リスクがない移住も、ありますよ。

リスクがない移住も、ありますよ。

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