HOKKAIDO
北海道
旅行先のまちにある、ちょっとレトロなお菓子屋さん。
発見すると、何だかほっこりすることはないでしょうか。「お菓子の安寿真(あずま)」はまさにそんなお店。
落ち着いた赤レンガ色の外観。達筆で書かれた「安寿真」のロゴ。そんな老舗の雰囲気からは王道のお菓子が多いのかと思いきや、北海道北広島市の新名所、エスコンフィールドにちなんだミルフィーユの「エスコンフィーユ(税込586円)」。新庄監督の「BIG BOSS」という愛称にちなんだ、エクレアの「ビッグ 棒シュー(税込356円)」といった、クスッと笑えるネーミングの商品が。
こうした“きたひろ”にちなんだ商品は、2代目店主の東隆史さん(以下、東さん)が考案しました。
お菓子の安寿真は1968年、東さんのお父様が夕張で創業し、北広島には1987年に出店。
北広島の地で、もうすぐ40年。地元に長く愛されるお店には、東さんのどんな想いや、考えが込められているのでしょうか。
東さんは高校卒業後、菓子製造の専門学校に進学。東京の2店舗で8年間修行したのち、お菓子の安寿真で働くように。最初4年ほどは、お父様と一緒にお店を経営し、2011年にお店を継いで代表となりました。
高校時代、進路を決めるタイミングまでは、お店を継ぐことはあまり考えていなかったそう。
「高校生になったときは、ケーキ屋になりたいと思っていなかった。でも高校の先生に『長男だから、ケーキ屋を継ぐことも頭の片隅で考えてみれ』と言われて、専門学校の道も考えてみることに。小さい頃から父親に『ケーキ屋やってみれ』と言われて育ったことも、ちょうど重なったのだと思います。
専門学校に入ってみて、お菓子作りは自分に合ってるとは感じましたね。調理関係でよくバイトをしていたので、作ることはずっと興味あったんだろうなと」
お菓子の安寿真には、冒頭に紹介した「エスコンフィーユ」、「ビッグ 棒シュー」の他にも、“きたひろ”にちなんだ「ぼーいずびー」、「あんびしゃす」といったお菓子があります。
北広島市は、クラーク博士が米国に帰国する前に訪れ「Boys be ambitious(青年よ、大志を懐け)」という言葉を残したとされる場所。
「その2つのお菓子は、父親が考えたんです。夕張から北広島に移転してきたときに、地元のお菓子ということで、クラーク博士の残した言葉にちなんで名付けました。
最初の案の『ボイーズビー アンビシャス』という名前は、既に商標登録されていて使えなかったので、『ぼーいすびー』と『あんびしゃす』の2つに分けることに。商品も一気に2つ、出来上がりますし(笑)」
地元愛と、自由なユーモアのあるネーミングセンスは、お父様譲りのようです。
先代の頃からの商品を受け継ぎつつも、新商品も開発しています。地元で長く受け入れられるために、商品展開はどのように工夫しているのでしょうか。
「父親がやっていたレシピを、自分なりにアレンジさせてもらったりもします。味は変えていないんですが、見た目を変えたりとかは、なるべくするようにしています。あとは、パッケージを変えたり、名前を変えたりとか。
でも、基本はなるべく変えない。先代の残したものをなるべく残して、あんまり変にアレンジはしないようにしたいなって」
先代の地元に愛されるお菓子作りに対する、リスペクトを感じました。
一方、新商品開発は、生み出す苦労が色々とありそうです。
「道産米のルーツと言われる『赤毛米』を使って、まちおこしを出来ないか」という話から開発された「きたひろまいピーロール」。米粉はそれまで使ってこなかった材料だったので、特に大変だったのでは。
「取っ掛かりは『出来るな』という感覚でした。まずやってみようと思ってやったら『あ、出来た』って。あとは、やり方等を自分で工夫していって、商品の精度を上げていきました」
まちおこしのための商品開発となると、周囲からの期待も大きかったはず。大変だったということよりも、「まずは取り組んでみよう」という東さんの前向きな姿勢、気張らないチャレンジ精神が印象に残りました。
商品の精度はどのように上げていくのかも、気になるところ。
「一番に考えるのは、お客さんに作ったときの状態のままを届けられるかということ。
『冷蔵庫で保存して下さい』とか、こちらからのしばり文句は色々ありますが、実際お客さんがどういう風に保存するか、持っていくかは分からない。それでも、ある程度『こうであろう』と想定して作ります」
こうして試行錯誤して開発しても、最終的には販売をしなくなってしまう商品もあるのだそう。
「『伝わんねぇな』って感じると、諦めます。こっちが色々と詰め込んだつもりだけど、(お客さんには)そこまで分かってもらえないのであれば」
お客さんに“伝わる”かどうか。東さんのお菓子作りにおいて、大事なポイントのようです。
東さんがお菓子の安寿真に戻って来たのは、お店にいた職人さんが高齢になってきたことがきっかけ。その時は、東さんのお菓子づくりへの関心が変わってきたタイミングとも重なりました。
「(お菓子づくりの)基本はある程度、修行先の店舗で教わった部分もあったので、今度は『どうやってお客さんに食べてもらう商品を作るか』という方に、興味を持っていたときでもありました」
ただ、お菓子の安寿真に戻ってすぐは、お客さんに食べてもらうお菓子作りには苦戦したようで。
「最初作ったときは、自分の作りたいもののことしか考えてなかったと思います。『これで、どうだ!どうだ!』という感じで」
現在の気張らない東さんの雰囲気からは、想像しにくいエピソード。その状況をどうやって、変えていったのでしょうか。
「まずは、商品で自分を知ってもらおうと思いました。かっこつけてばっかりの作り方はやめて、自分らしいものを作っていった。『あの人が作ってたら、こういう商品だよね』と、親しみやすくなってもらったのはあると思います」と東さん。
