NAGANO
長野
「馬とのふれあいって、どんな楽しみがあるの?」
長野県信濃町にある、アファンホースロッジの利用を検討している方からよく投げかけられる質問だ。そう話すのは、プロジェクトマネージャーのスワンソン・ソフィアさん。
しかし、はじめは疑問を抱いていた方も、実際に馬とふれあったあとにはとても満足されるのだそう。
日本人にとって、あまり身近なものではなくなった馬。「なんとなく敷居が高い」という思い込みを取り払い、お客様に一歩踏み出して来訪してもらうために、ソフィアさんたちスタッフはどんな取り組みをしているのか深掘りしていきたい。
1986年、作家で環境保護活動家でもあるC.W.ニコルさんが、荒れていた黒姫の森を蘇らせるべく始めた「アファンの森再生プロジェクト」。
かつては日本でも見られた光景、“馬が人々と生活をともにしながら働く姿”を取り戻したいとの想いがきっかけで、2015年に2頭の馬を迎え入れた。どちらも日本の固有種の血が入ったオスで、現在14歳。
彼らは、馬と気軽にふれあうことが体験できる施設『アファンホースロッジ』の顔であり、人々に馬を知ってもらう大事な役割を担っている。まずはソフィアさんに、2頭の性格を伺った。
「『雪丸』はエネルギーみなぎるタイプ。仕事への取り組みは真面目で前のめり(笑)。茶々丸が背中に人を乗せていると、馬房から首を外に出して『なんで俺じゃないんだ!』ぐらいの勢いです。器用なほうではないのに、いざ仕事となるとかなり頼れる男ですね」(ソフィアさん)
「『茶々丸』はとても頭が良くて空気も読めます。動きが優しいので、お客様にブラッシングしてもらう“楽な仕事”はすごく上手にこなすんです。ただちょっとだけ臆病かな」(ソフィアさん)
対照的な性格の2頭。人に対する接し方にもそれぞれの個性があらわれる。
以前はお客様に近付かなかった雪丸。だが人が来るとおやつが食べられたり、ブラッシングしてもらえたりすると学び、次第に自分から寄っていくようになった。
茶々丸はというと、まず雪丸の様子をチェックし、
「おやつとかもらえるものが何もなさそうだなと分かると、寄って来ないんです(笑)」(ソフィアさん)
ピュアな心の持ち主である雪丸と、様々な場面で頭の良さを発揮している茶々丸。馬たちのエピソードを話しはじめると、瞳の輝きが増し、とても楽しそうなソフィアさん。
2頭への愛情は、広い野尻湖よりもさらに広くて深い。
「私にとって彼らは大事な仕事のパートナー。馬を知ってもらうには彼らそのものの存在が一番で、個性を理解して活かすのが私の仕事です。うちには2頭しかいないけど、全く違う性格のおかげでいろいろな表現ができそうだなと思います。お客様には両方とふれあっていただき、それぞれが持つ良さを感じてほしいですね」(ソフィアさん)
うるうるとした大きな目をもつ馬に、やはりどこか癒しを感じる。彼らの持つ癒しの力は、一体どこから湧いてくるのだろう。
「馬自身が心身ともに健康じゃないと、人間に対しても上手に接することができません。広い放牧場でぼーっと草を食べる時間があり、他の馬とコミュニケーションをとって過ごせる時間もあると、馬の体は健康になり、気持ちも落ち着きます」(ソフィアさん)
地域の方々の理解もあり、緑の多い広々とした場所で思いおもいに過ごせる。リラックスできる環境で穏やかに暮らしているからこそ、馬たちは人に優しく接し、はじめて訪れた人も安心してふれあうことができるのだ。
また、人間も同じで、強いストレスのなかでは周りに優しくすることなんてできない。肉体的にも精神的にも健康であるためには、自然を感じながら何もせず、ただただぼーっとする時間が必要。ここアファンホースロッジなら、それが叶う。
現在のアファンホースロッジでは、どんな体験ができるのか伺った。
「馬とのふれあいを通じて気兼ねなく過ごすのがメインです。彼ら2頭を迎え入れてくれたニコルさんも、『馬を乗り物として扱いたくない』という想いを持っていました。乗馬体験をして終わりの施設ではなく、もっと面白いことがいっぱいあると知ってもらいたいですね」(ソフィアさん)
一番短いプログラムでも2時間半あるので、じっくり馬たちと関わることができる。また、2022年からはじめたキャンプ体験の「ホースステイ」では、馬房掃除や餌やりなど、馬と暮らすように24時間をともに過ごせる。他ではなかなかないメニューに興味をそそられる。
「キャンプでは夜もずっと馬の近くにいて、ゆっくり彼らと暮らす体験を楽しんでいただけます。今ある中で、1番馬も自然も満喫できる、有意義なプログラムかなって思います」(ソフィアさん)
乗馬クラブに通っている方が、アファンホースロッジを利用することもある。普段から馬と関わっている人が、どうしてわざわざ来るのだろうか。
「人を乗せることはできても、いろんな人に触られるのに慣れていない馬もいます。事故を未然に防ぐため、施設によってはお客様とのふれあいができないクラブもあるんです。だけど、『もっとお世話がしたい!』という方は多いです。アファンホースロッジのプログラムを利用されたほとんどの方が『ブラッシングや馬房掃除の時間が1番楽しかった』と話されますしね」(ソフィアさん)
「与えられるよりも、誰かのために何らかの行動をしたときの方が人は喜びを感じる」とソフィアさんは話す。
馬が身近にいない生活をしている人にとって、馬の背中に乗せてもらうという体験は特別なことであり、楽しさもある。
しかし、ブラッシングをしてあげたり、馬のお部屋を掃除したりして、彼らの心地良さそうな表情をみたときに気付くのだ。
“馬のために動いたら心が満たされ、喜びが残っている”と。
「誰かにエンターテイン(おもてなし)してもらって、もらってもらって……。もらっている時間も楽しいですが、自分が誰かに何かをしてあげる体験の方が、心に刻まれるものが大きい。その母体として、馬って分かりやすくて良いと思うんです。誰かのためになった体験は、充実感につながると思います」(ソフィアさん)
筆者もブラシ掛けを体験をさせてもらった。
短い時間だったが、こちらに耳を向けて私の声を聞き、匂いを嗅ぐ。興味を持ってくれていると感じた瞬間だ。トロンとした目や気持ち良さそうな表情に癒されると、馬に対して「触らせてくれてありがとう」という気持ちが自然と湧いてくる。
「ヨーロッパなどと比べると、日本は馬との関わりが少ないと感じます。ここははじめての方でも気軽にふれあいができる場所なので、馬を触ってみたい人やもっと知りたい人にはすごく良いですよ」(ソフィアさん)
昔は日本の里山にも馬がいて、伐採した木材を馬が運ぶ光景などが普通に見られたという。だが近代化が進むにつれ、馬の仕事は機械に変わった。
日常的に馬と接する人が少なくなってしまったなか、アファンホースロッジの運営で苦労したことを聞いたときに、ソフィアさんの口から出てきたのが冒頭のことば。
“馬とのふれあいって、どんな楽しみがあるの?”
