SHIMANE
島根
新たな挑戦に必要になる、大きな勇気。
アナタが勇気を出すとき、本当の意味での「応援」をしてくれる人がいたとしたら、どんなに心強いでしょうか。
今回お話を伺ったのは、AMAホールディングス株式会社代表取締役の大野佳祐さんです。
大野さんは、島根県北部に浮かぶ人口約2,300人の小さな離島・海士町で、ふるさと納税を原資とした「海士町未来共創基金」を行政と共に考案。この基金を通じて、島民の「やってみたい」というアイデアを事業化するための支援を行っています。
前編では、ふるさと納税や海士町未来共創基金など、大野さんが関わってきたプロジェクトを中心にお話を伺いしました。後編では、実例を参考にしながら、パワフルな大野さんの原動力となる想いに迫ります。
支援金額に下限500万円という条件を設けている海士町未来共創基金。大きな金額が動く数々の事業の中でも特に印象に残っているのが、酪農事業への挑戦だと大野さんは語ります。
「海士町でグラスフェッドミルク(牧草によって育てられた牛からできる牛乳)をつくりたいという人がいました。
実は海士町って肉牛の生産は盛んですが、乳業はまだ発展していなかったんです。島民が島で買ったり、給食で飲んだりする牛乳はすべて島外から輸入していました。つまり、島でつくった牛乳が島内で回るようになれば、地域経済も回りだすことが期待できます。
一方で、乳業を始めるとなると、まずは乳牛を買ってこないといけないし、搾乳する工場を建てなくてはいけない。やっぱりお金はかかりますよね。そこで、この考案者さんには基金へのエントリーを提案しました。
事業を始める前段階では、事業のビジョンを磨いていくことや収支計画を一緒につくることからスタートしました。そろそろ、工場も完成する頃じゃないかな」(大野さん)
誰かの「やってみたい」から、地域経済への影響を想定したり、事業を継続していくための販路を組み立てたり、事業を広く支援する大野さん。島内で経済が回る海士町に向けて、一歩ずつ前進させています。
加えて、支援する際は資本的な影響だけではなく、社会的な影響「ソーシャルインパクト」も大切にしているといいます。
「正直な話、人口が少ない経済圏では資本的な影響って都会と比べるとそこまで大きく無いんですよ。一方で、人口が少ない規模の島だからこそ、社会的な影響であるソーシャルインパクトがよくわかる。この事業をやれば誰が喜ぶというのも見えやすい。
だから、言語化している人は少ないけど、民間ではどちらかと言うとソーシャルインパクトを第一に考えて進めている事業も結構多いんです」(大野さん)
「海士町未来共創基金では、稚ナマコ(ナマコの幼体)を放流して海を豊かにするという事業が出てきたことがあります。資本的なことだけを言えば、資金を投じて稚ナマコを放流し、育ったナマコを獲ってもわずかな売上にしかなりません。ナマコ事業だけではなかなか採算が取れないんですよ。資金的な側面だけで見ると、儲かるビジネスには見えない。
でも実際は、ナマコは「海の掃除屋」と呼ばれていて、放流することで海底がきれいになり藻が増えて、魚が増えて、結果として海に関係する漁業者の経済的な影響も、環境的な影響も大きくなる。だから、その事業単体での経済的インパクトだけではなく、社会的インパクト(ソーシャルインパクト)で事業を見る必要があるんです。
海士町未来共創基金では、その点も審査時の評価軸にしているので、一見しただけではリターンがないように見える事業にも投資できるよう工夫されています」(大野さん)
その一方で、大野さんは「ソーシャルインパクトがあればいいわけではない」と続けます。
「一般的な事業で赤字垂れ流して『稼げないんです、でもソーシャルインパクトは出してるんです』っていうのはダサいじゃないですか(笑)。だからせめて事業をやるなら両輪で行けるように頑張ろうよっていうのは思いますよね。
大きな利益は出ないし、たくさん納税できるわけでもないけれど『赤字にならない程度に社員2人雇って、ソーシャルインパクトも出してます』と言うんだったら、それは本当に凄いこと。
経済的規模が小さいからといって、ソーシャルインパクトだけを追求するのは本質的でないと思うので、自助がしっかりベースにあることは大切にしていきたいですね」(大野さん)
海士町への想いと、事業創出のノウハウを武器に、様々な事業支援を行う大野さん。
しかし、元々はビジネスに長けているわけではなかったという中で、まず取り組んだのは「ノウハウが無いものを成功させること」でした。
「自分自身で何か一つ成し遂げることができたら、周りの人に『僕もノウハウ無いけどできたんで大丈夫ですよ』って言ってあげられるんじゃないかと思って」(大野さん)
2022年、大野さんは再生可能エネルギーの会社を設立し、海士町の電力供給に取り掛かりました。
「島の外に漏れていってるお金の中で、一番大きいのが電気だったんですよ。僕が再生可能エネルギー事業を始めたときで、年間3.3億円くらい。今は値上がりして4億円くらいが島外の電力会社に支払われています。