どこか自分を誇示するような作り方から、ありのままの自分を投影するような作り方に変えていったように感じました。
東さんらしさが一番込められている商品として挙げたのは、「とろ~り メープルプリン」。
「一番気に入っているのは、プリンなんですよね。一番、殻を破ったというか。“きたひろ”のことも考えて、こういった人に食べてもらいたいなと思って作ったのがプリン。“きたひろ”の市の木が楓なので、それにちなんで、メープルを使っています。初めて、まちのお菓子になりそうかなと感じました」
プリンを最初にお客さんに食べてもらったときについて、「嬉しかったですね。伝わったかな、という手応えがあったので」と、今でもその当時の嬉しさがこみあげてくるような口調で語ってくださいました。
“自分を知ってもらう”取り組みの一つとして始めたのが、「小学生向けのお菓子教室」。
「子どもたちに教えるのは初めてだったんですが、参加した子ども達を喜ばすことが出来たという感覚が自分の中でもあって、小学生向けのお菓子教室は結構続きましたね」
また、「自分が作ったものを、なるべく早く提供したい」というのも東さんのこだわり。だから、ネット販売はしていません。
「あんまり遠くだと、どういう風に届くのか想像つかない部分もあるので。なるべく、自分の目の届いた商品を、お客さんに届けたい。
ネット販売の営業も来ました。多くさばこうと思えば、今の従業員の人数ではどうやってもきついので、どこかアラが出てしまう。変な話、雑にもなってきたり。それはやりたくないので、営業は断ってきました」
ネットで何でも買えるようになってきた世の中。店舗販売のみとするのは、なかなか決意のいることのように思います。東さんの、自分自身で届けることへのこだわりを、強く感じました。
東さんは、お店の開店日はいつも、お店の厨房に立っています。厨房はお店の奥にあるので、お客さんと直接コミュニケーションする機会は少ないですが、お菓子を通じてお客さんとのコミュニケーションは取れている様子。
例えば、東さんが開催するお菓子教室で教えるレシピは、お店の商品そのまま。商品のレシピは、あまり外に出さないものかと考えていたので、ビックリ!
「教室後にどうしても分からない部分があれば、自分は大体店にいるので、なんでも聞きに来て、と言っています。自分もお客さんとつながりたいので」
お客さんから注文されるデコレーションケーキ作りも、東さんがお客さんとつながれる良い機会です。
「イラスト入りのケーキを作ったときは、大体、店頭で確認してもらうんですけど、『すごい喜んでたよ』と、店頭のスタッフが教えてくれたりします。イラストのある部分を、ちょっと立体的にしたりとか。たぶん、お母さんも想像していない、1個上をやってやろう、驚かしてやろうと思って作ります。そこは自分の楽しみなので。
持ってこられた(イラスト)データをそのまま写しただけよりも、『俺がもし小さかったら嬉しいな』と思うことを、ただやっているだけなんですけどね」と、心底楽しそうに語る東さん。
店内には、デコレーションケーキを前に、満面の笑顔をたたえたお子さんの写真が何枚も飾られていました。こうした写真を持って来てくれるお客さんが結構いるそうです。
この写真を見ていると、東さんの心意気は、お客さんにしっかり伝わっているな、と思います。
北広島には、北海道日本ハムファイターズの球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」(以下、エスコンフィールド)が2023年に開業。
東さんが所属している商工会で、どうやってまちを盛り上げていくかを話す際、多くの方がエスコンフィールドのことを意識しているそうです。
「エスコンフィールドやファイターズは、すごく集客力はあると思うんですが、そればかりに頼らず、ずっと地元にあったものも打ち出していきたいという想いもあります。店主達の地元愛も強いので。せっかくだったら、エスコンフィールドに来るお客さんに自分のお店にも来て欲しい。
ファイターズファンの中から、“きたひろ”ファンを作っていったら、地元の店の人にとって一番の財産になるんじゃないかな」
昔から地元にあるものと新名所が共鳴し、まちのファンになるきっかけが増えていけば、それは確かにまちの財産になることでしょう。
今回の取材で、まちのファンを増やす上での、お菓子店ならではの強みも発見。それは、子どもの頃から接してもらいやすいこと。最近、お店に入ったバイトさんは、東さんが開催されていたお菓子教室の体験者です。
「最初の頃のお菓子教室に参加した子が、高校生になって、うちでバイトしています。教室をきっかけに、お菓子作りの道も、ちょっと考えてくれているようで。即採用でしたね(笑)」
なんとも、お菓子屋店主の冥利につきるお話!
東さんは、「お菓子教室に参加した子ども達が“きたひろ”で、お菓子屋じゃなくても、なにかお店を開いてくれたら嬉しいな」とも話します。
地域に根差すお店を営む上で、そのまちのこと、お客さんのことを考えるのは、当たり前かもしれません。
でも、その想いが伝わるかは、伝え方次第。“どうやったらお客さんに伝わるか”をしっかり考えること。そして、長く続けていくためには、背伸びし過ぎず、自分らしい形で伝えていくことも大切と、東さんのお話から学ばせていただきました。
Editor's Note
インタビューに出てきた「メープルプリン」がどうしても気になって、取材翌日に再びお店へ。全体がメープル味の、優しい甘さのプリンでした。
どのお菓子も、また北広島に行かないと食べられないなんて!すっかり、“きたひろファン”になった自分。お菓子の安寿真のお菓子たちが、「また“きたひろ”に行きたい」と思わせることが出来るのは、ただ単に味が美味しいからだけではない。“地元への想いを伝えたい”という心意気で、作られているからなのだと思います。
Chibiyuri
ちびゆり