「(前述のことばは)事前の問い合わせでよく聞かれます。馬に触ったり関わったりして“何が”良かったかという部分は、体験した人にはわかるのですが……。ふれあってみた人にしか味わえない“感覚的なこと”を、言葉だけで伝えるのには難しさがあると感じています」(ソフィアさん)
ただ、生き物を迎え入れた以上、何があってもその命を守っていかなければいけない。2020年には創設者のC.W.ニコルさんが亡くなり、アファンホースロッジは残されたスタッフたちで経営していかないといけない状況に。
「ニコルさんとはずーっと楽しく、尽きることなく馬の話をしていました。馬に対する彼の想いを受け継いでいきたいですよね。雪丸と茶々丸は現在14歳なのですが、あと15年くらいは生きます。少なくとも、あの子たちが生きているあいだはしっかりと運営していかなければ」(ソフィアさん)
そこでソフィアさんたちは、新しいプログラムをつくり出すことに。実験的にモニターツアーを行い、来てくれた人たちに感想を聞いたりもする。ソフィアさんが英語を話せることを活かし、今年の夏からは子ども向けの「ホース英語キャンプ」もはじめた。
どんなプログラムを行うにしても、普段の2頭をまず知ってもらうのが一番、と語るソフィアさん。InstagramやFacebookで、馬が地面に寝転がる姿や夜の放牧の様子など、なかなか珍しい写真を多数アップ。SNSでの発信にも力を入れている。
さらに、様々な会社の企業研修も受け入れている。馬に興味がない人も、仕事の一環としてここを訪れる機会が生まれるのだ。
「はじめは『仕事で連れて来られただけなので』って感じだった人も、帰る頃には『雪〜!茶々〜!』って言いながらワシャワシャ撫でて名残惜しそうにされます。その光景を見ると私も嬉しいですね」(ソフィアさん)
大人も子どもも、生き物と接する機会がとても少ない時代。電子機器から離れて、人以外の動物とコミュニケーションをとり、自然のなかでゆっくりと過ごす体験をしてもらいたいと話すソフィアさん。
「だけど、馬だけでプログラムを考えると、どうしてもアイデアが狭くなってしまう」(ソフィアさん)
そう考えてはじめたのが、アファンホースロッジでできることと、信濃町の豊かな自然資源をかけ合わせた取り組みだ。馬のお世話をしつつ、森や野尻湖で遊んで自然も満喫してもらうプログラムを用意した。来てくれたお客様に、まち全体の魅力も広めることができて一石二鳥なのだ。
また、雪深い冬のあいだは、期間限定でカフェをオープンすることに。冬のカフェは、おもに信濃町の人々が利用しているという。
「信濃町に住んでいる方にとって、プログラムに参加するのは少しハードルが高い。でもカフェに来れば雪丸と茶々丸に会えます。自然条件の難しさには、季節ごとに工夫して対応し、運営しています」(ソフィアさん)
最後に、今後はどのような活動を行っていくのか、ソフィアさん自身の目標も伺った。
「いま、地元のこれからを考える“信濃町未来創生会議”に参加しています。私個人としてもアファンホースロッジとしても、信濃町を盛り上げる一役を果たせる存在になりたいですね。信濃町の協力があって、初めて実現することもたくさんある。だから自分たちだけのメリットを考えるのではなく、まちや地域の住民にとって、アファンホースロッジがあって良かったと思えるような活動を考えていきたいです」(ソフィアさん)
“馬を知っている人の輪を広げていきたい”。ソフィアさんの馬と信濃町に対する愛情が、新たな体験プログラムやメニューを考える原動力となり、人が馬との接点を持つきっかけづくりに繋がっている。
LOCAL LETTERでは、全国各地のあらゆる地域で頑張っている人々を紹介する、メールマガジンを配信している。
ソフィアさんのように、新しいアイデアを次々と生み出している素敵な方々や、地域の取り組みで参考になる記事にきっと出会えるはず。
Editor's Note
信濃町にぴったりな夏空のなか、人生で初の取材!はじめに2頭の馬たちとふれあったことで、ずいぶん緊張がやわらぎました。優しい眼差しでつつむ馬のおおらかさを忘れることはできません。私はすっかり雪丸・茶々丸、そしてソフィアさんのファンに。SNSを毎日チェックするほど。
Megumi Tsukuba
津久場 恵