海士町の町税は年間2.3億円なので、単純に考えると町税よりも多い金額が外に出て行ってるんですね。
しかし、供給元の電力会社も大きな赤字を抱えています。お話しを伺う中で、海士町への電力供給にかかる費用の半分程度しか回収できていないと知りました。
僕はてっきり国から補助金が出ているので何とか運営できているのだと思っていましたが、実際は、中国地方の皆さんに数円ずつ上乗せして負担してもらっているのです。
だから僕らがふだん何気なく使ってる電気って、中国地方の広島とか山口とか、そういったエリアに住む皆さんからの助けがあって使えてるということが判明して。そこで、ノウハウも無いけれどなるべく自分たちで電力をつくるために、再生可能エネルギーの会社やらなきゃいけないって思いましたね」(大野さん)
当時集まった仲間3人とともに1億円もの借り入れをして始めた会社。
身銭を切ったからこそ、より自分事として困難を乗り越えていきました。そうして今では島で使用される電力の3%まで普及。将来的には、島内30%のカバー率を目指しています。
そして、教育分野をキャリアのバックグラウンドに持つ大野さんは、現在も学校経営補佐官という立場で高校の教育現場に携わっています。
高校生の挑戦を後押しする大野さんの目標は、「海士町が選ばれるまちになること」。
田舎へ帰ることへのネガティブなイメージを払拭したい想いがあると言います。
「島にいる間に様々なことに挑戦できれば、彼らにとって『海士町は挑戦しやすいフィールドだ』という認識になるはず。たとえば、進学などで都会に行って挑戦が難しいと感じたときに『なんだ、海士町のほうが挑戦できるじゃん』って、帰って来てくれるかもしれませんよね。
卒業生たちが大人になって、都市部と海士町を比較したときに『どちらが自分の成長にとってよさそうか、どちらのほうが挑戦できそうか』をきちんと比べた上で、海士町を選んでもらえるようになるのが僕の目標ですね」(大野さん)
海士町未来共創基金や学生への支援など、大野さんの活動では「挑戦」と「応援」がキーワードになっていると感じさせます。
「どちらかというと、僕自身は応援されることの多かった人生だと思うんですよね。それは多分、色々と挑戦してきたから。サポートしたいと言ってくれる人が集まってくれたり、 なにかあっても頑張れって言ってくれる人がいたり、そういう人に支えられてきました」(大野さん)
数々の挑戦をした結果、応援されることが多かったと語る大野さんが考える「応援」。
応援者をつくることで挑戦できる環境もつくられるのかもしれません。
海士町では応援者をつくるため、挑戦する人のもとを巡る「わがとこバスツアー」が開催されています。
「新しいことが起こったり、新しいものができていくなかで、一番取り残されやすいのは実は高齢者の方なんです。
地域で何か新しいことが起こっているけど、なんだかよくわからない。それで終わってしまわないように、ご高齢の方にも応援者になってもらえるように、と始めたのが挑戦者のもとを巡るバスツアーです。
たとえば新しいお店ができた時など、高齢者の方も1回行けば次行くときも安心なんですよ。でも最初のハードルがめちゃくちゃ高くて。 何着て行ったらいいかわかんないとか、若い人ばっかりだったらどうしようみたいな不安がある中で、 なかなか踏み出せないでいる。
まずは、年代関係なく知ってもらうキッカケをつくらなきゃいけないんですよね。
ただ、最近はこのツアーがおじいちゃんおばあちゃんの遠足になってきてて(笑)。それはそれで意味のあることだとは思うんですが、あらためて『応援すること』と『応援されること』がどういうことなのかを再定義したいなと。海士町での『応援』の方向性を見直していきたいなと思っています」(大野さん)
様々な「応援」の形がある中で、今の海士町に必要な「応援」とは、どんなものなのか。
言葉だけでもなく、行動するだけでもない、応援。
大野さんは新たな応援の形を模索していく必要があると言います。
「今回は僕が『応援』を定義するというよりは、 あんまりそういう経験をしてきていないような、若い社員たちを頼りにしてみたいなと思っていて。どういう応援を受けて立ち上がってきたのか、どういう応援になるとこれから自信持って頑張っていけるか。そういったところをヒントに考えていきたいですね」(大野さん)
応援する人、応援される人。
大野さんの考えや言葉は人の心を動かし、意識すらも前向きに変えてくれるのだろうと、強く感じました。
心強い仲間がいるまちで新たな挑戦をしてみたいアナタ、がんばる誰かを近くで応援したいアナタ、海士町は待っていてくれるはず。
一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。
Editor's Note
行動力もさることながら、社会と人間に対しての向き合い方がとても素敵でした。常に考え、常に行動してきたんだろうなと、大野さんの人生を言葉の節々から感じるインタビューでした。海士町、行ってみたい。
Yuki Miyazawa
宮澤 優輝